自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~   作:パラレル・ゲーマー

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第61話 赤い霧の捕食者と灰色の火種

 中華人民共和国、北京。

 紫禁城の西、中南海の地下深くに存在する国家安全部(MSS)の極秘指令室『深淵の間』。

 この日、円卓を囲む共産党指導部の面々は、かつてないほどの熱狂と、獲物を前にした猛獣のような獰猛な空気を漂わせていた。

 換気システムがフル稼働しているにもかかわらず、充満する紫煙と茶の香り、そして権力者たちが発する脂ぎった汗の臭いが混じり合い、独特の重苦しい空気を醸し出している。

 

 円卓の上座には、李(リー)国務院総理。

 その脇を固めるのは、MSS部長の張(チャン)と、人民解放軍の劉(リュウ)将軍。

 彼らの視線は、壁面の巨大スクリーンに映し出された一枚の衛星写真に釘付けになっていた。

 それはアメリカ・ネバダ州の極秘飛行場から飛び立つ輸送機C-17グローブマスターIIIの姿だった。

 

「……報告通りです」

 

 張の声が、地下室の冷たい壁に反響する。

 

「アメリカ軍は動きました。

 日本から調達した1万個の『バンドエイドMK3』……彼らはこれを、世界中に展開する特殊作戦群(SOCOM)の拠点へ向けて空輸を開始しました。

 中東、アフリカ、東欧、そしてアジア太平洋地域。

 主要な紛争地帯のすべてに、あの『灰色の薬』がばら撒かれようとしています」

 

「1万個……だと?」

 

 人民解放軍の劉将軍が、眉をひそめて唸った。

 その皺だらけの手が、テーブルの上の資料を鷲掴みにする。

 

「桁が違うぞ。

 我々が入手した情報では、オリジナルの『医療用キット』は世界に100本も存在しないはずだ。

 いくら性能を落とした劣化版とはいえ、ナノマシン製剤だぞ?

 それを1万個も用意したというのか?」

 

「はい、将軍。

 そこが脅威なのです」

 

 張は深刻な面持ちで頷いた。

 

「我々は以前、日本政府から廃棄された『MK1』と『MK2』のサンプルを入手しました。

 解析の結果、それらは構造が単純化され、量産に適した設計になっていることは確認済みです。

 日本は、『作れない』のではなく『作らなかった』だけだった。

 我々にゴミを拾わせ、アメリカに完成品を渡す。

 その裏で彼らは、工業レベルでの量産ラインを完全に確立していたのです」

 

「おのれ、小日本め……!」

 

 李総理が、氷のように冷徹な瞳で吐き捨てた。

 彼は手元のタブレットで、世界地図上に点滅する米軍基地の配置図を見つめている。

 

「我々には『在庫がない』『技術的に困難』と言っておきながら、アメリカには1万個を献上するか。

 露骨な差別だ。完全に我々を舐めている」

 

 総理の怒りは、単なる侮辱への反発ではない。

 もっと現実的で、致命的な軍事バランスの崩壊への危惧だった。

 

「100個程度なら、要人救助用の特別なツールで済んだでしょう。

 だが、1万個という数字は意味が違う。

 これは『戦略物資』の数だ。

 一個師団の生存率を劇的に引き上げ、局地戦の勝敗を容易に覆すだけの力がある」

 

 劉将軍が同意する。

 

「その通りです、総理。

 考えてもみてください。

 敵の特殊部隊が、どれだけ撃たれても即座に回復し、痛みを感じずに突っ込んでくるとしたら?

 我々の兵士が必死の思いで与えた損害が、注射一本で帳消しにされるとしたら?

 ……士気の崩壊は避けられません。

 地上戦における人民解放軍の数的優位は、質的隔絶によって無効化されます」

 

「阻止せねばならん」

 

 李総理は顔を上げ、張部長に鋭い視線を送った。

 

「アメリカ軍がその威力を発揮し、我々の勢力圏を脅かす前に。

 何としてでも『現物』を奪うのだ」

 

「現物、ですか。

 MK2のサンプルなら手元にありますが?」

 

「足りん!」

 

 劉将軍が机を叩いた。

 

「我々が持っているのは、日本が捨てたゴミだ!

