首なし皇女は笑えない   作:haku728

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第85話   斑目の息子⑩

床に広がってゆく馬場の血のり。

 

 

それを無表情で見つめる惣司。

 

 

皇女とタカシはそんな彼の前で言葉を失い、只々立ちすくんでいた。

 

 

「要らぬ邪魔が入った…月の満ち足るも永くは持たぬ。我が術の発動を急がねばならぬ。だが…」

 

惣司は二人に目を向けた。

 

「清掃員。お前には先に死んで貰う」

 

そう言うと惣司は右の掌をゆっくりタカシに向けた。

 

赤く禍々しい光が集約されていく。

 

皇女とタカシは身を寄せ合いお互いの手を握り締めた。

 

 

その時であった。

 

タカシの上着の内側にボウッと青い光が点灯した。

 

「え?何だろう…」

 

タカシは内ポケットをまさぐり一枚の古びた紙切れを取り出した。

 

(あれ!これ佐藤さんに貰ったインチキの札だ…ポケットに入れっぱなしにしてたんだな)

 

タカシは、青く光っている札を不思議そうに見つめてから惣司に目を戻した。

 

「え!」

 

タカシは目を見開いた。

 

惣司は血走った目が飛び出さんばかりの驚愕の表情で唇を震わせていたのである。

 

「常世泉(トコヨミ)の札!なぜ貴様が…そんなものを!」

 

「え!どういう事?この札!?」

 

タカシは思わず札を二度見する。

 

「貴様!その札を渡せ!」

 

「ええ?」

 

「そんなものはお前みたいな力の無い者が持っていても只の紙切れと同じだ!さあ!早く寄越せ!」

 

(なぜ…そんなに焦っているんだ?)

 

タカシは札をぎゅっと胸に抱え込み後ずさりした。

 

その時、床に倒れていた馬場が苦しそうに声を発した。

 

「た…か…し。その札…絶対に…渡すな…」

 

「馬場さん!」

 

「くそ!まだくたばっていなかったか!」

 

惣司はそう吐き捨てるとタカシに駆け寄り手を伸ばして札を奪い取ろうとした。

 

しかしバチンと火花が飛び手が弾かれる。

 

「魔導壁!?この死に損いが!くそ!」

 

馬場はうつ伏せに倒れたまま右手をタカシに向け紫色の光を点灯させていた。

 

 

「もうよい…」

 

惣司はタカシを一瞥すると、両の掌を胸元で合わせた。

 

「これで全てを終わらせる。我が宿願は成れり!」

 

 

「止めて!惣司!」

 

和子が悲痛な叫びを上げる。

 

 

惣司は勝ち誇った様な笑みを浮かべると、地を這うような声で唱えた。

 

 

「桜・散・無・術!」

 

 

詠唱が終わった瞬間、空気が研ぎ澄まされピンと張り詰めた。

 

 

(一体…何が起きるんだ?)

 

タカシの呼吸は徐々に荒くなっていく。

 

 

床が微かに振動し始めた。

 

 

それは徐々に大きくなっていく。

 

 

 

 

「あ!何だ!あれは?」

 

この時、皇城の守衛兵は皇女記念館を指差してざわめきたった。

 

地面から無数の赤い桜の花弁が湧き上がり、記念館の下から纏わり付き始めたのである。

 

それは龍の様な形となり、記念館の回りをとぐろを巻くようにして上昇し建物を包み込んでいく。

 

花弁に覆われたものはまるで光に飲まれるように消えていく。

 

 

――皇女記念館の金看板も

 

――忠国レストランの豪華な椅子も机も内装も

 

――たくさんのグッズが並んだショップの棚も

 

――エントランスの皇女像も

 

――事務室の机やみかん箱も

 

――休憩室のソファーや自動販売機も

 

――展示コーナーの皇女の衣装や備品も

 

 

全てが飲み込まれて…消えていく。

 

 

皇女観覧室も赤い桜の花弁に覆われていく。

 

 

