自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~   作:パラレル・ゲーマー

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第67話 神の火の宣言と世界を巡る戦慄

 東京都千代田区、永田町。

 日本国の権力の中枢である首相官邸は、深夜にもかかわらず、真昼のような照明に照らされ、異様な熱気と緊張感に包まれていた。

 降りしきる冷たい雨がアスファルトを叩く音は、官邸前を埋め尽くした数百名の報道陣のざわめきと、中継車の発電機の唸りにかき消されている。

 急遽招集された緊急記者会見。

 事前の通告は「国家のエネルギー政策に関する重大発表」のみ。

 だが、深夜23時という常識外れの時間設定と、官邸周辺に敷かれた物々しい警備体制、そしてここ1年の日本の不気味な技術的躍進――木材、銅、レアメタル、そして噂される医療技術――を肌で感じている記者たちは、これがただ事ではないことを本能的に悟っていた。

 

 会見室のドアが開く。

 無数のフラッシュが一斉に焚かれ、視界が真っ白に染まる。

 現れたのは内閣官房長官だ。

 その表情は能面のように硬く、一切の感情を読み取らせない。だが、その瞳の奥には、これから世界に向けて放つ言葉が引き起こすであろう波紋を、冷徹に見据える覚悟が宿っていた。

 彼はゆっくりとした足取りで演台の前に立ち、手元の原稿に視線を落とすことなく、会場を見渡した。

 水を打ったような静寂が訪れる。

 NHK、民放各局、CNN、BBC……世界中のカメラレンズが、黒い砲口のように彼を狙っている。

 

「……国民の皆様、並びに国際社会に向けて発表いたします」

 

 低く、よく通る声が響いた。

 

「日本国政府は、我が国のエネルギー安全保障を抜本的に強化し、将来にわたる持続可能な発展を確実なものとするため、本日より『次世代の原子力発電』および『高効率なウラン濃縮プロセス』の基礎研究を開始いたしました」

 

 会場が一瞬、真空になったかのように静まり返り、直後に爆発的なざわめきが巻き起こった。

 記者が一斉に手を挙げる。怒号のような質問が飛ぶ。

 だが長官は動じない。手で制することもなく、淡々と続けた。

 

「本研究は、既存の原子力技術とは一線を画す、革新的な理論に基づくものです。

 詳細なスペック、および研究施設の所在地につきましては、国家安全保障上の『特定秘密』に指定されており、現時点では『未定』および『非公開』とさせていただきます」

 

 たったそれだけだった。

 「基礎研究を始めた」。言葉の上では、大学の研究室レベルの話に聞こえなくもない。

 だが、このタイミングで、政府高官が、深夜に緊急会見を開いて宣言する意味。

 そして何より、長官の纏う「揺るぎない自信」。

 それは、「これから研究します」という希望的観測ではない。「我々はすでに答えを持っている」という、事実上の勝利宣言に他ならなかった。

 

「質問は受け付けません」

 

 長官は一方的に告げると、踵を返して退室した。

 残された記者たちは、茫然自失の体で、あるいは狂ったように本社へ電話をかけながら、この「短すぎる会見」の意味を咀嚼しようとしていた。

 日本が、核の封印を解いた。

 その事実は、光ファイバーを通じて瞬く間に世界を駆け巡った。

 

          ◇

 

 オーストリア、ウィーン。

 ドナウ川のほとりに聳え立つ国際原子力機関(IAEA)本部ビル。

 その最上階にある事務局長室では、緊急呼び出しを受けた幹部たちが、顔面蒼白で集まっていた。

 テーブルの上には、日本の会見の翻訳スクリプトと、専門家たちによる分析レポートが散乱している。

 

「……『基礎研究』だと?

