SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する! 作:宇宙のモナカ
ビルの非常口から内部へ侵入した3人は、コンクリート打ちっぱなしの階段を静かに登っていた。
先頭を行くのは、ニコが奪取した小型ドローン。
掌ほどのサイズの機体は、ほとんど無音のまま宙を滑るように進み、その視界をリアルタイムでニコの網膜へと転送している。
それを追いかけるニコの足取りには、気負いも緊張も見当たらなかった。
まるで通勤路でも歩いているような、淡々とした歩調。
そんな足取りで2階の踊り場を過ぎ、3階へ続く階段に差し掛かったところで、ニコがすっと右手を挙げた。
「2名、確認しました、です」
3人が壁に張り付く。
ドローンの映像には3階の階段口に陣取る二人組の姿が映っていた。
どちらも目出し帽を被り、ショットガンとハンドガンをそれぞれ構えて、階下を警戒している。
「私いこうか?」
ルミナが小声で申し出た。
それに対し、ニコは目を細める。
「その武器にサプレッサーはついてますです?」
「あー、ごめん。パトロール中だったから持ってきてないや」
「分析中……」
ニコの視線が、一瞬だけ宙を泳ぐ。
「炉崎ルミナ隊員。治安維持部隊入隊後のシミュレーター訓練成績、射撃精度はB+評定。実戦において『数を撃てば当たる』水準。格闘能力は一般的な女性隊員の平均値よりやや上。評価S事案への従事経験1件、A事案3件、B事案5件、C事案三十数件。従軍1年未満の隊員としては、極めて豊富な実戦経験を有しています、です」
「えーと……そんなもんかな?」
ルミナがポリポリと頬をかいた。
ニコはネオンの方に視線を向ける。
「月影ネオン隊員。任務数はルミナさんとほぼ同じ。射撃訓練における命中率はBマイナス。ただし実戦での撃破記録はゼロ。格闘能力は炉崎隊員と同水準」
「ほっといてよ」
「ただ、過去の戦闘ログを参照する限り――」
ニコがそこで、わずかに言葉を切った。
「常に全力を出していない可能性があります、です」
ネオンの表情が、一瞬だけ動いた。
「……どういう意味よ」
「不明です。単なる統計上の揺らぎかもしれません」
ニコはあっさりとそう言って、視線を階段の上へ戻した。
「いずれにせよ、能力は情報戦に偏っています。同行は歓迎しますが、銃はしまっておいていただけると助かります、です」
「一言多いのよ、あなた」
「事実の報告です」
ニコは腰の後ろに手を回し、ウリエル・コンダクターの柄に指をかけた。
「分析の結果、お二人に任せると戦闘が長引き、上階へ応援を呼ばれる可能性が大きいと判断しますです。人質救出のため、可能な限り各個撃破としたいので――」
そして、こともなげに言った。
「私だけで処理してきます、です」
言うが早いか、ニコは治安維持部隊のロゴが入った上着を脱ぎ捨てた。
現れたのは、襟元に小さなフリルのあしらわれた白いブラウス。
支給品の黒いパンツとの組み合わせは、そこらの街を歩く子供と何ら変わらない。
ウリエル・コンダクターを腰の後ろへ差し込み背中で隠すようにした。
「ちょっと、なにする気よ」
「待って、危ないって!」
二人の小声の制止の声を無視して、ニコは階段を上がっていった。
両手を頭の上で組み、無防備な姿を晒しながら。
「――誰だ! そこに止まれ!」
階段口の男が、ショットガンを跳ね上げた。
ニコは足を止め、ゆっくりと目線を上げる。
「道路清掃業務中に、治安維持部隊の方からヒューマロット管理規則第17条に基づく緊急徴発を受けまして、一時的に治安維持部隊預かりの資産となりました、SFCL-37564と申します、です」
「……は?」
「逃走用車両の鍵をお預かりしましたので、お渡しにまいりました、です」
男二人が顔を見合わせた。
「車の準備ができたのか? あいつら、さっきまで渋ってやがったのに急だな」
「私はただの労働用ヒューマロットですので、事情は把握していません、です」
ニコは淡々と続けた。
「鍵をお渡ししたら戻っていいと言われております、です。ズボンのポケットに入っておりますので、お取りください」
「……ちっ。わかった、そのままこっちに来い」
「はい」
ニコは無表情のまま、とことこと歩き出した。
小さな足音が、コンクリートの階段に響く。
警戒するでもなく、怯えるでもなく、ただ用事を済ませに来た子供のような足取りだった。
男たちの銃口が、わずかに下がる。
3メートル。2メートル。
そして、手を伸ばせば届く距離。
ニコの右手が、頭の後ろへ回った。
抜き放たれた白銀の刀身。
その先端と手元のユニットを繋ぐように、ルクス・エッジの青白い光がスッと立ち上がる。
「は?」
男の口から、間の抜けた声が漏れた。
子供がおもちゃの棒でも取り出したような、あまりに現実感のない光景。
