鵜戸野の巨体が惣司に覆いかぶさる。
「やったか!」
平九郎は汗ばんだ拳を握りしめた。
しかしその目はすぐに戸惑いの色に覆われた。
「ぐ!ぐぐ!」
惣司はガクガク震えながらも、巨体を背負いつつ中腰で持ち堪えていた。
「ば、馬鹿な!手力男(たじからのお・平九郎の普段の鵜戸野の呼び名)は四十八貫目(180kg)だぞ…」
絶句する平九郎。
しかも惣司は徐々に背中の巨体を持ち上げつつあった。
「ふ、ふふ…そうか。特級の魔導士は肉体も規格外という訳か。手力男!掴んで離すな!」
「わがっだ!」
鵜戸野は惣司の上半身を万力のような腕で抱え込んだ。
「くおのぉぉぉぉぉぉデカブツ!」
惣司は叫ぶと背中に赤い花弁の光を宿し始めた。
「あ、あの光は!鵜戸野さん、逃げて!」
タカシは絶叫した。
その瞬間ドン!という破裂音と同時に眩い光がスパ―クした。
思わず目を瞑ったタカシがゆっくりまぶたを開けると、惣司の背中でぐったりしている鵜戸野の姿があった。
「邪魔だ!」
惣司は忌々しげに背中の巨体を放り投げた。
仰向けに転がされた鵜戸野の服は裂け、目は白目を向いており、口からは長い舌がだらりと垂れ下がっていた。
「ふん!これがお前らの策か?」
惣司は平九郎の方に向き直ると、嘲る様に犬歯を覗かした。
「惣司…慌てるな。手力男はまだ死んでおらんぞ!」
「何!」
惣司が振り向いた瞬間、鵜戸野の巨大なハンマーの様な右拳が上腕にめり込んだ。
「があ!」
惣司は振っ飛ばされ、観覧室の大理石の大柱に背中を打ちつけられた。
「くっ!何故起きあがれる?」
惣司は柱にもたれて髪を振り乱しながら鵜戸野を睨みつけた。
鵜戸野は拳を振り切った体勢で白目を剥いたまま凍りついたかの様に固まっている。
破れたシャツの胸の隙間から黒曜石の数珠が覗いていた。
「魔防数珠か!老いぼれめ!」
そういって歯噛みする惣司。
しかしそれとほぼ同時に鵜戸野がぐらっと前に崩れ落ちる。
「おで…言いつけ…まもっ……だ…」
ズシンという響きと共に床にうつ伏せに倒れて微動だにしなくなる。
「鵜戸野さん!」
皇女は悲痛な声を上げた。
柱に背持たれる惣司の左腕は歪にへし曲がりだらりと垂れ下がっている。
「手力男!でかした!片腕ではあやつは魔導壁の印が切れぬ!」
平九郎は軍刀を鞘から引き抜くと、それを両手に持ち替え、鬼神の如く惣司に突進した。
「ふん!老いぼれなど片手だけで充分だ!」
惣司は右手を上げて掌を平九郎に向けた。
その掌中に赤い光が集約される。
「だ、駄目!」
皇女は目を背けた。
ダァン!
一発の銃声が響いた。
「うっ!く!」
惣司の脇腹から血が溢れる。
「そんな…馬鹿な…殺意は感じなかった…!?」
惣司は観覧室の天井の大梁を見た。
その上にライフルを持った佐藤の姿が有った。
佐藤の首は後ろ向きに捻じ曲げてあった。
その目線の先には鏡が光っていた。
「ひ、ひい!当たった?本当に当たった?」
わななきながら腰がへたる佐藤。
「見事なり佐藤!ちゃんと当たっとるわい!」
平九郎はそう叫ぶと刀を下から振り上げた。
ザン!という切断音が響く。
惣司の右腕が血を噴きながら宙を舞った。
「うぐ!貴様ら!」
惣司は柱にもたれながら血に濡れた歯をむき出しにして平九郎を睨んだ。
大理石の床に血溜まりが広がってゆく。
「惣司よ。さしものお主も後ろを向いた男の弾までは読めまい…お前の負けじゃ!」
「くそ…が…」
「お主!負けを認めるんじゃ!」
「は…はは…あははは!」
「何が可笑しい!」
「俺は…必ず…滅する」
「何!」
「お前らを…必ず滅するのだ!必ずな!」
「く、惣司…」
平九郎は静かに目を閉じると再び大きく見開いた。
そして刀を上段に構え惣司の胸に振り下ろした。
惣司の胸から血が吹き出し、静かに床に崩れて行った。
「愚か者めが…」
返り血を浴びた平九郎の表情はどこか悲しみを帯びているように見える。
彼は玉座の方に振り返り、和子に向かって一礼をした。
その時タカシが絶叫した。
「名誉顧問!駄目です!」
「何じゃと!」
平九郎はぎょっとして後ろを振り向いた。
そこには倒れながら全身を桃色の光の花弁に包まれた惣司の姿があった。
「桜命復原…桜命復原…」
彼の口から魔導呪文が地を這うように響き渡る。
(両手が使えないのに口だけで…)
タカシは戦慄した。
「しまった!奴が慎之助の息子だということを忘れておったわい!」
そう叫ぶと平九郎は刀を構え直し、惣司に向かって飛びかかった。
バズン!
