自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~   作:パラレル・ゲーマー

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第81話 オーバル・オフィスの失笑と陰謀論の熱狂

 アメリカ合衆国ワシントンD.C.。

 ホワイトハウス西棟(ウエストウイング)大統領執務室——オーバル・オフィス。

 外の喧騒を完全に遮断したこの静謐な空間で、第47代大統領ロバート・“ボブ”・ウォーレンは、手元に置かれた一枚の暗号化されたレポートを読み終え、耐えきれないといった様子で吹き出した。

 

「……ぶっ!

 ははははははっ!!」

 

 大統領の豪快な笑い声が、格式高い執務室に響き渡る。

 彼は笑い涙を指で拭いながら、向かいのソファに座るCIA長官エレノア・バーンズと、その隣で優雅にコーヒーカップを傾ける若き怪物ノア・マクドウェルに向かって、レポートをヒラヒラと振ってみせた。

 

「聞いたか、君たち?

 日本政府のホットラインから送られてきた『特報』だぞ。

 あの中国共産党の連中が……あのプライドの塊のような北京の老人たちが、なんと『台湾を民主主義国家として独立させてもいい』と言い出したらしい!!」

 

 ウォーレンは腹を抱えて笑い続けた。

 

「マジかよ、あいつら!

 台湾だぞ?

 建国以来『絶対に譲れない核心的利益』だと世界中に吠え散らかし、我々アメリカと何度も戦争寸前までやり合った、あの台湾だぞ!

 それを、たった数個の『注射器(医療用キット)』欲しさに、あっさりと売り払おうとしている!

 イデオロギーも国家の威信も、自分たちの『寿命』の前では紙屑同然というわけか!」

 

 ウォーレンの笑いは、ライバルの滑稽な姿に対する純粋な嘲笑であった。

 

「……いやはや。

 権力者というのは、死を前にするとここまで見苦しくなるものか。

 もし彼らが、私が『個人的な若返りのための医療用キットの使用』を自ら蹴って断ったという事実を知ったら、さぞかし私を『狂人』か『馬鹿』だと笑うだろうな」

 

 ウォーレンは自虐的に肩をすくめた。

 彼自身もまた、死の恐怖と老いという絶対的な運命に直面している老人だ。

 だが彼は、国家のシステムと民主主義の理念を守るために、不老不死の誘惑を断ち切った。

 それに対して中国の指導部はどうだ。

 国の根幹を売り渡してでも自分たちの命を延ばそうと血眼になっている。

 その対比がウォーレンには滑稽で、そして痛快で仕方がなかったのだ。

 

 だが、彼のその笑いに同調する者は、この部屋にはいなかった。

 エレノアは氷のような表情を崩さず、静かに口を開いた。

 

「……大統領。

 彼らを笑うことは簡単ですが、私としては中国の動向には一定の理解が出来ます」

 

「理解できる、だと?」

 

 ウォーレンは笑いを収め、眉をひそめた。

 

「ええ。

 あの『医療用キット』は、それほどまでに魅力的なのです」

 

 エレノアの瞳の奥に、かつてウォルター・リード陸軍医療センターで目撃した、あの「神の奇跡(手足の再生)」の光景がフラッシュバックしていた。

 

「若さを取り戻し、あらゆる病魔から解放され、全盛期の肉体で永遠に近い時間を生きる。

 ……それは、人類が有史以来抱き続けてきた根源的な欲望の到達点です。

 それを目の前に突きつけられて、国家のイデオロギーだの領土問題だのといった『後から作られた概念』を優先できる人間が、果たしてどれだけいるでしょうか。

 むしろ、大統領のように個人の欲望を断ち切れる者の方が、圧倒的に少数派——異常なのだと、私は思います」

 

「……」

 

 エレノアの率直すぎる言葉に、ウォーレンは僅かに言葉を詰まらせた。

 

「断れる方がおかしいのです。

 中国の指導部が狂ったのではありません。

 あの『薬』が、人間の理性を吹き飛ばすほどの魔力を持っているというだけのことです」

 

 その言葉を裏付けるように、ノア・マクドウェルが静かに相槌を打った。

 彼こそは、実際にその「魔力」を体内に取り込み、死の淵から蘇った生きた証拠である。

 

「エレノア長官の言う通りです、大統領」

 

 ノアは、完璧に調整された若々しい肉体——かつての病弱な少年とは別人のような均整の取れた体躯をソファに深く沈め、冷ややかに微笑んだ。

 

「実際に医療用キットで救われた命がありますからね。

 私のように。

 そしてアメリカ国内のフィクサーたち……大統領が『命の恩』を売るためにキットを与えた政財界の大物たちも、今や完全に『医療用キットの信奉者』になりかけています」

 

 ノアは、知性を極限まで高められた青白い瞳で、大統領を見つめた。

 

