自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~   作:パラレル・ゲーマー

44 / 205
第39話 紫禁城の深謀と龍の血圧

 中華人民共和国、北京。

 かつての皇帝たちが天下を睥睨した紫禁城の西側、中南海。

 朱色の壁と瑠璃色の瓦に囲まれたこの広大な敷地は、現代中国における共産党指導部の中枢であり、14億の民と世界第二位の経済・軍事大国を動かす巨大な脳髄である。

 

 その一角にある会議室『西花庁』。

 窓の外には、人工湖の穏やかな水面と、PM2.5に霞む北京の灰色の空が広がっている。

 室内の空気は、最高級の龍井茶(ロンジンチャ)の香りと、重苦しい紫煙、そして張り詰めた緊迫感によって支配されていた。

 

 円卓を囲むのは、国家の舵取りを担う最高幹部たちだ。

 党中央軍事委員会副主席の劉(リュウ)将軍。

 国家安全部(MSS)部長の張(チャン)。

 外交部トップの王(ワン)。

 そして上座には、国務院総理の李(リー)が沈痛な面持ちで座っていた。

 

 彼らの視線は、壁面の巨大スクリーンに釘付けになっている。

 映し出されているのは、日本の東富士演習場で撮影された『26式多目的装甲戦闘服』――通称ヘビーアーマーの演習映像だ。

 米軍将校ですら「青い目の悪魔」と恐れたその銀色の巨人が、戦車の砲撃を耐え、鉄扉を引きちぎる様が、高精細な映像で繰り返されている。

 

「……怪物だな」

 

 沈黙を破ったのは、軍服に身を包んだ劉将軍だった。

 歴戦の軍人である彼をして、その声には隠しきれない畏怖が滲んでいる。

 

「装甲の材質、動力源、アクチュエータの出力……。

 我が軍の技術局が総力を挙げて解析したが、結論は『再現不能』だ。

 現行の科学技術の延長線上にはない。

 西側のプロパガンダかと思ったが、物理挙動に嘘はない。これは本物だ」

 

「たった一兵士が、戦車小隊を壊滅させるか……」

 

 安全部の張が、指でテーブルを叩いた。

 

「これでは人海戦術も意味をなさん。

 100万の人民解放軍といえど、この『鉄人』を量産されたら、地上戦での優位性は崩壊する」

 

 李総理が、ゆっくりと口を開いた。

 

「軍事バランスの崩壊。

 それは認めよう。

 だが、同志諸君、冷静になりたまえ。

 問題は『能力』ではない。『意図』だ」

 

 総理は手元の資料――日本国内の世論調査や、政治動向の分析レポート――を指差した。

 

「日本がこの兵器を使って、大陸(こちら)へ攻め込んでくると思うかね?」

 

 その問いに出席者たちは一瞬顔を見合わせ、そして鼻で笑った。

 

「あり得ませんな」

 

 外交部の王が即答した。

 

「彼らには『平和憲法』という足枷がある。

 それに何より、国民性が軟弱だ。

 少子高齢化で若者の命を惜しむあまり、侵略戦争などというリスクを冒す度胸はない。

 彼らが望んでいるのは『現状維持』と『経済的繁栄』だけです」

 

「左様。

 日本は『盾』を強化したに過ぎない」

 

 劉将軍も同意する。

 

「あの装甲服は、あくまで専守防衛のための道具だ。

 尖閣(釣魚島)や沖縄に配備されれば厄介極まりないが、北京まで飛んでくるミサイルではない。

 我々が手を出さなければ、向こうから撃ってくることはない。

 ……少なくとも、今のところはな」

 

「そう、今のところはだ」

 

 李総理は目を細めた。

 

「だが日本は変わった。

 あの『資源』を手に入れてから、彼らの背骨には鉄が入ったようだ」

 

 話題はもう一つの懸案事項——『レアメタル』へと移った。

 これこそが中国にとって、真に痛恨の一撃だった。

 

 スクリーンに、南鳥島沖で操業する日本の採掘船団(もちろんダミーだが、中国側は真実を知らない)の映像が映し出される。

 

「……憎々しい光景だ」

 

 経産担当の幹部が呻く。

 

「日本の『深海採掘』成功の発表以来、我が国のレアアース産業は壊滅的打撃を受けている。

 国際価格は暴落。

 対日輸出カードとしての価値はゼロになった。

 それどころか、逆に日本から高品質で安価なインゴットが世界中にばら撒かれ、市場を独占されつつある」

 

「技術的特異点(シンギュラリティ)だ」

 

