(一)
和子は斑目慎之助による禁断の魔導法《龍命替術》により肉体は蘇ったが心は戻らなかった。
しかし礼和国民の彼女に対する敬愛と追慕は高まるばかりであった。
彼女の処遇を巡っては様々な議論が交わされたが、国民の熱い希望に従い、国家予算を投じて和子の業績を讃える巨大な記念館が皇城の横に建設され「国立忠国皇女記念館」としてオ-プンした。
1階は彼女の立像が来館者を迎えるエントランス、皇女ランチや忠国セットなどが味わえる忠国レストラン。
2階は彼女の歴史と業績を辿る展示コ―ナ―と、月ごとに内容が入れ替わる特別展示室。
そして3階がこの記念館の一番メインとなる皇女観覧室となる。
この巨大な部屋には、数千人が収容できる観覧空間と、皇城の玉座の間が厳かに再現されている。
巨大な桜と黄金の屏風を背後に設えた玉座に軍服礼装姿の和子が自分の首を脇に抱えて静かに座っている。
観覧部分とはガラスの仕切りで区切られている。
ここで来館者は彼女の姿を見て感嘆し、涙し、手を合わし、土下座して礼拝する者もいた。
年間の来館者は数百万人を超え、連日開場前にゲートには多数の行列ができた。
海外からも多数の観光客が訪れた。
しかし多数の観覧者の前でも彼女の表情は静かに凍結していた。
(二)
閉館し館内に静寂が訪れた。
記念館職員が退館した後、入れ替わる様に一人の人影が現れた。
山田 崇(タカシ)20歳
夜間清掃員として採用され、今夜から作業に初めて入る事となった。
誰もいない館内は静まり返っている。
「こんなでかい建物に俺一人かよ…」
タカシはブツブツ言いながら清掃を進めた。
そして3階の皇女の部屋に入った時だった。
玉座の間の方角から人声が聞こえた。
タカシはギョッとした。
(まさかこんな時間に人が?)
タカシは恐る恐る玉座の間に近寄った。
そこを見てタカシは自分の目を疑った。
なんと皇女の生首が欠伸をして一人事を喋っているのである。
「ふわっ。今日もたくさんの方が見えられましたわね。表情を崩さないのも大変だわ」
(確かに殿下は喋っている!)
タカシは驚愕した。
しかし同時に感動で体が震えた。
彼も和子に対しては礼和国民として多大な敬愛を抱いている一人である。
思わずタカシは玉座に近寄り興奮気味にガラス越しに和子に声をかけた。
「殿下!ご意識が…戻られたのですね!」
それを見て和子は愕然として、しまったと言った表情になった。
「み、見ましたの?」
「はい!嬉しゅう御座います!」
タカシは頬を紅潮させて尋ねた。
「いつお戻りになれたのですか?」
和子は観念した様に答えた。
「いつって……最初からです」
「!!最初から?」
「ええ……斑目の術は完璧でしたの。蘇った時は既に生前の意識は全て御座いました」
タカシは驚いた。「では、何故御意識が無い素振りなど……」
和子はゆっくり答えた。
「わたくしは蘇った時、斑目の仕業であることがすぐに分かりました。首と胴体が離れたまま肉体を蘇生するなど彼以外には出来ません。同時にこれは良くないと思いました。」
「良くない?」
「はい。司令官殿に衝撃と感銘を与える為に自分の命を捨てたのに、生きていたとなればその感情に水を差すことになりませんか。『我々の感動は何だったのだ』と。それは今後のアメリアナとの関係を考えても絶対避けなければなりません」
「は、はい、でも…」
和子は優しい目で続けた。
「わたくしは命を捨て役目を果たしました。もう死んだ人間なのです。わたくしが静かに人形の振りをしていれば全てはそれで済む事…」
タカシの目に涙が溢れて来る。
「それにわたくしは展示されるのが嫌じゃありません。来館者の楽しげな様子を見るのが好きです。こんな私にもファンがたくさんいるようですしね」
和子少し寂しげに微笑んだ。
「又インバウンドなどの経済効果にも貢献出来ている事も誠に嬉しく思います。今後もこのままで参りたいと存じます。わたくしの事は秘密にして頂きたいのです。お願い出来ますでしょうか?」
タカシは表情を引き締めてはっきり言った。
「殿下のご心情は確かに承りました!この秘密は必ず守ります!」
「ありがとう」和子はにっこり笑った。
しかし2人は知らなかった。
これから幾多の厳しい試練に晒される事になるとは想像も出来なかったのである。
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