自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~   作:パラレル・ゲーマー

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番外編 超天才の暇つぶしと帝都の地下に眠る黄金

 惑星テラ・ノヴァ。

 

 紫がかった空に二つの月が淡く浮かぶ頃、前線基地(FOB)の中央司令室は、静寂でありながら恐ろしいほどの情報密度に包まれていた。

 

 無機質なコンクリートの壁に囲まれた空間の中央。

 

 地球から持ち込まれた最高級の革張りソファに深く腰を沈めた工藤創一の周囲には、半透明のホログラムウィンドウが十個以上も展開され、それぞれが目まぐるしい速度で別の情報を表示し続けている。

 

 一つのウィンドウは、北部の油田地帯から延びるパイプラインの圧力と流量をミリ秒単位で監視し、流体力学の公式を当てはめて配管の劣化を予測している。

 

 隣のウィンドウでは、南部の銅鉱山と中央精錬所を結ぶ鉄道網のダイヤグラムが、ドローンの交差タイミングまで含めて自動補正されている。

 

 さらにもう一つのウィンドウでは、ガンタレットに装填される貫通弾薬の生産ラインの最適化プログラムが走り、コンベアの速度を微調整していた。

 

 かつての工藤創一――地球のブラック企業で、スパゲッティのように絡み合ったレガシーコードのバグを血眼になって追いかけていた頃の彼――であれば、これらの一つのタスクを処理するだけでも半日を費やし、胃を痛めながら頭を抱えていただろう。

 

 だが、今の彼は違う。

 

「……よし、第4ラインのインサータの同期ズレ0.02秒の修正完了。

 西側の防衛壁を修復するドローンの巡回ルート、エネルギー効率を考慮した最適化も終わり。

 ウラン濃縮プロセスに向けた遠心分離機の基礎設計シミュレーション……うん、これも問題ないな。

 流体ダイナミクスも完璧だ」

 

 創一は、宙に浮いた十のウィンドウを、まるでオーケストラの指揮者がタクトを振るうように両手で滑らかに操作しながら独りごちた。

 

 彼自身の肉体に投与された『医療用キット2(MK2)』――通称「エボリューション・バイアル」。その恐るべき効果は、創一の脳機能を極限まで拡張していた。

 

 神経細胞(ニューロン)はナノマシンによって最適化され、伝達速度は常人の数十倍に達している。

 

 複数の複雑な思考を並列して行うことができ、一度見たデータは写真のように完全に記憶され、どんなに高度な数式も一瞬で暗算できる。

 

 おまけに、睡眠すらほとんど必要とせず、肉体的な疲労もナノマシンが随時修復してしまう。

 

 結果として何が起きたか。

 

「……暇だ」

 

 創一は大きく欠伸をして、両腕を天井に向けて伸ばした。

 

 そう、圧倒的な「暇」である。

 

 工場の生産ラインの最適化、物流のダイヤ調整、新兵器の設計……本来なら何日も、あるいは優秀なエンジニアチームが数ヶ月がかりで取り組むような膨大な業務が、彼の超天才的な頭脳とイヴのサポートにかかれば、朝のコーヒーを飲み終わる前の数十分で全て片付いてしまうのだ。

 

 工場が巨大化し、自動化が進めば進むほど、彼自身が直接手を下す余地は減っていく。

 

 もちろん、最終的な承認や新規路線の開拓など、やることはあるが、それすらも思考の速度が速すぎるため、体感時間としては一瞬で終わってしまう。

 

 創一は十個のウィンドウをスワイプして視界の端に追いやり、代わりに地球のネットワークからダウンロードしておいた電子書籍端末を取り出した。

 

 最近の彼は、この持て余した時間を潰すために、ありとあらゆるジャンルの本を読み漁っていた。

 

 専門書、論文、SF、純文学。

 

 その読む速度も尋常ではなく、数秒で一ページを画像として脳にスキャンし、一冊を数分で読破してしまう。

 

 今日、彼が選んだのは地球の歴史ミステリー小説だった。

 

「……ふむ。徳川埋蔵金ねぇ」

 

 ディスプレイに表示された文字を恐ろしい速度で追いながら、創一は興味深そうに呟いた。

 

 幕末、江戸幕府が倒れる際、新政府軍への資金受け渡しを拒んだ幕府の勘定奉行らが、莫大な御用金を赤城山や日光東照宮の地下に隠したという伝説。

 

