SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する! 作:宇宙のモナカ
サイレンの残響が響く大通りは喧騒に包まれていた。
現場に到着した瞬間、私ことビャッコのラピスⅢ型高性能アイが真っ先に捉えたのは、粉々に砕け散ったガラスの破片が陽光を反射してキラキラと輝く光景。
だが、その美しさとは裏腹に、状況はなかなかに剣呑だ。
『サクラデバイス信用金庫』
そう掲げられた看板の下、本来なら人々が金を預け入れするための厳かなエントランスに、無骨な装甲車が正面から突っ込んでいた。
砕けた自動ドアと、押し潰されたカウンター。
そこから絶え間なく響いてくるのは、乾いた銃声の連続だった。
パパパンッ、ダダダッ――と、火薬の弾ける音が空気を震わせる。
どうやら、押し入った銀行強盗と、銀行側の警備員との間で、激しい銃撃戦が繰り広げられている真っ最中らしい。
「うおっ、マジかよ。派手にやってやがるな」
先頭を歩いていたアッシュ君が、三白眼をぎらつかせながら舌打ちした。
その声には緊張よりも、どこか獰猛な高揚感が滲んでいる。
「と、突入するんですか……!?」
対照的に、最後尾のテオ君は今にも卒倒しそうな顔で、細い声を震わせていた。
眼鏡の奥の瞳が不安げに泳ぎ、その手はいつものように胃のあたりをぎゅっと押さえている。
私は素早く周囲を見渡し、砕けたエントランス脇の分厚い防火扉を指し示した。
「二人とも、あそこに隠れて。まずは状況の確認から」
その指示に従い身を低くしながら、遮蔽物となる防火扉の陰へと滑り込む私達3人。
こちらの登場に気づいたのか、扉の鋼板に銃弾が当たり、ガンッ、ガンッと鈍い音を立てて火花を散らした。
さて、どうしたものか。
私が扉の隙間からそっと様子を窺おうとした、その時だった。
「――っしゃぁ! 行くぞ!」
隣で、アッシュ君が支給品のサブマシンガンを構え、勢いよく遮蔽物から飛び出そうとした。
私はほとんど反射的に、白銀のサイバネアーム――《フォボス》を伸ばし、飛び出しかけたアッシュ君の襟首をちょんと摘まんで引き戻す。
「ぐえっ!?」
そんな絞められた鶏のような声を上げて、アッシュ君がたたらを踏んでこちらに引き戻される。
「な、なにしやがる! 離せよ!」
「勝手な行動をしない。アッシュ君は生身なんだから一人で突っ込んだら死んじゃうよ」
やる気があるのはいいのだが、なんの計画性もなく突っ込むなんて命が惜しくないのだろうかと思っていると、アッシュ君はこちらを睨みつけながら吠える。
「うっせぇ! どうせお前も、俺の役目なんて鉄砲玉くらいにしか思ってねえんだろうが! だったら好きにさせろよ!」
その言葉には、明らかな棘と、それ以上の自嘲が滲んでいた。
自分の命を使い捨ての消耗品だと思い込んでいる投げやりな言葉。
その言葉の裏には、彼自身が今までいかに粗雑に扱われてきたかうかがえるようだった。
その言葉に、彼が下層地区からの肉盾要因としてリクルートされた経歴を思い出す。
事実として、
だが、私はそんな彼の三白眼をまっすぐ見返して彼の言葉を否定する。
「だめだよ。君は大事な部下なんだから、鉄砲玉とか言わないの」
その言葉はまごうことなき私の本音だ。
だって、そうだろう?
