自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~   作:パラレル・ゲーマー

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第45話 紫禁城の狂宴と龍の逆鱗

 中華人民共和国北京。

 中南海の奥深く、地図には存在しない地下会議室『深淵の間』。

 そこは表向きの国務院会議や党大会では、決して語られることのない、国家の真の意志決定が行われる場所である。

 分厚いコンクリートと鉛の壁に囲まれたこの密室には、今、重苦しい停滞感が漂っていた。

 

 円卓を囲むのは、李(リー)総理をはじめとする最高指導部の面々。

 そして国家安全部(MSS)の張(チャン)部長が、苦虫を噛み潰したような顔で報告を行っていた。

 

「……報告します。

 東京新木場エリアにおける『現物確保作戦』は、完全に膠着状態に陥りました」

 

 張の声には、隠しきれない焦燥が滲んでいる。

 

「原因は、アメリカの介入です。

 先日よりターゲット周辺の警備体制が、劇的に強化されました。

 日本の公安警察だけではありません。

 アメリカの民間軍事会社(PMC)『ブラック・オニキス』の要員が、数百名規模で投入されています」

 

「ブラック・オニキスだと?」

 

 軍服に身を包んだ党中央軍事委員会副主席、劉(リュウ)将軍が眉をひそめた。

 

「あの悪名高いマクドウェル家の私兵か。

 元シールズやデルタフォースの崩れを集めた、金で動く殺人マシーンどもだ。

 ……厄介だな」

 

「はい。

 彼らは日本の法律など無視して動いています。

 我が方の工作員が接近を試みたところ、警告なしで発砲を受けました。

 すでに数名の同志が『行方不明』――事実上の排除――となっております」

 

 パキィッ!!

 

 乾いた破砕音が、静まり返った会議室に響き渡った。

 全員の視線が、劉将軍の手元に集まる。

 彼が握っていた白磁の茶碗が、粉々に砕け散っていた。

 熱い茶が手から滴り落ち、テーブルクロスを濡らしていくが、将軍は眉一つ動かさない。

 その拳は、白くなるほど強く握りしめられていた。

 

「……アメリカの犬ごときが」

 

 劉将軍が低く唸る。

 それは比喩ではない。

 物理的な殺意を伴った、龍の逆鱗だった。

 

「アジアの玄関口で、我が国の同志を狩るだと?

 小日本もついに、飼い主の威を借る狐に成り下がったか。

 許し難い。

 即座に特殊部隊『雪豹』を送り込み、その傭兵どもごと施設を焼き払うべきだ!」

 

「ご静粛に、将軍」

 

 李総理が冷ややかに諌めた。

 

「感情で動けば、それこそアメリカの思う壺です。

 新木場は鉄壁と化した。

 正面突破を試みれば、市街戦になります。

 そうなれば日米安保が発動し、我々は国際社会で孤立する」

 

「では、指をくわえて見ていろと言うのか!

 長老たちは待ちくたびれておられるのだぞ!

 『日本の神秘』……あの薬が手に入らねば、我々の寿命が尽きる!」

 

 ドンッ!

 

 テーブルを叩いて叫んだのは、党の長老会議から派遣された白髪の男だ。

 彼の顔は紅潮し、唾を飛ばしている。

 権力の頂点に立つ者ほど、死を恐れる。

 彼らにとって、レアメタルや領土問題など二の次だ。

 自らの肉体が滅びる恐怖の前では、国家戦略すらも霞んで見える。

 

 その時。

 会議室の扉が開き、MSSの部下が駆け込んできた。

 通常なら処刑ものの無礼だが、彼の手には「最重要機密」を示す赤い封筒が握られていた。

 

「ほ、報告します!

 日本国内の協力者……コードネーム『黒猫』より、緊急のデータ転送がありました!」

 

「黒猫?

 あの日下部という官僚の懐に潜り込ませた、二重スパイか」

 

 張が眉を上げた。

 日本側が意図的に情報を流すためのパイプであることを、中国側も薄々感づいてはいた。

 だが今回もたらされた情報は、その疑念を吹き飛ばすほどの爆発力を持っていた。

 

「とんでもないものです、部長。

 これは……決定的な証拠です!」

 

 部下が震える手でUSBメモリを差し出す。

 張はそれを受け取り、プロジェクターに接続した。

 

「再生せよ」

 

 スクリーンにノイズが走り、やがて鮮明な映像が浮かび上がった。

 場所は日本の自衛隊中央病院。

 日付は数ヶ月前。

 

 映し出されたのは、手術台に横たわる一人の男――訓練事故で右脚を失った自衛官だ。

 切断面が、生々しく露出している。

 

「……グロテスクだな」

 

 誰かが呟いた直後、医師が銀色のインジェクターを投与した。

 

 瞬間。

 会議室の全員が呼吸を忘れた。

 

 映像の中で男の脚が、再生を始めたのだ。

 骨が伸び、筋肉が盛り上がり、皮膚が覆う。

 早回しではない。

 画面の隅にあるタイムコードは、リアルタイムで刻まれている。

 わずか60秒。

 失われたはずの脚が、新品同様に蘇っていた。

 

