洞窟に戻ると、ぼくは飾りをすべて外した。
やはり無意味だったんだと思う。表面を飾ったところで中身は変わらない。ぼくは黒曜石、醜くて価値のない———
「ギデオン先輩!」
オパールが息を切らせて洞窟に飛び込んできた。
「ギデオン先輩! ごめんなさい、私のせいで嫌な思いをさせちゃって…」
その声は今にも泣き出しそうだった。
「…君のせいじゃないよ」
なんとか心を落ち着けて、静かに言った。
「もともと、ぼくが外に出るべきじゃなかったんだと思う。君は悪くないよ」
「でも! うっ、うええええん…!」
オパールの瞳から、涙がこぼれた。
「私、ギデオン先輩を楽しませたかったのに…、またダメだった…。前のパーティーの時みたいに…」
「オパール…」
「私、何をやってもダメなのかな…うえええん…!」
その姿を見て、ぼくは思わず声をかけていた。
「そんなことないよ。君はとっても優しいと思う。一生懸命だった」
「でも…」
そうだ。オパールは悪くなかった。ぼくが高望みをしてしまっただけ…。
「ただ…、ぼくが弱かっただけなんだと思う」
でもこのままだと、気遣ってくれたオパールに申し訳が立たない。
ぼくは少し考えてから言った。
「…もし、本当にぼくを外に出したいなら」
「はい…?」
オパールは涙を拭いてぼくを見上げた。
「もし本当にぼくを外に出したいなら…夜に、してくれないかな」
「夜…ですか?」
「ぼくは…夜空が好きなんだ…。星を見るのが。だから…もし外に出るなら、昼じゃなくて、夜がいいと思う。暗い時間に…」
オパールの瞳が少し輝いた気がした。
「…わかりました!」
オパールは完全に涙をぬぐって、笑顔を見せた。
「じゃあ、今度は夜に! もっと素敵な飾りを作ってきますから! えへ〜」
「…ありがとう」
ぼくは小さく微笑んだ。
その時だった。
「おい、そこにいるか?」
洞窟の外から、声が聞こえた。
ぼくとオパールは顔を見合わせた。この声は———
「ティグ…?」
「ああ、いたいた。入っていいか?」
返事をする間もなく、ティグとルポが洞窟に入ってきた。
「何しに来たんですか!?ギデオン先輩にこれ以上何かするなら、許しませんよ!」
オパールが吠える。僕は思わず後ずさった。まさか、もっと嫌なことを言いに来たんだろうか?
「おい、待てよ。逃げんなって」
ティグが両手を上げた。
「おれたち、謝りに来たんだ」
「…え?」
「さっきのこと、悪かった」
ティグがぶっきらぼうに言った。ルポは肩をすくめている。
ぼくは呆然とした。あの二人が謝っている?
「おれ、あんまり頭よくねぇから、言っていいこととダメなこと、よくわかんねぇんだ」
ティグは頭を掻きながら言った。
「でも、さっきのは言い過ぎたって、ルポが教えてくれたからさ」
「隊長は本当に無知なのだ」
ルポはため息をついた。
「でも、悪気はなかったのだ。ただ、本当に思ったことが出ただけで、隊長にはフィルターってものがないのだ」
「フィルター?….ああ、あれだろ?なんか粉を通すやつ。前に教主がなんかに使ってるのを見たぜ」
2人のやり取りをみて、僕は少しだけ力が抜けた。
「二人とも…、僕は慣れてるから。いいよ」
「慣れてる?それってどういう意味だ?」
ティグが首を傾げた。
「よく言われるから、もう気にしないってことだよ」
僕が説明するとティグの顔が曇った。
「…それってイライラしねぇのか?」
「え?」
「だって、嫌なこと言われ続けてたってことだろ?おれだったら、めっちゃ腹立つぞ」
ティグが拳を握りしめた。
「誰だよ、お前にそんなこと言ってたやつ。俺が文句をいってやろうか?」
その言葉に、僕は思わず目を見開いた。
「ティグ…」
「隊長、それ自分も含まれてるのだ」
ルポがあきれたように言った。
「え?あ、そっか。おれも言っちまってたんだったな」
ティグが頭をかいた。
「じゃあ、おれが文句を言いに行くわけにはいかねぇな。でも腹が立つのは本当だぞ?」
ティグがまっすぐに僕を見た。
「お前、本当は腹立ってたんじゃないのか?怒っていいんだぞ」
「え…でも…」
「おれ、ばあちゃんによく怒られるんだけどさ、『怒るべき時に怒らないのは、自分を大事にしてないことだ』って言われたんだ」
ティグの目が真剣だった。
「お前、自分のこと、大事にしてねぇだろ」
その言葉が胸に刺さった。
僕はなにも言えなくなった。
オパールが横から口を出した。
「ギデオン先輩…」
「隊長、たまにはいいこと言うのだ」
ルポが感心したように言った。
「だろ?…おれ、毎日叩かれてるせいでちゃんと覚えてるんだぜ?」
「そこは威張ることじゃないのだ…」
二人のやり取りを見ているうちに、僕の胸にあった何かがゆっくりと溶けていくような気持になった。
「…ぼく、怒っていいの?」
小さくつぶやくと、ティグがにやりと笑った。
