首なし皇女は笑えない   作:haku728

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第9話 愛ゆえに

今日の皇女記念館は混雑していた。

 

見学に訪れた観覧者が非常に多いにもかかわらず和子は朝から館内放送に苦しめられていた。

 

普段、館内放送は専任のウグイス嬢が担当しており、毎日美声を響かせていた。

 

各種案内の他に、和子や皇室にまつわる詩の朗読や歌唱なども行い、記念館のちょっとした名物となっていた。

 

しかし今日に限ってアナウンスの担当者が風邪をひいてしまい 休業となったため、急遽代役 が当てられることとなったのである。

 

それが以前人事募集で採用されたあの3人

 

佐藤 満

鵜戸野 大介

脱糞 馬場

 

の面々であった。

 

(なぜ あの3人が…)

和子は館長を恨めしく思った。

 

アナウンスは当然和子の耳にも入る。

しかし今回の酷さは言語を絶していた。

 

最初に佐藤が担当して緊張の余り噛みまくる。

 

「あ、あ、あ、あのですね!か、か、か、神奈川からお越しになられた山田様!おクルクルクルくるまのハザードがて、テンテンテンテン点滅しております!」

 

「皇女様が愛されたし、し、し、し、詩(散る花の山)を朗読させて頂きます!『男の旅は一人旅、女の旅は戻り旅』え……しまった!間違えた!」

 

(くぷっ!今日はお客様が多いのに!堪忍して!)

 

佐藤はチェンジさせられ 次に鵜戸野大介がマイクを握った。

 

「ザイダマがらゴられたザドウざま!わずれものがございまずので、いっがい案内ガウンダ―までおごじぐだざい」

 

(うっフッフ…なぜ彼にマイクを持たせるの…)

 

アナウンスがあるたびに和子の腹筋が震える。

 

「え!オデ!歌うの?わがっだ! ざぐらのば-なが じ―る頃―♪」

 

(う、くくく!歌わないで!)

 

和子の辛抱が続く。

 

 

そして午後になったその時である。

 

「あんた !マイク貸しんかい!」

と馬場の嗄れたキンキン声が響いた。

 

「迷子の案内しまっせ!可愛い幼稚園の男の子や!

ママ― 、ママ―て泣いたはる!エンエンエンエン泣いたはる!」

 

この後に 馬場の怒声が響き渡った。

 

「こんな可愛い子ほったらかしにしてこの子の親は何考えとるんや!この子の親は人で無しか!」

 

(あちゃー!)和子は目の前がクラクラした。

 

「ちょっと! 館内放送止めて!」

 

館長の慌てた声がする。

 

「何しますのや!アホの親!早よ出てこ…」

 

館内放送がぷっつり途切れた。

 

(やれやれ…)

 

アナウンス地獄からは一旦逃れられ和子は一息ついた。

 

 

そんな和子ふと前に目をやると、1人の男性が和子に向かって 語りかけていた。

 

和子は多くの国民に敬愛され 崇拝されていた。

 

この男性に限らず観覧者には、 まるで生きている相手のように和子に語りかけたり、自分の思いを述べたり、懺悔したり、人生の成功や失敗について報告したりする者が後を立たなかった。

 

和子は耳をそば立ててみると、どうやら彼女との恋愛についての話の様であった。

 

「皇女様。どうか聞いてください。」

そう 語りかけるのは豆柴 誠也 36歳。

 

インナーは色褪せたグレーのTシャツ。

胸元のプリントはひび割れたアニメのロゴ。

首元は伸びて、うっすら波打つヨレが出ている。

羽織りはくたびれたグレ―のコットンパーカー。

袖口は少しすり切れ、糸がほつれている。

そしてゴムで締めるタイプのこれまたグレーのスウェットパンツをはいている。

足にはかかとが潰れたスニーカー。

 

「見ての通り 私はとても 冴えない男です。身長は145cm、体重は 70kg、頭の髪も薄く.運動神経が悪くて足ものろいです。定職もなくコンビニの アルバイトで食いつないでおりお金もありません…胃が悪いので口臭がきつく 足は水虫だらけです。もちろん 今まで彼女は一人もいませんでした」

 

豆柴はハァーと ため息をついた。

 

「しかしです!」

 

誠也はパッと目を輝かせた。

 

「先日、僕の目の前に天使が現れました!そうです!こんな僕に彼女ができたのです!」

 

(え!彼女!)

