自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~   作:パラレル・ゲーマー

59 / 206
第52話 星条旗の守護者と与えられた全知

 アメリカ合衆国バージニア州ラングレー。

 CIA本部から数キロ離れた森の中に、地図には記載されていない無機質なコンクリートの施設が存在する。

 通称『サイト・オメガ』。

 かつて冷戦時代に核シェルターとして建設され、現在は国家安全保障局(NSA)と中央情報局(CIA)が合同で管理する、最高機密レベルの通信傍受・解析センターとして運用されている場所だ。

 

 その最深部、地下10階にある『第7戦術情報室』。

 分厚い防音扉の前に、一人の男が立っていた。

 デイビッド・ミラー上級分析官。

 40代半ば、元海兵隊の情報将校であり、中東での潜入任務や対テロ作戦の指揮経験を持つ。

 現場とデスクワークの双方を知り尽くしたベテランだ。

 

 だが、そんな彼でさえ、今日という日の緊張感は異常だった。

 早朝、自宅に黒塗りの車が迎えに来たかと思えば、目隠しをされてこの施設に連行され、弁護士でも読み解くのに数日かかりそうな誓約書(NDA)にサインさせられたのだ。

 『国家反逆罪』という単語が、契約書の至る所に散りばめられていた。

 

「……入れ」

 

 インターホン越しに女性の声が響いた。

 デイビッドは深呼吸をして、生体認証パネルに手をかざした。

 重厚な油圧音が響き、扉が開く。

 

 中は薄暗いオペレーションルームだった。

 壁一面に巨大なスクリーンが設置され、その前には航空機のコックピットを思わせる複雑なコンソールデスクが鎮座している。

 そして、そのデスクに腰掛け、脚を組んで彼を待っていたのは、CIA長官エレノア・バーンズ、その人だった。

 

「長官……!」

 

 デイビッドは反射的に直立不動の姿勢を取った。

 雲の上の存在である長官が、たった一人でここで待っていたことの意味。

 それは、この部屋で行われることが、大統領直轄レベルの極秘事項であることを示していた。

 

「楽にして、ミラー分析官。

 貴方をここに呼んだのは、他でもない。

 貴方の能力と、これまでの忠誠心を高く評価してのことよ」

 

 エレノアは立ち上がり、ゆっくりと彼に歩み寄った。

 

「貴方は選ばれました。

 今日から貴方には、あるシステムの『オペレーター』になってもらいます」

 

「オペレーター……ですか?」

 

 デイビッドは眉をひそめた。

 彼の階級は現場指揮官クラスだ。

 今更、端末を叩くオペレーターに降格ということか?

 

「不満そうね。

 でも誤解しないで。

 これは、ただのオペレーターじゃない。

 神の視座に座る、唯一の人間よ」

 

 エレノアはコンソールの電源を入れた。

 ブォン、という重低音と共に、壁一面のスクリーンが光を放つ。

 

「これは……」

 

 そこに映し出されたのは、見慣れたワシントンD.C.の地図だった。

 だが、何かが違う。

 通常の衛星写真や電子地図とは根本的に異なる、異様な質感を持っていた。

 建物が半透明のワイヤーフレームで描かれ、その内部で無数の光の粒子が脈動している。

 

「日本から貸与された最新鋭の広域監視システム。

 コードネーム『グラス・アイ(硝子の眼)』よ」

 

「日本から?

 同盟国とはいえ、外国のシステムを中枢に?」

 

「ええ。

 彼らが開発した『ナノマシン・レーダー網』です」

 

 エレノアは、日下部から吹き込まれた嘘を、そのまま真実として語った。

 彼女自身もそれを信じているし、部下に対しても、その説明が最も合理的だからだ。

 

「ナノマシン……?