 年末のテレビ特番で、重機を使って何度も穴を掘っては空振りに終わっている、日本史上最大のロマンの一つだ。

 

「推定で数百万両。

 現代の価値に換算して、数十兆円か。……凄い額だな。

 まあ、俺のインベントリに入ってるレアメタルや、純度99.9%の銅板の山に比べたら、経済的な価値としてはどうってことないけど」

 

 テラ・ノヴァの無限に等しい資源を独占している創一にとって、地球の紙幣や黄金という概念はすでに崩壊している。

 

 だが、彼のオタク的な探求心、あるいは「技術者としての遊び心」が、その歴史のロマンに反応した。

 

「……これ、今の設備なら一瞬で見つけられるんじゃないか?」

 

 創一は天井を仰ぎ、ニヤリと笑った。

 

 彼の頭には、先日アメリカや中国に「ナノマシン監視網」と偽って売り込んだ、あのシステムの存在があった。

 

 位相空間レーダー網だ。

 

「なあ、イヴ」

 

『何でしょうか、マスター』

 

 虚空から、冷徹で事務的なAIの声が応答する。

 

「地球に向けてる『位相空間レーダー』、あるだろ?

 あれを使って、日本の地下に埋まってる徳川埋蔵金を探せないかな?

 ちょっとした宝探しゲームみたいで面白そうじゃない?」

 

『推奨しません』

 

 イヴの回答は、にべもなかった。

 

『地球上の指定エリアを空間スキャンすることは技術的に可能ですが、ノイズが多すぎます。

 現在のスキャン有効範囲である東京・新木場を中心とした半径100キロメートル圏内の地下には、膨大な数の人工物、配管、ケーブル、地下鉄網、そして自然の鉱脈が入り乱れています。

 過去の特定の埋蔵物をピンポイントで特定するためのデータ紐付けと検索アルゴリズムの構築には、膨大な演算リソースとプログラミングの労力が必要です。

 費用対効果(ROI)が著しく低いです』

 

「まあ、普通ならそう言うよな。

 昔の俺でも『面倒くさい』って投げ出してると思う」

 

 創一はソファから立ち上がり、指の関節をポキポキと鳴らした。

 

 その目には、知的な興奮の光が宿っている。

 

「でもさ、今の俺の頭脳なら、そんな変態的な検索アルゴリズム、数時間で組めるよ。

 むしろ、それくらいの複雑なパズルがないと、脳みそが退屈で腐っちまいそうだ。

 よし、暇つぶし(ゲーム)の開始だ!」

 

 彼はコンソールに向かい、キーボードの上に両手を構えた。

 

 超天才の退屈しのぎが、今、動き出そうとしていた。

 

          *

 

「さて、まずはターゲットの成分定義からだ」

 

 創一の指がキーボードの上で、目にも止まらぬ速さで踊り始めた。カタカタカタカタッ! という打鍵音が、途切れることなく司令室に鳴り響く。

 

 位相空間レーダーが読み取った莫大な物理データを、いかにして「目的の物質」だけを抽出するようにふるいにかけるか。

 

 それがこのゲームの肝だ。

 

「イヴ、とりあえず純金(Au)の波形で検索をかけるとどうなる?」

 

『……現在のスキャン有効範囲である新木場を中心とした半径100キロメートル圏内において、約250万件のヒット。

 その99%以上が、銀行の地下金庫に保管されている現代のインゴット、貴金属店の在庫、個人の資産、および電子機器の基板に使用されている金メッキです』

 

「だよねー。それじゃダメだ。

 俺たちが探しているのは、現代のピカピカに精錬された純金じゃない。

 江戸末期の『小判』だ。

 当時の改鋳で、金の含有量はかなり落ちているはずだ」

 

 創一は脳内の膨大な知識データベースにアクセスし、幕末期の貨幣の成分比率を瞬時に引き出した。

 

 万延小判、あるいは安政小判。

 

「ターゲットの組成比率を変更!