その意味を理解するより早く、光の刃が振り抜かれていた。
音は、小さくブゥンという耳鳴りのようなものが聞こえただけ。
男のうちの一人の上顎から上が、断面を滑らせるようにずれ落ちる。
べしゃり、と生々しい音を立てて、それは床に転がった。
「てめっ――」
もう一人が銃を向けようとする。
「お静かにお願いします、です」
下から振り上げた刃が、手首ごと銃を斬り飛ばした。
宙を舞ったそれを左手で受け止め、ニコはくるりと身を回転させる。
振り抜かれた光刃が、犯人の顔を通り抜けた。
「状況終了、です」
犯人二人の体がぐらりと傾ぐ。
ニコはその体の下に自分の手足を差し入れて倒れる勢いを殺し、音を立てないようにそっと床へ横たえる。
わずか、数秒の出来事だった。
「いやー、すごかったね」
駆け寄ってきたルミナが、脱ぎ捨てられていた上着を拾い上げ、ニコの肩にふわりと掛けた。
そして懐からハンカチを取り出すと、ニコの頬に飛んだ返り血をそっと拭う。
ニコは目を細めて、されるがままになっていた。
「情報戦特化かと思ってたけど、普通に強いのね」
ネオンが死体に顔をしかめながら話しかけると、ニコは特に誇る様子もなく答える。
「A.R.E.S.のサポートがありますので、この程度は問題ありません、です」
「じゃあ、なんで初手でビルを吹き飛ばそうとするのよ」
「効率と損害発生確率の問題です」
ニコは頬を拭かれながら答える。
「屋内での近接戦闘は変数が多く、想定外の事態が起きやすいのです。私は、現在のお姉さまほど接近戦に強くはありませんので」
現在の、と注意書きが付くのは、裏を返せば、一番最初のほぼ生身だった頃のビャッコと同等の能力はあるということだ。
初任務の時、ビャッコは違法薬物を使用した脱法筋肉だるまを相手に、短距離スタン銃一丁で真正面から渡り合っていた。
その気になればニコでも同じことができるということなのだろう。
「あ」
そんなことをネオンが考えていると、ニコがぽつりと声を上げた。
「どうかした?」
「最後の回転斬りのところで、自分の髪の毛を少し切ってしまいました、です」
ニコが、自分の三つ編みの先端を摘まんだ。
確かに、先端が一房、不自然に短くなっている。
無表情のまま、ニコはしばらくその毛先を見つめていた。
ただ、その細長い耳がわずかに下がっていることに、二人は気づいた。
「あー、大丈夫大丈夫。切り揃えたら分かんないよ」
「そうですね。……そうします、です」
ニコはこくりと頷いて、毛先から手を離した。
その様子に、ルミナとネオンは顔を見合わせて苦笑する。
さっきまで人間の頭を斬り飛ばしていた少女が、髪の毛先を気にしてしょんぼりしている。
(ほんと、よく分からない子だわ)
ネオンはそう思いながら、階段の上へと視線を向けた。
◆
3階のオフィスフロアは、静まり返っていた。
事前に徴収した案内図の通り、廊下の突き当たりに会議室がある。
ガラス張りで外から中が見える構造だが、そのほとんどにブラインドが下ろされていた。
先行させたドローンが、わずかな隙間からレンズを差し込む。
「人影、8名」
ニコが映像を共有した。
室内の片側、壁を背にして4人が座り込んでいる。
いずれも目出し帽とサングラスで顔を隠し、粗末なピストルを手にしていた。
反対側には、4人が立っている。
こちらは事務員らしいスーツで姿で、手には何も持っていない。
「事前情報の通りね。犯人4名、人質4名」
「犯人グループと人質、ちょうどよく分かれてるね」
ルミナが小声で言った。
「このまま突入する?」
「せっかくですので、これで片付けましょうか」
ニコが取り出したのは、握りこぶし大の銀色の円筒だった。
「それ、電脳擲弾じゃない?」
ネオンが眉を上げた。
「起爆すると、電子的な中継点になる微粒子を空間に散布するのよ。それを足場にして、コードを繋がなくても直接相手の電脳にアクセスできる。……消耗品の割に結構高いから装備課も全然回してくれないのに」
「お母さまからもらいました。悪い人に声かけられたら使うんだよと」
まるで防犯ブザーのような扱いだが、ネオンたちは最早突っ込むこともしない。
ニコは円筒のピンに指をかけながら、淡々と役割を割り振った。
「私が手前の2名を落とします。ネオンさんは奥の2名をお願いします。ルミナさんは、電脳化されていない対象がいた場合に指示しますので、その時は撃ってください、です」
「了解」
ニコがドアの隙間から、円筒を室内へ滑り込ませた。
小さな破裂音。
次の瞬間、会議室の空間に淡い水色の粒子が舞い上がった。
星屑のようにきらめきながら、それはゆっくりと室内を満たしていく。
「侵入します、です」
ニコの指先が空を切り、ネオンの手元でも高速で端末が叩かれる。
粒子を足場に、二人の意識が電脳空間を駆け抜けた。
時間にして5秒ほどだっただろうか。