鉄砲玉なんて一回撃ち込んだらそれっきりだもの。
この人材難の時代にそんなもったいない真似はしてほしくない。
定年退職するその日まで毎日元気に戦い続けてほしいものだ。
そんな私の気持ちが通じたのか、アッシュ君は一瞬言葉を詰まらせつつも、毒気を抜かれたように吐き捨てる。
「……っ、なんだよ、それ」
そのまま気まずそうに視線を逸らすが、とりあえず落ち着いてくれたならよかった。
そんなやり取りを見ていたテオ君が、怯えながらもおずおずと口を挟んできた。
「そ、そうだよアッシュ君。無茶しちゃだめだって。それより、まずは応援が来るまで待たないと……!」
さんざん書類仕事を押し付けられてもなお、他人を気遣えるのは彼のいいところだ。
それはいいんだけど――。
「え? 応援待つの?」
私が素で首を傾げてそう返すと、テオ君はぽかんと口を開けた。
「……はい?」
「いや、後片付けの人手は欲しいけど、制圧はこっちで終わらせた方が早くない?」
「だ、だって、相手を見てくださいよ! あんな武装した集団、僕たち3人だけでどうにかできる規模じゃ……!」
テオ君が悲鳴じみた声で訴えてくる。
その顔は、純粋な恐怖に染まっているようだ。
……ふむ。
そんなに危険な相手だろうか。
どうも、私と彼の間には、この状況に対する認識に大きな隔たりがあるようだ。
「……ちょっと待ってて。一応、確認してみるから」
私はそう言うと、防火扉の陰から、そっと片目だけを覗かせた。
視界の焦点が、ぐっと絞られる。
左眼に埋め込まれたラピスⅢ型が、薄暗い銀行内部の状況を瞬時に光学スキャンし、脳内のアレスへとデータを転送していく。
その一連の処理に要した時間は、実にコンマ数秒。
私が瞬き一つする間に、敵の全容が丸裸になった。
【解析完了。敵性反応、10名。武装内訳を表示します】
視界の端に、無機質なテキストデータが淀みなく流れていく。
装備は、旧式のオート拳銃に、粗悪な量産品のサブマシンガン。
そして、いくつかのハンドグレネードだ。
それに加えて、一際大柄な男が、無骨なジュラルミンケースを後生大事に抱え込んでいる。
アレスの分析によれば、あれは金庫室の分厚い扉をこじ開けるための、指向性爆薬のようだった。
おそらく、あのケースの中には成形炸薬か何かが詰まっていて、金庫の蝶番を吹き飛ばすつもりなのだろう。
なかなかに用意周到――と言いたいところだが、その手際は、お世辞にも褒められたものではなかった。
彼らは完全に浮足立っている。
本来の標的である金庫室にたどり着く前に、想定外に手強い銀行の警備員たちの反撃に遭い、フロアの中央付近で足止めを食らっているのだ。
警備員たちも、カウンターやソファを盾にしながら的確に応戦しており、双方一歩も譲らぬ膠着状態に陥っている。
そこへ、私たち治安維持部隊が到着した。
つまり犯人たちは、前方の警備員と、後方から来た私たちに挟み撃ちにされる格好となったわけだ。
うーん、行き当たりばったり。
これじゃあ子供たちのFPSゲームの方がまだいくらか計画を練っているだろう。
心の中でそんな率直な感想を漏らす。
敵の面子を一人ずつ確認していく。
何人かサイバネ入れてるけど、反動制御用のアーム、暗視用の義眼、強化義足程度と特筆するほどのものはない。
肉体を薬物でブーストしている様子もなければ、統率の取れた動きもない。
銃の構え方一つ取っても、明らかに素人くさかった。
おそらく、下層地区あたりで一攫千金を夢見たチンピラが、寄せ集めで結成した強盗団といったところだろう。
数がいるだけで脅威度は低い。
【総評。危険度C程度、事件評価C。ごく一般的なサンドバッグです】
アレスの結論は、私の見立てと完全に一致していた。
正直なところ、放っておいても、いずれ銀行の警備員に鎮圧される可能性すらある。
それくらい、拍子抜けするほど「普通」の銀行強盗だった。
私は防火扉の陰に引っ込むと、隣で身を強張らせているテオ君を振り返り、こてんと首を傾げた。
「?」
「な、なんでそんな不思議そうな顔してるんですか!?」
私の表情を見て、テオ君がぎょっとした声を上げる。
「いや、だって……普通の銀行強盗だよ?」
「普通!? 銀行強盗に普通とかあります!?」
テオ君が、眼鏡がずり落ちるのも構わず、悲鳴のように叫んだ。
(いや、だって普通だし)
私は内心で首をひねる。
私の記念すべき初任務が、違法薬物でパンパンに膨れ上がった巨漢とのゼロ距離殴り合いだったことを思えば、これはもう、ほのぼのとしたお仕事の部類だ。
JKみたいなフルサイボーグがいるわけでもない。
アイリスのアイアン・メイデンみたいな
遺伝子改造で人間をやめた化け物がいるわけでもない。
ハワイの射撃場で元グリーンベレーの親父に鍛えられた、みたいな凄腕がいる様子もない。
どこからどう見ても、ごくごく普通の、ありふれた銀行強盗ではないか。
ね、アレス?