「な……っ!?」

「馬鹿な……!」

 

 映像は切り替わる。

 次は末期癌の患者。

 全身の腫瘍がサーモグラフィー上で青く冷却され、消滅していく様子。

 続いて全盲の女性が光を取り戻し、涙を流すシーン。

 そして車椅子の少女――海道サクラが、ベッドから飛び降りて走り回る姿。

 

 それは人類の医学の敗北であり、勝利だった。

 不可能を可能にする、紛れもない「奇跡」の記録。

 

「おお……おおお……!」

 

 先ほどまで怒鳴っていた老人が、スクリーンに縋り付かんばかりに身を乗り出した。

 その目には狂気じみた光と涙が溢れている。

 

「神の薬だ……!

 やはり、あったのだ!

 日本には『不死の薬』があったのだ!」

 

 老人は震える手で、スクリーンに触れた。

 

「徐福(じょふく)は間違っていなかった……!

 始皇帝陛下が求め果たせなかった夢が、東の海にあったのだ!

 これは日本の神秘ではない。

 我々中華民族が数千年かけて追い求めた真理、そのものだ!」

 

 会議室は熱狂の渦に包まれた。

 懐疑的だった劉将軍さえも、呆然と口を開けている。

 もはや疑う余地はない。

 映像の捏造技術など見抜ける専門家たちが揃っているが、この映像に込められた「生命の躍動」は、作り物では説明がつかない圧倒的な説得力を持っていた。

 

「張部長!

 この薬に関する詳細は!?」

 

 李総理が冷静さを保とうと、必死に声を張り上げた。

 

「ははい!

 『黒猫』からの追加情報によれば……。

 この薬――通称『医療用キット』は、現時点で日本国内に『100本にも満たない』数が保管されているとのことです」

 

「100本!!??」

 

 どよめきが走った。

 

「そ、そんなに……!」

「世界に数個だと思っていたが……100本もあるのか!」

 

 それは予想外の多さだった。

 数個なら奪い合いだが、100個あれば……自分たちの分も回ってくるかもしれない。

 希望という名の毒が、彼らの脳髄を麻痺させていく。

 

「素晴らしい……。

 始皇帝が国を傾けてでも欲しがった薬が、100本もあるのか。

 ……日本という国は、なんと豊かなのだ」

 

 老人が陶酔したように呟く。

 だが張は、さらに重要な情報を読み上げた。

 

「そして……ここからが本題です。

 日本政府内部の『親中派』からのリークによれば、

 『条件によっては、そのうちの2本を中国に譲渡する用意がある』とのことです」

 

 シン……と静まり返った。

 2本。

 たった2本だが、それは「永遠の命」への片道切符だ。

 

「ほ、本当か!?」

「日本が我々に薬を!?」

 

 劉将軍が身を乗り出す。

 

「罠ではないのか?

 アメリカとべったりの日本が、なぜ我々に?」

 

「アメリカへの牽制でしょう」

 

 李総理が分析する。

 

「日本もアメリカの圧力に苦しんでいる。

 全取りされるくらいなら、中国に少し流してバランスを取りたい……。

 そう考える勢力がいても、不思議ではない」

 

「で、条件とは何だ?」

 

 老人が目を血走らせて聞いた。

 金か?

 領土か?

 レアメタルか?

 何でも差し出す覚悟が、彼らの目にはあった。

 

 張は報告書の最後の一行を読み上げた。

 

「条件は……。

 『日本を中国の保護区とし、手出し無用とすること』です」

 

「……なに!?」

 

 全員が絶句した。

 保護区?

 耳慣れない言葉だ。

 

「どういうことだ。

 日本が中国の属国になるということか?」

 

「いえ、文脈から察するに逆です」

 

 張が慎重に言葉を選んだ。

 

「『保護区』とは、中国のメンツを立てた言い回しでしょう。

 実質的な意味は『不可侵条約』です。

 『中国は日本の庇護者(パトロン)となり、アメリカの圧力から日本を守れ。

 ただし日本の内政や領土には一切干渉するな。

 軍事的圧力も経済的嫌がらせもスパイ活動も、全て停止せよ』

 ……そう言っているのです」

 

 バンッ!!

 

 若手の将校が椅子を蹴って立ち上がった。

 その顔は屈辱で歪んでいる。

 

「ふざけるなッ!

 小日本が我々に指図をする気か!

 『保護させてやるから手出しするな』だと?

 対等どころか、上から目線ではないか!

 我々はアメリカの犬の番犬になれと言うのか!」

 

 彼の怒号が部屋に響く。

 中華思想のプライドが、日本の傲慢な提案を拒絶しようとする。

 劉将軍の手も、剣の柄にかかりそうになっていた。

 

 だが。

 

「座れ」

 

 李総理の声は、氷点下の冷たさだった。

 怒鳴ったわけではない。

 ただ絶対的な権力者の重圧が、こもっていた。

 

「……総理、しかし!」

「座れと言っている。

 お前のちっぽけなプライドで、国家の未来を閉ざすつもりか」

 

 若手将校は総理の視線に射抜かれ、脂汗を流して力なく着席した。

 これが逆鱗の管理だ。

 総理自身も腸が煮えくり返る思いだが、それ以上に「餌」の価値を理解している。

 

「言葉の綾などどうでもいい。

 重要なのは『薬が手に入る』という事実だ!」

 

 長老が助け舟を出すように叫んだ。

 

「『保護区』という名目なら、国民への説明もつく!