ガクンという地響きがして観覧室の床が傾いた。

 

天井から無数の埃や破片がパラパラと降ってくる。

 

 

 

「ふは!ふははは!いいぞ!美しいぞ!」

 

惣司は至福の笑顔を浮かべて両手を広げた。

 

その十字架のような姿があっという間に赤い花弁に包まれていく。

 

そして足元から光のチリのようになっていき、最後はゆがんだ笑みも包まれ消えていった。

 

 

(惣司さん…なんて…悲しい人なんだ…)

 

タカシはやりきれない気持ちでその最後の姿を見つめた。

 

 

その時であった。

 

足元から 馬場の声がした。

 

「た…かし…願え…思い…浮かべろ」

 

「ば、馬場さん!」

 

「お前が…今一番呼びたい者の姿を…思い浮かべるんじゃ!」

 

そう言って馬場はがっくり首がうなだれる。

 

「馬場さん!馬場さん!うう…僕は!僕は!」

 

たかしはそう叫ぶと青く光る札を胸に力強く抱きしめた。

 

 

その時観覧室の床に無数の亀裂が走り、大きな音を立てて崩れ始めた。

 

 

「あ!」

 

「いや!」

 

 

皇女とタカシは亀裂に飲み込まれていく。

 

 

 

「和子様!」

 

「タカシさん!」

 

 

二人は落下しながら手を伸ばした。

 

 

そしてその手が触れ合った。

 

 

その瞬間周りは全て赤い花弁に覆い尽くされた。

 

 

和子は観念して目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

 

彼女はゆっくりと閉じた目を開けた。

 

 

 

和子は空中に浮かぶ優しい桃色の光の玉に包まれていた。

 

 

その外は禍々しい死の光が渦巻いている

 

 

 

そして目の前には、優しく微笑みながら皇女を見つめるタカシの姿があった。

 

 

「タカシさん?いや…違う…あなたは…」

 

 

「お久しぶりでございます。殿下…」

 

 

「慎之助?慎之助なの!」

 

 

「はい」

 

 

「そう…タカシさんが呼んだのね!」 

 

 

「その通りです。常世泉の札を介して…」

 

 

「慎之助…私達はもう終わりなの?全て消えてしまうの?」

 

 

「いいえ 大丈夫です」

 

 

「え!」

 

 

「今宵は月の力もあります。龍命替術を使います」

 

 

「え!そんな…惣司の術は強力よ…」

 

 

「はい。しかし…たかし殿の《思い》…殿下や、そして記念館の皆様に対する《思い》は何者よりも強い。この力に私の術を乗せれば倅の術を打ち払う事が出来るでしょう」

 

 

「でも…龍命替術を使ったら…あなたは?」

 

 

「はい。霊体としての私の存在も完全に消え去ります」

 

 

「うう…慎之助…」

 

 

「殿下。お嘆きにならないでください。これは不肖の倅がやらかしたこと。私はその責任を取らねばなりますまい」

 

 

「いや!」

 

 

「それに私はあの時錯乱し、殿下を不完全な御姿にしてしまった…」

 

 

「いいえ…私は感謝しています」

 

 

「え!」

 

 

「観覧室での日々は幸せでした。慎之助…ありがとう」

 

 

「殿下…私は…報われました」

 

 

「慎之助!」

 

 

「さあ…時間が有りません。お別れです」

 

 

「ま…待って!」

 

 

慎之助は観音菩薩のように胸元でゆっくりと掌を合わせた。

 

 

「龍・命・替・術!!!」

 

 

 

慎之助が詠唱した瞬間、彼の合わされた両手から金色の光が発せられた。

 

 

「慎之助!!!」

 

 

「殿下!お達者で!」

 

 

慎之助は敬礼した。

 

 

その瞬間、辺りは眩いばかりの優しい黄金の光に包まれた。

 

 

まるで浄土の世界を照らしているような再生の金色の光。

 

 

それが全ての赤を飲み込み広がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

次回    最終話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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