「彼らは、自分たちが手に入れた『奇跡』に酔いしれ、それを供給し続けてくれる日本(そして我々タイタン・グループ)に対して、絶対的な忠誠を誓っています。

 彼らもまた、中国の長老たちと同じく、この力を手放すことなど考えられない状態に陥っているのです。

 ……まあ、中国のあのなりふり構わない動きは確かに喜劇的で興味深いですが、理解は出来ます。

 それほど魅力的なのです。

 神の力とは、そういうものですから」

 

「……そ、そうなのか?」

 

 ウォーレンは、二人の「理解者」たちの言葉に少しだけ気圧されたように背もたれに寄りかかった。

 

「私には分からんなぁ……。

 確かに長生きはしたいし、健康でいたいとは思うが、自分の国を切り売りしてまで欲しいとは思わん。

 権力というものは、いつか手放すからこそ価値があるものだろうに」

 

 大統領の根底にあるのは、強固なピューリタニズムとアメリカの民主主義システムへの絶対的な信頼だ。

 彼は「自分」という個体よりも、「アメリカ合衆国」という概念の方を上位に置いている。

 だがノアやエレノア、そして中国の指導部にとっての優先順位は全く異なる。

 彼らにとって国家とは、自分という個体が生存し、君臨するための「ツール(道具)」に過ぎないのだ。

 

「まあいい。

 価値観の違いは、議論しても平行線だ」

 

 ウォーレンは首を振って、思考を現実に引き戻した。

 

「それより問題は、中国の暴走をどう食い止めるかだ。

 台湾の独立を平和的に認めてくれるというのなら、アメリカとしては大歓迎だ。

 我が国の軍事的負担は劇的に減り、インド太平洋の安全保障環境は一気に安定する。

 ……だが、日本政府が指摘してきている通り、『時期』が絶望的に悪いのは確かだ」

 

 ウォーレンは手元のカレンダーを指で叩いた。

 

「今、中国指導部が突然『台湾は独立していいよ』などと寝言を言い出せば、中国国内は間違いなく大混乱に陥る。

 人民解放軍の強硬派がクーデターを起こし、指導部を排除しようと内戦状態になる可能性が高い。

 そして我々アメリカは、今、大統領選挙の最終盤だ。

 私からキャサリン・ヘイズへの政権移行の真っ最中に、核保有国である中国で内乱が起きれば、対応が後手に回る。

 最悪のタイミングだ」

 

「ええ。

 中国の混乱に乗じて、ロシアが再び蠢き出す危険性もありますしね」

 

 エレノアが同意する。

 

「中国には、まだ『自重』してもらわなければ困ります。

 ここは日本政府と協調して、中国には『台湾独立の話はまだ早い。時期尚早だ』と釘を刺し、のらりくらりと時間を稼いでもらうしかありません」

 

「そうだな。

 日本側には『うまく躱してくれ』と伝えておこう。

 あの日下部という男なら、中国の老人どもを焦らしながらコントロールするくらい朝飯前だろう」

 

 ウォーレンは日本の腹黒い官僚の顔を思い浮かべて、ニヤリとした。

 

「さて、外交の話はこれくらいにして。

 ……国内の話だ」

 

 ウォーレンは表情を引き締め、もう一つの分厚いファイルを開いた。

 そこには、アメリカ国内の世論調査のデータと主要メディアのニュースの見出しがスクラップされていた。

 

「アメリカ大統領選挙の動向についてだ。

 我が陣営のキャサリン・ヘイズは優勢を保っている。

 彼女のクリーンなイメージと『法と秩序』の訴えは、有権者に深く刺さっているようだ。

 ……だが、選挙戦が佳境に入るにつれて、非常に厄介なノイズが無視できないレベルにまで肥大化してきている」

 

 ウォーレンは、ファイルの中の赤線が引かれたキーワードを指差した。

 

「『メドベッド(Medbed)』の陰謀論だ」

 

 その単語が出た瞬間、エレノアは小さくため息をつき、ノアは楽しげに口角を上げた。

 

「以前から、一部のQアノンやオカルト信者の間で囁かれていた『ディープステートが不老不死の医療ポッドを隠し持っている』という荒唐無稽な都市伝説。

 ……それが、ここ数ヶ月、急速にリアリティを帯びて、大統領選挙の最大の争点(アジェンダ)の一つになりかけている」

 

 ウォーレンはいくつかのニュースサイトの画面を読み上げた。

 

『政界の大物たちが次々と“奇跡的な回復”を遂げているのはなぜか?』

『消えた軍産複合体の重鎮たち。彼らは地下の医療カプセルで若返っている!?』

『政府は真実を隠している! メドベッドを一般市民にも開放せよ!』

 

