首なし皇女は笑えない   作:haku728

78 / 81
第77話   斑目の息子②

皇城の天守閣が消滅したこの事件は、礼和国中を得体の知れぬ恐怖と悲しみに突き落とした。

 

この件に関して雅仁海皇による異例のコメントが出される。

 

 

『朕コノ度ノ天守喪失ノ惨事ヲ見ル二当タリ痛切ナル心ノ痛ミト悲シミヲ禁ジ得ヌモノナリ。

マタ二人ノ無辜ナルタミヲ殺傷二及ビタルハ言語道断ノ所業ニテ断ジテ許サザル思ヒヲ強クセン。朕願ワクバ早々ノ事態ノ収拾ヲハカリ二度トカクナル事ガ再発セヌ様祈ル』

 

 

礼和メディアの報道も日々過熱する。

 

『礼和建国以来の怪事件!』

『嗚呼!再建されたばかりの御天守は何処に?』

『まさか魔導士による仕業か!?深まる謎!』

「テロか?はたまた超常現象か?」

「礼和政府非常事態宣言検討か!」

 

国民の間でもずっとこの話題が途切れる事が無かった。

 

 

又、この出来事は世界中をも震撼させた。

 

海外の新聞は1面での報道を展開する。

 

『エンペラーキャッスルの象徴~世界遺産級文化財

一夜にして消失!』

『チェリーブラッサムの怪』

『ウィザードによるマジック?』

 

センセ―ショナルな見出しが並ぶ。

 

礼和国政府は国家としてのこの事件の解明を宣言。

皇国警察も特別対策本部を立ち上げ本格的な捜査に乗り出した。

 

しかし全力の活動にも関わらず犯人の手掛かりは依然として掴めなかった。

 

そして事態が進展せぬまま 一ヶ月が経過した。

 

 

八月も半ばとなり、夏休みもあって連日大勢の来館者で賑わう皇女記念館。

 

いつもの様に粛然と観客に見守られる観覧室の和子であったが、どこか力がなさげな様子に見えた。

 

その日の夜は、陽が落ちてもねっとりとした湿度が体に絡みつく。

 

タカシは額に汗を浮かべながら清掃作業を終えた後 玉座に向かった。

 

「和子様…元気をお出しください」

 

「そうね…」

 

和子は伏目がちで言葉が少ない。

 

彼女は皇城の事件で大きなショックを受けた。

 

それ以来ずっと元気がない。

 

タカシはそんな和子が気がかりで毎晩慰めの言葉を掛け続けているのだ。

 

「それにしても…犯人の狙いは何なんでしょう?」

 

「分かりません…」

 

「自分の力を誇示したかったのでしょうか」

 

「いいえ。多分それならばどこかで自分の存在を明かす筈です」

 

「そうですね。もう一ヶ月も経つのに名乗り出る様子もないし」

 

「しかし…あの大天守を消し去る魔導力…あんな真似ができるのはわたくしには1人しか思い浮かびません」

 

「え、ええ。やはりそうですか。でも《彼》はもう死んだ筈ですし…」

 

思考に詰まった両者の間に沈黙が走った。

 

 

その時であった。

 

観覧室の入口のドアがギィーと開いた。

 

タカシは驚いてそちらの方に目を向けると誰もいない。

 

彼が慌てて玉座の前に目を戻すと、そこには皇女を眺める一人の男がコートのポケットに両手を入れて立っていた。

 

(え!いつの間に?)

 

戦慄するタカシ。

 

「あ、あなたは誰ですか!どうして入ってこれたのですか!」

 

 

「失せろ…」

 

年の頃は四十半ばを超えているであろうか。ボサボサのロン毛にカ―キ色のトレンチコート姿のその男は、タカシの方に振り向きもせず低く陰鬱な声を発した。

 

「そ、そんなわけには行きません。この時間は不法侵入にあたります。すぐに出て行ってください!」

 

タカシは必死に声を絞る。

 

男はポケットから右手を出すと掌を上に向けた。

 

そこにみるみる赤い光が集約され桜の花弁の様な形となる。

 

それが掌を離れヒラヒラとタカシに向かって飛んでいき、彼の額に貼り付いた。

 

その瞬間タカシは全身が硬直して動けなくなった。

 

「あ!ぐ…ぐ…」

 

彼は歯を食いしばって立っているが、うめき声しか発することができない。

 

「タカシさん!」

 

和子は思わず絶叫した。

 

「?…何故死なぬ……まあ良い…そこでじっとしてろ」

 

男はタカシを一瞥したが、再び皇女に目を向けた。

 

