首なし皇女は笑えない   作:haku728

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第70話  ゲルマニアの首なし麗人⑧

《ゲルマニアの和子~ヴィクトリア・フォン・ローゼンベルク将軍展》の初日。

 

雨模様の天気にもかかわらず、皇女記念館には電車の始発に合わせて来場者がどっと押し寄せ、早朝にすでに数キロの行列ができていた。

 

九時の開館に合わせて入場が始まったが、この時点ですでに最後尾が5時間待ちとなっている。

 

「えらい事になった…」

 

田端はこの日のために アルバイトなどで臨時の人員増員を行い備えていたが、想定外の事態である。

 

寝不足のタカシも当然のように駆り出されている。

 

「館長…これ、午後にはもっとすごいことになりますよ」

 

「たかし君。脅かさないでくれよ…しかし将軍の人気がこれほどとは…」

 

想定外の事態に不安の色が隠せない田端。

 

 

 

そして昼前にはタカシの予言通り来場者が膨れ上がり、エントランスには最後尾7時間待ちの表示が出る。

 

記念館入口では、入場待ちの観客に対してRHKテレビによるインタビューが行われていた。

 

レポ―タ―「ハァイ!こちら皇女記念館前です!ご覧の通り大変な人出になっています。こちらにいらっしゃるのが『最強のヴィクトリア・オタ』を自認されている油腹 美痴雄(ゆばらみちお)さんです。油腹さん、こんにちは!」

 

油腹「ハァ!ハァ!こんにちはでヴィクたま!」

 

レポ―タ―「凄い汗でらっしゃいますね。今でどれぐらいお並びなんですか?」

 

油腹「五時間でヴィクたま。フ―!フ―!」

 

レポ―タ―「五時間ですか!皆さん聞きましたか!五時間ですよ!油腹さんはブリテン博物館の時代から将軍を追っかけておられたとか?」

 

油腹「はい。二十年以上になりヴィクたま。ブフ―!ブフ―!」

 

レポ―タ―「油腹さんをそれだけ引きつける将軍の魅力とは一体何なのでしょう?」

 

油腹「ヴィクたまは至高の美、至高の悲劇、至高の死と生。すべてが至高でヴィクたま。ブフ―!ブフ―!」

 

レポ―タ―「ありがとうございました。記念館前からでした!」

 

 

 

午後になりさらに来場者の数が膨れ上がる。

 

二階の状況確認に行った田端が慌てて戻ってきた。

 

「たかし君。特別展示室の状況が大変だ!応援頼む」

 

「分かりました」

 

タカシはエントランス誘導からヴィクトリアの展示室に移動した。

 

 

「うぐ!」

 

ぎっしりと人々に埋め尽くされた特別展示室。

 

彼はこの部屋がこれほどの観覧者で満たされるのを初めて目の当たりにした。

 

普段は皇女を拝観した後、満足してしまってスルーする来館者が多く人がまばらなのである。

 

「入場の方はどうかお立ち止まりにならないよう お進みください。どうか立ち止まらないようにお願いします」

 

佐藤の必死のアナウンスが繰り返される。

 

展示室内にはベートーベンの交響曲が厳かに流され玉座にはヴィクトリアが端正に座している。

 

彼女は笑顔を見せながら観客に向かって手を振り続ける。

 

時には立ち上がってガラスの仕切りの前まで進み 、腰に手を当ててポーズを取ったりした。

 

そのような彼女の動きがあるたびに観客から大きな歓声が上がる。

 

「ヴィクたま―!!」

 

ヴィクトリアの萌画が大きくプリントされた T シャツを着た油腹が絶叫する。

 

(あ!ブ―やん又来てるわ!)

 

彼女は生首を油腹の方に向けウィンクした。

 

「ブヒ―!」

 

胸のあたりの萌画の顔を激しく撫で回して悶絶する油腹。

 

 

しかしそんな観客の熱狂とそれに応えるヴィクトリアの様子を、玉座の間の舞台袖から忌々しげに見つめているスーツ姿の男がいた。

 

 

速水 勇気(はやみ ゆうき) 37才

 

大手広告会社《電報社》の若き経営者にして、このイベントの誘致側の主催者である。

 

今回の企画の為に数十億の出資を行い、さらにヴィクトリアの出国を渋るベルリン英雄記念館とブリテンの政府関係者の説得に奔走した。

 

彼の尽力がなくては今回の企画は実現し得なかったのである。

 

(それなのに…)

 

彼はぎゅっと唇を噛む。

 

 

 

この日、記念館は通常の閉館時間を1時間延長して幕を閉じた。

 

閉館後、皇女観覧室にて関係者によるミーティングが行われた。

 

開始早々、速水がヴィクトリアに射抜くような視線で詰め寄った。

 

「将軍。貴方は観客に向けて笑顔を振りまいておられましたね」

 

「う、うん…」

 

(うう…速水はんの目が恐い。ごっつい男前やのに…)

 

「なぜあんな真似をなさるのです?」

 

「なぜって…うち、ベルリンでもあんな感じでやってるで」

 

「それは全くよくありません」

 

「何で?」

 

「貴方は氷のように美しくかつ冷酷でなくてはなりません」

 

「氷?」

 

「貴方は頭脳明晰かつ優秀で、一番嫌いなものは無能者でなくてはなりません」

 

「嫌い?」

 

「貴方は名門にして高貴。気位が高くそのプライドは天井知らずでなくてはなりません」

 

「て、天井知らず?」

 

「貴方は常に愚民どもを軽蔑し、上から目線で見下していなければなりません」

 

「愚民…て誰?」

 

「つまり貴方は美の絶対強者であり、周りに媚びてはならないのです。お分かり頂けますね?」

 

「何でなん?そんな 高飛車な態度で礼和の皆さんに失礼やん」

 

「貴方はご自身の価値について何もわかっておられない。いいから私の言うことに従ってください。私は今回の主催者です」

 

「う…うう…」

 

「それと昨日もお話ししたようにそのような関西の方弁は決してお話にならぬ様お願いします。ここに貴方が口にだして良いセリフ集ご用意しました。こちらをよくお読みいただき明日に備えて頂きます様宜しくお願い申し上げます」

 

そう言って速水は一通のプリントをヴィクトリアに手渡した。

 

「セリフ集?」

 

彼女はジト目でそれに目を通した。

 

「な、なんや!これ!」

 

紙を持つ手がプルプル震える。

 

 

 

――ヴィクトリア将軍専用セリフ集――

 

「頭が高いわ。跪きなさい」

「誰に向かって口を利いているの?」

「身の程を知りなさい」

「あなたごときが、私に意見を?」

「許可なく視線を合わせないで!」

「愚民の分際で面白いことを言うのね」

「その程度の能力でよく私の前に立てたものだわ」

「黙りなさい。耳障りよ」

「私は“お願い”などしないの」

「あなたに拒否権があると思って?」

「ええ、世界は私を中心に回っているのよ」

「当然でしょう? 私は特別なのだから」

「鏡をご覧になって? 私と対等に話せる顔?」

「下々の事情など興味ないわ」

「凡人は凡人らしく従っていればいいの」

「私は寛大よ。今すぐ消えるなら許してあげる」

「わたくしバカは嫌いなの」

「二度は言わせないで」

「弱者を導くのが強者の義務よ」

「才能ある者が上に立つ。当然の話でしょう?」

「凡俗に理解されなくても構わないわ」

 

――注意――

笑い方は「オ―ホホホ!」「うふふ…」に統一下さい。「あっはっは!」は厳禁です。

 

 

 

 

次回  ヴィクトリアの苦悩

 

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