 必要なのは、アメリカに渡った『最新の実戦配備型(MK3)』だ!

 1万個も量産された製品版には、必ず製造プロセスのヒントが隠されている。

 あるいは、日本がアメリカ向けに施した『安全装置』や『追跡機能』の解析も必要だ。

 それを丸裸にし、我々自身の手でコピー生産を実現するのだ」

 

「そして……」

 

 李総理が言葉を継いだ。

 

「我々にも作れることを証明し、日本に突きつけてやる。

 『お前たちの技術は盗まれた。もはやアメリカだけが特別なパートナーではない』とな。

 そうすれば日本は、我々にも正規のルートで技術供与せざるを得なくなる」

 

 全ては、対等な立場――あるいは優位な立場――に立つための布石。

 そのためには、泥棒の汚名を被ってでも、実物を手に入れなければならない。

 

「張部長。

 『網』の準備は?」

 

「万全です。

 世界各地に潜伏している工作員(スリーパー)、および我が国が支援している反米武装勢力、民間軍事会社(PMC)。

 その全てに『最高優先度指令(レッド・オーダー)』を発令しました」

 

 張はスクリーンを切り替えた。

 そこには、灰色のインジェクターの写真と共に、破格の懸賞金額が表示されている。

 

「現物の確保に成功した者には、1本につき100万ドル。

 ケースごと奪取した組織には、最新鋭の地対空ミサイルと無制限の資金提供を約束しました。

 ……金と武器に飢えた狼たちが、今夜から一斉に牙を剥きます」

 

「1本100万ドルか。

 アメリカとの戦争を考えれば安いものだ」

 

 総理は冷笑した。

 

「ただし、注意が必要だ。

 MK3にはGPSビーコンと追跡機能が埋め込まれているという情報がある。

 奪った瞬間に米軍、そして日本の監視システムに捕捉される」

 

「対策済みです」

 

 張は即答した。

 

「回収部隊には、特製の『電磁シールドケース』を携行させています。

 奪取した瞬間にその中へ放り込めば、いかなる電波も遮断されます。

 ……始めましょう。

 アメリカから『血』を抜き取る作業を」

 

 総理の号令一下、中国という巨大な龍が、その不可視の爪を世界中に伸ばし始めた。

 狙うは、灰色の奇跡。

 そのためなら、局地的な紛争など些細な犠牲だ。

 アメリカと中国。

 二つの超大国の代理戦争が、日本の作った絆創膏を巡って勃発しようとしていた。

 

          ◇

 

 中東、シリア北部。アレッポ郊外。

 かつては美しい古都と呼ばれたこの街も、長引く内戦により瓦礫の山と化していた。

 崩れかけたビルの影が長く伸びる廃墟の谷間を、小規模な車列が慎重に進んでいる。

 

 アメリカ陸軍第75レンジャー連隊。

 彼らの任務は、この地域に潜伏するテロ組織幹部の居場所を特定するための強行偵察だ。

 だが、その装備は通常とは異なっていた。

 隊員の腰には、見慣れない銀色のハードケースが装着されている。

 日本から配備されたばかりの『バンドエイドMK3』だ。

 

 配備数は限定的だった。

 機密保持のため、一般兵士への配布は見送られ、分隊長クラスと衛生兵にのみ携行が許されている。

 それでも、「撃たれても治る薬がある」という噂は、隊員たちの士気を高めるには十分だった。

 

「……静かすぎるな」

 

 先頭を行くハンヴィーの銃座手、ミラー伍長が呟いた。

 熱探知ゴーグルには、野良犬の反応すら映らない。

 不気味な静寂。

 それは嵐の前の静けさというよりは、捕食者が獲物を待ち構えている時の緊張感に似ていた。

 

