「ふむ…もうすぐ夜明けか」
皇女観覧室を出て、窓から白みかけている夜雲を見ながら平九郎が目を細めて言った。
タカシも同じ東の空を見上げながら平九郎に尋ねた。
「あの…名誉顧問…僕たちは…先ほど仰ったあの作戦で…本当に勝てるんでしょうか?」
「さあの…策を立てれば勝てるとは限らん」
「う…」
「惣司の力も未知数じゃからの。慎之助が参考になるとはいえ読めぬ部分はある」
「そ…それは…」
「しかしのう… 山田男。勝った戦は全て策を立てている。そしてその策通りに実践している」
「!」
「そしてわしもお主もやるべき事をやると腹を決めてここにおる。そうであろう?山田男」
「その通りです!」
「何を迷うことがある?」
「いいえ。もう迷いません!」
「うむ!」
「しかし、戦いの前はいつもこんな気持ちにさせられるものですか?」
「まあのう…わしの場合は常に圧倒的に物量差のある外国勢力との戦いじゃったからの。最初から勝ちを確信できる戦など一戦もなかったわい。じゃがのう…」
「はい…」
「戦場では最後まで諦めない奴が不思議と運を引き寄せる。そいつは覚えておけよ」
「分かりました!」
「それとな…お主に渡しておきたいものがある。付いてこい」
「?…は、はい」
二人は2階の常設展示コーナーに移動した。
そして平九郎は忠國の部屋の《進駐軍司令部皇女自決事件》展示ケースの前で足を止めた。
「山田男よ。ケースの鍵を開けてくれ」
「こ、ここに…何が」
「いいから早う開けい!」
「はい!」
平九郎はケースの中に入ると、和子の軍服の前に立てかけてある仕込み杖を取った。
その中央部分を片手で持ちタカシに差し出した。
「これをお主に預ける」
「そ、それは加藤さんの刀!」
「そうじゃ。そして…もしもの時、最後はこれで戦え。よいな!」
タカシはそれを両手で受け取った。
真剣の重みがずしりと伝わる。
そして深呼吸をしてはっきりと答えた。
「………はい。分かりました!」
夜が明けて当日、皇女記念館は臨時休館の掲示がなされエントランスドアはシャッターで閉ざされていた。
事前の告知が無かった為に、知らずに訪れた大量の来館者で一時建物の前は騒然となった。
しかし徐々に情報が伝わり夕方には落ち着きを取り戻していく。
そして日が落ちて帝都の夜空に真っ赤で巨大な満月が浮かび上がった。
日付が変わる頃、固く閉ざされているはずの記念館のシャッターがギシギシという不快なきしみ音とともに上がっていく。そして両開きのドアがひとりでに開いた。
その前にはポケットに両手を突っ込んだコート姿の惣司が立っている。
「ふん!他愛もない。皇城の門の方がよほどましだ」
彼はそう吐き捨てると建物内に足を踏み入れた。
照明を落とされた通路をゆっくり歩みを進める。
関節照明のみの薄暗い廊下の中で、前髪の隙間から覗く彼の右目は異様な光を放っていた。
そして彼は皇女観覧室の入口前に到着した。
「我が宿願がついに果たされる…」
そう言ってドアを開けて中に入ると、惣司は目を見開いた。
玉座の間のガラスの仕切りの前では平九郎があぐらをかき、玉座に座る和子の前にはタカシが立っている。
平九郎は軍服、タカシは清掃員の制服を着用し、二人とも頭に《必勝》と書かれた鉢巻きが巻かれており、腰には刀が差されている。
「ふん!誰かと思えば東郷の老いぼれと死に損ないの清掃員か」
惣司は無精髭の隙間から黄ばんだ歯を見せた。
平九郎はゆっくり立ち上がると、惣司に向かって静かな口調で言った。
「惣司よ。止めにせんか?誰も救われはせんぞ!」
「止めろ?お前らこそどけ!虫ケラのように殺されたいか?」
「それ以上わしらに近づくな!惣司!」
「何だと?」
「それ以上進むと良くないことが起きるぞ」
「ほざけ!お前らで私を止められると思っているのか!」
惣司はふんと鼻を鳴らすと平九郎の話が無かったかの様に数歩進んだ。
「ああ!わしは警告したのに…」
「?…なんだこの影は」
惣司が上を向くと目が血走った。
両手足を大きく広げた巨人が降ってきた。
「ぐああ!」
ズシンという音とともに惣司の上に覆いかぶさる。
「皇女様に悪さじたらだめでず!」
そう言って鵜戸野大介はズズっと鼻をすすった。
次回 観覧室の攻防