「当たり前だろ。お前、嫌なこと言われたんだから」
「でも、僕は弱いから…怒る資格なんて…」
「資格?そんなもんいらねぇよ」
ティグはあっけらかんと言った。
「お前が嫌だって思ったら、それがすべてだ。強いとか弱いとか関係ねぇ」
「本当に…?」
「ああ、だから、怒れよ。おれに」
ティグが胸を張った。
「おれ、お前に嫌なことを言った。だから、お前はおれに怒っていい」
僕は戸惑った。怒るってどうすればいいんだろう…。
「…怒るって、どうやって…?」
「え?殴るとか…?」
「隊長、暴力を勧めるんじゃないのだ」
ルポが頭を押さえた。
「でも、ばあちゃんはいっつも俺を殴ってくるぜ?」
「言葉で怒るのだ。『嫌だった』とか『傷ついた』とか、そういうのでいいのだ」
「嫌だった…?」
僕は小さくつぶやいた。
「そう、それでいいのだ」
ルポが優しく言った。
「それを言えるだけで、十分なのだ」
ぼくは深呼吸をした。そして、言葉を絞り出した。
「…嫌だった。ティグに、あんなこと言われて」
「おう」
「ぼくは…ぼくなりに、頑張ってたのに。オパールが作ってくれた飾りを着て、外に出る勇気を出してたのに」
「うん」
「それを…笑われて…すごく、悲しかった」
声が震えていた。涙が出そうだった。
「ぼくは…ダーヤみたいになりたかったわけじゃない。ただ、少しだけ、外に出られるようになりたかっただけなのに…」
「うん」
「それなのに…『似合ってない』とか『宝石に見えない』とか言われて…やっぱりぼくは、外に出ちゃいけないんだって…思った」
最後の方は、ほとんど泣き声になっていた。
オパールがぼくの手を握った。
「先輩…」
ティグは黙って聞いていた。そして、ぐっと唇をかんだ。
「…悪かった」
その声は、さっきよりも重かった。
「おれ、お前がどれだけ頑張ってたか、全然わかってなかった」
「ティグ…」
「この小さいやつがおれに怒ってた理由も、やっとわかった。お前、すげぇ勇気出してたんだな」
ティグが顔を上げた。その目は、真剣だった。
「おれ、お前のその勇気、踏みにじっちまったんだな」
ぼくは涙を拭いた。
「…うん。許すよ」
「マジで?」
「うん。だって、ティグは謝ってくれたから」
「お前…優しいな」
ティグが照れくさそうに頭を掻いた。
「あ、そういえば…お前の名前、なんていうんだ?」
「え?」
「だって、『お前』とか『黒いやつ』とか呼ぶの、失礼だろ? ルポに言われたんだ」
「隊長、最初から名前を聞くべきなのだ」
ルポが呆れている。
「悪ぃ、おれ、名前覚えるの苦手でさ。顔で覚えるタイプなんだ」
ティグが照れくさそうに頭を掻いた。
「ぼくは…ギデオン」
「ギデオン? ギ…ギデ…」
ティグが何度か口の中で繰り返している。
「ギデオン、な。覚えた」
「さすが隊長なのだ」
口でそう言いつつも、ルポが疑わしそうに見る。
「覚えたって。ギデオンだろ? 黒曜石の」
「よくできたのだ」
「おれをガキ扱いすんな」
「じゃあ、ガキみたいなことをしないでほしいのだ」
ティグがオパールに視線を向けた。
「で、このちっこいやつは?」
「私はオパールです! ギデオン先輩の後輩なんですから!」
オパールが胸を張って言った。
「オパール? オ…オパ…」
「オパールです!」
「おお、覚えた。オパールな」
ティグが頷いた。
「お前、結構強いんだな」
ティグが少し興味深そうにオパールを見た。
「あの時、おれに飛びかかってきただろ?組み合ったときにかなりの力を感じたぜ」
「え…?」
オパールは首をかしげる。ティグが腕を組んだ。
「力はあるな。まだガキだからおれよりは弱いけど、将来強くなるかもな…」
「隊長、上から目線なのだ」
ルポがあきれたように言った。
「え、事実だろ?俺のほうが強いし」
「私、そんなに強くないですよ?まだ生まれたばかりなので、ギデオン先輩の方が...」
オパールは照れくさそうに言った。
「生まれたばかり…?マジで?」
ティグが驚いたように目を見開いた。
「じゃあ、お前、もっと強くなるじゃん。すげぇな」
「隊長、そこに食いつくのだな」
ルポが苦笑した。
「だって、生まれたばかりであんだけ気迫あったら、将来やべぇだろ」
ティグがにやりと笑った。
「ギデオン、お前もこいつみたいに強くなれよ。そしたら、おれと勝負できるしな」
「勝負…?」
「ああ。おれ、強い奴と戦うの好きなんだ。お前ともいつかやってみたいぜ」
ティグの目が輝いた。
僕は静かにうなずいた。戦うのは好きじゃないけど、ティグのそのまっすぐな瞳を見ていると断る気にはなれなかった。
「お前、いいやつ持ったな、ギデオン」
「…うん。ぼくもそう思う」
ぼくはオパールの頭を傷つけないようにそっと撫でた。オパールが嬉しそうに笑った。
「えへ〜」