恋恋高校に高性能なパワプロくんが入学しました 作:肌がキレるティッシュ
~あかつき戦から一週間後/恋恋高校グラウンド~
カキン!
カキン!
乾いた金属音が、夕方のグラウンドに何度も響いていた。
「もう一球よろしく!!」
「次!次ください!!」
一週間前。
恋恋高校は、あかつき大付属高校に敗れた。
あと一点差で届かなかった。
だが——
その敗北は、恋恋高校の心を折らなかった。
むしろ。
火をつけた。
パワプロ「よーし!いいね!」
パワプロは明るく声を出しながら、トスを上げる。
カキン!
部員Aの打球が鋭く前に飛ぶ。
パワプロ「今のめっちゃいい!ちゃんと芯で捉えてる!」
部員A「……っしゃ!」
自然と笑みがこぼれる。
その時。
部員B「なあ、パワプロ」
パワプロ「ん?どうしたの?」
部員Bは少しだけ間を置いて言った。
部員B「俺たち……もっと打撃練習増やしたい」
パワプロ「……!」
部員C「走塁も守備も大事なのは分かってる」
部員A「パワプロがちゃんと考えてメニュー組んでくれてるのも分かってる」
拳を握る。
部員A「でもさ……」
部員A「またパワプロが敬遠された時」
部員B「今度は、絶対俺たちが打ちたい」
部員C「パワプロをホームに返したいんだ」
静かな、でも強い声だった。
一週間前の光景が、全員の頭に浮かんでいた。
パワプロは少しだけ目を見開いた。
そして——笑った。
パワプロ「ありがとう!!」
一歩、前に出る。
パワプロ「いいじゃん!」
部員たち「!」
パワプロ「その気持ち、最高だよ!」
パワプロ「じゃあ今日から打撃メニュー増やそう!」
部員A「……いいのか?」
パワプロ「もちろん!」
パワプロ「バランスは意識するけど、その中でも打撃を特に強化していこう!」
パワプロ「走れるし、守れるけど、特に打てるチームにする」
パワプロ「そして、甲子園優勝を目指そう!」
そして、パワプロは笑う。
パワプロ「任せてよ!」
パワプロ「俺、みんなをもっの打てる打者にする自信あるから!」
部員たちの目に、火が灯る。
部員A「……よし!」
部員B「やるぞ!」
部員C「もう一球くれ!」
パワプロ「オッケー!いくよ!」
トスを上げる。
カキン!
さっきより、強い音が鳴った。
~その後、グラウンドの端~
矢部(猪狩バッテリー相手でもパワプロくんは3盗を決めていたでやんす)
矢部(オイラだってやるでやんす……!)
矢部「はあっ……はあっでやんす……!」
全力疾走。
ベースからベースへ。
パワプロ「矢部くん!いいスタート!」
矢部「まだまだでやんす……!」
汗が飛び散る。
矢部「次は守備練習お願いするでやんす!」
パワプロ「オッケー!」
矢部「足は、守備でも武器になるでやんすから!」
パワプロ「その通り!」
パワプロ「矢部くんの守備範囲、絶対もっと広がるよ!」
矢部「やるでやんす!!」
~その後、マウンド~
あおいが変化球練習をする。
ビュッ!