 金50〜85%、銀15〜40%、そして微量の銅と、当時の精錬技術で混入した不純物(鉛や亜鉛など)。

 この『汚いノイズ混じりの波形』をターゲットに指定する!」

 

 エンターキーを叩く。

 

『条件を変更。……ヒット数、約1万件に減少しました。

 しかし、依然として自然の金鉱脈や、古い青銅像の修復部分、あるいは特殊な工業用合金が多数含まれています』

 

「よしよし、いい感じに絞れてきた。

 次は『現代のノイズ』を弾き飛ばすぞ」

 

 創一のプログラミングは、さらに変態的な領域へと突入していく。

 

 彼は「除外フィルター(ハイパスフィルター)」のコードを、鼻歌交じりに書き連ねていく。

 

「徳川の時代に鉄筋コンクリートはない。

 だから、ターゲットの周囲が『現代のコンクリート』や『チタン合金』『強化ガラス』で覆われている座標は全て除外だ!

 銀行の金庫や現代の地下シェルターは、これで消える」

 

「さらに! 電波環境のフィルタリングだ。

 周囲に『Wi-Fi』の電波が飛んでいる空間、あるいは『防犯カメラの微弱な駆動電流』『赤外線センサー』が存在する空間も、全て無視する設定を追加!」

 

『……首都圏の市街地における誤検知の95%が排除されました。

 残り数百件です』

 

「まだ数百もあるのか。

 関東の地下って意外といろんなもんが埋まってるんだな。

 じゃあ、さらに条件を厳しくしよう」

 

 創一の脳は、限界を知らずに回転速度を上げていく。

 

 MK2によって強化されたシナプスが、発熱することなく論理の城を組み上げていく。

 

「埋蔵金なら、必ず『容器』に入っているはずだ。

 千両箱とか壺とかな。

 剥き出しで土に埋める馬鹿はいない」

 

 彼は、新たなパラメーターを追加する。

 

「ターゲットの周囲10センチ以内に、『腐朽した古い木材』、防虫用の『和紙』、あるいは『漆塗りの壺』『銅の箱』のスペクトルが重なっているものをピックアップしろ!」

 

「加えて、形状と地形の複合検索(マルチ・スキャン)だ。

 インゴットのような綺麗な直方体や、アクセサリーのような細かい形状は除外。

 小判の束や無骨な塊に限定する。

 そして、自然の洞窟ではなく、『江戸時代の土木技術で掘られた人工的な地下空洞』という地質データと掛け合わせるんだ!」

 

 複数の条件式が複雑に絡み合い、一つの巨大な検索アルゴリズムが完成していく。

 

「おっと、ついでに……」

 

 創一はコードを打ち込みながら、ふと思いついたように別の処理を走らせた。

 

「空間の『異物』をタグ付けする過程で、色々見えちゃうな。

 奥多摩や丹沢、秩父なんかの山中の土中に埋まってる『人骨』のスペクトル……これ、遭難者か行方不明者の遺体だな。

 これも別枠で座標をマッピングしておこう。

 それから、首都圏の地下数十メートルから百メートルにある『地下水脈の流れ』や、記録されていない『未知の活断層』や『陥没空洞』のデータ。

 これも綺麗に3Dマップ化できてるじゃないか」

 

 彼は、本当に「ついで」の作業として、首都圏全域の未解決事件の遺体発見システムと、国家レベルの超高精度防災・地質マップを、数十分のコーディングで完成させてしまった。

 

「よし、こっちのデータは後で日本の警察や防災庁に送ってやったら喜ぶだろうな。

 サーバーの隅っこに保存しておこう」

 

 彼は鼻をすすると、メインの検索画面に向き直った。

 

 数時間に及ぶ超高度なプログラミングの果てに、究極の「宝探し用フィルター」が完成したのだ。

 

「さあ、準備は整った。

 神の眼よ、時を超えたロマンを見せてくれ」

 

          *

 

「検索実行(エクスキュート)!」

 

 創一がエンターキーをターン! と勢いよく叩き込んだ。

 

 メインスクリーンに表示された関東平野のホログラムマップの上で、無数の光点が明滅を始める。

 

 自らが組み上げた変態的なフィルターが、首都圏の地下を文字通り舐め回すように解析していく。

 

 山に埋もれたただの鉄屑が消える。

 現代の金庫に眠る延べ棒が消える。

 自然の鉱脈が消える。

 

 光点が次々と消灯していくカタルシス。

 

 最後に残るのは、都市伝説として語られる場所か、それとも誰も予想しなかった場所か。

 

 創一は固唾を飲んで画面を見つめた。

 

 やがて解析のプログレスバーが100%に達し、ホログラムマップの上から全てのノイズが消え去った。

 

 そして――。

 

「……えっ?」

 

 創一は拍子抜けしたような声を上げた。

 

 赤く輝くターゲットの光点は、群馬県の赤城山でも、日光東照宮でもなかった。

 

 そもそも、そこは100キロ圏外か、ギリギリのラインだ。

 

 残ったのは、たった1点。

 

 それは「東京都内某所」のど真ん中だったのだ。

 

「東京のど真ん中?