【はい。繰り返しますが、危険度C。何ら特筆すべき点のない、十把一絡げの犯罪者です】
「……だってさ」
「なにがですか!? 誰と喋ってるんですか!?」
テオ君のツッコミが、銃声にかき消されながらも悲痛に響く。
まあ、それはさておき。
敵の分析は済んだ。
あとは、これをどう料理するかであるが。
ん-…ここはシンプルでいっか。
「とりあえず、私が突入して全員片付けてくるから、君たちは周囲の人の避難誘導をよろしくね」
私は方針を固め、二人にそう告げる。
これが一番手っ取り早いし、確実だ。
だが、その言葉に真っ先に噛みついてきたのは、やはりアッシュ君だった。
「はぁ!? ふざけんな! ガキ一人に全部任せて、俺らは指くわえて見てろってのか!?」
「私いつもこんな感じだから気にしなくていいよ?」
そう事も無げに頷くと、アッシュ君の顔がカッと赤くなった。
「そんなだせぇ真似ができるかよ! 俺を馬鹿にしてんのか!」
「うーん、困ったなあ」
私は内心で頭を抱えた。
第3詰所の面々なら、こういう時の私の指示は非常にスムーズに通る。
なぜなら、あそこは役割分担が完璧に確立されているからだ。
私とアイリスがアタッカー。ネオンが情報戦と索敵。ルミナがサブアタッカー兼後方支援。
その日の出勤メンバーによって多少の変動はあるものの、大枠の役割は不動だ。
ネオンやルミナも当然戦闘には加わるが、二人とも「無理はしない、生存第一」を徹底してくれているので、上司としては安心して背中を預けられる。
だからこそ、私が「前は任せて」と言えば、皆それぞれの持ち場で最善を尽くしてくれる。
……それに比べて、だ。
私はちらりと、二人の部下を横目で見る。
アッシュ君はほぼ生身だし、単独で制圧できるほどの能力はない。
それでいて気質だけは無鉄砲な突撃兵タイプ。
これは、鉄火場では一番危なっかしい。
一方のテオ君は、戦闘に向かない根っからの事務員気質。
今も足が震えているし、あんまり無茶はさせたくない。
せめて、二人で協力してくれればやりようもあるのだが、この二人がネオンとルミナのように阿吽の呼吸で連携してくれるとは、とても思えない。
正直、使い方が非常に難しい。
「やっぱり、私がやるから……」
だから、君たちは下がってて。
そう続けようとして――私はハッと口をつぐんだ。
(……いや、待てよ)
考えてみれば、私はこの第5詰所では、ほんの2週間ばかりお邪魔している臨時の小隊長に過ぎない。
その2週間という短い期間だからこそ、叩き込めることはきっちりすべきじゃないだろうか。
「あの、小隊長……?」
急に黙り込んだ私を、テオ君が不安そうに見上げてくる。
私は一人の兵隊であると同時に、二人の部下を預かる、いわば中間管理職だ。
だとすれば、目先の危険を私が独りで排除して、二人を安全圏に置いておくのは、本当に彼らのためになるのだろうか?
