首なし皇女は笑えない   作:haku728

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第61話  皇女の手紙④

まだ明るさの残る6月の夕暮れ時。

 

タカシは川崎市行きの電車の車窓からオレンジ色に染る太陽を眺めていた。

 

彼は桜花愛児園での西郷との別れ際の会話を思い出していた。

 

 

 

 

『山田どん。あんたはこれからどうなさる?』

 

『西郷さん…僕にはこれから行かねばならない所があります』

 

『行かねばならぬ所…ゆうまの家でごわすか?』

 

『ええ…』

 

『住所はお分かりなのですか?』

 

『それが…皇女様の手紙には《川崎市桜上町》と記されていました。その先の地番とかは分かりません』

 

『ふむ…桜上町…もしかしたらそこは地番がないエリアかもしれもはん』

 

『地番が無い?』

 

『さいです。あそこは戦後の家無衆(やなししゅう)が不法に建物を建てて住んじょったバラック街じゃった所でごわす。今でん古か長屋が集まっちょる場所でごわはん』

 

『そうなのですか?』

 

『そげな所では、住民達に尋ねるしかなかと思いもす』

 

『分かりました。ありがとうございます』

 

『そこで…山田どん1つお願いがありもす』

 

『何でしょう?』

 

『もしお家(うち)に行かれもして、そいがどげな結果であろうとも、おいまでご一報くだされもはんか』

 

『西郷さん!分かりました。必ずご連絡します』

 

 

 

タカシは車内に目を戻すと懐から皇女の手紙を出して広げた。

 

 

――ゆうま君から聞いた住所は以上の通りです。これを手がかりにお家を探してもらえませんか。そしてご両親の消息を確かめてほしいのです。大変つらいお願いをしてごめんなさい。でもそこをはっきりさせなければゆうま君も前に進めない気がするのです。何卒宜しくお願い申し上げます――

 

 

(とにかく家を見つけないと…)

 

タカシは手紙を懐にしまうと缶に残ったお茶の残りをぐっと飲み干した。

 

 

 

帝鉄桜上駅は高架駅である。

 

階段を降りて改札をくぐると酒とドブの匂いが混ざったような異臭がした。

 

高架下では一升瓶を抱えて土間上で寝ている酔っ払いがいる。

 

駅の入口横に付近の案内地図が掲示されていた。

 

(桜上町は…このドヤ街の先だな)

 

タカシはドヤ街の中央通りに足を進めた。

 

《カストリ焼酎一杯100円》

《犬の肉煮込み》

《ヤギのホルモン》

 

などの薄汚れた看板を掲げる汚い居酒屋が軒を並べる。

 

(まるで闇市のようだ…)

 

戦後三十年も経つのに未だにこんな場所が存在していることにタカシは驚きを隠せなかった。

 

路面は舗装されておらず、むき出しの土面にあちこちに水たまりができてぬかるんでいた。

 

ドヤ街を過ぎてしばらく歩くと幅が10m 程のドブ川に突き当たった。

 

川面には多くの生活ゴミが浮き水は濁り異臭を放っている。

 

そこに木製の老朽化した橋がかかっていた。

 

木製の看板に《極楽橋》と消えかけた文字が見える。

 

その橋の向こうに赤ちゃけたトタン屋根と壁が連なっていた。

 

(この先が桜上町か…)

 

タカシは深呼吸をしてから橋桁に足をかける。

 

老朽化した橋は歩くたびにギシギシと嫌な軋み音を立てた。

 

 

黄昏時のバラック街の中は異様な静けさだった。

 

錆びたトタンで覆われた長屋の各戸には木格子のスリガラス引戸が付いているが、ひび割れていたり傾いていたりしていて、まともな物がほとんど無い。

 

何より表札が無い為誰が住んでいるのか全くうかがい知れない。

 

(ほとんど 空家なのかな…)

 

街中をいくら歩けども住民らしいものと出会わない。

 

日も暮れて夕闇が迫って来る。

 

タカシは途方に暮れた。

 

しかし彼はふと前方を見ると長屋の一件の入口から電灯の光がこぼれているのが見えた。

 

(住民がいるのかな…とにかく当たってみよう)

 

タカシは引戸をノックして声掛けした。

 

すると引戸が開き、中から薄い白髪頭の老人が現れた。

 

白い丸首のボタン付きのシャツとステテコに腹巻きを併せ、雪駄履きである。

 

彼は野良犬のような目でタカシをジロリと見た。

 

「何なんだこんな時間に?おめえ…ここの者じゃねえな…」

 

「は、はい。でも怪しいものじゃありません。実は人を探しています」

 

「人探しだと!」

 

