自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~ 作:パラレル・ゲーマー
東京都千代田区永田町。
日本国の権力の中枢、首相官邸の地下深くに存在する『特別情報分析室』。
分厚い鉛と電磁波吸収素材に覆われたこの密室は、いまや地球上で最も真実に近く、そして最も世界を欺いている嘘の震源地でもあった。
円卓を囲むのは、副島内閣総理大臣をはじめとする国家のトップたち。
彼らの表情には、激動する世界情勢を裏から操っているという奇妙な全能感と、いつ足元が崩れるか分からないという薄氷を踏むような緊張感が同居している。
内閣官房参事官の日下部は、いつものように感情を押し殺した、能面のような顔で、手元のコンソールのスイッチに指をかけた。
「『位相干渉装置(ジャマー)』オン」
ブゥン……という極低周波の振動が室内の空気を揺らし、物理的にも電子的にも、外界からのあらゆる干渉を完全に遮断する。
これでこの部屋は、アメリカのCIAだろうと、中国のMSSだろうと、決して覗き見ることのできない絶対の安全圏となった。
日下部は静かに息を吐き出し、張り詰めた空気を少しだけ緩めた。
ここだけが、彼が唯一、世界の監視を気にせずに「本音」を語れる場所だ。
「ジャミング正常に作動中。……というわけで、本日の定例報告会を始めます」
日下部は手元のタブレットを操作し、壁面の巨大スクリーンにテラ・ノヴァの最新映像を投影した。
「まず現地(テラ・ノヴァ)の状況からです。
先日、工藤創一氏の工場において、新たな兵器――『レーザー戦車(Laser Tank)』が量産され、実戦投入されました」
スクリーンに映し出されたのは、無骨なキャタピラと、砲身の代わりに巨大なクリスタルレンズを搭載した鋼鉄の獣だった。
その十数両の車列が緑色の閃光を一斉に放ち、視界を覆い尽くすほどのバイターの群れと、不気味に脈動する巨大な巣を、一瞬にして文字通り『蒸発』させる映像が流れる。
音はない。
だが、その光の奔流がもたらす破壊力は、画面越しでも肌を焼くような錯覚を覚えさせるほどに圧倒的だった。
「……なんという火力だ」
防衛大臣が食い入るようにスクリーンを見つめて呟いた。
その声には恐怖よりも、純粋な軍人としての感嘆が勝っていた。
「導入されたレーザー戦車部隊を用いて、工藤氏はバイターの大規模な巣を奇襲。
圧倒的な面制圧力により、これを完全に殲滅し、広大な土地を手に入れました」
日下部は淡々と事実を述べる。
「そして、その確保した更地についに『ロケットサイロ』の建設を開始しました。
工藤氏は近々ロケットを打ち上げて宇宙へ飛び出し、軌道上にプラットフォームを建設する予定とのことです」
「……宇宙か。ついに星の重力すら振り切るか、あの男は」
総理が深く息を吐いた。
大地を這い回る工場が、いよいよ天へと手を伸ばす。
日本(地球)の宇宙開発機構が何十年もかけて到達した領域を、たった一人の男が数年で駆け抜けようとしているのだ。
だが総理の関心は宇宙よりも、先ほどの『兵器』に向いていた。
「ご苦労だ、日下部くん。
しかし、そのレーザー戦車についてだが……動力源は『超小型核炉心』だと言っていたな?