「やはり意識はあったか。その姿…醜悪だな…」

 

その無精髭にまみれた唇から発せられた言葉には憎悪と軽蔑に満ちている。

 

「貴方は誰なのです?」

 

和子は声を振り絞って尋ねた。

 

「斑目だ。斑目惣司だ」

 

「ええ!貴方は…まさか!」

 

「ああ…貴様を蘇らせたのは我が父だ!」

 

彼の前髪の隙間から覗く周りが黒ずんだ左目。

血走ったそのまなこは突き刺すように和子を睨んでいた。

 

「そ、そんな…もしかして城を消したのもあなた!?なぜこんな事をするの?」

 

「ふん!天守など我が力を確認する為に消したに過ぎぬ」

 

「え…どういうこと?」

 

「本命は貴様だ。そしてこの建物も消し去ってやる」

 

和子は唖然となった。

 

「何故!何故なのです!」

 

「父は《神》に、《自然の摂理》に逆らった!」

 

「慎之助が…逆らった?」

 

「ああ…そうだ!父の術は主に治癒に用いられた。まあそれは良い。しかし最後に奴はとち狂って大きなミスを犯した!それが貴様だ!」

 

「わたくし…が?」

 

「しらばっくれるな!死んだ者は朽ち果てて分解され、この世界の構成物となるのが宇宙の道理だ!父はそんな大自然の法則を無視したいびつな存在を作り出した。生首を抱えたおぞましい皇女をな!」

 

「そんな…慎之助は…決して」

 

「口を挟むな!そして生首を抱えたままの貴様をこんな大層な箱物を作って見世物にした礼和人も、それに甘んじて嬉しそうに展示物になりきる貴様にも我慢がならぬ!」

 

「惣司さん…あなたはその程度の認識なの?」

 

「何だと?」

 

「何故記念館があるのか、何故わたくしがこのような状態で展示されているのかあなたは考えたことがないの?」

 

「どういうことだ!」

 

「この記念館は決して私を褒め称えて祀るだけの建物ではないの。ここは礼和人の怨念の墓標なのです」

 

「怨念?墓標?」

 

「かの大戦での礼和人の死者は軍民併せて何人かご存知?」

 

「…知らん」

 

「三百万人です。そしてこの犠牲はアメリアナの侵攻によって引き起こされました。かの国の戦には大義はありません。東洋に対する資源と植民地の確保が目的であり、その為には礼和が邪魔だっただけです」

 

「ふん!その話が何の関係がある?」

 

「結果的に礼和は負けました。そして植民地化はかろうじて防ぐことはできました。しかしかの国は帝国裁判によって戦争責任を我が国になすりつけようとしました」

 

「弱いから負けた。それだけのことだ」

 

「それはそうかもしれません。しかし礼和国人は歯を食いしばってこの記念館を建て、あえて私の首を離して展示したのです。アメリアナがいかに自国の正義を唱えて歴史の上書きをしようとも、この生首を見た時に何が起きたのかを思い起こさせるために。決して無視をさせないために」

 

「う…ぬ…」

 

「この記念館は、そして私の生首は、アメリアナに対する楔(くさび)なのですよ。戦後かの国とは 同盟を結びました。とはいえ野心を含んだ強大な軍事国であることに変わりはありません。礼和国はまだまだまな板の上の鯉なのです。かの国を牽制するためにこの施設は必要なのですよ」

 

この話を聞いて暫し沈黙が走った惣司。

 

しかし次の瞬間、肩を震わせて絶叫した。

 

「う、うるさい!黙れ!そんな国家間の矮小な理屈で正当化するな!」

 

そう言うと彼は右手を前に突き出し掌を皇女に向けた。そして瞬間的に赤い花びらが形成され皇女に向かって放たれた。

 

和子は咄嗟に体を折り曲げて首をかばった。

 

光の花弁は仕切りのガラスを突き破り空間を切り裂いたが、皇女の目前でパチンという音を立てて四散した。

 

(え、一体何が起きたの?)

 

和子は事態が飲み込めず呆然とした。

 

「ふん!やはりな…父の術は生半(なまなか)ではない」

 

惣司は自分の右手を眺めると皇女に視線を戻した。

 

「やはり貴様は消さねばならない。この建物も、そしてその元凶となった父の息子である私自身もな」

 

そして唸り声を発しながら苦しげに固まっているタカシに目を向けた。

 

「それは今ではない。お前も命が惜しければもう関わらぬことだ」

 

そう言うと惣司は踵を返し、瘴気のようなもやが漂う中観覧室から消えていった。

 

 

 

 

 

次回   和子とタカシ 涙の別れ

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。