「はい。三橋さんという方のご夫婦を知りませんか?」

 

「そんなもの…名前を言われてもわからねえ。ここでは個人の素性に立ち入らねえのがルールだ」

 

「そうですか…」

 

がっくり肩を落とすタカシ。

 

その様子を見て気の毒だと思ったのか老人が少し表情を和らげてタカシに尋ねた。

 

「なんだおめえ…そう気を落とすな。もう少し詳しく話してみな」

 

「は、はい。そのご夫婦はもしかしたらもうお亡くなりになっているかもしれません。そのお子さんが皇女記念館に助けを求めてやってきたのです」

 

「何だと!そいつはいつのことだ?」

 

「二日前だと聞いています」

 

「おとついか!そいつは…もしかしてそこの家の者じゃねえか?」

 

そう言って老人は道向かいの斜め前の戸を指差した。

 

「ええ!詳しく教えてもらっていいですか?」

 

「ああ。そこにはまだ40歳にはなってねえぐらいの夫婦と小さな子供が住んでいたんだ。しかし一昨日の夜扉が開きっぱなしになってたんで不審に思って中を見たら2人とも布団の中で倒れていたんだよ。子供はいなかった」

 

「そ、それで…お二人は?」

 

「二人とももう亡くなっていたよ。ずっとご夫婦とも病気がちだったからな。咳をしていたから結核だったんだろう」

 

(やはり…そうか…うう…)

 

目をつむり唇を噛みしめるタカシ。

 

しかし再び目を見開いてさらに尋ねた。

 

「その後はどうなったのでしょう?」

 

「すぐに警察と大家に連絡した。しかし訳ありで身寄りのよくわからない人間ばかりだから現場をチラ見して『後の処理はよろしく』で終わりだよ。いい加減なもんさ」

 

「お二人のご遺体は?」

 

「大家が知り合いの業者に処理の依頼をした。あっという間に遺体と家の中の物を持って行ったよ。あまり大きな声で言えないが大家と言ってもごろつきだからね」

 

「火葬場に行かれたのでしょうか?」

 

「ああ。でも真っ当な業者じゃないからどこに持って行ったのかはわからないよ。どこかで焼かれて灰は無縁仏の墓にでもおさめられるんじゃないかな」

 

「そうですか…行方は分からないのですね…」

 

「この町じゃ、珍しくもねえ話だ…」

 

「………」

 

二人を沈黙が支配した。

 

暫くしてタカシが声を絞った。

 

「あの…何か残された物はなかったでしょうか?」

 

「ああ。何も残っていねえ。ただ…」

 

「?」

 

「業者がいらねえと思って放置した写真が一枚だけ有ったんだ。なぜか捨て置けなくてな。供養の代わりに取っておいたんだ」

 

「写真!それを見せてもらってもよろしいですか!」

 

「いいよ。ちょっと待ってな…」

 

そう言って老人は奥に引っ込むと手に写真を持って 再び現れた。

 

色あせた1枚のカラー写真。

 

そこには三橋夫妻と思われる二人の男女とその間で両手を繋がれている小さな男の子が写っていた。

 

裏面を見ると《正和46年5月  優真 三才》とボールペンで書かれてある。

 

(ゆうま君と三橋夫妻だ!ああ…)

 

タカシは写真を持つ手が震え両目から涙が溢れ出した。

 

老人はそんなタカシの肩に手をかけて呟いた。

 

「この写真はあんたにやるよ…」

 

「え!僕に…」

 

「あんた…その子は生きているんだろう…この写真を渡してやんな」

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

タカシは老人に深く頭を下げた。

 

 

タカシは駅まで戻ると公衆電話から愛児園に電話をかけた。

 

『そうでごわすか…誠に残念でごわはん…』

 

受話器の向こうの西郷の声は重く沈んでいた。

 

「はい。僕にはここまでしかできなくて…申し訳ございません」

 

『いいや、山田どん。あんたはよくやった』

 

「西郷さん…」

 

『その写真は後日こちらに送ってくいやい。ご両親のことは優真君にはおいから機を見て話そうと思う』

 

「はい…ありがとうございます」

 

『そいと山田どん。時々ゆうまの様子を見に来てたもんせ。あん子は大丈夫じゃ。さっき夕餉を出したら、大きかオムライスをぺろっと平らげもした。食える者は最後までちゃんと生きていける!』

 

「分かりました。又必ず行きます!」

 

 

タカシは受話器を置くと ドヤ街の上の夜空を眺めた。

 

星空が美しく広がっていた。

 

 

 

 

次回  タカシ記念館に帰還。

 

   「待っておったぞ…山田男」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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