シンカーが鋭く沈む。
あおい「もう1球……!」
もう一球。
投げる。
また投げる。
パワプロ「いいよ!今のキレ、前より良かった!」
あおい「本当!?」
パワプロ「うん!」
パワプロ「でもまだいける!」
パワプロ「スタミナもキレも、もっと伸ばせる!」
あおい「……うん!」
あおい「もう一球いくよ!」
パワプロ「来い!」
~少し離れたベンチ~
はるかが、スコアブックを読んでいた。
はるか「……」
ページをめくる。
そこには——
あかつき戦の記録。
はるかは、そっとそのページを閉じた。
はるか(次は——)
顔を上げる。
グラウンドでは。
パワプロが笑っている。
みんなが走っている。
叫んでいる。
はるか(次は、このページに)
はるか(勝ちを書きたい)
はるかは立ち上がった。
はるか「パワプロさん」
パワプロ「ん?どうしたの、はるかちゃん?」
はるか「……ドリンク、作ってきました」
パワプロ「本当!?」
パワプロ「ありがとう!」
満面の笑顔。
はるかの胸が、少しだけ高鳴る。
はるか「……みんなの分もあります」
パワプロ「よーし!休憩入ろう!」
パワプロ「水分補給大事だからね!」
みんな「はーい!」
夕日が、グラウンドを赤く染める。
敗北から一週間。
それでも——
恋恋高校は、止まらない。
パワプロ(次は勝つ)
パワプロ(みんなで——)
拳を握る。
その目は、もう前だけを見ていた。
〜秋のある日/恋恋高校グラウンド〜
秋のある日――
朝夕の風がひんやりしてきて、グラウンドの土も夏より少しだけ締まっていた。
校庭の端の銀杏が色づき始め、落ち葉がカサッと転がる音が混じる。
恋恋高校・野球同好会は、今日も練習に励んでいた。
その中心にいるのは―
パワプロ「ナイスバッティング!矢部くん、今の打球すごく伸びてたよ!」
矢部「オイラの俊足巧打がついに覚醒したでやんすね!」
あおい「打球は良かったけど、調子に乗りすぎだよ」
あおい「次は打ち取るから!」
パワプロ「いいねいいね!その調子!」
グラウンドに、明るい声が響く。
七瀬はるかは、パワプロの横で練習風景をにこやかに見ていた。
はるか(みんな、本当に頑張ってる……)
そんなことを想いながら、そっと微笑む。
その時だった。
キィィン!!
矢部が放った打球が――
鋭いライナーとなって、はるかの方へ一直線に飛んでくる。
矢部「し、しまったでやんす」
はるか「きゃっ……!」
足がすくむ。
逃げなきゃと思っても、体が動かない。
次の瞬間――
パワプロ「はるかちゃん危ない!!」
《パワプロの守備職人 発動》
ザッ!!
地面を蹴る音。
ドサッ!!
パワプロが、一直線に走り込み――
ためらいなくダイビングした。
パシィッ!!
鋭い音とともに、ミットにボールが収まる。
静まり返るグラウンド。
パワプロは地面に倒れたまま、しっかりとボールを握っていた。
パワプロ「……ふぅ」
ゆっくりと立ち上がる。
あおい「ちょっと矢部くん!」
あおい「はるかは体弱いんだから、危ない目にあわせないでよね!」
矢部「ご、ごめんでやんす!!」
矢部「本当に悪気はなかったでやんす……!」
パワプロはすぐに、はるかの方へ駆け寄った。
パワプロ「はるかちゃん、大丈夫?」
優しく手を差し出す。
はるか「……あ」
はるかはその手を見つめる。
大きくて、温かそうな手。
少し震えながら――
その手を取った。
パワプロはゆっくりと引き上げる。
はるか「あ、ありがとうございます……」
パワプロ「全然!」
パワプロはいつもの笑顔で言った。
パワプロ「はるかちゃんがケガしちゃったら、俺が困っちゃうんだから!」
はるか「……!」
一瞬、胸が強く跳ねた。
顔が、じんわり熱くなる。
はるか「……すみません」
パワプロ「謝らなくていいよ!はるかちゃんは大事なマネージャーなんだから!」
屈託のない笑顔。
はるかは、少しうつむいた。
はるか(パワプロさん……やっぱり優しい……)
胸の奥が、温かくなる。
そして――
同時に、小さな決意が芽生えた。
~練習の休憩時間~
部員たちは水分補給や雑談で散らばっていた。
あおいは後輩に投球フォームのアドバイスをしていて、矢部は新入部員に自分の武勇伝を語っている。
パワプロは、一人でベンチに座り、グローブの手入れをしていた。
はるか(……今なら)
はるか(パワプロさんと……二人きり)
胸の鼓動が速くなる。
手のひらに、うっすら汗がにじむ。
はるか(大丈夫……言うだけ……)
一歩ずつ、近づく。
はるか「……パ、パワプロさん」
パワプロ「ん?」
顔を上げる。
パワプロ「どうしたの?はるかちゃん」
はるか(先ほど助けていただいたお礼に、私の家でお食事でもいかがですか?)
