――東方の歴史深き島国礼和国
その帝都の皇城の横に近代建築と伝統の格式が見事に調和した巨大な瓦屋根の建物がそびえ立っている。
朝9時の開館時間を前に既に来場者の長い列が入場を待ちわびる。
入口の上には輝く「礼和国立忠国皇女記念館」の金色の巨大文字の看板。
この 壮麗な建物には国を救う為に首を切断して命を捧げた和子(カズコ)第二皇女が祀られている。
彼女は3階の大観覧室で、ガラスケースの中で巨大な金屏風を背に自らが展示物として玉座に静かに鎮座していた。
彼女は格式のある儀礼用軍服姿で、右脇に自らの生首を抱えている。
艶のある長い黒髪に涼やかで凛とした瞳。
皇女は展示物として完璧な美しさを纏って座っていた。
(さあ!本日もわたくし…御国の為に気を引き締めて参りましょう!)
来場者の入場が迫る中、和子は気合を込めた。
(私は…展示物!心の無い人形で御座います!決して笑ったりはしませんわ…)
和子は気品と威厳を持って表情を引き締めた。
しかし…その日、笑いの魔手が彼女に迫っていた。
昼過ぎに訪れた着物に髷姿の2人の巨漢。
礼和大相撲力士薔薇錦(バラニシキ)と地縛霊(ジバクダマ) である。
礼和国は大相撲が大変人気がある。
彼らは汗潮部屋の兄弟子と弟弟子であった。
薔薇錦は前頭1枚目、地縛霊は序の口の力士である。
薔薇錦は汗潮部屋の筆頭力士で、その端正な顔立ちで女性人気も高い。
もう一人の地縛霊は、土地に縛られ動けない地縛霊にちなんで(お前も土俵から決して出ないような力士になれ)という親方の熱い思いのもと四股名を名付けられた。
ただ地縛霊は頭頂部の髪が薄く髷が結えなかったため 、落ち武者のような髪型であった。
ガラスの前で2人は和子を見ながら嘆息した。
「おう霊よ !皇女どんは誠に綺麗でごわはん!」
「はい!首が離れていても堂々とされておりもす!」
(力士の方って直に見ると本当に大きい)
和子は巨漢が2人並んで仕切りに感心している様子を見てクスッとした。
「ところでこんな場で誠にすまんですが、兄さに大切な話がございもす!」と地縛霊が真剣な面持ちで言った。
(一体何の話かしら…)
和子は聞き耳を立てた。
「大切な話?一体なんじゃあ…霊!」
薔薇錦は眉間にシワを寄せて地縛霊を睨みつけた。
「いつもオイドンは 、兄さにしっかり稽古を付けて頂だき誠にありがたいです!」
「おうよ!」
「稽古中の兄さの汗で光る背中がとっても綺麗だと思いました!」
「ふむ?…」
薔薇錦は怪訝な顔つきになった。
「そして汗に濡れた兄さの…尻…お尻もとっても綺麗だと思いました!」
(え!!お尻!?)
和子は驚いた。
「尻だあ?霊よ!お前何言うとんじゃあ!」
薔薇錦は地縛霊を睨んだ。
「すんもはん!でも、おいは兄さの魔性を宿した尻に抗えもはん!」
「はあぁ!!」
「兄さの尻はおいどんの心を惑わす魔導兵器でごわはん!」
(うふっ。)
和子の腹筋がピクピクと動いた。
地縛霊は頬と耳を真っ赤にして叫んだ。
「おいは! おいは!プライベートで兄さの…ちゃんこを作りたいです!」
(うぐ!こんな…ところで…告白しないで!くう-ふっふふ!)
和子は耳を真っ赤にして唇をかんだ。
それを聞いた薔薇錦は一瞬険しい表情になった。
「霊……お前…」
しかし…一転して少女漫画のキャラの様なキラキラ光る美しい眼となった。
「式は…おいがウェディングドレス着てええか?」
薔薇錦はピンクの頬で優しく答えた。
「兄さ!ごっつぁんで―す!!」
地縛霊は絶叫した。
(駄目!駄目!駄目!笑っちゃ…)
和子の腹筋が激しくピクついた。
「霊!」
「兄さ!」
二人は愛しげに見つめ合った。
そして薔薇錦が唇を尖らせ、地縛霊はそっと目を閉じた。
二人の顔は接近した。
(く、ふふふ!もう駄目!私の腹筋…もう持たない…)
今回で何度目の危機であろうか。
何故こんな目に会うのか!?
(わたくしの笑いの沸点が低いのが恨めしい…)
これから語るのは、皇女が礼和国の未来の為、数々の悪意のない笑いの刺客を前に腹筋崩壊を耐え忍ぶ苦難の物語である。