和子の目がキラリと光った。

 

誠也は興奮気味に頬を紅潮させて続けた。

 

「彼女は私のコンビニのバイト先に買物で毎晩来てくれて、こんな僕にいつも微笑んで話しかけてくれました。優しく分け隔てなく接してくれたのです。僕はとても嬉しかった。そして僕の彼女に対する思いは高まる一方だったのです。そんなある日僕は思い切って彼女に告白したのです。結婚を前提にお付き合いくださいと!」

 

(キャ―!キタ―!)

 

「そしてなんと彼女は泣きながらOKしてくれたのです 。僕は天に昇る気持ちでした。」

 

(良かった!)

 

「皇女様は本当にお美しいです。今日そのお姿を拝見して感動いたしました。まるで宝石が輝いているように思いました」

 

しかしそこで誠也は顔を真っ赤にして言った。

 

「でも彼女は皇女様よりもさらに美しいのです。僕にとってまるで天女の様です!」

 

(ど、どの様な女性でしょう!?)

 

和子は興味津々。

 

「僕たちは近々結婚する事になると思います。そのことが嬉しくて皇女様に報告に参りました。皇女様が国を守ってくださったからこそ今の僕達があるのだと深く感謝しております 。ありがとうございました!」

 

と言って誠也は頭をぺコッと 下げた。

 

和子は現在の礼和の平穏を思い、少し目頭が熱くなった。

 

 

その時であった!

 

ズシン、ズシンという地響きのような音が響き渡った。

 

そしてその音は観覧室の入り口の前で止まった。

 

そこで野太い巨大な声が響いた。

 

「ダーリン!待ったあ~?」

 

そして、その巨大な影が、3m近い高さの観覧室の入口を頭を下げてくぐりながら入ってきた。

 

「あ!艶子さ~ん!こっちです!」

 

誠也は明るく 手を振った。

 

「会いたかったわ~!ダ―リン❤️」

 

ズシン、ズシンと近付いて来たその姿をみて和子は息を飲んだ。

 

超筋肉質の巨大な肉体が、フリフリだらけのド派手なゴスロリ風ドレスを身に纏っていた。

 

全身ベビーピンク × レッドの配色

胸のビッグリボンの中心にハートの装飾。

オフショルダー袖ふわふわのパフスリーブ。

3段のマルチレイヤースカート、超ミニ。

表面にパールが散りばめられいる。

 

そして、

頭は角刈り。

分厚い唇に目が痛くなる程赤いルージュ。

パンティーがのぞく状態から超発達した大腿筋肉が2本伸び、素足であった。

 

彼女の名は、大佛殿 艶子(ダイブツデン ツヤコ)

28歳。

 

「愛してる!ダ―リン!」

 

艶子はそう叫ぶと誠也の胴体を両手で掴み、まるで赤ちゃんの様にひょい、と持ち上げた。

 

誠也の顔を、その超長いまつげの奥から巨大な瞳で潤々しながら見つめる。

 

そして頭をグクッと後ろに反らしたかと思うと唇を蛸の様に尖らせた。

 

その姿は、まるでプロレスラーが相手にヘッドバッドをぶちかます直前の姿に似ていた。

 

そして、鞭がしなる様に頭が反動で戻り、誠也の頭に衝突した!

 

「ぶちう!!!!」

 

激しいキス音が鳴り、誠也の額に巨大で真っ赤なキスマ-クが湯気を立てていた。

 

(言葉が出ない…)

 

呆然となる和子。

 

 

「もう、激し過ぎるよ艶子さん❤️ちょっと下ろして」

 

「分かったわ!ダ―リン❤️」

 

誠也はガラスケ-スの前にひょいと降ろされた。

 

 

「そうだ!艶子さん!僕はこの場で大事な話があるんだ!」

 

「なあに?ダ―リン」

 

「見てごらん。この皇女様のお美しさを!若くして御国の為に命を捧げられたこの崇高な御姿を!本当に綺麗だ!美人だ!」

 

この後、(でも君はもっと綺麗だよ!愛してる!)と続けようとして艶子の方に振り向いた瞬間誠也の顔がこわばった。

 

艶子が大魔神の様な憤怒の表情になっていたのだ!