はるか(よし……これを言うだけ……)
はるか(落ち着いて……)
はるか「さ、先ほどの家はお食事いかがでしょうか?」
パワプロ「……え?」
パワプロ「ご、ごめん。どういう意味?」
はるか「……っ」
はるか(ま、間違えました……!)
頭が真っ白になる。
はるか「た、助けていだだいた家はいかがですか?」
パワプロ「えっ」
パワプロ「助けていただいた……家?」
はるか(ま、また……!)
はるか(どうして私はこんなに……!)
顔が一気に赤くなる。
パワプロ「……?」
不思議そうな顔。
はるかはぎゅっと手を握りしめた。
はるか(落ち着いて……)
はるか(今度こそ……)
小さく息を吸う。
はるか「先ほど助けていただいたお礼に……」
はるか「私の家で……お食事でもいかがですか?」
言えた。
はるか(……言えました)
パワプロ「えっ」
目を丸くする。
パワプロ「いいの!?」
はるか「……はい」
パワプロ「やった!!」
ぱあっと顔が明るくなる。
パワプロ「俺、食べるの大好きなんだ!」
パワプロ「はるかちゃんの家のご飯、すごく楽しみだなぁ!」
はるか「……!」
胸が、また跳ねる。
はるか「……ぜひ、お越しください」
パワプロ「じゃあさ!」
パワプロ「今週の日曜日のオフにはるかちゃんの家に行っていい?」
はるか「……え」
はるか(こ、今週……!?)
予想よりずっと早い。
はるか(心の準備が……)
はるか(家族への説明も……献立も……お洋服も……)
頭の中が一気に慌ただしくなる。
パワプロ「あ、今週は都合悪かったかな?」
少し不安そうな顔。
はるか「い、いえ!」
はるか「大丈夫です……!」
思わず強く答えてしまう。
パワプロ「ほんと?よかった!」
パワプロは嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て――
はるか(……誘えてよかったな)
少しだけ冷たい風の中で――
はるかの胸だけが、ほんのりと温かかった。
~日曜日 はるかの家へ向かう道中~
空は高く澄み切った秋晴れ。
風は少し冷たいのに、陽射しはまだあたたかった。
パワプロは、制服ではなく私服姿で、手に一枚の紙を握りしめていた。
はるかから渡された住所と、丁寧に手書きされた地図。
パワプロ「えーっと……この道をまっすぐ行って……」
角を曲がる。
そして――
パワプロ「……え?」
思わず足が止まる。
パワプロ「ここ……!?」
目の前にあったのは――
高く、長く続く立派な塀。
重厚な造りの門。
まるで時代劇か、大河ドラマでしか見たことがないような――
巨大な日本屋敷だった。
パワプロ「で、でかい!!」
思わず声が漏れる。
パワプロ「この広さ……野球できるんじゃない!?」
外から見える敷地だけでも、学校のグラウンドの半分ほどはありそうだった。
パワプロ「……」
手元の紙を見る。
もう一度、門を見る。
もう一度、紙を見る。
しかも表札には『七瀬』とある。
パワプロ「……合ってる」
ごくり、と唾を飲み込む。
パワプロ「お、お邪魔しまぁす……」
恐る恐る門をくぐる。
――その瞬間。
パワプロ「うわぁ……」
思わず、感嘆の声が漏れた。
そこには――
美しく手入れされた日本庭園が広がっていた。
丁寧に整えられた松。
透き通るような池。
石橋。
静かに揺れる竹林。
まるで別世界だった。
パワプロ「す、すごい……」
一歩進むたびに、新しい景色が現れる。
パワプロ「ここ……本当に合ってるのかな……?」
急に不安になる。
パワプロ(実は隣の家だったり……)
パワプロ(俺、不法侵入とかしてないよな……?)