 ふざけるな! 日本政府のあの態度は、研究開始の挨拶ではない。

 『完成報告』そのものだ!」

 

 ドイツ出身の事務局長が、コーヒーカップをソーサーに叩きつけた。

 褐色の液体が飛び散るが、誰も気にしない。

 

「どういうことだ、技術局長。

 日本の原子力施設は全て我々の監視下にあるはずだ。

 六ヶ所村も、各地の原発も、24時間体制でカメラと封印(シール)で管理されている。

 彼らが裏でこっそり濃縮活動を行う隙など、1ミクロンもなかったはずだぞ!」

 

 問われた技術局長は、脂汗を拭いながら首を横に振った。

 

「物理的には不可能です、局長。

 既存の遠心分離機を使えば、必ず電力消費と熱排気、そして六フッ化ウランの輸送痕跡が残ります。

 衛星監視でも、現場査察でも、異常な数値は一切検出されていません」

 

「では、日本は嘘をついているのか?

 ハッタリか?」

 

「いえ……。

 近年の日本の技術的特異点(シンギュラリティ)を考慮すれば、ハッタリと断じるのは危険すぎます」

 

 別の査察官が、震える声で口を挟んだ。

 彼らはナノマシンの存在など知らない。

 だからこそ、既存の科学の枠組みの中で、日本の発表を合理的に解釈しようと必死だった。

 そして導き出される答えは、IAEAの存在意義を根底から覆すものばかりだ。

 

「彼らは『高効率』と明言しました。

 もし、我々の知らない全く新しい濃縮技術――例えば、かつて理論だけで放棄された『レーザー濃縮』の完全版や、あるいは化学的触媒を用いた常温での分離プロセスを確立していたとしたら?」

 

 会議室に戦慄が走る。

 目に見えない工場。熱を出さない遠心分離機。

 そんなものが存在するなら、これまでの査察は何の意味もなかったことになる。

 

「場所はどこだ?

 地下要塞か?

 それとも海上プラットフォームか?

 『深海採掘』技術があるなら、海底にプラントを作ることさえ可能かもしれない」

 

 疑心暗鬼が膨れ上がる。

 見えない工場。見えない遠心分離機。

 だが、そこから生み出されるであろう濃縮ウランは、確実に存在する。

 

「まさか……海水ウラン回収の実用化とセットか?

 だとしたら資源の制約すらなくなるぞ。

 輸入記録に残らないウランを、秘密工場で濃縮しているとしたら……我々にはお手上げだ」

 

 事務局長は頭を抱えた。

 

「これはNPT(核拡散防止条約)体制への挑戦だ……。

 いや、崩壊の序曲だ。

 優等生だった日本が、監視の網をすり抜けて核技術を完成させたとなれば、イランも北朝鮮も黙ってはいない。

 『日本が許されるなら我々も』と、雪崩を打って核武装へ走り出すぞ」

 

 査察を要求しても、「基礎研究です」と言ってビーカーの一つでも見せられれば、それ以上追及できないかもしれない。

 あるいは、本当に何もない研究室を見せられて、「何もありませんでした」と報告させられるのか。

 どちらにせよ、IAEAの権威は地に落ちる。

 ウィーンの夜明けは、かつてないほど重苦しい雲に覆われていた。

 

          ◇

 

 大韓民国、ソウル。

 青瓦台(大統領府)の地下バンカーでは、深夜の緊急国家安全保障会議(NSC)が紛糾していた。

 大統領は顔を紅潮させ、机を拳で殴りつけていた。

 

「日本がウラン濃縮だと!?

 ふざけるな! これは実質的な核武装宣言ではないか!」

 

 モニターには、日本の官房長官の会見映像が繰り返し流されている。

 『エネルギー安全保障のため』『基礎研究』。

 その白々しい言葉の裏にある「意志」を、彼らは敏感に感じ取っていた。

 

「アメリカは何をしているのですか!?

 我々の原子力潜水艦計画にはあれほど強く反対しておきながら、日本には濃縮を許すというのか!

 これは明白な二重基準だ! 同盟国としての信義に対する裏切りだ!」

 

 国防長官が悲痛な声を上げる。

 彼らが知っているのは「日本が核に手を出し、アメリカがそれを黙認しているらしい」という事実だけだ。

 だが、それだけで十分すぎるほどの悪夢だった。

 

 ソウルの街頭では、ニュースを聞いた市民たちがすでに集結し始めていた。

 日本大使館前は、怒れる群衆で埋め尽くされている。

 『日本の核武装反対!』『韓国も核を持て!』

 シュプレヒコールが夜空を震わせる。

 

 野党党首もメディアの前で声を荒らげた。

 

「日本が変わった。

 もはや『平和憲法』の国ではない。

 経済力を背景に、ついに核の矛まで手にしようとしている。

 この隣人と対等に渡り合うためには、我々も『力』を持つしかない!