 まさか、SF映画のスマートダストですか?」

 

「その『まさか』よ。

 日本政府は極秘裏に開発した自律型センサー・ナノマシンを、特殊な『ビーコン』と共に提供してきたわ。

 現在、ワシントンD.C.の中心部にそのビーコンが設置され、周囲半径100キロメートルの空間に、不可視のナノマシンが充満している」

 

 エレノアはコンソールを指差した。

 

「座って。

 そして、操作してみて」

 

 デイビッドは半信半疑のまま、革張りのシートに座った。

 手元にはキーボードの他に、球体状のトラックボールと、複雑なダイヤルがついたコントローラーがある。

 彼は恐る恐るトラックボールを動かした。

 

 シュッ。

 画面が滑らかに動いた。

 遅延(ラグ)がない。

 まるで、自分の眼球を動かしているかのような追従性だ。

 

「ズームインしてみて。

 場所はどこでもいいわ。

 例えば……ユニオン駅とか」

 

 言われるがままに操作する。

 視点が降下し、駅の巨大なドーム屋根に近づく。

 そして――突き抜けた。

 

「なっ!?」

 

 屋根を透過し、構内の雑踏が映し出された。

 行き交う人々、ベンチに座る老人、売店の店員。

 それらがサーモグラフィーとX線を合わせたような、高精細な3次元モデルとして描写されている。

 

「見えますか、ミラー捜査官。

 これが日本の技術です。

 壁も地下も夜闇も関係ない。

 空間そのものをスキャンし、再構築しているのです」

 

「……馬鹿な。

 これほどの解像度で?

 衛星監視システム『キーホール』でも、新聞の文字までは読めませんが……」

 

 デイビッドは、さらにズームした。

 ベンチでスマートフォンを操作しているサラリーマンの手元。

 画面の文字が読める。

 メールの内容まで識別できる。

 

「……音声も聞けるわよ。

 そこのフェーダーを上げて」

 

 彼が震える手でつまみを上げると、ノイズ混じりの音がクリアになった。

 

『……だから言っただろ、あの株は売れって』

『でも、まだ上がると……』

 

 電話の会話だ。

 マイクなどないのに、空気の振動を拾っているのだ。

 

「こ、これは……」

 

 デイビッドは戦慄した。

 背筋に冷たい汗が流れる。

 長年インテリジェンスの世界に身を置いてきた彼だからこそ、この技術の異常性が理解できる。

 これは「監視」のレベルを超えている。

 「全知」だ。

 

「凄いテクノロジーです……!

 日本は、いつの間にこんな怪物を……」

 

「彼らは『医療用の副産物』だと言っているわ。

 人体の中を見る技術を、都市に応用しただけだと」

 

 エレノアは苦々しげに言った。

 

「対象エリアは、ワシントンD.C.だけじゃないわ。

 ニューヨーク、そしてロサンゼルス。

 この3都市の中心部に『ビーコン』が設置されたことで、それぞれ半径100キロメートル圏内をカバーしている」

 

 彼女がメインメニューを操作すると、アメリカ全土の地図が表示され、3つの巨大な円が青く輝いた。

 アメリカの政治、経済、そして文化の中心地。

 その全てが、今このコンソールから覗き見ることができる。

 

「貴方の任務は、この『天からのカメラ』を使って、テロ計画者を捕まえることよ」

 

 エレノアの声が厳しくなる。

 

「最近、国内で過激派の動きが活発化している。

 従来の手法――通信傍受や、ヒューミント(人的諜報)――では尻尾を掴めないケースが増えているわ。

 彼らはデジタルの痕跡を残さず、密室で会合を開き、アナログな手段で計画を進めている」

 

「ですが、このシステムがあれば……」

 

「ええ。

 密室は、もう存在しない。

 彼らが地下室で爆弾を作っていようと、森の中で密談していようと、全てお見通しよ」

 

 エレノアはデイビッドの肩に手を置いた。

 

「貴方達には、この3都市を自由に見る権限を与えます。

 裁判所の令状はいらない。

 上司の許可もいらない。

 怪しいと思ったら、即座にズームし、記録し、分析しなさい。

 ……法の番人ではなく、狩人になりなさい」

 

 それはアメリカ合衆国憲法修正第4条(不当な捜索・押収の禁止)を、真っ向から否定する命令だった。

 だが、この部屋に憲法は届かない。

 

「ただし」

 

 エレノアは画面上の一角を指差した。

 そこには黒いノイズのような「モザイク」がかかっているエリアがあった。

 

「制限事項があるわ。

 マップ上には『マスキング』されたエリアが存在する」

 

「マスキング?」

 

「ええ。

 例えば、ホワイトハウスの大統領執務室周辺。

 ペンタゴンの作戦司令室。

 そして……日本大使館と、その関連施設」

 