 『日本は中国の偉大さにひれ伏し、庇護を求めてきた。

 寛大な我々は貢ぎ物(薬)を受け取り、彼らの安全を保証してやることにした』

 ……そう発表すれば、我が国の威信は保たれるではないか!」

 

「……なるほど」

 

 劉将軍も砕けた茶碗の破片を払い落とし、冷静さを取り戻した。

 

「2本……。

 この2本を解析すれば、我々でも量産が可能になるかもしれん。

 そうなれば14億の民すべてが、長寿を享受できる。

 日本を攻め滅ぼすより、遥かに大きな利益だ!」

 

 議論は一気に「受け入れ」へと傾いた。

 プライドか、実利か。

 その天秤は圧倒的な「生への執着」によって傾いたのだ。

 

「……まずは接触だ」

 

 李総理が結論を出した。

 

「日本の提案に乗ったふりをする。

 『保護区』という概念についての定義を詰め、交渉のテーブルに着くのだ。

 その過程で、本当に薬が渡されるのか、効能は本物かを見極める」

 

「工作員はどうしますか?

 新木場への攻撃計画は?」

 

「中止だ。

 いや、凍結だ」

 

 総理は断言した。

 

「今は日本を刺激するな。

 彼らが『中国は話の通じる相手だ』と思うように仕向けるのだ。

 新木場の警備が鉄壁なら、正面玄関から堂々と入って、手土産として薬を受け取る道を探る。

 ……それが大人のやり方だ」

 

          ◇

 

 数時間後。

 中南海の大広間『紫光閣』。

 普段は国賓を迎えるための豪奢な宴会場で、今夜は奇妙な祝宴が開かれていた。

 

 集められたのは党の長老たちと、一握りの最高幹部のみ。

 テーブルには最高級の料理が並び、国酒である『茅台酒(マオタイ)』の芳醇な香りが漂っている。

 

「乾杯!」

「偉大なる中華の未来に!」

 

 老人たちがグラスを掲げる。

 彼らの顔は紅潮し、笑みが張り付いている。

 まだ手に入れてもいない薬の幻影に、酔いしれているのだ。

 

 だが、その空気はどこか狂っていた。

 

「……ふふふ。2本か」

 

 車椅子に乗った長老の一人が、震える手で杯をあおった。

 その視線は、隣に座る別の幹部に突き刺さっている。

 

「誰が使うことになるのかな。

 やはり党への貢献度順か?

 それとも……」

 

「さあ、どうでしょうな。

 これからの働き次第ではありませんか?」

 

 隣の幹部が笑顔のまま、冷徹に答える。

 視線が交錯する。

 2本しかない。

 ここにいる全員に行き渡るはずがない。

 誰が生き残り、誰が死ぬのか。

 祝宴の裏で、すでに壮絶な椅子取りゲームが始まっている。

 

 ゲホッ、ゲホッ……!

 

 突如、席の端で誰かが激しく咳き込んだ。

 呼吸器を患っている長老だ。

 彼はハンカチで口を押さえたが、その白い布には鮮やかな血が滲んでいた。

 

 シン……。

 

 宴の喧騒が、一瞬止まる。

 全員が、その血を見た。

 それは彼ら自身の未来の姿だ。

 死の影が、すぐそこまで迫っている。

 

「……薬だ。薬を」

 

 血を吐いた老人が、うわ言のように呟く。

 

「あの薬さえあれば……!」

 

 その言葉が会場の空気を決定的に変えた。

 享楽的な宴ではない。

 これは溺れる者たちが、唯一の浮き輪を奪い合う狂気の宴だ。

 

 李総理はその光景を、バルコニーから冷ややかに見下ろしていた。

 

「……日本か」

 

 彼は夜空を見上げた。

 かつては侮っていた小国が、今は彼らの命運を握る魔女のように思える。

 100本の薬。

 それが本当なら、世界は変わる。

 

「保護区か。

 良い響きだ。

 だが覚えておけ、日本人よ。

 龍が守る宝珠は、いずれ龍の腹の中に収まるのが運命だ」

 

 総理はグラスを傾けた。

 中国という巨獣は、日本の提案した「毒入りの餌」を、毒ごと飲み干す覚悟を決めたのだ。

 たとえ腹を壊そうとも、長寿という果実は手放せない。

 

 東の空が白み始める頃、北京から東京へ向けて一本のホットラインが繋がれようとしていた。

 それは平和への架け橋ではない。

 欲望と陰謀、そして老いた龍たちの妄執がドロドロと流れる、太いパイプラインの開通だった。

 




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