首なし皇女は笑えない   作:haku728

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第7話 切腹

皇女記念館は夕刻となり、「蛍の帰り」の哀愁漂うメロディ―と共に(本日は御来館頂き誠にありがとうございました。本館は間もなく閉館になります)とアナウンスが流れた。

 

来館者が居ないガランとした観覧室にタカシが入室した時、皇女のガラスの仕切りの前に正座している一人の人物を見つけた。

 

「もう閉館ですよ」と言いながらタカシは歩み寄ったが、その姿を間近で見て絶句した。

 

侍であった。

それもくたびれた浪人の風体である。

 

髷は結びがほどけかけ、前髪が数本、鬢(びん)に垂れている。寝癖のように跳ねた毛を、無造作に指で整えた跡がある。

無精ひげが薄く伸び、口元の線が少し荒んでいる。

羽織は煤けた紺。

袖がすり切れ、肩の縫い目が少し裂けている。

着物は薄手の木綿。袴は行灯袴、帯は色褪せた藍色。

足袋は薄汚れ、指先に穴が空きかけている。

草履は裏が剥げている。

頬が痩け、土気色の肌は薄汚れていたが、眼光は異様に鋭かった。

 

(骨董武士だ!)タカシは驚愕した。

骨董武士とは、現代の礼和国に未だに存在する侍の生き残りの事である。

 

礼和国はかって鎖国した武家社会であったが、アメリアナの圧力による開国、新政府の発足により、身分制度は無くなり武士は消失した。

 

しかし、ごく一部の侍が武士としての生き方と誇りを捨てず、現代まで生き延びていた。

 

彼らは時代錯誤の存在と嘲笑され、生活基盤が無く困窮する生活の中、細々と命をつないでいた。

 

彼らは正に「絶滅危惧種」だった。

 

「相すまぬ」と侍は頭を下げた。

 

「拙者は片岡弦之介と申す。怪しい者ではござらん。しかしながら、この殿下には存じよりの身なれば、お願いしたき儀があってこちらに参った次第」

 

「しかし、もう閉館ですので。ご退出頂かないと困ります。一体どの様な御用件なんですか?」

 

「この場をお借りして切腹をお許し願いたい」

 

 

「え! は!? 切腹!? 貴方は何を言ってるんですか!」

 

タカシは絶叫した。

 

 

弦之介は眼光を光らせながら、ハッハッハと笑った。

 

「そなたが驚くのも無理は無い。されど拙者の話も少し聞いて下され。拙者は八つの情けなき失態を犯した。取り返しのつかぬ醜態を晒した。武士としての面目は立たず、これ以上生き恥を晒す訳には参らん。そこでこの場にて果てたいとの所存にてござる」

 

「ちょっと待って下さい!何故この場所なんです?」

 

「国にお命を捧げた殿下の前で果てるのが拙者の望み。殿下も、恥を忍んで生きるより潔よく死を選ぶ拙者の切腹をきっとお喜びになるは必定かと存ずる」

 

(お喜びに成りません!こんな処で切腹なんて絶対いや!)

 

和子は全泣き寸前。

 

「そんなの許可できる訳ないでしょう!警備員を呼びますよ!」

 

「あいや!暫し待たれよ!先ずは八の失態を聞いてくだされ。これを聞けば切腹も止む無しと必ずや得心頂けるものと存ずる!」

 

「どんな内容なんです?」

 

タカシは弦之介を睨んで眉間に皺を寄せた。

 

「しからば順をもって 説明いたそう」

 

弦之介はキラリと目を光らせて語り始めた

 

 

 

一の罪~フルーチェに黒酢を混ぜ申した。

 

「貴重な デザートを台無しに致した。味が中々奇怪な物に変化致して候」

 

(どうしたら酢がまじるの!)

 

 

二の罪~バスガス爆発が言えなんだ!

 

「バスバスガスバス!バスバスガス パブ!

くっ!言えぬ!情けなし!」

 

(そんなに悩まなくても…プッ!フフ!)

 

 

三の罪~折り鶴を折ろうとして紙飛行機を折った!

 

「何度折り鶴を折ろうとしても 、紙飛行機が完成と相成り候」

 

(うふ!駄目!深呼吸!)

 

 

四の罪~カップヌードル三分待てず!

 

「湯を入れた途端に空腹に負け箸を突っ込んでしまう。 毎回バリカタで候」

 

(プッ!フフフフフ!)

 

 

五の罪~キノコの山を愛し、タケノコの里に舌を出した!

 

「拙者、《キノコの山》の大ファンにて。コンビニの棚に並ぶ《タケノコの里》を見つけて憎しみより思わずアカンべーをやり申した。我が心の狭さにつくづく愛想が尽き申し候)

 

(永遠の論争ですわね。ふふ、)

 

六の罪~ぶらじゃあを装着致した!

 

「拙者、デパートの婦人用下着売場にて邪な思いに取り憑かれたのでござる。思わず深紅で薔薇柄のぶらじゃあに魅了されて衝動的に購入し、自宅にて装着した次第。ワコールにて候」

 

(くっ!くく……)

皇女、腹筋が激しくピクついた!

 

 

七の罪~なんとパンティーなるも装着!

 

「ぶらじゃあを装着するに飽きたらず、同じ柄のパンティーも装着致してござる。これもワコールにて候」

 

(うふっ、くく…もう駄目!)

 

 

八の罪~拙者、綺麗?

 

「拙者、今も婦人下着を装着してござる!

只今、着物を脱ぎ奉る!いかが?

拙者、綺麗?」

 

 

和子は遂に限界を越えた。

 

「あっははははは!!」

 

「!?」

 

弦之介はビクッとなり、驚愕の表情で後ろを振り向いた。

 

和子は慌てて無表情に戻った。

 

弦之介は深紅の薔薇柄の下着姿で、かっと血走った目を見開いて和子の表情をまじまじと見つめた。

 

「はて!?妙な…笑い声が聞こえた気がしたが…」

 

和子とタカシは心臓が止まりそうだった。

 

「ははは!いやいや!拙者もやきが回った。嘲笑の被害妄想もここに極まれり。やはり拙者は生きる価値がござらん…」

 

弦之介はぐったりうなだれた。

 

「弦之介さん」

 

タカシは静かに声掛けした。

 

「女装は恥じゃあ有りませんよ。新しい生き方の扉を開いた様に僕は思いますよ」

 

「そ、そうでござるか…?」

 

弦之介は恥ずかしそうに髷を撫でた。

 

「切腹したら終わりですよ。その先を極めてみませんか?」

 

弦之介は明るい表情になった。

 

「そうね!あたし頑張ってみる!」

 

和子はにこやかに頷いた。

 

 

弦之介はるんるんしながら退出した。

 

 

 

 

その夜の観覧室。

 

「ああ言ったものの、本当にあれで良かったんでしょうか?」

 

タカシには正解が分からないでいた。

 

「弦之介さんは痩せていた…侍は生活基盤が無いもの……もしかして切腹の理由なんてどうでも良かったのかも」

 

「そうですか…」

 

「わたくしは新しい生き方の方向をタカシさんが気付かせてあげたものと信じています」

 

「殿下、ありがとうございます」

 

タカシは深く皇女に向かって頭を下げた。

 

 

記念館の外は木枯らしが吹いていた。

 

 

 

 

次回、和子の身にかってない災難がふりかかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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