SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する! 作:宇宙のモナカ
「行くよ」
私は言うが早いか、目の前の銀行強盗に向けて駆け出して行った。
「お、おい!? 待てって!」
後ろで叫ぶアッシュの声に反応したのか、その途端、私たちの動きに気づいた強盗の一人が、こちらへ向けて拳銃を発砲してきた。
銃口が跳ね、弾丸が空気を切り裂いて飛んでくる。
普段の私、あるいは一人での任務なら、この程度の弾丸は最小限の動きで華麗に
だが、今日はぐっと我慢である。
私が身を躱してしまえば、後ろの二人に流れ弾が当たってしまう。
高機能アイとアレスの弾道予測は、すでに完了している。
私は白銀のサイバネアームのフォボスを、その予測された弾道上へと無造作に割り込ませた。
キィンッ、と甲高い音を立てて、弾丸が私の手のひらに弾かれ、明後日の方向へと飛んでいく。
「さあ、今のうちに撃って!」
「お、おらああああっ!!」
私の号令に、アッシュ君が雄叫びを上げながらサブマシンガンのトリガーを引き絞った。
ダダダダッ! と、けたたましい銃声を撒き散らしながら、彼は勢いのままに横っ飛びに走り抜ける。
(うーん、命中率はいまいち……)
内心で辛辣な評価を下しつつ、私はその弾道を見守る。
まるで狙いが定まっていない乱射だが、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるとはよく言ったもの。
数発が、運よく敵の一人の胴体を捉えた。
――が。
「くそっ、効いてねえ!?」
敵は防弾ベストを着込んでいたらしく、衝撃によろめきはしたものの、致命傷には至らない。
そして、アッシュ君のサブマシンガンは、あっという間に弾を撃ち尽くしてしまったようだ。
カシャン、と虚しい音が響く。
「はい、アッシュ君。物陰に隠れながら冷静にリロード。焦らなくていいよ。テオ君、その間は君が牽制射撃をお願い」
「あ、あわわ……」
指示を出して振り返ると、テオ君は完全に足がすくんでいた。
遮蔽物の陰にへばりつき、真っ青な顔でガタガタと震えている。
これはいけない。
車が来て固まったにゃんこのように、その場で動けなくなるのは命取りだ。
私はつかつかとテオ君に歩み寄ると、その手を優しく、しかし有無を言わさぬ力で引いて、遮蔽物の外へと連れ出した。
「大丈夫だよ、テオ君。怖くないからね」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ小隊長っ!? 撃たれますって!!」
まさにその言葉の通り、敵の放った銃弾が数発、私の背中や脇腹に着弾した。
痛い。
ナノスキンアーマーが衝撃を分散してくれるおかげで、貫通することはない。
とはいえ、痛みが完全に消えるわけではなく、思い切り棒で殴られたような鈍い衝撃が体の芯に響く。
だが、ここで顔をしかめてはいけない。
上司たるもの、部下の前で弱みを見せてはならないのだ。
私は痛みをおくびにも出さず、あくまで平静を装って、優しくテオ君に語りかける。
「平気平気。ほら、私が壁になってるから、テオ君には当たらないよ。落ち着いて、銃を構えてごらん」
「めっちゃ撃たれてますよ!? 無表情なのが逆に怖いんですよ!!」
涙目で絶叫しながらも、テオ君はガクガク震える手で、どうにか拳銃を構えた。
だが、腰が完全に引けているせいで、狙いがまるで定まっていない。
放たれた弾は、敵の遥か頭上を虚しく飛んでいった。
「うんうん、いいよ。まずは撃つことに慣れるのが大事だからね」
私は微笑ましい気持ちで、生まれたての子鹿のように震えるテオ君を見守った。
なんだか、前世で初めて後輩の営業に同行した時のことを思い出す。
あの子も最初はこんな風に、ガチガチに緊張していたっけ。