 独自の核武装論議を、タブーなく開始すべきだ!」

 

 これまで極論とされていた「独自核武装論」が、一夜にして主流派の意見へと変貌していた。

 恐怖が理性を焼き切る。

 ドミノ倒しの最初の1枚が、ソウルで倒れようとしていた。

 

          ◇

 

 北朝鮮、平壌。

 地下数百メートルに建設された最高司令部の作戦室。

 将軍様の前で、軍の高官たちが直立不動のまま、脂汗を流している。

 

「……日本が、核を?」

 

 将軍の声は低く、震えていた。

 それは怒りではない。純粋な「焦燥」だった。

 

「どういうことだ。

 アメリカの核の傘に守られているはずの日本が、なぜ独自に濃縮を始める?

 アメリカの影響力が低下しているのか?

 それとも、日米で新たな密約が結ばれたのか?」

 

 情報が足りない。

 彼らは日本の「真意」が読めずに混乱していた。

 これまでは「日本を人質に取ればアメリカを牽制できる」という図式だった。

 だが、もし日本自身が核報復能力を持てば、その前提が崩れる。

 

「……迎撃ミサイルだけではない。

 攻撃能力まで持たれたら、我々の優位性は消滅する」

 

 参謀総長が呻く。

 北朝鮮の戦略は「核による非対称な脅威」で成り立っていた。

 だが、経済力も技術力も上の相手が同じ土俵に上がってきたら?

 物量で押し潰されるのは目に見えている。

 

「撃てない……」

 

 将軍が呟いた。

 

「下手に動けば、口実を与えてしまう。

 日本は今、きっかけを待っているのかもしれん。

 ……静観だ。

 決して挑発に乗るな」

 

 これまで瀬戸際外交で世界を翻弄してきた国が、初めて「本物の死の淵」を覗き込んでいた。

 平壌の沈黙は、雄弁に日本の脅威を物語っていた。

 

          ◇

 

 イギリス、ロンドン。

 シティ・オブ・ロンドンにあるヘッジファンドのトレーディングルーム。

 壁一面のマルチディスプレイには、滝のように流れる数字の列と、赤と緑のチャートが点滅している。

 日本の会見から数時間後、欧州市場が開くと同時に、アルゴリズム取引(HFT)が暴走を始めた。

 

「原油、暴落!

 ブレント、WTIともに5%下げて、まだ止まりません!」

 

 トレーダーが絶叫する。

 

「日本がエネルギー自給に舵を切った!

 世界第4位の輸入国が、化石燃料を捨てて核へ移行するとの観測が広がっています!

 LNG先物もストップ安!」

 

 エネルギー市場のパニック売りとは対照的に、ある通貨と銘柄が垂直に跳ね上がっていた。

 

「円(YEN)です!

 円が買われています!

 ドル売り円買いの注文が殺到!

 さらに日本の重工業、電力、防衛関連株が軒並み高騰!

 『ジャパン・プレミアム』の意味が変わりました!

 リスク・プレミアムじゃない、覇権への期待値(チケット)代です!」

 

 投資家たちは、政治的なリスクなど見ていなかった。

 彼らが見ているのは「効率」と「利益」だけだ。

 日本が安価で無尽蔵のエネルギーを手に入れ、資源問題を解決したなら、その国の経済は最強になる。

 単純な算数だ。

 

「日本はエネルギー問題を解決した……」

 

 誰かが呟いたその一言が、市場のコンセンサスとなっていた。

 世界経済の潮流が、音を立てて変わり始めていた。

 

          ◇

 

 アラブ首長国連邦、ドバイ。

 超高層ビルの最上階にある王族のプライベートラウンジ。

 眼下には砂漠の摩天楼が広がっているが、シェイク(首長)たちの表情は砂嵐のように曇っていた。

 

「……聞いたか。日本の発表を」

 