 安全部の張が呟いた。

 

「深海から無尽蔵に資源を吸い上げ、謎の技術でナノマシン装甲を作る。

 ……日本の説明通りなら『技術革新』で済む話だが、あまりにも出来すぎている。

 まるで魔法だ」

 

「魔法だろうが何だろうが、現実に我々は首を絞められている」

 

 李総理が冷徹に告げる。

 

「経済的な損失は許容できる。我々には巨大な内需がある。

 だが地政学的な損失は別だ。

 日本が資源と武力で自立し、アメリカへの依存度を下げつつ、独自の影響力を持ち始めた。

 これは悪夢だ」

 

「アメリカは、どう動いていますか?」

 

「焦っていますよ」

 

 外交部の王が、CIAの動向レポートを開いた。

 

「ワシントンも、日本の急成長を制御できていない。

 表向きは『同盟の強化』を謳っているが、裏では技術の開示を求めて猛烈な圧力をかけている。

 ……日本政府がアメリカと喧嘩別れしてくれれば、我々にとっては最高の展開なのだが」

 

「それは期待薄だな」

 

 劉将軍が首を振る。

 

「日本はアメリカの犬だ。

 いや、今は『チタンの牙を持った狂犬』になりつつあるが、首輪はついたままだ。

 彼らは賢い。

 アメリカの庇護下にあるという立場を利用しつつ、アメリカすら手を出せない技術的優位性を確立しようとしている。

 ……実に、いやらしい戦略だ」

 

 会議室に苦い沈黙が流れる。

 中国にとって日本は長年のライバルであり、歴史的な因縁の相手だ。

 その日本が、理解不能な「何か」を手に入れ、急速に強大化している。

 侵略の意図がないとしても、隣に「無敵の巨人」が座っているだけで、枕を高くして眠ることはできない。

 

「では、どうする?

 実力行使に出るか?」

 

 過激派の若手将校が発言した。

 

「特殊部隊を送り込み、新木場の施設を破壊する。

 あるいは海上封鎖を行い、南鳥島の操業を妨害する。

 今ならまだ叩けるはずです」

 

「馬鹿者ッ!!」

 

 李総理が一喝した。

 若手将校が縮み上がる。

 

「短絡的な思考は捨てろ。

 日本に実力行使? 100%ない。断言できる。

 そんなことをすれば日米同盟が発動し、全面戦争になる。

 それに……あちらには『26式』がいるのだぞ?

 生半可な特殊部隊など、返り討ちに遭うだけだ」

 

 総理は深呼吸をし、言葉を続けた。

 

「むしろ日本側は、我々が暴発することを待っている節がある。

 『中国が攻撃してきた』という既成事実ができれば、彼らは堂々と再軍備を加速させ、あの装甲服を数千、数万と量産する大義名分を得るだろう。

 ……相手の土俵に乗るな」

 

「では、静観すると?」

 

「いいや。

 『寸止め』だ」

 

 総理の目が老獪な光を帯びた。

 

「現場には厳命しろ。

 『暴発手前の動きはしていいが、暴発だけは絶対にするな』と。

 領海侵犯ギリギリの航行、ドローンによる偵察、サイバー攻撃……。

 あらゆる手段でプレッシャーをかけ続けろ。

 日本の神経を逆撫でし、疲弊させ、ボロを出させるのだ」

 

「グレーゾーン事態の継続ですね」

 

「そうだ。

 そして我々は、その隙に『魔法のタネ』を探る」

 

 ここで安全部の張が、一枚の新しい資料を提示した。

 そこには一見すると軍事とは無関係なデータが並んでいた。

 

「……ナノマシン。

 アメリカの情報機関も、日本の技術の根幹はこれだと推測しています。

 物質を自在に構築する極小の機械。

 もしそれが本当なら……軍事や資源以外にも、応用できる分野があるはずです」

 

 張は資料のページをめくった。

 そこに現れたのは、人体解剖図と、DNAの二重螺旋構造。

 

「医療です」

 

 その言葉に会議室の空気が変わった。

 それまでの殺伐とした軍事的な緊張感とは違う、もっと根源的な人間の欲望に根ざした熱気が漂い始めた。

 

「医療用ナノマシン……か」

 

 年配の幹部たちが身を乗り出した。

 中華の歴史において、権力者が最後に求めるものは常に一つだ。

 始皇帝の時代から変わらない。

 富でも領土でもない。

 『長寿』である。

 

「張部長。

 日本がその分野でも実用化していると思うか?」

 

