首なし皇女は笑えない   作:haku728

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第67話  ゲルマニアの首なし麗人⑤

仁王立ちしていた和子は白目になっているタカシを見据えると、静かに踵を返して金屏風の裏に姿を隠した。

 

ほどなくして姿を現した和子の胴体には《礼和帝国軍総司令官元帥外套》が羽織われていた。

 

黒の光沢のあるシルク生地にダブルブレストの

金ボタンの列が並び、足首まである丈長デザイン。

 

両肩に大きな金の房飾り付き肩章がつき、袖口近くに金糸の帯状ライン+曲線模様が入っている。

 

格式高いそのロングコートは、皇室にまつわる礼和の祝日時のみ和子に着せられる特別な衣装である。

 

礼和国ではこの衣装の着用を許されるのは和子ただ一人である。

 

彼女は礼装の裾を翻しながら玉座の出口までつかつかと歩みを進める。

 

タカシとヴィクトリアが息を飲んで見守る中、ドアがカチャリと開いて皇女が観覧室に姿を現した。

 

彼女は二人の前に進むと厳かに自己紹介した。

 

「海皇家内親王貴宮(たかのみや)和子です」

 

(なんや!優雅と気品が服着て立ってるようや。これが世界最古の皇族の威厳なんか……ていうか聞いてたのと話が違う!生きてはるんやったら、とにかくご挨拶せんと!)

 

ヴィクトリアは戸惑いの中、湧き上がる畏怖と尊敬の念を懸命に抑えつつ踵を鳴らして敬礼して名乗りを上げた。

 

「内親王殿下。御目にかかれて光栄です!ヴィクトリア・フォン・ローゼンベルクいいます。今後共々よろしゅう…」

 

和子は、キリリと立つヴィクトリアの姿に動揺が走った。

 

(なんて無駄の無い凛々しい所作なの!それに…それに…まるで、《リアルメスカ―ル様》…駄目!和子!見惚れては……そうだ!)

 

和子はタカシに近寄り自分の首を突きつけた。

 

「山田!わたくしの首(しるし)を持ちなさい!」

 

(え!和子様…何故?)

 

一瞬怯んだタカシだったが、皇女の命にとても抗えず、おずおずと首を受け取り右腕に抱えた。

 

左腕にはヴィクトリアの首。

 

両腕の上で、二人の貴人の首が静かに火花を散らした。

 

先陣を切ったのは和子である。

 

「ヴィクトリアさん。山田は、清掃は元より諸事万端を任されている当館にはなくてはならぬ者。その彼を引き抜こうとするのは褒められた真似ではございませんわ」

 

ヴィクトリアはふふんと笑う。

 

「でも山田はんはうちの首を情熱的に抱えてくれてはりまっせ。本音はうちと一緒に行きたいんとちゃいますか?」

 

「それは貴方様の思い込みです。山田は無理やり貴方様にその首を待たされているのだと思います!」

 

「そんなことありまへんわ。なあ、山田はん。うちと姫さんどっちが綺麗?」

 

(アヒ―!そう来る?)

 

タカシが心の中で悲鳴を上げた。

 

「ぼ、僕の身分では、貴い御立場のお二方の容姿を評価する事は…で、できません!」

 

「まあ…タカシさん!あなたは何故いつもそうなの!」

 

「はう!」

 

「そうやで!どっちつかずの中途半端は男として失格やで!」

 

「はうう…」

 

逃げ場のない状況に、タカシのHPが0に近づいていく。

 

「そや!こうなったら勝負せえへん。勝った方が山田はんを頂きや!」

 

「ふうん。一体何で勝負なさいますの?」

 

「将棋はどうでっか?」

 

「将棋?」

 

和子はニヤリと笑った。

 

「ふふ…よろしくてよ」

 

「よっしゃ!決まりや!」

 

ガッツポーズを取るヴィクトリア。

 

「タカシさん。事務室に確か将棋盤がありましたわね。休憩所にセッティングしてくださらない?」

 

「は、はい。分かりました」

 

(これは…ヴィクトリアさん…ジョ―カ―を引いたな)

 

タカシは心の中で十字を切った。

 

 

 

清涼飲料水や軽食の自動販売機が並ぶ休憩所。

 

ほどなくして勝負の準備は整った。

 

折りたたみの将棋盤が載せられたテーブルを挟んで右側に和子、左側にヴィクトリアが座った。

 

そして将棋盤を真横から見据えるようにタカシが座る。

 

その両腕には2人の生首が抱えられていた。

 

「あの…一つだけ聞いてよろしいでしょうか?」

 

「何かしら?タカシさん」

 

「どうして僕はお二方の御首を持たされているのでしょう?」

 

「ま、まあ!嫌なのですか?非道いわ!タカシさん」

 

「い、いや…そうではなく…」

 

「うちら夫婦やないか!」

 

「あの…そこも根本的に違います」

 

「タカシさん。盤面を見るのにそこが調度良い位置なのです。しっかりキープしておいてください」

 

「うん!眺めはバッチリやで」

 

「はあ……分かりました」

 

タカシの目は悟りの境地に入りかけていた。

 

 

 

ヴィクトリアが将棋の駒を盤面に放出し、真っ赤なマニキュアが光る人差し指と中指に挟んで、パチン、パチンと手際良く並べていく。

 

(慣れてらっしゃるわね…)

 

ヴィクトリアの手つきに注視しつつ、和子もピンクのマニキュアが光るしなやかな指でほとんど駒音を立てず駒を並べる。

 

陣形に並べ終わり、ヴィクトリアは右腕(タカシ)の和子に語りかけた。

 

「ほな、振り駒しましょか?」

 

「いいえ。どうぞ、そちらが先手で」

 

「へえ…えらい自信やなあ。ほな遠慮無く」

 

 

ヴィクトリアは一分の隙なく整然と並べられた駒を人差し指でチョンチョンとつつきながら和子に向かって白い歯を見せた。

 

「あんな姫さん。うち留学時代な、新世界の将棋道場《三香倶楽部》で無敵やってん。その時に手ほどき受けたんが…」

 

ヴィクトリアがゆっくり9筋の端歩を前に進めた。

 

「阪田三吉師匠や…」

 

和子は顔色が変わった。

 

(阪田流初手端歩!この人…わたくしが振飛車党と知って挑発している!しかし逃げる訳には…)

 

和子は3四歩と角道を開けた。

 

その瞬間ヴィクトリアは9五の歩をさらに1つ前に突いた。

 

(あ!しまった!)

 

「アハハ!王さん狭い狭い!」

 

ヴィクトリアの笑い声が休憩室内にこだまする。

 

(この方…化け狐でらっしゃいますね)

 

和子の胴体が前傾姿勢に変わった。

 

 

 

次回  和子と将軍の激闘

 

 

 

 

 

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