ビスン!
鋭い貫通音がほぼ同時に二つ響いた。
平九郎の背中から赤い花弁の閃光が一筋飛び出した。
それと同時に天井の大梁より佐藤が落下する。
ドン!という落下音が観覧室に響いた。
「ぐ…う!さ、佐藤…」
平九郎は片手で胸を押さえた。その手の隙間から血が溢れ出る。
「嘘…平九郎!」
玉座より立ち上り絶叫する和子。
「殿下…申し訳…ございません…」
平九郎は息絶えだえに言葉を吐き出すと、刀を離さぬまま前倒しに崩れた。
その向こうには十字の様に両手を広げた惣司が立っていた。
(両腕とも完全に元に戻っている!そんな…)
タカシは目の前に繰り広げられている光景に肺を押しつぶされそうになりながらも必死に耐えた。
惣司はゆっくり歩いて玉座に近づいてくる。
そしてガラスの仕切りの前で立ち止まると右手の掌を光らせガラスの表面に当てた。
すると巨大なガラス板はビシッという音とともに全体に亀裂が走り、次の瞬間 ドシャアという音と共に全てが崩れ落ちた。
「清掃員…お前で最後だ」
惣司は陰鬱な目でタカシを睨んだ。
タカシは仕込み杖の鞘から刀を抜き両手で持って構えた。
「ふん。敵わぬと知りながら歯向かうか!」
「僕は、僕は逃げない!」
そういうとタカシは玉座の舞台からジャンプし惣司に向かって飛びかかった。
惣司はけだるそうに刀を避けると右拳を軽く突き出してタカシの顔面にヒットさせた。
「ぶふう!」
タカシは鼻血を吹き出しながら弾き飛ばされ、空中で一回転して金屏風に頭から突っ込んだ。
刀がカランカランという音とともに観覧室の床に転がる。
「馬鹿めが!」
惣司は壇上に上がると右手を上げて、尻を向けて伸びているタカシに掌の照準を定めた。
「止めて!惣司!」
必死の形相の生首を抱えて、和子はタカシの前に立ちふさがった。
「邪魔だ!どけ!皇女!」
「いいえ!どきません!」
「うるさい!」
惣司は苛立って和子の肩を持つと横に跳ね除けた。
「きゃあ!」
和子は床に転倒し、 生首が転がった。
そして改めて惣司はタカシに向けて手のひらを向けた。
その時であった。
床に転がっていた仕込み杖が1人でに空中に飛び上がり、惣司に向かって切りかかった。
惣司はとっさに身をよけたがコートの背が切り裂かれる。
うっすらとシャツに血が滲んだ。
「な、何だと?刀が一人でに!」
目を飛び出さんばかりにして空中に浮かんで静止している刀を凝視する惣司。
その目がさらに戦慄く。
空中にぽっかり浮かんでいる刀を手に持つ人の姿がゆっくりと浮かび上がってくる。
それは燕尾服姿に山羊の様な顎髭を蓄えた老人であった。
かすかに透き通っていながらも、実体化したその姿は和子のよく知る人物であった。
「義国?義国なの!」
「はい。この加藤義国、遅まきながら参上仕りました。永らく御前に伺候いたさず恐縮に存じます」
「う、うう…義国…」
皇女の目から涙が溢れ出た。
「殿下。ご安心ください。これより不埒な賊を成敗いたします!」
そういうと義国は刀を下段に構えた。
「ぐぬう!」
惣司は唇を噛んだ。
次回 死闘