「警戒を怠るな。

 ドローンからの情報では、このエリアに武装勢力の集結が確認されている」

 

 分隊長のホーク大尉が、無線で注意を促す。

 彼の胸ポケットには、MK3が1本、お守りのように入っている。

 

 その時。

 道路脇の瓦礫の山が、不自然に動いた。

 

「左前方! RPGッ!!」

 

 叫び声と同時に、閃光が走った。

 轟音。

 先頭車両が爆発し、宙に舞う。

 

「敵襲! 敵襲!

 全方位から撃ってきやがる!」

 

 廃墟の窓という窓から、一斉にマズルフラッシュが輝いた。

 AKライフル、PKM機関銃、そして大口径の対物ライフル。

 あらかじめ射線を計算し尽くした、完璧な待ち伏せ攻撃(アンブッシュ)だ。

 

「降りろ! 車両を盾にしろ!」

 

 ホーク大尉が叫び、部下たちが車外へ飛び出す。

 だが、敵の数は圧倒的だった。

 目視できるだけでも100人以上。

 しかも彼らの装備は、ただの反乱軍のものではない。

 最新の防弾ベスト、暗視装置、統制された動き。

 中国MSSが金に糸目をつけずに雇い入れ、訓練した精鋭傭兵団だ。

 

「……クソッ、これは偵察部隊相手の戦力じゃないぞ!

 まるで戦争だ!」

 

 ホークは状況を即座に分析した。

 敵の目的は殲滅ではない。

 包囲網を狭め、ジリジリと肉薄してくるその動きは、何かを「捕獲」しようとしているように見える。

 

「ターゲット確認!

 衛生兵と指揮官を狙え!

 ポーチを持っている奴だ!」

 

 傭兵のリーダーが、現地の言葉ではなく、中国語訛りの英語で指示を飛ばすのが聞こえた。

 その言葉に、ホークは戦慄した。

 狙いは自分たちの命ではない。

 腰にある「これ」だ。

 

「……MK3狙いか!」

 

 その瞬間、部下の衛生兵が悲鳴を上げた。

 肩を狙撃され、地面に転がる。

 すかさず数人の敵兵が、衛生兵に向かって殺到する。

 援護射撃などお構いなしの突撃だ。

 

「させるかッ!」

 

 ホークはライフルを乱射し、敵を牽制する。

 だが、別の方向からも弾丸が飛んでくる。

 脇腹に鋭い衝撃。

 防弾プレートの隙間を縫って、7.62mm弾が肉を食い破った。

 

「ぐっ……!」

 

 激痛と熱さが広がる。

 膝が崩れそうになる。

 だが、ここで倒れるわけにはいかない。

 

「大尉! 大丈夫ですか!?」

 

「……問題ない。

 見せてやるよ。日本の魔法ってやつを」

 

 ホークは脂汗を流しながら、懐のMK3を取り出した。

 灰色のインジェクター。

 安全装置を外し、自分の脇腹――血が噴き出している傷口に突き立てる。

 

 プシュッ。

 

 圧縮空気が解放される音。

 冷たい液体が体内へと侵入する。

 

 その瞬間。

 ホークの視界から「赤色(痛み)」が消えた。

 

 脳が認識していた激痛が、スイッチを切ったように遮断される。

 神経ブロック完了。

 続いて、傷口が熱を持ったように脈動し始めた。

 

 シュゥゥゥ……。

 

 穴の空いた防弾服の下で、肉が泡立ち、融合していく感覚。

 裂けた筋肉が繋がり、破れた血管が塞がる。

 失われた血液の代わりに、酸素運搬ナノマシンが全身に活力を送り込む。

 

 10秒。

 20秒。

 30秒。

 

 ホークは深く息を吸い込み、カッ!と目を見開いた。

 

「……動ける」

 

 彼は立ち上がった。

 腹部の傷は、すでに跡形もない。

 それどころか、疲労すら消え失せ、全身に力が漲っている。

 

「総員、MK3使用許可!