被爆国である我が国において、そのようなものを運用するのは政治的に論外だが……純粋な技術的観点から聞いておきたい。
危険性はないのか?」
総理の問いは、為政者として当然の懸念だった。
どんなに強力な兵器であっても、それが自爆スイッチを抱えているようなものであれば使い物にはならない。
「はい。私もその点を、工藤氏に厳しく追及しました」
日下部はタブレットの資料をめくり、構造図を表示した。
「結論から申し上げますと、危険性は『ゼロ』だそうです。
炉心の制御には、例のナノマシン技術が極限まで応用されており、核分裂反応は分子レベルで常時監視・最適化されています。
万が一、装甲が破壊されたり、内部機構に致命的な事故が起きたりした場合でも、ナノマシンが瞬時に反応を停止させ、炉心を物理的に硬化・封印する仕組みになっているとのことです」
「メルトダウンは起きないと?」
「ええ。ナノマシンで完全に制御出来るそうです。
事故や戦闘での破損によって、メルトダウン(炉心溶融)が起きたり、放射性物質が外部に漏洩したりする危険性は、原理的に存在しないと断言されました。
……工藤氏の言葉を借りれば、『絶対に爆発しない安全な電池』だそうです」
会議室に感嘆の入り混じった沈黙が落ちた。
絶対に事故を起こさない、メルトダウンしない超小型原子炉。
それがどれほどの技術的ブレイクスルーであるか、ここにいる者たちは痛いほど理解している。
「……そうか。じゃあ日本に入れても平気なのか……?」
防衛大臣が、まるで新しいおもちゃを欲しがる子供のように目を輝かせた。
「26式(ヘビーアーマー)の無敵ぶりにも目を奪われがちだが、このレーザー戦車はロマンがあるからな!!!
無補給で撃ち続けられる光学兵器。
これを海岸線に配備すれば、敵の上陸部隊など水際どころか、水平線の彼方で塵にできる!
弾薬の補給線(ロジ)を気にする必要もない。
まさに理想の防衛兵器だ。実にいい!」
机をバンバンと叩いて興奮する防衛大臣に対し、日下部は冷ややかな視線を向けた。
「……お言葉ですが、大臣。
『安全だ』と証明するのは、口で言うほど簡単ではありません。
それに、いくら安全でも『核』という言葉がついている以上、国内で公に運用することは不可能です。
走る原発など、どこが許可を出しますか。
ですが……」
日下部は少しだけ口角を上げた。
「とりあえず、工藤氏から1台だけ、検証用として『購入』いたしました」
「おおっ!」
「すでにゲートを通じて、極秘の地下研究施設に搬入済みです。
そこで存分に弄くり回して頂ければと。
レーザーの収束技術や動力の変換機構など、得られるデータは計り知れません」
「1台だけかよ!!」
防衛大臣が不満げに声を荒らげた。
「もっと購入しようよ!
最低でも小隊編成ができるくらい、せめて4両は欲しいぞ!
分解用と運用テスト用で足りないじゃないか!」
「無理です」
日下部はピシャリと撥ね付けた。
「超小型核炉心とか、現代の科学力を逸脱したOP(オーバースペック)な代物を複数台も地球上に持ち込むのは、リスクが高すぎます。
もし一つでも情報が漏れ、アメリカや中国に『日本が小型核搭載の戦車を量産している』と知られれば、どれほどの外交的ハレーションが起きるか……。
1台で我慢してください。
我々は、あくまで『研究』の範疇に留めておくべきです」
「くっ……。仕方がない、我慢するか……」
防衛大臣は渋々引き下がった。
彼も政治家だ。
一歩間違えれば内閣が消し飛ぶ劇薬であることを、理解していないわけではない。
「さて、次は外交、および『リソース』の運用状況についてです」
日下部は話題を切り替えた。
「アメリカに対してですが、先日大統領から要求されていた『追加の医療用キット(オリジナル)』3個の引き渡しが極秘裏に完了いたしました」
「そうか。
ウォーレン大統領も、さぞかし喜んでいるだろう。
これでアメリカの軍産複合体と政界の重鎮たちの首には、さらに強固な鎖が巻き付いたことになる」
総理が満足げに頷く。
「はい。
そしてテラ・ノヴァでの『バイオマター増殖プラント』の稼働により、我々が確保している国内の医療用キット在庫数は、これで『205個』となりました」
「205個……」
その数字に財務大臣がゴクリと息を飲んだ。
かつては「世界に100本にも満たない」と大見得を切った奇跡の薬。
それが今や日本の地下金庫に200本以上も眠っているのだ。
1本で国家を動かせる価値があるものを、それだけ抱え込んでいるという事実は、もはや恐怖すら伴う。
「……そうか。順調に増えているな。
もっと増産するか?