 エレノアは少し顔をしかめた。

 

「これらの場所は、システム的にロックされていて、我々でも中を見ることはできない。

 日本側が『技術保護』と『同盟国への配慮』という名目で設定したブラックボックスよ」

 

「……なるほど。

 日本大使館は、見えないですか」

 

 デイビッドは察した。

 これは日本からの「借り物」なのだ。

 首輪付きの番犬。

 だが、その首輪を受け入れてでも、この力は魅力的すぎる。

 

「マスキングエリア以外は自由です。

 一般市民の寝室だろうが、企業の会議室だろうが、全て貴方の監視下にある。

 ……その意味が分かるわね?」

 

「はい。

 プライバシーの死ですね」

 

「そう。

 でも、それによって救える命がある。

 ……頼んだわよ、ミラー捜査官。

 この『硝子の迷宮』の中で、アメリカを脅かすネズミを一匹残らず駆除して頂戴」

 

 エレノアはそう言い残し、部屋を出て行った。

 重厚な扉が閉まり、電子ロックがかかる音が響く。

 

 残されたデイビッドは、広大なスクリーンの前に一人、佇んでいた。

 画面の中では、無数の人々が生活を営んでいる。

 彼らは知らない。

 今、頭上から自分たちの全てが見下ろされていることを。

 

「……神の視点か」

 

 デイビッドは呟き、コンソールに向き直った。

 彼はターゲットのリストを入力した。

 テロ組織の支援者と目される、ある実業家の名前。

 即座にシステムが反応し、ニューヨークのマンハッタンにある高級アパートの一室を表示した。

 

 壁が透ける。

 男が電話をしている。

 その声が鮮明に聞こえてくる。

 

『……ああ、計画は順調だ。今夜、港の倉庫で……』

 

「……見つけた」

 

 デイビッドの指が動く。

 恐怖と同時に、抑えきれない高揚感が彼を包んでいた。

 これは全能感だ。

 誰にも知られず、誰の秘密でも暴くことができる力。

 それは麻薬のように甘く、そして危険な味がした。

 

 彼は知らなかった。

 このシステム自体が日本――テラ・ノヴァにある日下部のモニターともリンクしており、彼が「誰を監視しているか」さえも日本側に筒抜けであることを。

 彼は狩人になったつもりだが、実際には「日本の手のひら」という巨大な檻の中で飼われた、優秀な猟犬に過ぎなかったのだ。

 

          ◇

 

 一方、日本。首相官邸地下。

 日下部は手元のタブレットで、アメリカの稼働状況を確認し、満足げにコーヒーを啜った。

 

「起動しましたね。

 アメリカのオペレーターも、真面目に働いてくれているようだ」

 

 画面には、デイビッドがニューヨークのテロリストを追跡しているログが表示されている。

 彼の操作履歴、注目したエリア、録音した音声。

 その全てがバックドアを通じて、日本側にもリアルタイムで送信されていた。

 

「ギブアンドテイクですからね」

 

 日下部は笑った。

 アメリカが国内のテロリストを監視すればするほど、そのデータは日本にも蓄積される。

 アメリカの治安維持活動が、そのまま日本のインテリジェンス資産になる仕組みだ。

 

「それに、彼らがこのシステムに依存すればするほど……もう手放せなくなる」

 

 一度「全知の眼」を手に入れた人間は、盲目だった頃には戻れない。

 アメリカは今後、このビーコンを維持するために、日本の要求――テラ・ノヴァ関連の無理難題――を呑まざるを得なくなるだろう。

 「ビーコンを止めますよ?」という一言が、核ミサイル以上の脅しになるからだ。

 

「さて、次は中国か」

 

 日下部は視線を、東シナ海の向こうへと向けた。

 アメリカが落ちたなら、中国も時間の問題だ。

 彼らの猜疑心と支配欲は、アメリカ以上だ。

 「監視の甘い果実」を見せつければ、必ず食いついてくる。

 

 硝子の迷宮は、確実に世界を飲み込み始めていた。

 そして、その中心で日下部は静かに糸を引いていた。

 胃薬の瓶を片手に、世界の管理者を演じながら。

 

 




ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。