自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~   作:パラレル・ゲーマー

90 / 244
第74話 砂漠の星月夜と神の秘薬

 アラビア半島某国。

 首都の郊外に広がる広大な砂漠の只中に、忽然と姿を現す黄金と白亜の宮殿。

 夜の闇に沈む砂漠とは対照的に、この王宮の周囲だけは人工的な光に溢れ、まるで地上に降り立った星団のように煌めいていた。

 空を見上げれば、雲一つない夜空に数え切れないほどの星々が瞬いている。

 だが、この宮殿の奥深くに集う者たちにとって、天上を彩る星々の輝きなど、今や何の価値も持たなかった。

 彼らの心を支配しているのは、極東の島国から持ち帰られた「一つの真実」であった。

 

 王宮の最深部、国王の私室。

 床には精緻な幾何学模様が織り込まれた最高級のペルシャ絨毯が敷き詰められ、天井からは何万個ものクリスタルガラスを用いた巨大なシャンデリアが、柔らかく、しかし圧倒的な威厳を伴う光を投げかけている。

 壁には純金で装飾されたコーランの詩句が刻まれている。

 ここは、この産油国の絶対的な権力者である国王の聖域であった。

 

 だが、その豪奢な調度品とは裏腹に、部屋の隅には無機質な最新鋭の医療機器が立ち並んでいた。

 人工呼吸器、心電図モニター、そして透析装置。

 それらは屏風や観葉植物によって巧妙に隠されてはいるものの、この部屋の主が逃れられない「死の影」に囚われていることを雄弁に物語っていた。

 

 重厚な扉が音もなく開き、一人の男が入室してきた。

 アブドゥル・アル・ラシード皇太子。

 純白のトーブに身を包んだ彼は、日本の東京から帰国したばかりであった。

 長時間のフライトの疲労は微塵も感じさせず、その瞳には、かつてないほどの強烈な熱と興奮が宿っていた。

 

「……アブドゥルか」

 

 部屋の奥、天蓋付きの広大なベッドから掠れた声が響いた。

 幾重にも重ねられた絹のクッションに上体を預けているのは、国王その人であった。

 かつては獅子のように精悍であったその顔立ちも、長年の病魔と老いによって深く刻まれたシワに覆われ、眼窩は窪み、呼吸をするたびに胸が苦しげに上下している。

 

「お父様。

 ご機嫌麗しゅう存じます。

 たった今、極東の島国から戻りました」

 

 アブドゥルはベッドの傍らに歩み寄り、深く頭を下げた。

 その後ろには、皇太子の側近である数名の大臣たちが息を潜めて付き従っている。

 

「日本の様子はどうであったか」

 

 国王は重い瞼をゆっくりと開けて、息子を見つめた。

 ここ数ヶ月、世界は日本の動向に振り回され続けている。

 突然の深海レアメタル採掘の発表。

 そして、次世代核エネルギーの基礎研究開始の宣言。

 石油という化石燃料に国家の命運を依存している中東諸国にとって、日本のエネルギー革命は国家の存亡を左右する死活問題であった。

 だからこそ国王は、最も信頼する息子を直接日本へと派遣したのだ。

 

「……お父様。

 我々の想像は、根本から覆されました」

 

 アブドゥルは静かに、しかし震える声で言った。

 

「彼らは、我々が考えていたような単なる『新エネルギーの開発国』ではありませんでした。

 あの国は……日本という国は、すでに人類の到達すべきではない領域にまで足を踏み入れています」

 

「何……?」

 

 国王の眉が微かに動いた。

 

「どういうことだ。

 レアメタルや原子力以上のものを、彼らが隠し持っているとでも言うのか」

 

「はい。

 お父様、これをご覧ください」

 

 アブドゥルは側近に合図を送り、薄型のタブレット端末を受け取った。

 そしてベッドサイドのテーブルにそれを置き、動画ファイルを再生した。

 それは、東京のホテルで内閣官房参事官の日下部から見せられた、あの「臨床データ」の映像であった。

 