(否だ)
考えてもみろ。
私がこの銀行強盗を一瞬で片付けたところで、明日も明後日も、彼らの危険な日常は続いていく。
そして臨時の小隊長である私は彼らの退官の日まで、ずっと隣で盾になってやれるわけではないのだ。
ならば、今この場で必要なのは、彼らが自分の力で生き延びるための「経験」ではないか。
幸い、目の前の相手は危険度C。
私が本気でサポートに徹すれば、二人が命を落とすことはないだろう。
「おい、聞いてんのか!?」
アッシュ君の苛立った声で、私は思考の海から浮上した。
(――よし、結論は出た)
私は二人に向き直り、努めて穏やかに口を開いた。
「ごめん、私が間違ってたよ。……君たちも、ちゃんと自分の手で戦いたいよね」
「あん?」
アッシュ君が、虚を突かれたように眉をひそめる。
「い、いえ、僕は別に戦いたくは……」
テオ君が控えめに手を挙げるが、それはやんわりと聞き流しておく。
私はポケットから情報端末を取り出すと、アレスに頼んで、フロア内の簡易的な敵配置マップを空中に投影させた。
赤い光点が、敵の位置をリアルタイムで示している。
「さて。ここから、二人はどうやって敵を制圧していきたい?」
私が優しく問いかけると、アッシュ君は面食らったように視線を泳がせた後、ぶっきらぼうに答えた。
「……わかんねーけど。とりあえず、目についたやつから順番にぶっ倒せばいいんじゃねーの」
「うん、それも間違いじゃないよ。積極的なのはいいことだ。でも、アッシュ君一人で全部やるのは大変だよね。テオ君はどう思う?」
急に話を振られたテオ君は、びくりと肩を跳ねさせながらも、必死に頭を回転させたようだった。
「え、えっと……ぼ、僕なら、物陰に隠れながら、一人ずつ確実に……って、こんなこと呑気に話し合ってる場合ですかっ!?」
そう叫んだテオ君の言葉が終わるより早く、私の視界の隅で、赤い光点が一つ、放物線を描いてこちらへ飛んできた。
――手榴弾だ。
私はさして慌てることもなく、右足をすっと引いて、飛来したそれを足の甲でぴたりとトラップする。
そして、そのまま流れるようなモーションで、来た方向へと蹴り返してやった。
一秒後、敵陣の奥で盛大な爆発が起こり、巻き込まれた銀行強盗が地に伏せるのが見える。
うむ、サッカーの練習をした甲斐があった。
「じゃあ話を続けるね」
「今、しれっととんでもないことしませんでした!?」
テオ君が何やら絶叫しているが、爆風の轟音でいまいちよく聞こえない。
「じゃあ、テオ君の案を採用しよう。物陰に隠れながら、順番に敵を倒して前進していくよ。ただし、独断専行は厳禁ね。三人一組の陣形を、絶対に崩さないこと」
私は配置マップを指でなぞりながら、てきぱきと指示を出していく。
二人は、状況に流されるまま、こくりと頷いた。
「っち……わかったよ」
「は、はい……」
よし。
渋々ではあるが、話は通った。
それでは、記念すべき第一回オンザジョブトレーニング、略してOJTを始めるとしよう。
「アッシュ君は、飛び出しすぎない程度に攻撃を担当。残弾数には常に気を配ること」
「おう」
「テオ君は、アッシュ君のカバー。弾切れのタイミングが被らないように、リロードは交互にね」
「わ、わかりました」
「私は先行して盾になるから、危なくなったら遠慮なく私の陰に入ってね」
「「えっ?」」
私の最後の言葉に、二人が同時に間の抜けた声を上げた。
「行くよ」
私は言うが早いか、遮蔽物の陰から勢いよく飛び出したのだった。
100話到達いえーい
ここまで読んでくれてありがとうございます。
これからもがんばります