 まさか、江戸城跡地……つまり今の皇居の地下か?」

 

 創一は急いでマップをズームインした。

 

 だが座標は、皇居からは少し外れていた。

 

 都内の下町風情が残るエリア、奇跡的に現代の大規模な地下鉄工事や再開発からギリギリ外れ、ひっそりと佇む古い寺社の敷地内だった。

 

「ここの地下……深さ40メートルの地点に、人工的な空洞がある」

 

 創一は位相空間レーダーの視点を地下へと潜らせ、『透視(ゴッド・ビュー)』モードに切り替えた。

 

 何層もの粘土層と岩盤を透過した先に、暗い空間が広がっていた。

 

 酸素が絶たれ、長い年月をかけて静まり返った石室。

 

 そして、そこに映し出された映像に、創一は息を呑んだ。

 

「……マジかよ」

 

 そこには、朽ち果てて崩れかけた木箱の山があった。

 

 木箱の隙間から、レーダーの解析波に反応して、眩い光を放つものが溢れ出している。

 

 小判だ。

 

 数千、数万という単位ではない。

 

 山のように積まれた圧倒的な黄金の束。

 

 さらに、金だけではなかった。

 

『マスター。空間内に、油紙で厳重に何重にも包まれた金属反応を多数確認しました。

 炭素年代および形状データから解析……刀剣類です』

 

 イヴが淡々と報告を重ねる。

 

『刀身の反り、刃文の波形データ、および茎(なかご)の形状を歴史データベースと照合。

 ……99.8%の確率で、歴史上行方不明とされていた国宝級の名刀が複数含まれています。

 その中には、徳川将軍家伝来の『本庄正宗(ほんじょうまさむね)』と推測される反応も確認されました』

 

「本庄正宗……!

 第二次世界大戦後にGHQに接収されたとか、色んな噂があった幻の妖刀じゃないか!

 それが一緒に埋まってたってのか!」

 

 創一は立ち上がり、頭を抱えた。

 

 ただの暇つぶしだった。

 

 パズルを解くような感覚でレーダーをいじっただけだ。

 

 それが、日本史を揺るがす特大の爆弾を掘り当ててしまった。

 

「これは……一人で抱えきれるロマンじゃないぞ。

 すぐに連絡だ!」

 

 創一はコンソールを操作し、東京の首相官邸地下危機管理センターにいる日下部への緊急ホットラインを開いた。

 

 数秒のコールの後、画面に日下部の疲労困憊した顔が映し出される。

 

『……はい、日下部です。

 工藤さん、今度は一体何を作ったんですか?

 核兵器ですか?

 それとも、また人間を辞める薬ですか?』

 

 日下部は、すでに胃薬の袋を手にしており、いつでも水で流し込める準備を整えていた。

 

「いやいや、違いますって!

 もっと平和的で夢のある話ですよ!」

 

 創一は、興奮冷めやらぬ声で捲し立てた。

 

「日下部さん!

 俺、暇だったんで本読んでたら、徳川埋蔵金見つけちゃいました!」

 

『……はい?』

 

 日下部の動きがピタリと止まった。

 

『徳川ですか?

 あの、年末のテレビ番組で重機を使ってよく穴を掘ってる……あれをレーダーで?』

 

「そうです!

 東京の地下40メートルにありましたよ!

 しかも、小判だけじゃなくて、国宝級の刀剣まで山盛りです!」

 

 創一は、レーダーが捉えた透視データと座標を、そのまま日下部の端末に転送した。

 

 数秒後、データを確認した日下部の口から、スゥーッと息が漏れる音が聞こえた。

 

『こ、これは……本物……ですか?』

 

「俺のレーダーに間違いはありませんよ。

 で、イヴ。これの価値ってどれくらいになる?」

 

『金の含有量による地金価値、および歴史的・美術的価値を総合的に試算すると、最低でも推定で約20兆円規模になります。

 名刀のプレミアムを加えれば、さらに跳ね上がる可能性が高いです』

 

「……に、20兆……!?」

 

 日下部が椅子からずり落ちそうになりながら絶叫した。

 

「20兆円!?