 水タバコを燻らせながら、一人の王族が言った。

 

「ああ。

 『次世代原子力』……。

 もしそれが本当なら、石油の時代は終わるぞ」

 

 彼らの繁栄は、砂の下の黒い液体の上に成り立っている。

 その最大の顧客である日本が離脱すれば、ドバイの繁栄は砂上の楼閣と化す。

 

「金はある。まだ、今のところはな」

 

 別の王族が、タブレットを操作した。

 

「日本の技術を買うのだ。

 彼らが何をしているのか、その利権の一端でもいい。

 金に糸目はつけるな。

 オイルマネーをすべて日本の新技術(フューチャー)に換えるつもりで投資しろ」

 

 中東の富が、奔流となって日本へ流れ込もうとしていた。

 

          ◇

 

 再び、東京。

 夜が明けても、首都の興奮は収まるどころか加熱していた。

 テレビをつければ、どのチャンネルも「核」の話題一色だ。

 

 『日本、エネルギー自給へ! 夢の国産エネルギーとは?』

 『憲法違反の暴挙! 市民団体が抗議の座り込み!』

 『株価3万円突破! バブル再来か?』

 

 肯定派と否定派、期待と不安が入り乱れ、国論は二分――いや、カオスの中にあった。

 国会議事堂前には数万人規模のデモ隊が押し寄せ、機動隊と揉み合っている。

 シュプレヒコールと怒号、そしてサイレンの音が、東京の空に木霊する。

 

 だが、その喧噪を冷ややかに見下ろす視線があった。

 

 首相官邸地下5階、『特別情報分析室』。

 日下部と鬼塚ゲンは、壁一面のスクリーンに映し出された「東京のリアルタイム透視図」を見つめていた。

 デモ隊の熱気も、機動隊の汗も、すべては冷たいデジタルデータとして処理されている。

 

「……騒がしいですね、地上は」

 

 日下部が、胃薬をかじりながら呟いた。

 

「ええ。

 ですが、この騒ぎのおかげで『鼠』たちが動き出しました」

 

 鬼塚がモニターの一角を指差した。

 デモ隊の集団の中に、奇妙な動きをする赤いマーカーがいくつも点滅している。

 彼らはスローガンを叫ぶふりをしながら、周囲を警戒し、あるいは群衆を扇動してバリケード突破を試みている。

 

「ロシアのSVR、それに北の工作員……。

 どさくさに紛れて、官邸や重要施設への浸透を図るつもりでしょう。

 あるいは、暴動を拡大させて政権を揺さぶる気か」

 

「愚かですね」

 

 日下部は冷笑した。

 

「彼らは自分たちが『見えていない』と思っている。

 人混みに紛れれば安全だと。

 ……ですが、この『硝子の迷宮』の中では、群衆こそが最も透明な場所なのに」

 

 日下部がコンソールを操作する。

 ズームイン。

 工作員の懐にある拳銃、バックパックの中の爆発物、そして耳に装着したインカムからの指令音声。

 全てが丸裸にされた。

 

「鬼塚さん。

 掃除の時間です」

 

「了解」

 

 鬼塚がインカムに指示を飛ばす。

 待機していた『ブラック・オニキス』の傭兵部隊と、強化服(ヘビーアーマー)のライト版を装着したSAT隊員たちが動き出す。

 

 現場の路地裏。

 工作員たちがアジトで火炎瓶やプラスチック爆薬の準備をしている最中だった。

 突如、壁が爆破された。

 

 ドォォン!!

 

「なっ!? 警察か!?」

 

 驚く間もなく、黒い影が雪崩れ込んでくる。

 閃光弾が炸裂し、視界を奪われた工作員たちは、超人的な身体能力を持つ制圧部隊によって、瞬く間に床にねじ伏せられた。

 

「確保! 確保!」

「抵抗する者は撃て! 容赦するな!」

 

 鬼塚の声が無線に響く。

 

「なぜだ!? なぜここが分かった!?」

 

 拘束された工作員が絶叫する。

 鬼塚は、モニター越しにその男を見下ろし、冷たく呟いた。

 

「……お前たちの心臓の音まで聞こえているんだよ」

 