いざという時の外交カードは、多いに越したことはない」
総理の問いに対し、日下部は即座に首を横に振った。
「いえ、これ以上の増産はまずいですので、今で充分です。
……工藤氏にも、増産ラインはストップするよう指示してあります」
「なぜだ?」
「市場原理と同じです。数が多すぎれば価値が暴落するからです」
日下部は説明した。
「現在、アメリカや中国は『数が極めて少ない』と信じているからこそ、血眼になって欲しがり、我々に譲歩してくるのです。
もし数百個、数千個と在庫があると知られれば、『それならもっと出せ』と強引な圧力をかけてくるでしょう。
200個という数は、我々が『本当に必要な時』にだけ切るカードとして、多すぎず、少なすぎない絶妙なラインです。
これ以上は管理する側の我々の精神が保ちません」
「……なるほど。希少性こそが武器か。
確かに万能薬がインフレを起こしては、元も子もないな」
総理は納得して頷いた。
「しかし総理。問題は、その『希少な薬』の存在が国内で少しずつ漏れ始めていることです」
内閣情報官が険しい顔で口を挟んだ。
「日本国内でも『神の薬』の噂が広がりつつあります」
「噂だと? 情報統制は徹底しているはずだが」
「はい。初期の被験者である鬼塚氏や、海道重工のサクラ嬢の一件は完全に隠蔽できています。
ですが政府は、その後も『先行検証』という名目で、医師が匙を投げた難病患者や、極秘任務で負傷した自衛隊員などに、ひっそりとキットを使用して治癒させてきました。
もちろん本人たちには『未承認の最新治療』としか説明しておらず、厳しい守秘義務を課していますが……」
情報官はスクリーンにSNSの書き込みや、オカルト掲示板のスクリーンショットを投影した。
「ここで妙な形で噂が繋がってしまったのです。
……日本政府が『メドベッド(Medbed)』を実用化したという都市伝説として」
「メドベッド?」
外務大臣が首を傾げる。
「なんですか、それは」
「元々はアメリカ発祥の『Qアノン』などの陰謀論界隈で、熱心に言及されていた架空の超技術です。
どんな病気も一瞬で治し、若返りすら可能にする夢の医療用ポッド……それがメドベッドです。
ディープステートが独占して隠しているという設定の陰謀論ですね。
SF映画によくある、カプセルに入って治療するあれです」
日下部が補足する。
「その都市伝説が、現実に起きた『奇跡的な治癒』の断片的な噂と結びついてしまったのです。
ネット上では今、『日本政府とアメリカ政府が、ついにメドベッドを完成させ、秘密裏にVIPにだけ使っている』という話が、まことしやかに語られています。
一部の週刊誌までが、面白おかしく取り上げ始めています」
「なるほど……。
陰謀論者が偶然にも『正解に近い』ところを引き当ててしまったわけか」
官房長官が呆れたように笑った。
「アメリカ政府は公式には『荒唐無稽な陰謀論である』と完全に否定しています。
彼らも情報統制に苦労しているようですが、我々も同様のスタンスを取っています」
「まあ実際にはベッドではなく『注射器(医療用キット)』ですからね。
形状も使い方も違います。
間違いではありますよ」
日下部が肩をすくめて言う。
「むしろ好都合かもしれません」
総理が不敵に笑った。
「真実が『陰謀論』というノイズの中に紛れ込んでくれれば、一般のメディアや真面目なジャーナリストは馬鹿馬鹿しくて、まともに取材しようとはしない。
アルミホイルを頭に巻くような連中の妄言として、オカルトの枠組みに押し込めておくのが一番の隠蔽工作になる」
「その通りだ。
だから、このまま『都市伝説』として放置しておけ。
変に火消しに動けば、逆に怪しまれる。
……医療用キットの現物は決して表には出さず、VIP専用の切り札として厳重に保管するのだ」
「承知いたしました」
日下部が頷く。
「では次は、各国の動向についてです。……まずは中国から」
スクリーンに北京の中南海の画像が表示される。
「中国は今のところ、完全な『求愛モード』ですね」
日下部の報告に、会議室の空気がわずかに緩んだ。
「アメリカ軍がMK3(量産型キット)を使ってシリアで無双した一件以来、彼らは強奪を諦め、日本へのすり寄りを強化しています。
日本国内に対するMSS(国家安全部)の非合法なスパイ行為は、現在完全にストップしています。
彼らは日本を怒らせることを極端に恐れているようです」
「ずいぶんと従順になったものだ。
あの傲岸不遜な連中が、まるで飼い犬のようだな」
「ええ。
そして彼らは『誠意』を見せるために、水面下でとんでもない提案をしてきています」
日下部は一枚の極秘公電のコピーを提示した。
「彼らは長年の懸案であった『尖閣諸島問題』の解決を図ろうとしています。
……具体的には、領有権の主張を完全に放棄し、日本への『完全譲渡(現状の追認と不可侵の確約)』を行うと言ってきています」
「……なんだと!?」
外務大臣が椅子から立ち上がりそうになるほど驚愕した。
「尖閣を!?
