自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~   作:パラレル・ゲーマー

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第37話 封印された翼と焦燥の龍

 東京都千代田区永田町。

 日本国の心臓部である首相官邸の地下危機管理センターの一室は、地上とは隔絶された冷徹な空気に包まれていた。

 壁の大型モニターは電源が落とされ、部屋の中央にある円卓だけがダウンライトに照らされている。

 そこに集うのは、副島内閣総理大臣をはじめとする主要閣僚と、テラ・ノヴァ・プロジェクトの中核を担う官僚たちだ。

 

 換気扇が紫煙を吸い込んでいく中、日下部駐在員が手元のタブレットを操作し、定例報告を開始した。

 

「……というわけで、テラ・ノヴァ現地からの報告です。

 先日承認された『ソーラーパネル大量設置計画』は、順調に進行中です。

 建設ロボットによる自動設置が進んでおり、今月中には基地の電力不足は完全に解消される見込みです」

 

「ほう、それは朗報だな」

 

 経済産業大臣が、安堵の息を漏らす。

 

「蒸気機関の黒煙が減れば、環境負荷も下がる」

 

「はい。

 工藤氏も『これで夜も安心して工場を回せる』と、喜んでおりました」

 

 日下部は淡々と報告を続けるが、次のページをめくった瞬間、その表情が僅かに曇った。

 

「……ですが懸念事項が一つ。

 工藤氏は、まだ『原子力発電』を諦めていないようです」

 

 会議室の空気がピリリと張り詰める。

 総理が眉をひそめた。

 

「ウランか。

 まだ探しているのかね?」

 

「ええ。

 電力不足の解決策としてソーラーを採用したものの、彼は将来的なエネルギー需要の増大を見越して、より高出力な熱源を求めています。

 最近は暇を見つけては、新型の『モジュラーアーマー』で空を飛び回りながら、ガイガーカウンター片手にウラン鉱脈を探査しているようです」

 

「……空を飛びながらか」

 

 官房長官が、呆れたように天井を仰いだ。

 想像するだけで頭が痛くなる光景だ。

 日本の命運を握る重要人物が、ジェットパックを背負って異星の空を飛び回り、放射性物質を探して彷徨っているのだ。

 

「まあ、今のところ近場に有望な鉱脈は見つかっていないようですし、見つけたとしても濃縮プラントの建設や、硫酸の大量確保といったハードルがあります。

 すぐに核燃料サイクルが完成することはないでしょうが……」

 

 日下部は眼鏡の位置を直し、低い声で付け加えた。

 

「工藤氏の技術革新のスピードを見るに、1年後には核発電所に手を出していても不思議ではありません」

 

「ハハハ、まあ良いんじゃないか?

 ……バレなければな」

 

 防衛大臣が乾いた笑いを漏らすが、目が笑っていない。

 

「バレたらヤバイですね。

 木材や銅の比ではない。

 『日本が異星で核開発を行っている』なんて情報が漏れれば、アメリカは即座に空母打撃群を寄越すでしょう。

 IAEAの査察団どころか、特殊部隊が強行突入してきても文句は言えません」

 

 官房長官が冷ややかに指摘する。

 核アレルギーは、日本国内だけの問題ではない。

 国際社会、特に核不拡散体制を主導するアメリカにとって、同盟国の独自核開発は絶対に許容できないレッドライン(越えてはならない一線)だ。

 

「工藤氏の機嫌を損ねたくはないからなぁ……。

 あまり強く『ダメだ』と言って、へそを曲げられても困る」

 

 総理がこめかみを揉んだ。

 工藤創一という男は、日本の国益のために働いているわけではない。

 あくまで「工場の成長」という個人的な動機で動いている。

 彼を縛り付けすぎれば、協力関係が破綻するリスクがある。

 

「まあ最終手段だな。

 いざとなったら全力で隠蔽するか、あるいは……アメリカを抱き込むか」

 

 その言葉は、あえて宙に浮かせたまま、話題は次の議題へと移った。

 ここで会議室の温度が、一気に上がることになる。

 

「さて次の議題です。

 先日テラ・ノヴァで行われた新型装備『モジュラーアーマー』の運用試験データについて」

 

 日下部が、先ほどの「工藤無双」の映像をスクリーンに投影した。

 目にも止まらぬ速さで背後に回り込み、100キロの巨体を投げ飛ばし、空から一方的に電撃を浴びせる黒い影。

 

 それを見た瞬間、防衛大臣がテーブルをバンと叩いて身を乗り出した。

 

「これだ! これだよ日下部くん!