あの子、元気してるかなー。
もう百年以上経過しているから元気もなにもないか。
「ひっ、また撃ってきた! 小隊長、避けてください!」
「私が避けたらテオ君に当たっちゃうでしょ? ほら、もう一発」
「あわわわわわ」
若干パニックになっているようだが仕方ない。
私は飛んでくる銃弾をその身で受け止め、あるいはフォボスで弾きながら、二人の部下がそれぞれの役割をこなせるよう、辛抱強く前線を維持し続けた。
「アッシュ君、リロードは終わった? そろそろ交代のタイミングだよ」
「わーってるよ! くそっ、なんなんだこの状況は!」
物陰から飛び出してきたアッシュ君が、再び銃をばらまく。
彼のがむしゃらな射撃と、テオ君の腰の引けた牽制。
そして、その全てを可能にするための、私という名の命の盾。
傍から見れば、それはあまりにも非効率な戦闘風景だっただろう。
だが、私にとっては、これも立派なOJTなのである。
(よしよし、二人とも、さっきよりは動けるようになってきたじゃないか)
撃たれる痛みに耐えながら、私は密かに、教育者としての手応えを感じ始めていた。
そんな戦闘を続けること、およそ数分。
けたたましかった銃声は徐々にまばらになり、フロアには硝煙と焦げた匂いだけが立ち込めていた。
床には、意識を失った強盗たちが次々と転がっている。
(ふむ。現時点での撃破数は、アッシュ君が5、私が2、銀行の警備員さんたちが2……)
私は脳内で今日の戦果を集計しながら、ふと気づいた。
(テオ君が、撃破ゼロだ)
これはよろしくない。
いや、別に成績主義で部下を追い詰めるつもりは毛頭ない。
だが、「自分の手で何かを成し遂げた」という成功体験は、新人にとって何物にも代えがたい財産になるのだ。
前世でも、初契約を取った日の後輩の輝いた顔は、今でもよく覚えている。
ちょうど都合の良いことに、敵はあと一人。
金庫破り用の爆薬ケースを抱えていた、大柄な男が最後の一人として残っていた。
もう最後の一人になり、壁際に追い詰められて、やけっぱちで戦っているようだ。
「テオ君、こっち」
「え? な、なんですか?」
私は再びテオ君の手を取ると、そのまま真っ直ぐに、最後の男へ向かって歩き出した。
「ちょ、ちょっと待ってください! 敵が、敵がまだ!」
「うん、だから行くんだよ」
「意味がわかりませんてぇぇぇ!」
男が絶叫を上げながら、こちらへサブマシンガンを乱射してくる。
無数の弾丸が私の体に着弾し、鈍い痛みを撒き散らすが、そのまま気にせず前進する。
「く、来るな! 来るなよ、化け物!!」
男の顔が、絶望に引きつっていく。
その恐怖に呑まれた表情を眺めながら、私はゆっくりと距離を詰め、目の前に立った。
そして、まだ火を噴き続ける銃口を、白銀の右手でむんずと掴む。
ぐしゃり。
《フォボス》の握力によって、強靭なはずの銃身が、まるで飴細工のようにひしゃげて潰れた。
「ひっ……!」
男が腰を抜かして、その場に尻餅をつく。
私はテオ君の手を引き寄せると、男の正面へと押し出すように立たせた。
「さあ、テオ君。撃っていいよ」
「ええっ!?」
「もう降参だ! 降参する! 頼む、殺さないでくれ!」
男が両手を挙げて、必死に命乞いを始める。
だが、私は表情を変えず、静かにテオ君の背中を押した。
「今がチャンスだよ、テオ君」
「い、いや、でも、降参してますし……!」
「撃っていいのは撃たれる覚悟があるやつだけだって言うでしょ? 私も何発か撃たれたし、一発くらいはこっちも撃っていいって。ほら、膝とか当てれば死にはしないからさ。ほらほら」
「うう……っ」
テオ君は、涙目で私と男を交互に見比べていた。
その手はぷるぷると震えているが……まあ、緊張しているのだろう。
やがてテオ君は、覚悟を決めたようにぎゅっと目をつむり、引き金を引いた。
パンッ!