 東京の地下で、静かなる粛清が進行していた。

 核開発という「大きな嘘」を守るために、小さな真実を知ろうとした者たちが、次々と闇に葬られていく。

 物理的な「核」の脅威よりも、見えない「目」による管理社会の完成が、静かに、しかし確実に進行していた。

 

          ◇

 

 そして、地球が恐怖と欲望で沸騰しているその頃。

 次元を超えた先にある惑星テラ・ノヴァでは、全く異なる種類の熱狂が渦巻いていた。

 

 前線基地の奥地、新たに造成されたウラン濃縮プラント。

 そこには、数台の遠心分離機が緑色の光を放ちながら、耳をつんざくような高周波音を奏でていた。

 その中心で、工藤創一はタブレット片手に踊るように指揮を執っていた。

 

「よし! よしよし!

 いい回転だ! ナノマシン触媒、安定注入!」

 

 彼の瞳は、MK2ナノマシンの影響で青白く発光し、超高速で流れるデータを瞬時に処理している。

 通常なら1年かかる濃縮工程を、彼はナノマシンによる分子選別と、工場のオーバークロックによって、わずか1日に圧縮していた。

 

「よし、完了」

 

 彼はあくびを噛み殺しながら、通信機のスイッチを入れた。

 

『……工藤さん。

 進捗はどうですか?』

 

 モニターの向こうで、東京の執務室にいる日下部が、疲れた顔で応答する。

 

「あ、日下部さん!

 濃縮ウランの確保、終わりましたよ」

 

『……はい?

 終わったとは?』

 

「いやだから、発電に必要な『ウラン235』の抽出作業です。

 もう必要量は確保しました」

 

 日下部は絶句し、懐中時計を確認した。

 会見から、まだ24時間も経っていない。

 

『はぁ……。

 濃縮処理が1日で終わりですか。

 昨日会見したばかりですよ?

 ナノマシンのおかげとはいえ、無茶苦茶ですね。

 半年から1年かかる作業を1日ですか……。

 IAEAの査察官が聞いたら、泡を吹いて倒れますよ』

 

「まあ、ナノマシンで遠心分離機の回転効率を極限まで上げてますし、不純物の除去も自動化してますからね。

 このくらいのスピードは出ますよ!」

 

 創一はあっけらかんと言った。

 彼にとっては、これは「すごいこと」ではなく「必要なこと」なのだ。

 電気が足りないのだから、早く燃料を作らなければならない。

 ただそれだけの理屈だ。

 

 創一はニヤリと笑い、カメラに向かって人差し指を振った。

 

「ふふふ。

 驚くのはこれからですよ、日下部さん」

 

『……まだ何かあるんですか?

 もうお腹いっぱいなんですが』

 

「今の濃縮は、あくまで『種火』を作るための準備運動に過ぎません。

 本番はこっちです!」

 

 彼はカメラを動かし、遠心分離機の隣にある、さらに巨大で、禍々しいほどに強く発光するプラント群を映した。

 複雑なパイプが循環し、無限ループを描いている。

 

「ウラン235って、天然ウランの中に0.7%しか入ってないレア物ですよね?

 普通は濃縮すると、残りカスの『ウラン238(劣化ウラン)』が大量に余って困るんですけど……」

 

 創一は端末を操作し、プロセスの図解を表示する。

 

「なんとウラン235は『コバレックス濃縮プロセス』で増やせるんです!」

 

『は?

 増やす?』

 

「はい!

 この遠心分離機に『ウラン235を40個』と『ウラン238を5個』入れるとですね……。

 遠心分離とナノマシン触媒反応の結果、なんと!

 『ウラン235が41個』と『ウラン238が2個』になって出てくるんです!」

 

『……はい?

 計算が合いませんが。

 235が1個増えてますよ?

 質量保存の法則は?』

 

「そうなんです!

 238を触媒にして、235が増殖する夢のサイクルなんです!

 つまり、ゴミだった238が、宝の山である235に変わるんです!