 画面の中で、右腕を失い血まみれになった男が映し出される。

 その直後、銀色のインジェクターからエメラルドグリーンの液体が投与されると、男の腕の断面から白煙が上がり、骨と肉と皮膚が瞬く間に再生していく。

 続いて、全身を癌に侵された老人が、数分のうちに若々しい肉体を取り戻す様子が再生された。

 

 静寂。

 ベッドの上の国王は、モニターの光に照らされたまま、瞬きすら忘れてその映像を凝視していた。

 人工呼吸器のシューシューという規則正しい音だけが、部屋の中に響き渡る。

 

「……アラーよ……。

 これは……」

 

 国王の口から、掠れた祈りの言葉が漏れた。

 長年、世界中の名医を呼び寄せ、国家予算に匹敵する巨万の富を投じてなお、自分の老いと病の進行を止めることができなかった男。

 その彼の目の前で、不治の病が、そして失われた人体の一部が、まるで魔法のように元通りになっていくのだ。

 彼にとってそれがどれほどの衝撃であったか、想像に難くない。

 

「日本のナノマシンテクノロジーの真髄です。

 彼らはこれを『医療用キット』と呼んでいました」

 

 アブドゥルはタブレットの電源を落とし、熱を帯びた瞳で父親を見つめた。

 

「これが彼らがひた隠しにしている『真の力』です。

 エネルギー問題など、この技術の副産物に過ぎないのかもしれません。

 彼らは、死という人類の宿命を科学の力でねじ伏せてしまったのです」

 

「……信じられん。

 そのような神の御業のごとき代物が現実に存在するのか?

 CGや巧妙な手品ではないのか?」

 

 国王は震える手でシーツを握りしめた。

 希望と疑念が交錯している。

 

「ええ、私も最初は我が目を疑いました。

 ですから、帰りの特別機の中で、すぐさまアメリカのウォーレン大統領にホットラインを繋ぎ、確認を取りました」

 

「アメリカ大統領に……?

 なんと言っていた」

 

「大統領は最初はシラを切ろうとしましたが……私が『日本側から、すでに映像を見せられた』と伝えると、観念したように認めました」

 

 アブドゥルは、ウォーレン大統領との極秘通信の様子を思い出しながら語った。

 

『……食えない連中だ、日本人も。

 中東のオイルマネーを引っ張り出すために、あの「禁断の果実」をチラつかせたか』

 

 ウォーレン大統領は通信の向こうで苦々しげに舌打ちをした後、重々しい声で告げたのだ。

 

『アブドゥル皇太子。

 君が見た映像は事実だ。

 あの技術は本物だ。

 我が国もその恩恵を与っている。

 だがいいか……これは絶対の口外厳禁だ。

 もしこの情報が公になれば、世界はパニックに陥り、あらゆる秩序が崩壊する。

 アメリカ合衆国大統領として、君たち一族の沈黙を強く要求する』

 

 その大統領の言葉が、何よりの裏付けであった。

 世界最強のインテリジェンスを持つアメリカが認め、しかも隠蔽に加担しているのだ。

 

「医療用キットは本物です」

 

 アブドゥルは力強く断言した。

 

「お父様。

 ここは日本政府にあらゆる富を提示してでも、あの医療用キットを入手し……お父様が使うべきです……!」

 

 アブドゥルはベッドの脇に膝をつき、父親の痩せ細った手を両手で握りしめた。

 彼にとって国王は単なる君主ではない。

 自分を厳しく、しかし深い愛情で育て上げてくれた偉大な父親なのだ。

 オイルマネーの力で買えないものはないと信じてきた彼が、唯一直面した「父親の死」という絶望。

 それを覆すことができる光が、今、目の前にあるのだ。

 

「あの薬さえあれば、お父様のご病気は完治します!

 再び若々しいお体を取り戻し、この国を力強く導いていただけるのです。

 いくら積もうとも、必ず日本から手に入れてみせます!」

 

 だが、息子の熱烈な懇願に対し、国王の反応は意外なほど静かなものだった。

 彼は深く息を吐き出し、ゆっくりと首を横に振った。

 

「……老い先短いワシが使ってもな。

 お前が使え、アブドゥル」

 

「お父様!?」

 

 アブドゥルは弾かれたように顔を上げた。

 信じられない言葉だった。

 

「何を言っているのです!!!