 26式(ヘビーアーマー)も凄いが、こいつは次元が違う!

 空を飛べる歩兵! 自律型攻撃ドローン!

 これを量産して配備すれば、国防は盤石じゃないか!」

 

 防衛大臣の鼻息は荒い。

 軍人上がりの彼にとって、この「空飛ぶアイアンマン」は夢の兵器そのものだ。

 

「資材的には可能です。

 プラスチックと赤基板、それに鋼鉄があれば作れますから」

 

 日下部は即答したが、すぐに首を横に振った。

 

「ですが技術的に……いや政治的に、出しては駄目です。

 絶対に地球側(こちら)に持ち込んではいけません」

 

「なぜだ!?」

 

 防衛大臣が食い下がる。

 

「ヘビーアーマーでさえ世界中が騒いでいるんだ。

 このモジュラーアーマーを出せば、周辺諸国は沈黙するぞ。

 これこそが最強の抑止力になるはずだ!」

 

「いいえ、逆です、大臣。

 国際世論が死にます」

 

 外務大臣が蒼白な顔で割って入った。

 

「今のヘビーアーマーでさえ『地域の軍事バランスを崩す』と、各国から抗議が殺到しているんです。

 そこに持ってきて、あんなSF映画そのものの兵器を出したらどうなります?

 

 アメリカは『日本はエイリアンの技術を隠蔽している』と確信し、同盟破棄どころか敵性国家認定してくるでしょう。

 中国もロシアも、なりふり構わず工作員を送り込み、場合によっては先制攻撃の口実にされかねません」

 

「うむ……。

 『強すぎる力』は、逆に争いを招くか」

 

 官房長官も渋い顔で同意した。

 

「それに大臣。

 映像をよく見てください。

 ヘビーアーマー3機が、子供扱いされています。

 

 もしこれがテロリストやクーデター部隊の手に渡ったら?

 たった一着で永田町が制圧されますよ」

 

 日下部が冷徹な事実を突きつける。

 ヘビーアーマーが「戦車」なら、あれは「魔王」だ。

 制御不能な暴力装置を国内に持ち込むリスクは、計り知れない。

 

「ぐっ……。

 だが、みすみすこの技術を眠らせておくのは……」

 

 防衛大臣は未練がましくモニターを見つめた。

 空を飛び、ドローンを従える黒い騎士。

 ロマンがある。男なら誰でも憧れる。

 だが政治家としては、理性がそれを拒絶していた。

 

「諦めてください。

 工藤氏にはテラ・ノヴァの中だけで、好きにしてもらえばいいでしょう。

 あそこなら誰に見られる心配もありませんから」

 

「1年後が怖いがな。

 彼のことだ、次は核発電炉を積んで宇宙へ飛び出すと言い出しかねん」

 

 官房長官の冗談に乾いた笑いが起きた。

 だが、あながち冗談に聞こえないのが、工藤創一という男の恐ろしさだ。

 

「……分かった。

 モジュラーアーマーの存在は最高機密(トップシークレット)指定だ。

 記録映像も外部流出厳禁。

 存在そのものを『なかったこと』にする」

 

 総理が最終決定を下した。

 防衛大臣は深いため息をつきながら、椅子に座り直した。

 

「……承知しました。

 夢を見るのは、映画の中だけにしておきますよ」

 

 会議室の空気が少し緩む。

 だが次の議題に移った瞬間、再び緊張が走った。

 