 死ぬな! ゾンビになってでも食らいつけ!」

 

 ホークの号令一下、傷ついたレンジャーたちが次々とインジェクターを使用した。

 肩を撃たれた衛生兵も、足を吹き飛ばされかけた機関銃手も。

 灰色の霧に包まれた彼らは、次の瞬間には眼光鋭く立ち上がっていた。

 

「うおおおおッ!!」

 

 反撃開始。

 それは一方的な蹂躙劇の始まりだった。

 

          ◇

 

 廃ビルの3階。

 MSSの現地監視員、陳(チェン)は、震える手で双眼鏡を握りしめていた。

 

「……化け物だ」

 

 彼の目の前で、常識ではあり得ない光景が繰り広げられていた。

 

 銃弾を浴びて倒れたはずの米兵が、数秒後には起き上がり、正確無比な射撃で味方を屠っている。

 手榴弾の爆発に巻き込まれた兵士が、煙の中から無傷で現れ、ナイフ一本で傭兵に襲いかかる。

 

 彼らは痛みを感じていない。

 恐怖も感じていない。

 ただ任務を遂行するためだけの、精密な殺人機械と化している。

 

「撃っても死なないだと!?

 頭を吹き飛ばさない限り止まらないのか!?」

 

 傭兵たちがパニックに陥り始めている。

 いかに金で雇われたプロとはいえ、不死身の怪物を相手にする契約はしていない。

 恐怖が伝染し、包囲網が崩れ始める。

 

 陳は見た。

 一人の米兵が、腹を撃たれながらも、全く怯まずに前進し、敵の機関銃座を制圧する様を。

 彼が撃たれた傷口からは血が出ているはずだが、彼はそれを気にする素振りすら見せない。

 そして次の瞬間には、傷口が塞がっているのだ。

 

「これが……量産型の威力か……!」

 

 陳は戦慄した。

 北京で見た実験映像以上の衝撃だ。

 実験室のモルモットではなく、武装し、訓練された兵士がこの薬を使うとどうなるか。

 それは「戦術」の概念を根底から覆す暴力だ。

 

 兵士は消耗品ではない。

 メンテナンスフリーの永久機関だ。

 

「……勝てるわけがない」

 

 陳は悟った。

 この技術をアメリカが独占すれば、人民解放軍に勝ち目はない。

 数で押しても、質で圧倒される。

 1万回死なない兵士1万人がいれば、100万の軍隊すら駆逐できるだろう。

 

「確保だ!

 何としてでも奪え!」

 

 陳は無線機に向かって絶叫した。

 

「死体ごとでも構わん!

 腕一本でもいい!

 あの『灰色の悪魔』を持ち帰るんだ!

 さもなくば、我々に未来はない!」

 

 彼の指令を受け、MSSの督戦隊が逃げ出そうとする傭兵を射殺し、無理やり前線へと押し戻す。

 狂気の消耗戦。

 米兵は死なないが、弾薬には限りがある。

 傭兵は死ぬが、数は無限に近い。

 

 戦場は泥沼と化した。

 血と硝煙、そしてナノマシンの蒸気が入り混じる混沌の中で、人類の未来を左右する争奪戦が続いていく。

 

 ホーク大尉は、空になったインジェクターを投げ捨て、新しいマガジンを装填した。

 彼の体は、すでに3回致命傷を負い、3回蘇っている。

 感覚が麻痺し、自分が人間なのか機械なのか分からなくなってくる。

 

 だが、やるしかない。

 この薬を敵に渡せば、世界が終わる。

 それだけは、本能が理解していた。

 

「来いよ、クソ野郎ども。

 俺たちは死なない。

 ……弾が尽きるまではな」

 

 彼の瞳が、ナノマシンの作用で青白く輝いた。

 

 




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