 私より、お父様こそがこの国の王に相応しいお方です!

 貴方様の知恵と威厳がなければ、この激動の時代を乗り切ることなどできません!」

 

「だが、実権はすでにお前に譲っているしな」

 

 国王はシワに埋もれた目を細め、優しく微笑んだ。

 

「お前は、すでに立派にこの国を動かしている。

 ワシの時代は、もう終わろうとしているのだ。

 ……それに、そのような強大な力を持つ薬を、老いぼれが使って生きながらえるのは自然の理に反する」

 

「そんな理など、日本の技術の前では無意味です!

 まだ長生きしていただきたいのです!

 私を一人になさらないでください!」

 

 アブドゥルは子供のように父親の手にすがりついた。

 絶対権力者としての仮面が剥がれ落ち、一人の息子としての本音が溢れ出している。

 国王は息子の頭を震える手で優しく撫でた。

 

「……まあ、ワシとてまだお前の行く末を見ていたいし、長生きはしたいがな」

 

 国王は少しだけ目を伏せ、そして諭すように言った。

 

「もしその薬が手に入ったのなら、まずはお前が使ったら、ワシも使おう。

 ……まずは、この国の未来であるお前の健康確保が先だ。

 お前が永遠の命と強靭な肉体を得て、この国を永遠に守り抜くというのなら、ワシも喜んでその治世を見届けるために薬を打とう」

 

「お父様……!」

 

「ワシは少し疲れた。

 下がる。

 ……よく周りの者たちと話し合って決めなさい」

 

 国王はそう言い残すと、控えていた侍医と従者たちに合図を送った。

 電動ベッドが静かに動き、国王を乗せたまま寝室の奥にある特別療養室へと姿を消していった。

 重厚な扉が閉まり、部屋にはアブドゥルと数名の側近たちだけが残された。

 

 静寂の中、アブドゥルは立ち上がり、強く拳を握りしめた。

 その瞳には涙の跡はすでに消え、国家指導者としての冷徹な炎が燃え上がっていた。

 

「……皇太子殿下」

 

 側近の一人が恐る恐る口を開いた。

 

「王はああ仰っておりますが……どうなされますか。

 日本への投資額をさらに引き上げ、交渉を急がせますか?」

 

「ああ」

 

 アブドゥルは窓の外の星空を見据えたまま、低く力強い声で応じた。

 

「日本政府には、我々の全てのオイルマネーを投資する用意があると伝えろ。

 そして……なんとしてでも、あの医療用キットの『2個』の入手を約束してもらうのだ。

 私と父親に使うためにな。

 ……日本が何を望もうと、すべて叶えてやる」

 

 それは、中東の巨万の富が完全に日本という国のコントロール下に置かれることを意味していた。

 しかし、アブドゥルに迷いはなかった。

 

「しかし、皇太子殿下」

 

 別の側近が思案顔で進み出た。

 

「日本の外から見た現状を振り返りますと……彼らは『次世代エネルギーの開発』や『深海採掘』などを大々的にアピールしておりますが、その裏で実際には、あの映像のような『神の領域のナノテクノロジー』を手にしているわけです。

 ……なぜ日本は、それを公表しないのでしょう?」

 

「どういうことだ?」

 

「これだけのテクノロジーです。

 公表して世界に医療の恩恵をもたらせば、日本の国際的地位は不動のものになり、世界中から莫大な富と尊敬を集めることができるはずです。

 それをなぜ、我々やアメリカのようなごく一部のトップにしか見せず、隠し通そうとするのでしょうか。

 公表しても良いのでは?」

 

 側近の疑問は、ごく一般的な常識からすれば当然のものであった。

 不治の病を治す薬を開発したなら、製薬会社はそれを大々的に発表し、特許を取り、世界中で販売して利益を得るのが資本主義のルールだ。

 

 だが、アブドゥルは冷ややかに首を横に振った。

 

「いや。

 日本の交渉人、あの日下部という男は、『これは在庫に限りがある貴重な資源だ』と明確に言っていた。

 恐らく、数が圧倒的に少ないのだろう」

 

 アブドゥルは日下部との会談のやり取りを脳内で反芻し、論理的な推測を組み立てていく。

 