「では、アメリカの動向について。

 26式(ヘビーアーマー)のライセンス生産交渉の件です」

 

 外務大臣が資料を広げる。

 

「アメリカ政府と現在、ライセンス契約の詰めの段階に入っております。

 ペンタゴンは表向き『共同開発による同盟強化』を謳っていますが、その本音は技術の解析、そしてナノマシン制御技術の奪取です。

 彼らは執拗に『ブラックボックスの中身』へのアクセス権を要求してきています」

 

「あわよくば解析して、自国でコピー品を作ろうという魂胆か。

 相変わらず強欲だな」

 

「ええ。

 ですが、ご安心を。対策は万全です」

 

 日下部が自信たっぷりに答えた。

 

「工藤氏に依頼して、提供するサンプル機および設計データには、特殊な『論理自壊(ロジック・コラプス)』および『構造溶解(ストラクチャー・パージ)』のプロテクトを施してもらいました」

 

「構造溶解?」

 

「はい。

 ブラックボックス化された中核ユニットを無理に開封しようとしたり、不正なスキャンを行おうとした場合、ナノマシンが連鎖反応を起こし、アーマーの主要回路を物理的に溶解させます。

 核のメルトダウンのような放射能汚染はありませんが、中身はドロドロの鉄屑になります」

 

「なるほど。

 『触れば壊れる』わけか」

 

「実質的にメンテナンスや修理も、日本側の技術者を通さないと不可能な仕様です。

 彼らがどれだけ優秀な科学者を動員しても、ブラックボックスの中身を覗くことはできません」

 

 日下部は冷ややかな笑みを浮かべた。

 

「コピー出来るなら、してみろと言いたいところです。

 ……というか、逆にコピーして我々の手でも制御出来るようにしてほしいくらいですよ。

 正直、工藤氏の『魔法』に頼りきりなのは、国家安全保障上あまりに危ういですからね」

 

「すみません、本音が漏れましてね」

 

 日下部が肩をすくめる。

 それは、この部屋にいる全員の偽らざる本音だった。

 

 技術の根幹を握っているのが一人の民間人であるという恐怖。

 もしアメリカが解析に成功してくれれば、それはそれで日本政府にとっても「技術の脱・属人化」に繋がるかもしれない、という複雑な期待もある。

 

「出来ると思いますか? アメリカに」

 

 総理が尋ねる。

 

「無理だろうな……」

 

 科学技術担当大臣が即答した。

 

「無理だ。技術レベルが違い過ぎる。

 我々の分析官が、工藤氏から提供された基板を電子顕微鏡で覗いた時の反応を見せたいくらいです。

 『これは回路じゃない、ナノレベルで構築された都市だ』と発狂しかけていましたから」

 

「……ならばライセンス契約という名の『首輪』をつけておくだけで十分か。

 アメリカには『日本がコントロールしている』と思わせておけばいい」

 

 総理は頷いた。

 しかし、外務大臣が懸念を示す。

 

「ですが総理。

 アメリカもただでは引き下がりません。

 彼らはライセンス契約の条件として、日本近海での『日米合同資源調査』の実施を打診してきています。

 表向きは深海資源の共同研究ですが……」

 

「……裏の狙いは『深海採掘の嘘』を暴くことか」

 

 官房長官が看破する。

 アメリカは技術を欲しがる一方で、その技術の源泉である「資源」の出処を疑っている。

 「共同」という名の監視体制を敷こうとしているのだ。

 

「信頼醸成には政治的な決断が必要です。

 ある程度は受け入れざるを得ないでしょうが……のらりくらりと躱すしかありませんな」

 

 アメリカとの腹の探り合いは続く。

 だが、より切迫した脅威は、西の彼方から迫っていた。

 

「さて中国ですが……」

 

 内閣情報官が緊張した面持ちで口を開いた。

 

「かなり焦っていますね。

 先日のレアメタル深海採掘の発表以来、彼らの主力輸出産業は大打撃を受けています。

 国際市場でのレアメタル価格暴落により、中国国内の鉱山会社の株価は軒並みストップ安。

 さらに日本からの輸入が激減したことで、外貨獲得手段の一つを失いました」

 