 

かっと見開いた眼が激しく血走っていた。

 

「ダ―リン……皇女に惚れたの?」

 

「ち、違う!違います!ぼ、僕が好きなのは…」

 

その瞬間艶子が絶叫した!

 

「イャアアアア―!!!この浮気者―!!!!!!」

 

そして誠也の頬を大型の野球グローブみたいな手の平でビンタした。

 

バチィィィィィン!!!

 

激しい破裂音と共に誠也は観覧室の床と水平に飛び、玉座と反対側の壁に背中からめり込み動かなくなった。

 

艶子はガラスケ-スに背をむけながら、ハ―、ハーと粗い息を吐いていたが、ス-ッと静かになった。

 

そしてゆっくり顔だけが和子の方を睨んた。

 

凄まじい表情だった。

 

(ひ、ひい!わたくし…な、何かした?)

 

和子の心は号泣していた。

 

「許せ無い……絶対許せ無い!よくも!よくも!」

 

艶子は巨大な羆が人間を襲う時のように指を蝮に折り曲げて両手を差し上げた。

 

そして、ダン!という激しい音がしたかと思うと皇女に向かって突進した。

 

「よくもダ―リンを奪ってくれたわねー!!!!!!」

 

(あ…私…死んだ……もう死んでるけど…)

 

和子は遠い目になった。

 

 

しかし、艶子の拳がガラスケ-スに触れる寸前でピタッと止まった。

 

「ぐぎぎぎぎ!」艶子が唸った。

 

その時和子が見たのは、艶子を背中から羽交い締めにしている鵜戸野大介の姿だった。

 

艶子は『うがー!』と叫んで激しく振り解くと、大介と相対した。

 

「何よ!あんた!」

 

「皇女様に手を出したらだめでず!」

 

「邪魔しないで!」と艶子が吼えた。

 

ズドン!という爆音が響いた。

 

観覧室の天井からパラパラとホコリが落ちてきた。

 

キャノン砲の様な艶子の上段の回し蹴りが大介の側頭部にヒットした。

 

しかし大介は何事もなかった様に打たれた側の頬をボリボリと指で掻いた。

 

 

「面白いわね、あんた!」

 

「うん!おで、面白いやつ!」

 

「面白すぎるわよ!」

 

艶子はその瞬間大介の額から股間にかけて正中線にそって鉄拳10連撃を叩き込んた。

 

ズ、ド、ド、ド、ド、ド、ド、ド、ド、ド!と激しい衝撃音が炸裂。

 

その衝撃は大介の体を貫通し、ケ-スのガラスに亀裂が生じさせた。

 

1階の皇女カフェでは、ドリンクのコップが倒れて

地震だと大騒ぎになった。

 

 

「手応え有り!」

 

艶子はにやりと笑った。

 

その瞬間だった。

 

大介の岩石の塊の様な拳が艶子の顔面にめり込んた。

 

ズガンン!!

 

激しい破壊音と共に艶子の体は観覧室の床を水平に飛び、埋まっている誠也の横にめり込んだ。

その衝撃で誠也は壁から剥がれ落ちて床に転がり落ちる。

 

大介はゆっくり艶子に歩み寄った。

「皇女様に手をだざないでぐださい!」

 

「くっ!」

 

艶子は壁を破壊して床に降り立ち身構えた。

 

その時であった!

 

誠也がふらふらと立ち上がり、大介の前に両手を広げて立ち塞がった。

 

「ハァハァ…艶子さんには手を出すな!」

 

誠也は大介を睨みつけた。

 

「誠也さん…」

艶子の瞳が潤んた。

 

そしてそっと大介を抱きかかえた。

 

「もう帰りましょう」

 

「うん」

 

 

「おがえりはあじらです」

 

大介は出口を指し示した。

 

 

2人は手をつないで観覧室を去っていった。

 

 

 

和子はその様子を静かに見送った。

 

 

 

 

その夜。

 

タカシは壁の穴を見て呆然とした。

 

「一旦…何が起こったんです…」

 

 

「う-ん…そうね…」

 

和子はウィンクしながら言った。

 

「《愛故に》かな…」

 

「愛故に??」

 

タカシは煙に包まれた様だった。

 

 

 

二つの壁の穴は何も語らない…

 

 

 

次回、穴の修理で皇女大ピンチに!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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