 国家予算の何分の一だと思っているんですか……!

 それが、都内の寺の地下に!?」

 

「すごいですよね!

 伝説は本当だったんだ!

 いやー、ロマンだなあ!」

 

 創一は一人でゲラゲラと笑っている。

 

 日下部は震える手で胃薬を飲み込み、何とか呼吸を整えた。

 

『工藤さん……。

 これ、どうするおつもりですか?

 貴方が発見したのですから、所有権を主張することも可能ですが……』

 

 当然の疑問だった。

 

 これほどの財宝を前にすれば、どんな人間でも目が眩む。

 

「あ、それなんですけど」

 

 創一はあっけらかんと言った。

 

「全部、日本政府に寄付しますよ」

 

『……は?』

 

「いや、だって俺、お金使わないですし。

 工場があれば十分生活(?)できてますし、テラ・ノヴァには資源なんて売るほどありますからね。

 わざわざ地球の土掘り返して換金するのも面倒くさいんで」

 

 20兆円を「面倒くさい」で片付ける男。

 

「それに、俺の名前が出ると色々と厄介でしょ?

 アメリカとか中国の工作員に狙われてるみたいだし。

 だから、そっちで適当に掘り出して全部使っちゃってください。

 あ、そうだ」

 

 創一は名案を思いついたように手をポンと叩いた。

 

「最近、日本の少子化がヤバいってニュースで見たんで、その20兆円、少子化対策とか子育て支援にドーンと使っちゃってくださいよ!

 子供が増えないと、将来の工場の労働力も減っちゃいますしね!」

 

 あくまで彼の中の倫理観は、「工場の未来」に紐付いている。

 

『……本気ですか、工藤さん。

 20兆円ですよ?

 無償で?』

 

「ええ、全然良いですよ!

 俺はパズルを解いてロマンを満喫できたんで大満足です!

 あ、ついでに作った『行方不明者捜索システム』と『超高精度防災マップ』のデータも送っておくんで、警察とかに渡しといてくださいね。

 じゃ、そういうことで!」

 

 ブツッ。

 

 創一は一方的に通信を切ってしまった。

 

 残された日下部は、モニターに映る莫大な黄金のデータと、送られてきた防災・捜査の革命的データを前に、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

 

          *

 

 その日の夜。

 

 首相官邸の地下会議室には、副島総理をはじめ、財務大臣、経済産業大臣、警察庁長官、国土交通大臣など主要な閣僚たちが緊急招集されていた。

 

 皆、一様に日下部から提示されたデータを見て、幽鬼のような顔になっている。

 

「……20兆円の財宝に、失われた名刀の数々だと?」

 

 財務大臣が、信じられないものを見るように資料を震える手で持っていた。

 

 ただでさえ、テラ・ノヴァからの「深海レアメタル」や「リサイクル銅」の売却益で、特別会計はかつてないほど潤っているのだ。

 

 そこにさらに20兆円という天文学的な臨時収入が、空から……いや、足元の地下から降ってきたのだ。

 

「工藤氏は、これを全て無償で国に寄付すると言っているのかね?」

 

 総理が確認するように日下部に問う。

 

「はい。

 彼曰く、『お金は使わないし、掘るのが面倒だから。少子化対策にでも使ってくれ』とのことです。

 ご自身の名前を出すことも固辞されました」

 

「……彼は本当に欲というものがないのか。

 あるいは、我々とは見ている世界(スケール)が違いすぎるのか」

 

 総理は深いため息をついた。

 

 一人の男の気まぐれな「暇つぶし」が、国家の財政難を吹き飛ばそうとしている。

 

 あまりにも現実離れしていて、笑うしかない。

 

「総理! それだけではありません!」

 

 警察庁長官が、興奮で顔を紅潮させて立ち上がった。

 

「工藤氏から『ついで』に送られてきたこのデータ……『行方不明者捜索システム』の精度は異常です!

 首都圏の山林や土中に埋まっている遺体の座標がミリ単位で記録されています。

 これを使えば、奥多摩や丹沢で迷宮入りしていた山岳遭難や死体遺棄事件が一網打尽に解決します!」

 

「国交省としても、このデータは革命的です!」

 

 国土交通大臣も続く。

 

「超高精度な地下水脈と未確認の活断層マップ!