「ざまあみろと言いたいところだが……。

 追い詰められた獣は、何をするか分からんぞ」

 

「ええ。

 覇権主義の台頭と警戒しています。

 表向きの外交上は安定していますが、国営メディアの論調は日増しに過激化しています。

 ですが、それ以上に不気味なのが……『現場』の動きです」

 

 情報官は一枚の報告書を提示した。

 

「昨日未明、新木場の埋立地周辺で所属不明の小型ドローンが墜落しているのが発見されました。

 機体は自爆装置で焼損していましたが、残骸から回収されたメモリの一部には軍事グレードの暗号化が施されていました。

 明らかに民間のものではありません」

 

「……偵察か」

 

「はい。

 さらに海道重工の下請け企業の技術者に対し、不審な接触が確認されています。

 バーでのハニートラップ、あるいは借金の肩代わりを申し出る謎の金融業者……。

 彼らはなりふり構わず、新木場の『中』を知ろうとしています」

 

 情報官の声が低くなる。

 

「また海上保安庁からの報告によれば、小笠原諸島周辺海域において第三国の『漁船』と称する船舶の動きが活発化しています。

 彼らは漁具を積んでいますが、その吃水線は不自然に浅い。

 おそらく特殊部隊や工作員を運ぶための偽装船かと」

 

「……強硬手段に出る気か」

 

 防衛大臣が拳を握りしめた。

 レアメタルという手札を失った龍が、飢えと焦燥に駆られて暴発寸前になっている。

 

 経済戦争の枠を超え、物理的な破壊工作(サボタージュ)や拉致に及ぶ可能性が高まっているのだ。

 

「アメリカとも情報は共有しています。

 彼らにとっても中国の台頭は脅威ですし、日本のレアメタル供給が脅かされることは避けたいはずですから」

 

「うむ。

 中国相手にはアメリカと協力して動いてくれ。

 日米同盟の絆をアピールし、牽制するんだ」

 

 総理は厳しい表情で命じた。

 

「向こうはレアメタルの手札が無くなって焦っているだろう。

 その焦りが暴発に繋がらないように、コントロールしなければならん。

 ……今後は心配だな」

 

 レアメタルという「黄金のカード」を切った代償。

 それは、隣国の巨大な龍を目覚めさせてしまったことだ。

 飢えた龍は餌を求めて暴れ回るかもしれない。

 

「防衛省と警察庁は、新木場の警備レベルを最高度(レッド)に引き上げろ。

 不審なドローンは即時撃墜。

 海上からの接近者には、警告なしの実力行使も辞さない。

 テラ・ノヴァへのゲートは、何があっても守り抜くんだ」

 

「はっ!」

 

 堂島と防衛大臣が声を揃える。

 

 会議は終わった。

 だが部屋に残った空気は重い。

 

 ソーラーパネルによる電力解決という明るい話題から始まった会議は、核の懸念、オーバーテクノロジーの隠蔽、そして大国間のパワーゲームという暗い現実へと着地した。

 

 日下部はファイルを閉じながら、小さく溜め息をついた。

 工藤創一という特異点がもたらす恵みは計り知れない。

 だが、その恵みが大きければ大きいほど、世界中に広がる波紋もまた巨大な津波となって日本に押し寄せてくる。

 

(……1年後か)

 

 工藤が核に手を出す頃、世界はどうなっているだろうか。

 日本はまだ、この秘密を守り切れているだろうか。

 硝子のカーテンは、いつまで耐えられるのか。

 

 日下部は、誰もいなくなった会議室で独り言ちた。

 

「……工場は成長する。

 だが我々の胃袋が、その成長スピードに耐えられるかどうか」

 

 彼は胸ポケットから胃薬を取り出し、水なしで飲み込んだ。

 苦い味が口の中に広がる。

 それは、これからの困難を予感させる味だった。

 

 




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