あの中国が領土的野心を引っ込めるだと!?
これまでの彼らの『核心的利益』という強硬な主張は何だったのだ!
国内の強硬派をどう抑え込むつもりだ!」
「それほどまでに……」
総理もまた絶句していた。
「それほどまでに彼らは『薬』が欲しいのか。
領土という国家の威信を売り渡してでも、不老不死を手に入れたいと……?」
「はい。
彼らの最高指導部、特に高齢化した長老たちの『生への執着』は、もはや国家のイデオロギーすら凌駕しているようです。
彼らにとって、東シナ海の小さな島よりも、自分たちの寿命が延びることの方が、何万倍も価値があるのでしょう」
日下部は中国指導部の狂気じみた欲望を、冷徹に分析した。
イデオロギーなど、死の恐怖の前では紙切れ同然なのだ。
「……そうか」
総理は目を閉じて、深く思考の海に沈んだ。
尖閣諸島問題の完全解決。
それは歴代の内閣が成し得なかった歴史的偉業となる。
日中間の最大の火種が消え去るのだ。
それが注射器一本で手に入る。
「……そこまでして医療用キットが欲しいか……」
総理は目を開け、日下部を見た。
その瞳には、かつての温厚な政治家のそれではなく、悪魔的な好奇心が宿っていた。
「どうだ、日下部くん。……1個渡してみるか?」
「……総理?」
「彼らの要求通り、オリジナルキットを1個だけ中国に渡すのだ。
ただし『指導部の誰が使うかは、そちらで決めてくれ』と言ってな。
……14億の頂点に立つ権力者たちが、たった1つの『不老不死の薬』を巡って、どのような骨肉の争いを繰り広げるか。
内乱になるかも知れんが、それはそれで面白い展開だぞ?」
総理の提案は毒に満ちていた。
独裁国家のトップに、たった一つの永遠の命を投げ与える。
それは最高の贈り物であると同時に、組織を内部から崩壊させる最悪の爆弾となる。
誰が使うかで派閥抗争が激化し、暗殺や粛清の嵐が吹き荒れるのは目に見えている。
中国の国力を内部から削ぐ、最高の一手になり得る。
「……うーん」
日下部は顎に手を当て、慎重に検討した。
「確かに中国の国力を内部から削ぐには面白い手(カード)です。
ですが……アメリカと協議しつつですね」
「アメリカが反対するか?」
「ええ。アメリカは中国にこの技術が渡ることを極度に恐れていますから。
中国の指導者が一人でも若返れば、それは長きにわたる独裁の固定化を意味します。
ですが、ここらへんで中国にも『アメ』をあげておかないと、希望を失った龍が暴発する危険性もあります。
『尖閣の完全譲渡』という巨大な果実を受け取る対価として、1つだけ渡すという交渉は、十分に検討の余地があります。
……ここらへんでアメをあげたいですし」
「よし。では、そのカードは懐に忍ばせておこう。
タイミングを見計らって切る。
アメリカの説得は外務省に任せる」
中国という巨獣を薬一本でコントロールする。
日本はかつてないほどの外交的優位性を手に入れていた。
「さて、次はロシアですね」
日下部はスクリーンを切り替え、モスクワのクレムリンと、ウクライナの戦線マップを表示した。
「ロシアは現在、ウクライナ戦線の『休戦協定締結』に向けて、猛烈なスピードで動いています」
「ああ。すでに各国のメディアでも大々的に報道されているな」
外務大臣が頷く。
「世界中は『ついにあの泥沼の戦争が終わるのか』と胸をなでおろして安堵しています。
あの強硬派として知られるボグダノフ大統領が自ら矛を収めるとは、誰も予想していなかったでしょう」
「ええ。
この裏に、日本が提供した『監視システム(グラス・アイ)』によるスパイ網の壊滅という『見えない恐怖』があることなど、世界中の誰も想像していないでしょうね」
日下部は皮肉な笑みを浮かべた。