「ネット上の有象無象のインフルエンサーだけでなく、対立陣営の候補者までもが、この陰謀論に便乗して支持を集めようとしている。

 『現政権はエリート層だけが恩恵を受ける秘密の医療技術を隠匿している! 私が大統領になれば、そのすべてを白日の下に晒し、国民の手に取り戻す!』……とな」

 

「……厄介ですね」

 

 エレノアが眉間を揉んだ。

 

「ずばり『存在するのか?』という単純な問いが、大衆の熱狂を煽っています。

 まあ、私たちが使っているのは『ベッド(ポッド)』ではなく『注射器(医療用キット)』ですから、指摘の形としては全くのデタラメなのですが……」

 

「だが、近い事実はあるということだ」

 

 ノアが冷ややかに付け加えた。

 

「完全にゼロからの捏造であれば、無視すればいずれ消えます。

 しかし、実際に私やいくつかのVIPが『不自然なほど健康になった』という結果(エビデンス)が実在してしまっている以上、彼らの直感は『何かがある』という真実を正確に嗅ぎ取ってしまっているのです。

 嘘の中に真実が混じっているからこそ、陰謀論は燃え広がる」

 

「そうだ」

 

 ウォーレンは苛立たしげにデスクを叩いた。

 

「もしキャサリンがこの陰謀論に真っ向から反論し、『そんなものは存在しない!』と完全に否定してしまえば、後で『嘘をついていた』と足元を掬われかねない。

 かといって、『実は日本から貰った注射器があってだな……』などと本当のことを言えば、それこそ世界中がパニックになり、日本との関係も破綻する」

 

 ウォーレンは頭を抱えた。

 嘘をつき通すことも、真実を語ることもできない。

 これこそが「秘密を共有する同盟」の最大の弱点だ。

 

「……大統領。

 ご安心ください」

 

 ノアが優雅な仕草で立ち上がった。

 

「その問題については、我々ディープステート(陰の政府)が適切に処理いたします。

 陰謀論を消すには、それを否定するのではなく、別の『より魅力的な陰謀論』をぶつけて相殺するか、あるいは『真実の断片』をスケープゴートとして差し出すのが効果的です」

 

「スケープゴートだと?」

 

「はい。

 例えば、『メドベッドは存在しないが、軍の極秘プロジェクトで開発された“強力な治験薬”が一部のVIPに不正使用されていた』というスキャンダルを意図的にリークするのです。

 そしてその責任を、大統領選挙には関係のない『一部の腐敗した官僚』や『強欲な製薬会社』に押し付け、彼らを逮捕させる」

 

 ノアの口から飛び出すのは、息を吐くように自然な政治的隠蔽工作のシナリオだった。

 

「大衆は『やはり悪党がいた!』と納得し、溜飲を下げるでしょう。

 そしてキャサリン・ヘイズ候補には、その『腐敗した官僚を断罪する正義の検事』という役割を演じさせるのです。

 そうすれば、彼女のクリーンなイメージはさらに高まり、同時に『医療用キットの真実(日本由来のナノマシンであること)』はスケープゴートの陰に完全に隠蔽されます」

 

 ノアの提案は、あまりにも冷酷で、そして完璧だった。

 真実を隠すために自陣営のトカゲの尻尾を切り、それを大衆のエンターテインメントとして消費させる。

 まさにディープステートの真骨頂である。

 

「……恐ろしい男だ、君は」

 

 ウォーレンは、17歳の怪物を前にして、震えそうになる手を必死に抑え込んだ。

 

「だが、それが一番確実な方法だろうな。

 分かった。

 そのシナリオの実行を君たちに任せる。

 私は表の選挙戦でキャサリンを全力でバックアップし、君たちは裏でノイズ(陰謀論)のコントロールを行う。

 ……日本との調整も頼むぞ、エレノア」

 

「イエッサー。

 日本政府の担当者(日下部)とは、引き続き密に連携を取りつつ、互いの情報統制の足並みを揃えます。

 中国の動向を牽制しつつ、国内の火種を消す。

 ……忙しくなりますね」

 

 エレノアは小さく息を吐き、タブレットを閉じた。

 

「……やれやれ。

 世界は全く、面倒なことばかりだ」

 

 ウォーレンは再びコーヒーカップを手に取り、窓の外を見つめた。

 ワシントンの夕暮れは、やがて深い夜の闇へと沈んでいく。

 極東の魔法使いがもたらした「奇跡の薬」は、世界中の権力者たちを狂気に駆り立て、そして今度はアメリカの民主主義の根幹である大統領選挙という巨大な見世物をも、その影響下に取り込もうとしていた。

 

 嘘と真実、そして陰謀論が入り混じる混沌の中。

 アメリカ合衆国という巨大な船は、影の支配者たちによって舵を握られながら、新たな時代へと向かって進んでいく。

 その行く先にあるのが破滅か、それとも新たなる覇権の完成か。

 それは、まだ誰にも分からない。

 

 




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