翌日、タカシは業務終了後に馬場に声掛けした。
「馬場さんて確か…芸能がお好きでしたね?」
「まあな。わたいはちょっとお笑いにはうるさいで」
「実はそんな馬場さんに今晩引き合わせたい方がいらっしゃるんです」
「今晩?」
「はい。」
「一体どなたはんや?」
「まあまあ。会ってみれば分かりますよ…」
「ふうん。まあええわ。今宵はどうせ暇やしな」
少し興味に引かれる馬場。
タカシは職員が全員退館したのを見計らって、馬場を特別展示室に連れて行く。
玉座ではヴィクトリアが手を振って待っていた。
「夜分遅うすんません」
彼女は玉座から立ち上がると彼女に首の無い白襟を下げて挨拶をした。
「何や!会わせたい方って…まさか将軍様か!」
驚愕する馬場。
「はい。実は事情をお話ししますと……」
タカシはいきさつを一通り説明する。
「ふうん。なかなか面白そうやないか。で、その漫才の相方言うのは誰が勤めるんや?」
「それを…馬場さんにお願いしたいんです」
「わたいかいな!」
「はい。関西の方は他におられないので」
「そらまあ…うちは天王寺の出身やけど。 ほなら一つ聞いてよろしいか?」
「はい。どうぞ」
「将軍は、新世界の三香クラブに通ってはったらしいけど、《じゃんじゃんモ―ル》といえば何や?」
「そりゃ射的と串カツとドブの匂いだす」
「おお!よう分かってはるやないか!」
「あと、ホルモンと激安のカラオケスナックも外せまへん」
「ええな!最高や!将軍様とは息が合いそうやで!」
「へえ…おおきに」
「ほな!早速ネタ合わせや!」
(え!もう?)
タカシは目を丸くする。
しかし楽しそうに打ち合わせを始める二人の様子を見て一旦胸をなでおろした。
(よし!次の段取りだ)
彼はメモを手に事務室に走った。
1週間後、タカシは超満員の特別展示室で入場者の整理を行いながら場内の様子を伺っていた。
昼の十三時きっかりに速水が姿を表す。
(良し来た!速水さんは入場者がマックスになるこの時間にいつも様子を見に来るんだ…)
タカシは持ち場を離れて玉座の間に入り中から鍵を閉めた。
観覧室より一段上がった玉座の間は舞台のような作りになっている。
タカシは舞台袖からヴィクトリアに目配せした。
玉座の間の背後にはゲルマニアの建国の歴史を描いた荘厳な絵画の巨大な衝立が立っている。
彼女は玉座から立ち上がるとその衝立の背後に身を隠した。
「あれ…ヴィクトリア様がいなくなった…」
「え、どうされたの?」
観客の中にざわめきが広がる。
観覧室の隅で速水が眉間にしわを立てて玉座を睨んだ。
タカシはスタンドマイクを持って舞台中央に走り 玉座の前に設置した。
そして舞台裏に戻るとベートーベンのBGMを止めて マイクに向かってアナウンスをした。
「ただいまよりヴィクトリア将軍と当記念館の職員による漫才を行います。皆様最後までお楽しみ下さい」
軽快でコミカルな幕開けのメロディーが流れ、赤と金のド派手な亀甲模様のスーツに蝶ネクタイ姿のヴィクトリアと馬場が『ドモドモ―』と言いながら舞台袖から現れた。
生首の髪は、馬場とお揃いでお団子ヘアに結い上げられている。
「はぁぁぁ!」
速水は顎が落ちそうになった。
(うわ!ついに始まったのね!)