 李総理の声が、わずかに震えた。

 

「可能性は極めて高いと分析します」

 

 張は淡々と、しかし確信を持って答えた。

 

「考えてもみてください。

 植物を数分で巨木に育てる技術があるなら、人体の細胞分裂を制御することなど造作もないはずです。

 傷を瞬時に治す。

 老化した細胞を修復する。

 ……あるいは寿命そのものを延ばす」

 

 ゴクリと、誰かが唾を飲み込む音がした。

 

「もしそれが実現していたら……。

 日本との関係は、対立だけでは済まされませんな」

 

 外交部の王が目を輝かせた。

 

「交渉の余地があります。

 もし『不老長寿の薬』が手に入るなら、レアメタルの利権など安いものです。

 我々の指導部、ひいては党の長老たちにとって、これ以上の福音はない」

 

「だが日本政府は、それを隠している」

 

 張が指摘する。

 

「公式には『木材』と『装甲』しか発表していない。

 なぜだ?

 医療技術なら人道的な貢献として発表すれば、日本の国際的地位は盤石になるはずだ。

 それを隠す理由は?」

 

「……数が少ないからか?」

 

 劉将軍が推測する。

 

「あるいは副作用があるか。

 もしくは……『日本人以外には渡したくない』という排他的な選民思想か」

 

「いずれにせよ、そこに日本の『アキレス腱』がある」

 

 張は断言した。

 

「新木場の施設は要塞化されており、物理的な潜入は不可能です。

 これ以上あそこを掘っても、コンクリートと警備兵しか出てきません。

 ですが……『人間』は違います」

 

 張はスクリーンに数枚の写真を映し出した。

 日本の政財界の大物たちの写真だ。

 

「我々の工作員(スパイ)が日本の病院ネットワークのデータを洗いました。

 奇妙なデータが見つかっています。

 末期癌だったはずの元公安警察官。

 再起不能の重傷を負った自衛官。

 そして……」

 

 最後に表示されたのは、車椅子に乗った少女の写真と、その隣で微笑む老人の写真だった。

 

「海道重工会長、海道龍之介。

 彼の孫娘サクラ。

 彼女は重篤な心臓疾患で余命いくばくもない状態でしたが、ここ数ヶ月で劇的な回復を見せています。

 今では元気に学校に通っているとか」

 

「……海道重工か」

 

 李総理が唸った。

 あの『26式』の開発元であり、深海採掘の主役でもある企業だ。

 点と点が繋がる。

 

「孫娘の命と引き換えに、政府に協力している……という図式か」

 

「その可能性は高いです。

 つまり日本政府は、すでに『医療用ナノマシン』を実用化し、身内(インナーサークル)だけで密かに使用している。

 これは、その証拠です」

 

 張の言葉に幹部たちは確信を得た。

 そこにあるのは単なる兵器以上の価値を持つ「宝」だ。

 

「方針を変更する」

 

 李総理が決断を下した。

 

「新木場への物理的な偵察は縮小せよ。アメリカに任せておけばいい。

 我々の主戦場は『人間』だ。

 日本国内の不自然な症例、特に政財界のVIPやその親族における『奇跡的な回復』を徹底的に調査しろ」

 

「はっ!」

 

「そして、もし『現物』を持っている者がいれば……。

 金、ハニートラップ、脅迫、何を使ってもいい。

 その『薬』のサンプルを手に入れろ。

 もしそれが本物なら、日本に対する最強の外交カードになる」

 

 総理は窓の外、北京の空を見上げた。

 汚染された空の下で、多くの老人たちが呼吸器疾患に苦しんでいる。

 そして何より、自分たち自身も老いからは逃れられない。

 

「日本は『装甲』で体を守り、『薬』で命を守ろうとしている。

 ……独り占めは良くないな。

 隣人として、その幸福を分かち合おうではないか」

 

 その言葉は慈愛に満ちているようでいて、底知れぬ貪欲さを秘めていた。

 中国という龍は爪を立てるのをやめ、舌なめずりを始めたのだ。

 力づくで奪うのではなく、搦め手で、そして人間の根源的な欲望を利用して、日本の懐に入り込む。

 それこそが数千年の歴史を持つこの国の真骨頂だった。

 

 「工場は成長しなければならない」——その日本のスローガンの裏で、

 「龍は長生きしなければならない」という新たな欲望の方程式が、動き出そうとしていた。

 

 北京の夜は深い。

 だが、その闇の中で光る無数の目は、東京の灯りを虎視眈々と見つめていた。

 

 




ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。