そんな考えが頭をよぎった――その時。
はるか「パワプロさん」
聞き慣れた、優しい声。
パワプロ「!」
顔を上げる。
屋敷の玄関前に――
はるかが立っていた。
その隣には、黒いスーツを着た、背筋の伸びた初老の男性。
はるか「お越しいただき、ありがとうございます」
丁寧に頭を下げる。
パワプロ「はるかちゃん!!」
一気に緊張がほどける。
パワプロ「いやあ、はるかちゃん見て安心したよ!」
パワプロ「知らない人の家に忍び込んでるのかと思っちゃった!」
はるか「ふふ……」
思わず、くすりと笑う。
はるか「ここで合っていますよ」
その言葉に、パワプロは胸をなでおろした。
隣の男性が、一歩前に出る。
執事「お待ちしておりました、パワプロ様」
深く、丁寧なお辞儀。
執事「お食事の準備が整っております。どうぞこちらへ」
パワプロ「は、はい!お邪魔します!」
思わず背筋が伸びる。
玄関をくぐり、屋敷の中へ入る。
――広い。
そして、静かだった。
歩くたびに、自分の足音がやけに響く。
廊下の両脇には、様々な美術品が飾られていた。
壺。
掛け軸。
絵画。
彫刻。
どれも、ただならぬ存在感を放っている。
パワプロ「……」
パワプロ(なんか……すごそうだ)
パワプロ(絶対、すごそうだ)
パワプロ(触ったら怒られそうだ)
パワプロ「めちゃめちゃ高そうだ……」
思わず小声でつぶやく。
はるか「そうですね」
はるか「ここに置いてあるものは、ひとつ数千万円くらいだと聞いたことがありますので、そこまで高くはありませんよ」
さらりと答える。
パワプロ「数千万!?」
思わず声が裏返る。
パワプロ「それ、十分すぎるほど高いよ!?」
はるか「そうでしょうか……?」
本気で不思議そうな顔。
はるか「より価値の高い美術品はここではなく、セキュリティの高い場所に保管されていると聞いています」
パワプロ「……」
パワプロ(世界が違う……)
パワプロ「俺の選球眼は、美術品には適用されないのかも……」
パワプロ「動体視力には自信あるけど……」
はるか「ふふ」
また、小さく笑う。
その時だった。
廊下の途中で――
一枚の絵画が、目に入った。
色鮮やかな花畑。
その中心で、少女が笑っている。
柔らかな光。
暖かな色彩。
見ているだけで、胸がほっとするような――
優しい絵だった。
パワプロ「……」
思わず、足が止まる。
執事も、はるかも、その動きに気づいて立ち止まる。
パワプロは、しばらく黙って絵を見つめていた。
そして――
パワプロ「……俺には、美術の価値はわからないけど」
静かに言う。
パワプロ「俺は、この美術品が好きかな」
はるか「……え」
一瞬、呼吸が止まる。
パワプロ「え?何か変だった?」
はるか「い、いえ……」
首を横に振る。
だが――
顔が、じんわりと赤くなる。
はるか(その絵は……)
はるか(私が、中学生の時に描いた絵……)
誰にも言っていない。
値段もついていない。
有名な画家の作品でもない。
ただ――
はるかが趣味で書いた小さな宝物。
パワプロ「なんかさ」
パワプロは、絵を見つめたまま言った。
パワプロ「見てると、元気が出るっていうか」
パワプロ「暖かい気持ちになるっていうか」
パワプロ「……うまく言えないけど」
パワプロ「すごく、いいなって思った」
はるか「……」
胸の奥が、強く震える。
執事は、静かにその様子を見ていた。
執事(この美術品の中から、はるかお嬢様の作品を一番に評価されるとは……)
はるかは、小さく息を吸う。
はるか「……ありがとうございます」
パワプロ「?」
はるか「きっと……その絵も、喜んでいると思います」
パワプロ「そっか!」
嬉しそうに笑う。
その笑顔を見て――
はるかの胸は、また静かに、温かくなった。
執事に案内され、廊下の奥へと進む。
重厚な扉の前で、執事が静かに立ち止まった。
執事「こちらでございます」
ゆっくりと扉が開かれる。