「日下部は、アメリカという最大の同盟国にすら『10個に満たない数』しか渡していないと言っていた。

 あの超大国のアメリカ大統領が、それしか引き出せないのだぞ。

 製造プロセスにどれほどの困難が伴うかは想像に難くない」

 

 彼は窓ガラスに映る自分の顔を見つめながら、さらに思考を深めた。

 

「日本の国家規模、そしてこの過剰なまでの出し惜しみの度合い……。

 そして、あの薬の異常なまでの効果を考えれば、世界に存在する総量は恐らく『200個程度』と見た」

 

 その推測は、日本の首相官邸地下の金庫に眠る「205個」という実際の在庫数と、背筋が凍るほどに一致していた。

 権力者としての研ぎ澄まされた直感が、真実に肉薄していたのだ。

 

「200個……。

 たったの200個ですか」

 

 側近が絶句した。

 世界人口80億人に対し、たった200個の不老不死の薬。

 

「なるほど。

 それでは、もし公表すれば……凄まじい争奪戦になりますね」

 

「争奪戦どころの騒ぎではない」

 

 アブドゥルは吐き捨てるように言った。

 

「ああ。

 私はまだ若いが、世界の権力者には老人たちが多い。

 国家元首、財界のトップ、宗教指導者……。

 死の恐怖を前にした彼らに理性を求めるのは不可能だ。

 自分だけが老いて死に、他人が永遠の若さを手に入れるなど、彼らの肥大化したプライドが許すはずがない」

 

 アブドゥルの脳裏に、世界中の独裁者や富豪たちが血眼になって日本に殺到する光景が浮かんだ。

 

「たった200個の医療用キットを巡って、各国はスパイを送り込み、暗殺を繰り返し、経済制裁を乱発するだろう。

 最悪の場合、あの薬を手に入れるために日本を武力で制圧しようと、核ボタンに手をかける狂人すら現れかねない。

 ……間違いなく第三次世界大戦が起きるだろう」

 

 側近たちは息を呑み、沈黙した。

 不老不死という人類の夢は、同時に人類を滅ぼす最悪の劇薬なのだ。

 

「だからこそ、日本政府がこの技術を公表していないのは大正解なのだ。

 あの国は、自らがパンドラの箱を開けてしまったことを正確に理解し、必死にその蓋を押さえ込んでいる」

 

 アブドゥルは、日下部という男の底知れぬ冷徹さを思い出し、微かに戦慄を覚えた。

 

「この情報を知るのは、当事者である日本、そして牽制し合う中国のトップ層、同盟国のアメリカトップ層、そして我々中東の王族だけだと聞いた。

 ……あの巨大な北の熊、ロシアですら、この神の薬の存在を嗅ぎつけていない情報だそうだ」

 

「ロシアが……知らないのですか」

 

「ああ。

 アメリカのウォーレン大統領からも、そこは強く釘を刺された」

 

 アブドゥルは、ウォーレン大統領とのホットラインでの最後の警告を思い出した。

 

『……いいか、アブドゥル。

 ロシアのボグダノフには絶対にこの情報を漏らすな。

 あの男は今、ウクライナで疲弊し、疑心暗鬼に陥っている。

 そんな時に「不老不死の薬」の存在を知れば、奴らはなりふり構わず、手段を選ばずに日本を攻める。

 ……ロシアに漏らせば、世界は火の海になるぞ』

 

 その言葉の重みが、今になってずっしりと肩にのしかかってくる。

 自分たちは今、世界のパワーバランスの頂点にある極細の綱の上に立たされているのだ。

 

「我々はこの秘密を墓場まで持っていく。

 そして、日本政府の『忠実なパトロン』として振る舞い続ける。

 それが我々一族が永遠の繁栄を手にするための唯一の道だ」

 

 アブドゥルは夜空の星々に向かって誓うように宣言した。

 砂漠の星月夜は静かに彼らの欲望と決意を見下ろしている。

 世界の裏側で結ばれた悪魔の契約。

 それは、やがて地球全体を巻き込む巨大な渦となって、誰にも止められない未来へと加速していくのだった。

 

 




ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。