皇女観覧室のスクリーンを見ながら和子も内心大興奮である。
一瞬あっけにとられる観客達。
しかしすぐに会場は万雷の拍手に包まれた。
馬場が名札を見せながらの自己紹介から始まった。
「いやいや!盛大な拍手を頂きありがとうございます。わたいは当記念館の《オババ》こと脱糞馬場(だつくそうまば)です。(だっぷんばばあ)ちゃいまっせ!ほんまにもう!」
ドッと笑いが起きる。
「そしてうちはヴィクトリア・フォン・ローゼンベルクいいます。略して北川景子です!」
ここでも爆笑が起きる。
「あんた、略してないがな。あかんて!」
「ごめん間違えた!峰不二子です!」
「ふざけるのやめよ…もうヴィクちゃんにしとき」
「分かりました!ヴィクちゃんで―す!」
ここで再度大きな拍手が起きる。
「ところでヴィクちゃん。はるばる遠くからこの記念館に来ていただきました。まず一番印象に残ったことは何ですか?」
「それはもう感動しましたよ!」
「お!それは何でしょう?」
「記念館の横に芝生に水やる水道の蛇口が立ち上がってますやろ」
「ふむふむ…」
「その捻りがね、ちゃんと脱着式になってまんねん」
「ちょっと待て!どこ見てんねん!」
「何で!感動しまんがな。盗水対策はばっちりや!さすがやね!」
「あんな。せっかくこの記念館来てはんねんから、もっと別に見るとこあるやろ!」
「それとな…隣のお城の入口の横にな、滅茶苦茶でっかいドーベルマンが繋がれてんねん。ほんでそいつの目見たらな、死ぬほどでっかい声で吠えよんねん」
「それ記念館と関係あらへんがな!」
「いやほんでな、そのドーベルマンの名前《エリザベス》いうらしいで!しかもオスやねん!」
「何やて!その犬はオカマか?って何の話やねん!ちょっと話題変えるで」
「はいなどうぞ!」
「せっかくなんで、礼和国に来はって《食べたい物》《会いたい人》《やりたい事》ベスト3を聞きたいと思います。まず食べたい物から、どうぞ!」
「一番は《パルナスのバタークリームケーキ》で決まりですわ」
「何で決まりやねん!あんなにむちゃくちゃ甘うてギトギトしたもん。他に生クリームでなんぼでもうまいケーキがありまんがな」
「いや、あれでないとあきませんねん。あの胃の壊れる感じが癖になりまんねん」
「ちょっとその味覚はやばいでヴィクちゃん!二番と三番は?」
「不二家のバタークリームケーキ」
「三番は?」
「モロゾフのバタークリームケーキ」
「なんで全部バタークリームケーキやねん!」
観客が腹を抱えて大笑いする。
「じゃあ一番会いたい人は誰ですか?」
「エンタツ・アチャコ師匠」
「二番めは?」
「中田ダイマル・ラケット師匠」
「三番目は?」
「夢路いとし・こいし師匠」
「なんでそんなにジャンルが偏ってんねん!」
「別にかまへんがな」
「そんなオールドレジェンドばっかり…若い人知らんで!アウトや!」
「セ―フ!セ―フは役所の仕事!」
「だからわからへん、ちゅうてんねん!」
年配の観客も大受けしている。
「じゃあ最後《やりたい事》教えて下さい!」
「まず三番目は《ガタロウ》やね」
「…それは一体何なん?」
「《ガタロウ》てな、関東でいう河童のことやねん。まず胸まである黒いビニールのつなぎを履きますやろ」
「ふむふむ。漁師とかがよう着てるやつやね」
「それ着てどぶ川に入って捨てられた廃品を拾いまんねん。それ見た目が河童に似てるから関西風にガタロウ」
「ヴィクちゃん…あんた欧州でも指折の名家のお嬢やろ。何が悲しゅうてガタロウやりたいねん」
「何でなん!環境美化と資源の有効活用やんか!」
「ま、まあよろしわ。ほな二番目は何なん?」
「《競輪時計》買いたい!」
「何やその《競輪時計》て?」
「岸輪田の競輪場に行きますやろ。ほなら売人が片言で『コウキュウトケイ、ヤスイヨ』ゆうて近寄ってくんねん」