ロシアは、アメリカ(の背後にいる日本)の圧倒的な情報収集能力に心が折れ、これ以上の敵対は国家の滅亡を招くと悟ったのだ。
「うむ。我々は陰から操るのだ。……続きを」
総理が促す。
「はい。
ロシアは休戦の条件として、西側諸国によって凍結されたロシア中央銀行の資金や、オリガルヒの資産を元手に、ウクライナへ『賠償』を行うと発表しています。
事実上の敗北宣言に近い譲歩です」
「強硬派のロシアがそこまで折れるとはな。国内の不満は大丈夫なのか?」
「強権的な粛清で抑え込んでいるようですが、長引く戦争の疲弊もあり、国民も休戦を歓迎している側面があります。
……この唐突で従順すぎる態度に、何か裏があるのではないかとNATOは考えていますが、とりあえずはその方向で調整するらしいです。
ウクライナの復興にも莫大な資金が必要ですし、背に腹は代えられないといったところでしょう」
ヨーロッパの火薬庫にようやく鎮火の兆しが見えた。
だがそれは決して「平和の訪れ」ではなかった。
より巨大な技術的脅威の前に、旧時代の戦争が色褪せただけに過ぎない。
「……これで世界情勢は安定するのか?」
総理が日下部の目を見て尋ねた。
アメリカ、中国、ロシア。
大国たちの動きは、日本の描いたシナリオ通りにコントロールされているように見える。
だが日下部は静かに首を横に振った。
「……どうでしょうね」
彼はタブレットを操作し、世界中のニュースサイトのヘッドラインをスクリーンに並べた。
「むしろ火種は別の場所に飛び火しています。
……先日の我が国の『次世代核エネルギーの基礎研究開始』という発表。
あれのせいで世界は大きく揺れています」
スクリーンには中東の王族たちが集まる会議の様子が映し出されている。
「中東の産油国は、日本に異常な注目を寄せています。
日本が化石燃料に頼らない『無尽蔵のエネルギー(核)』を手に入れようとしていることは、彼らの経済基盤に対する死活問題です。
オイルマネーを使って日本の新技術の利権に食い込もうと、あらゆるルートで接触を図ってきています」
日下部は手元の資料をパタンと閉じた。
「我々がテラ・ノヴァという『箱』を開けたことで、世界のパワーバランスは根底から崩れ去りました。
大国を薬と情報で縛り付けることには成功しましたが……その余波は世界中を、予測不能なカオスへと引きずり込んでいます。
パックス・ジャポニカへの道は平坦ではありません」
会議室は深い静寂に包まれた。
日本は世界の中心に躍り出た。
だがそれは安全な玉座ではない。
全方位から欲望と恐怖の視線を浴びる、針のむしろだ。
「……良いではないか」
沈黙を破ったのは、副島総理の力強い声だった。
「世界が揺れるなら、我々が新たな秩序(ルール)になればいい。
工藤氏の工場が成長する限り、日本の優位性は揺るがない。
彼がロケットを飛ばせば、宇宙すらも我々の手に入るのだ。
……日下部くん、引き続きテラ・ノヴァの管理を頼む。
何があっても、あの男の歩みを止めるな」
「承知いたしました」
日下部は深く一礼した。
彼の胃痛はもはや慢性的なものとなり、薬で散らすことすら諦めの境地に達していた。
これだけの陰謀と世界の運命を背負いながら、それでもなお異星で無邪気に工場を拡大し続ける一人の男の存在が、全てを根底で支えているという狂気。
遥か次元の彼方では、工藤創一がロケットのカウントダウンを始めようとしている。
星の重力を振り切り、宇宙へと手を伸ばすその無邪気な野望が、次に地球へどんな衝撃(ショック)をもたらすのか。
神の薬と、神の眼と、神の火。
全てを手に入れた日本という国の暴走は、まだ始まったばかりだった。
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