 錬金術ですよ!」

 

 創一は両手を広げて、工場のラインを見渡した。

 そこでは、吐き出された235が再び入り口に戻され、余剰分だけが燃料棒加工ラインへと流れていく「増殖炉」のサイクルが完成していた。

 

「だから最初のスターター分(40個)さえ濃縮したら、あとは終わりです。

 このサイクルを回し続けるだけで、ウラン235はネズミ算式に増え続けます!

 地球の常識では『濃縮は大変』ですけど、ここでは『ゴミ処理のついでに燃料が増える』んです!」

 

『……』

 

 画面の向こうで、日下部が胃薬の瓶を握りつぶす音がした。

 

『燃料切れがない……。

 つまり、半永久的に核エネルギーを取り出せる錬金術だと……?』

 

「そういうことです!

 今後、核燃料棒は量産体制です。

 燃料切れはありえません!

 むしろ、ゴミだと思ってたウラン238が足りなくなるくらいですよ!」

 

 創一はドヤ顔を決めた。

 これぞ、工場の醍醐味。

 自動化と増殖の快感だ。

 

          ◇

 

 数時間後。

 基地の湖畔に設置された4基の原子炉。

 その威容は、現代の神殿のようだった。

 コバレックス・プロセスによって量産された、鮮やかな緑色に輝く燃料棒が、インサータによって次々と炉心へと装填されていく。

 

「よし、準備完了!

 ……点火!」

 

 創一がメインスイッチを押した。

 

 ズズズズズ……!

 

 制御棒が引き抜かれ、臨界に達する。

 炉心が熱を持ち、緑色の光が強くなる。

 ヒートパイプが瞬時に数百度の高熱を帯び、熱交換器へと伝達される。

 湖から汲み上げられた水が、爆発的な勢いで蒸気へと変わる。

 

 シュゴオオオオオオオオオッ!!

 

 大気を震わす、凄まじい蒸気の噴出音。

 そして、数百台の蒸気タービンが一斉に回転を始めた。

 キィィィィィィン……!

 高周波の回転音が重なり合い、基地全体を震動させる。

 

 司令室の電力計の針が、限界を突破する勢いで跳ね上がる。

 100MW……200MW……300MW……。

 

 そして、数値は安定した。

 

「480MW発電だーー!!

 わーい!!」

 

 創一が子供のように飛び跳ね、ガッツポーズをした。

 

「見たかイヴ!

 これが原子の力だ!

 ソーラーパネル1万枚分だぞ!

 雨でも夜でも関係ない、圧倒的なパワーだ!」

 

『発電出力、安定。

 余剰電力により、全アキュムレータ(蓄電池)への充電を開始。

 レーダーアレイの出力、最大化。

 ……マスター、おめでとうございます』

 

「これでレーダーも置き放題!

 夜も工場フル稼働!

 MK3も作り放題だ!

 電気の心配なんかいらない、最高の工場ライフが始まるぞ!」

 

 基地全体が、溢れんばかりの光に包まれた。

 レーザータレットが祝砲のように空へビームを放ち、夜の闇を切り裂く。

 それは人類が手にした「無限の火」の産声だった。

 

          ◇

 

 同時刻、東京。

 日下部の手元のタブレットに、テラ・ノヴァからの電力供給レポートが届いた。

 

 『発電出力:480MW(安定)』

 『燃料在庫:増加傾向(コバレックス・ループ稼働中)』

 

 日下部は天井を仰ぎ、深く、長く息を吐いた。

 

「……終わった。

 いや、始まったのか」

 

 世界中が「核のゴミ」の処理や、「ウラン資源の枯渇」で議論しているというのに、次元の向こう側では、一人の日本人が核燃料を「増やして」しまった。

 エネルギー問題の根底が覆る。

 もはや石油もLNGも、過去の遺物になるかもしれない。

 

「さあ、忙しくなりますよ。

 この有り余るエネルギーを使って、日本を——いや世界をどう料理するか」

 

 日下部は苦笑いするしかなかった。

 彼の胃痛は治らない。

 だが、その痛みは、どこか心地よい達成感を伴っていた。

 

 窓の外の東京の夜景。

 その無数の光が、以前より少しだけ強く、そして危うく輝いて見えた。

 

第五部 灰色の軍団と神の火編完

 

 




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