「ほんでほんで!」
「はならロレックスを1000円で売ります、ちゅうわけや!」
「ほんまかいな!えらい安いがな」
「ほんで喜んで買いますやろ。30分後に『チンチロリ―ン!』ゆうて止まりよんねん!」
「あかんやん!パチモンやん!」
「ふ、ふ、ふ。それが《競輪時計》や!」
「あ、あほか!なんでそんなもん買うねん!」
「《いつかは本物に当たるかもしれん》ちゅうロマンを買うわけですやん」
「あんた…脳味噌臭ってんのか!」
また大爆笑に包まれる会場。
一方、皇女観覧室では想定外の漫才のクオリティに腹筋崩壊寸前に陥っていた。
(ふ、ふふ…わたくし…もうだめかも。タカシさん…助けて…)
しかし壊れかけている和子をよそに、二人の漫才は益々ヒートアップしていく。
「はなら一番は何でしょうか?」
「一番はこの記念館のチケット販売窓口に座りたいねん!」
「おお!ちょっとまともなやつ来たな!」
「ちょっと練習したいんでお付き合い願いますか?」
「分かりました!わたい客でんな?」
「はい!頼んます!」
「ああ!ここが皇女記念館か!ここが窓口やね」
「絶望と後悔の当記念館にようこそ!」
「ちょっと待て待て待て!夢と希望の記念館と違うんかい!」
「はい、何名様でいらっしゃいますか?」
「チケット1枚おくれ」
「はい!老婆 1枚でございますね」
「なんで老婆やねん!大人1枚やろが!」
「大変恐縮ですが老婆は《老婆割増料金》となります」
「なんやねんその老婆区別。しかも割増かいな!」
「あ、でも大変お得な 《あの世行き割引》もございます」
「いらん!ちゅうねん!あの世行きって何やねん!」
「でも…棺桶に片足を突っ込んでらっしゃるようですので」
「しまいに怒るでほんまに!わたいはまだまだピンピンしとるんじゃ!」
「本日は特別企画展が開催中です。別料金にはなりますがいかがでしょうか?」
「お、それええな。今何やってんの」
「はい!《丹下段平とその愉快な仲間》展です!」
「ちょっと待て!国立の記念館でそんな企画やんの?ちなみに料金はいくら?」
「はい。15万円となります!」
「高!そんなん誰が買うねん!?」
「はい。本日最後の1枚となります」
「何やて!?礼和国民はどんだけ丹下段平が好きやねん!ちなみに他の《愉快な仲間》て誰?」
「はい!マンモス西とマンモス西とマンモス西でございます!」
「ア、アホかいな!それやったら《丹下段平とマンモス西》展でええやない!」
「矢吹 丈や力石 徹が出ると見せかけたフェイントでございます」
「インチキやでほんまに。まあええわ、せっかく来たから買うとこか」
「ありがとうございます。この企画展チケットをご購入いただいたお客様には特別プレゼントがございます」
「お!嬉しいな!何くれますのん?」
「ハゲかつら、眼帯、出っ歯入れ歯の3点セットです」
「丹下段平のコスプレセットやないかい!」
「必ずご装着の上ご入場ください」
「着けなあかんのか―い!」
「又展示室に入る際は『立て!立つんだジョ―!』と叫んで大粒の涙を流していただくようお願いいたします」
「叫ばなあかんのか―い!」
「さあ…大きな声でお叫び下さい!」
「ええ!た、立て!立つんだジョ―!」
「お客様見事でございます」
「ハァハァ!これでええのん…あれ。段平がどこにも見当たらへんで?」
「いいえ。いらっしゃいます」
「どこに?」
「あなた様が主役の展示物…丹下段平でございます」
「んなアホな!もうやめさせてもらいますわ!」
二人「ありがとうございました―!」
ドカンと笑いが響く。
漫才を終えて深々と頭を下げる二人に対し最大級の拍手が鳴り響く。
場内は大興奮のルツボと化した。
次回 焦燥の速水の前に、ある人物が現れる