「くそ!一体どういうことだ!」
観客の爆笑が渦巻く中、速水は髪を振り乱して玉座の間の扉にたどり着き開けようとするが、中から鍵がかかっていてびくともしない。
「開けろ!開けないか!」
彼は苛立ちバラの紋章の入った鋼鉄製のドアをどんどん叩く。
「速水同志、ドアを叩くのは良くないでヴィクたま」
速水は不意に背後から声をかけられた。
厳しい表情で振り返り、そこに立っている T シャツ姿の太っちょの姿を見て愕然とした。
「油腹同志!」
「僕はここの職員さんから聞いたでヴィクたま。ヴィクたまにド S な女帝のセリフを喋らせたのは君だということを…」
「ふん!それがどうしたでヴィクたま!世間が求めているのは私が思い描いた《誇り高く!媚びない!孤高の女王様》でヴィクたま!」
「君はいつからそんなにねじ曲がってしまったのでヴィクたま。同志は本来のあの方の優しさと人間らしさを知っている筈でヴィクたま。ベルリンの記念館で二人して感動した時の君はどこに行ってしまったのでヴィクたま」
「う、ぐ…」
「そして、この大歓声をどう思うのでヴィクたま?」
「う、うるさいでヴィクたま…私は…私は…」
唇を噛む速水。
その時であった。
鋼鉄製のドアが中から開いた。
そこには車椅子を押すタカシと、そこに座った高貴で重厚な空気をまとう金髪の老人の姿があった。
「ルートヴィヒ・フォン・ローゼンベルク侯爵!」
速水は驚愕して直立不動となった。
そして流暢なゲルマニア語で老人に語りかけた。
「礼和国に来ておられたのですか!お知らせ頂ければお出迎えに上がったのに…」
老人は豊かに蓄えた口髭の中の唇を開いた。
「いやいや。急なことなればお気遣いは無用。速水殿、この度の企画での御骨折り、誠にご苦労に存じます」
「い、いえ。この身に過分なる御言葉を頂き大変恐縮です。しかし何故こちらの方に?」
「娘より見せたいものがあるからすぐに礼和に来いと言われましてな。老骨の私に相変わらず無茶を言いますわい。フォッフォッフォッ!」
「見せたい物?まさかこの…!」
「そうですわい。舞台袖の特等席からじっくり拝見させて貰いました」
「し、しかし侯爵!こんなふざけた演芸を…」
「速水殿。私は来たかいがありました!」
「え!」
「こんな楽しそうな娘の姿を見たのは何十年ぶりですかの」
「で、でも…私は…」
「速水殿。娘の為に色々考えて頂いた事は有難く存じます。しかし娘は辛き事を乗り越え今の状況を楽しんでいる様子。ここはひとつあの子の好きにさせてやってはくれませんか?」
鳴り止まぬ拍手に手を振りながら応える壇上の二人。
侯爵の言葉を聞いて黙していた速水はヴィクトリアの姿を見た。
(何という笑顔だろう…)
速水は目を細めた。
そして両手をゆっくり上げて拍手を送った。
日付が変わり、静寂を取り戻した皇女記念館。
照明を落とした休憩室のソファーにタカシと首のない二人の貴女の姿があった。
「ほんまにびびったで!あの速水がうちの追っかけやったなんて…」
「その…お姿を見て分からなかったのですか?」
タカシは不思議そうに尋ねる。
「ベルリンに来てた時はメガネかけてめっちゃ太っててん。ブーヤン 2 って呼んでたわ」
「そうなんですか」
「しばらく姿を見せへんと思ってたらあんなに垢抜けてたとは。どっかで見たことがある様な気はしてたけど…」
「でもあの方、何か優しい表情になってらしたわね」
和子は嬉しそうな表情で語る。
「そやね。あいつ閉館後にうちに頭下げに来てん」
「速水さんが?」
「そう。ベルリンでうちを見た時《このビジュアルなら女帝路線で行けば天下取れる》と思ってんて。いつかはその夢を叶えたくて色々頑張ったらしいわ。『でもそれは一人よがりでした。今後は、ありのままの貴方を応援するのでヴィクたま 』言うてたわ」
「まあ。それは良かったわ。あの方にとってあのドSなプロデュースは、単なる金儲けではなく、彼なりの《推しを世界の頂点へ連れていくための歪んだ愛の形》だったのかも。でもヴィクトリアさんの笑顔を見て大切なことに気付かれたのでしょう」
「ほんまや。でも今回の件いろいろお知恵を頂き本当にありがとうございました。うちも楽しかったし おとんとも会えたしな」
和子はにっこり頷く。
ここでタカシが、少し寂しげにヴィクトリアに尋ねた。
「あの…明後日が御帰国のご予定なのですが、お父様と一緒にご帰宅されるのですか?」
「いや。帰りの飛行機は一緒やけど家には帰れん。うちは《展示物》やさかい、戻るのは記念館や」
タカシはハッとする。
「山田はん。そないな顔をせんでもええで。うちは 本来ギロチンにかけられた時点で人生が終わってる女や」
(ヴィクトリアさん…)
和子は胸をぎゅっと 抑える。
「それがテ―スラのおっさんのせいでこれもん(生首を持ち上げながら)になってしもたけど、記念館ライフもなかなか悪うない。仰山のお客さんにも楽しんでもらえるし、何より…」
「何より?」
「あの戦争の真実を知ってもらえる。だからうちは展示品としてこれからも頑張るで。なにせうちは《ゲルマニア最上級特別国宝》やからな!」
笑顔で答えるヴィクトリアの顔が和子とタカシには眩しく思えた。
「ならば《礼和国特別至高天上国宝》(でよかったかしら…)のわたくしも負けておられませんね!」
「そうやな!《高貴首チョンパ女子比べ》やで、姫さん」
ヴィクトリアがそう言って右拳を握りしめると二人は大いに笑い合った。
タカシはそんな二人の姿を、何か神々しさを感じながら見つめていた。
次回 ヴィクトリアとの別れ