 これさえあれば、今後の首都圏のインフラ整備や防災計画が一気に100年は進歩します!

 地下鉄やトンネル工事の事故も劇的に減らせる!」

 

 もはや会議室は狂乱の様相を呈していた。

 

 テラ・ノヴァの技術が、軍事や外交だけでなく、内政と治安維持の根幹すらも一瞬でアップデートしてしまったのだ。

 

「……落ち着きたまえ、諸君」

 

 総理が手を挙げて場を制した。

 

「これは間違いなく天佑だ。

 だが、この20兆円の財宝をどうやって『自然な形』で掘り出し、世間に公表するかが問題だ。

 いきなり『徳川埋蔵金を見つけました』と言っても、誰も信じまい。

 それに、工藤氏のレーダー技術の存在を悟られるわけにはいかん」

 

「その点については、すでにカバーストーリーを構築済みです」

 

 日下部が、冷徹な官僚の顔に戻って提案した。

 

「内閣府直轄の『特別地質調査隊』というダミー組織を立ち上げます。

 彼らが国交省と共同で、『最新の地下探査技術(※送られてきたマップデータのダミー)』のテストを行っていたところ、都内の地下に偶然、巨大な人工空洞を発見した……というシナリオです」

 

「なるほど。

 あくまで『最新の科学技術のテスト中の偶然』とするわけだな」

 

「はい。

 そして、調査隊の総意として、この歴史的財産は未来の日本のため、『少子化対策特別基金』に全額充当すると発表します。

 これで工藤氏の意向も叶えられ、国民の支持も爆発的に得られる、非の打ち所のない美しいストーリーが完成します」

 

 日下部の淀みない説明に、閣僚たちは一斉に頷いた。

 

 嘘を真実にする技術にかけては、彼らはすでに世界最高峰の練度を持っている。

 

「よし、それで進めよう。

 直ちに極秘の発掘チームを編成し、現物の回収にあたれ」

 

 総理の決断により、日本の歴史に新たな1ページが刻まれることとなった。

 

          *

 

 数日後。

 

 日本中は、突如として発表されたニュースに沸き返っていた。

 

『世紀の大発見! 徳川埋蔵金、ついに都内地下で発見される!』

『幻の国宝・本庄正宗も回収! 歴史のミステリーが解明』

『政府、埋蔵金の推定価値20兆円を全額「少子化対策基金」へ投入と発表!』

 

 テレビのワイドショーは連日この話題で持ちきりとなり、ネット上はお祭り騒ぎだ。

 

 「政府グッジョブ!」「これで子供産めるわ」「調査隊の人たち、寄付するとか聖人かよ」と、称賛の声が溢れかえっている。

 

 裏で糸を引いているアメリカのCIAも、中国のMSSも、この突如湧いて出た「純粋な歴史的ニュース」には、ただ唖然とするしかなかった。

 

 だが、その狂騒の裏で。

 

 惑星テラ・ノヴァの前線基地では、世界を騒がせた張本人が、すでに地球の騒ぎなど綺麗さっぱり忘れていた。

 

「よし、暇つぶしは終わりだ。

 だいぶリフレッシュできたぞ」

 

 工藤創一は再び司令室のメインコンソールに向かい、真剣な表情でホログラムを操作していた。

 

「さあ、本業に戻ろう。

 ウラン濃縮ラインの遠心分離機の配置設計を急がないとな。

 原子力発電所を作らないと、レーダーの電力がもたないんだから」

 

 彼は、地球の20兆円よりも、目の前の工場のメガワット数の方に遥かに強い情熱を燃やしていた。

 

 一方、東京の官邸地下。

 

 日下部は、テレビのニュースでお祭り騒ぎの映像を見ながら、いつものように胃薬を水で飲み下していた。

 

「……彼の暇つぶし一つで、国家の借金が減り、迷宮入り事件が解決し、少子化が解決に向かう」

 

 日下部は疲れたように、しかし、どこか清々しい表情で呟いた。

 

「魔法使いのスケールには、もう慣れるしかありませんね」

 

 彼の胃痛の種は尽きないが、今回ばかりは少しだけ甘い痛みに感じられたのだった。

 

 

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