乾いた銃声が響き、男の膝が弾ける。
「ぐああああっ!!」
悲鳴を上げて転がる男。
無事に無力化を確認して、私は満足げに頷いた。
「うん、上手だったよ。よくできました」
私はテオ君の頭を、ぽんぽんと優しく撫でてやった。
テオ君は魂が抜けたような顔で、ぼんやりと自分の手の中の銃を見つめていた。
初めての成功体験に、感慨深くなっているのだろう。
「よし、これで全員だね。二人ともお疲れ様。とてもいい仕事だったよ」
私はくるりと振り返り、二人の部下に向かって労いの言葉をかけつつ、親指を立てた。
ぐっじょぶ。
「制圧した強盗たちの捕縛と、本部への報告、それから現場検証の後処理は私がやっておくから、二人は少し休んでていいよ。水分補給もちゃんとね」
そう言い残すと、私は倒れている強盗たちのもとへ、拘束具を手に歩いていった。
(ふぅ、頑張ったぜ、私)
心の中で自分自身を褒め称える。
「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は動かじ」
前世で誰かが言っていた、名将の言葉を思い出す。
まさに今日の私の指導は、この理想を完璧に体現していたのではないだろうか。
危険な現場でありながら、部下二人には一切の怪我を負わせず、実戦経験という貴重な財産を積ませることができた。
特にテオ君には、初めての撃破という成功体験まで用意してあげられた。
(うんうん。臨時とはいえ、上司としての務めは果たせたかな)
我ながら完璧な指導だったと、私は深い充実感に浸りながら、後処理の作業に取り掛かるのだった。
◆
治安維持部隊の応援部隊が到着し、現場が慌ただしく片付けられていく中。
銀行の外壁に背中を預けて座り込んだ二人の若者の姿があった。
アッシュとテオである。
二人とも、身体的にはかすり傷一つ負っていない。
にもかかわらず、その顔には、まるで三日三晩不眠不休で走り続けたかのような、深い疲労と虚脱感が張り付いていた。
しばらく、どちらも口を開かなかった。
やがて、アッシュが天を仰ぎながら、ぽつりと呟いた。
「……なあ、テオ」
「……なに」
「あれ、化け物じゃねーか」
「……うん」
テオは眼鏡を外し、目頭を強く押さえながら、力なく頷いた。
「なんで撃たれても無表情なんですかあの人。普通、痛いとか言いません? 顔をしかめるとか、せめて
「一発や二発じゃねえぞ。俺が数えてただけでも二十発は食らってた。それなのに『平気平気』だぞ。頭おかしいだろ」
アッシュは、自分の腕にびっしりと立った鳥肌をさすった。
スラムで育ち、暴力には慣れているつもりだった。
だが、あんな光景は初めてだ。
銃弾の雨の中を、平然と歩く小さな少女。
飛んできた手榴弾を、サッカーボールのように蹴り返す少女。
自分たちを庇って全弾を身に受けながら、涼しい顔で「はい、次はリロードね」と指示を出す少女。
そりゃあ銃弾が効いてないのは何か特殊なサイバネを積んでいるんだろうが、それにしたって撃たれそうになったら普通は怒るなりビビるなりするのが人間らしい反応というやつだろう。
「前の
アッシュは深いため息をついた。
「あっちとは違うベクトルで、こっちもやべえわ」
「……正直、最後の一人のとき、僕、撃たなかったら僕の方がやられるんじゃないかと思いました」
テオが、蚊の鳴くような声で告白した。
あの時、背後から「今がチャンスだよ」と囁かれた瞬間の、背筋が凍るような感覚を思い出す。
決して脅されたわけではない。
むしろ、優しい声だった。
だが、あの拒否を許さない静かな圧力は、命乞いをする強盗犯の絶望よりも、よほど恐ろしかった。
「あー……あの光景な」
アッシュが、げんなりとした顔で相槌を打つ。
「スラムのマフィアが、新入りに初めて人殺しを経験させてるやつにそっくりだったぞ」
「やめてくださいよ! 僕もちょっと同じこと思ったけど!」
テオが涙目で叫びながら、頭を抱えてうずくまった。
二人の間に、再び沈黙が落ちる。
やがてアッシュが、遠くを見つめながらぼそりと言った。
「……でもよ」
「なんですか」
「あいつ、俺のこと『鉄砲玉じゃない』って言いやがった」
アッシュは、自分の襟首を掴まれた時の感覚を思い出していた。
ニコの時は命令に従わないことを注意こそすれ、こちらの身を気遣う様子など欠片もなかった。それは過去の上官にしても同じこと。
スラム出身で態度が悪い自分のことなど大切にされるはずがない。
それは自分自身でさえ思っていたことだ。
だが、ビャッコはそんな自分を大事な部下と言ったのだ。
基本的に嘘をつかないヒューマロットが言うんだから、多分本心なのだろう。
「……別に、感謝とかしてねえけどな」
そう吐き捨てるように呟いたアッシュの横顔を、テオはちらりと盗み見た。
その表情は、朝までのやさぐれた敵意とは、少しだけ違って見えた。
「……僕は、ちょっとだけ嬉しかったですよ」
テオがぽつりと言った。
「怖かったですけど。それでも、僕みたいなのに『いい仕事だった』なんて言ってくれた上司、初めてでしたから」
「……ふん」
アッシュは鼻を鳴らして、そっぽを向いた。
その視線の先では、あの銀色の髪の小隊長が、屈強な男たちを一人ずつ担ぎ上げては、護送車へと放り込んでいる。
いや、放り込んでいるというと語弊があるかもしれない。
倒れている犯人の襟首を掴んで、綺麗な背負い投げで護送車の中に投げ入れており、周囲の治安維持部隊員が若干引いているのが遠目にもわかる。
「……やっぱ、化け物だな」
「……ですね」
二人の言葉が、綺麗に重なった。