壁際に座っていた4人が、糸の切れた人形のように次々と崩れ落ちた。
「制圧完了、です」
「……あっけなかったね」
ルミナが拍子抜けした声で言った。
「電脳をオーバーフローさせて気絶させただけだから、じきに目は覚めるわ。……けど」
ネオンが小さく首を傾げた。
(変ね。誰一人、電子的な防壁を持ってなかった)
スラム上がりのギャングが高性能な電脳防壁を積んでいるとは思わない。
だが、4人が4人とも、まったくの無防備というのは。
考え込むネオンの横を通り過ぎ、ニコが会議室のドアを開けた。
「私たちは治安維持部隊です。誘導しますので、皆様はこのまま外へお出ください、です」
立ち尽くしていた4人へ向かって、ニコが歩み寄る。
その時だった。
違和感の正体に気づいたのは、ネオンが人質たちの方へ視線を移した瞬間だった。
4人のうち一人。
男が着ている服は普通のスーツだがサイズが合っておらず、また、それに不似合いな、汚れたスニーカーを履いていた。
「ニコ、ちょっと待って!」
ネオンが声を張り上げるのと、男の右手が背中に回るのはほぼ同時だった。
「――危ない!」
ネオンが床を蹴り、ニコの背中に飛びつく。
ネオンの視界の端に写ったのは、ショットガンを構える敵意に満ちた男の表情。
轟音。
会議室のガラスが砕け散り、破片が霧のように舞い上がる。
すかさずルミナのサブマシンガンから銃弾が放たれ、男の体に突きささり、白目を剥いた男が、その場に崩れ落ちた。
「動くな! 残りの人も動いたら撃つよ!」
ルミナがサブマシンガンを構え、残る3人へ銃口を向ける。
3人が凍りついたように動きを止めた、その隙に、倒れこみながらもニコが順番に電脳ハックを仕掛けていく。
1人、2人、3人。
最後の一人が床に沈んだところで、ようやく室内の空気が緩んだ。
「二人とも、大丈夫っ!?」
ルミナが駆け寄ってくる。
「やられました、です」
ニコが身を起こしながら言った。
「犯人グループが人質グループに、自分たちの服と弾を抜いた武器を押し付けて入れ替わっていたようです。突入があった場合に備えていたものと思われます、です」
「じゃあ、さっき電脳ハックで倒したのって」
「本物の人質でしょう」
ルミナが「あちゃあ」と呻いた。
だが、すぐにその顔色が変わる。
「ネオンちゃんは!?」
「いっ……つ……」
ネオンは床にへたり込み、片手で左のふくらはぎを押さえていた。
その指の間から、赤いものが滲み出している。
「背中と足をかすったみたい。背中は防弾チョッキ着ていたから平気だけど、足の方は――」
「ちょっと待ってて! 止血するから!」
ルミナが救急パックを引き裂き、慌ただしく処置を始める。
その傍らでニコが、床に座り込んだネオンの顔を、じっと覗き込んでいた。
「なぜ、私を助けたのですか」
ネオンが顔を上げる。
「……は?」
「なぜ、私を庇ったのですか」
無表情のまま、ニコは真っ直ぐに問いかけた。
そこにあるのは、皮肉でも謙遜でもない。純粋な疑問だった。
「そりゃ……、撃たれそうになってるんだから助けるわよ」
「ですが、私はこういった状況において、ナチュラルに代わって危険を引き受けるために生産された備品です」
「……」
「備品を庇って人材を損耗させるのは、非合理的です」
ネオンは、痛みに顔をしかめながらも、はっきりと答えた。
「そんなの、理屈じゃないでしょ」
「理屈ではない、ですか」
「そうよ」
ネオンは処置を受けながら、荒い息の合間に答えた。
「目の前で誰かが撃たれそうになってて、手が届くところにいたら、体が勝手に動くの。損得とか、そんなの後から考えることでしょ」
「……理解できません、です」
「まだ生まれたてだから仕方ないかもしれないけどね」
ネオンは苦笑した。
「子供が戦って怪我するのを見て、自分が無事でよかったと思えるほど割り切れるもんじゃないの。あなたのお姉さんも含めてね」
ニコの長い耳が、ぴくりと動いた。
「お姉さまの記録ではネオンさんたちは軽傷で、お姉さまが重傷になる任務が多いです。理想的な運用だと思われますが」
「そりゃあの子の方が強いからそういう結果になることが多いけど、できることなら代わってあげたいくらいよ」
止血帯を締め終えたネオンがふうと息を吐きながら言った。
「毎回毎回ボロボロになったり体をサイバネ化していったり、それを見ているしかないこっちの気持ちも考えてほしいわ。ヒューマロットの存在意義に関わるから難しいかもしれないけど」
ニコは、しばらく黙っていた。
想像してみる。
自分の目の前で、ビャッコが弾丸を受け止めている光景を。
自分を庇って、あの小さな身体が傷ついていく光景を。
――そこで、演算に妙な負荷がかかった。
処理速度が落ちたわけではない。
エラーが出たわけでもない。
ただ、「それは望ましくない」という結論だけが、根拠の提示を伴わずに算出された。
(……なぜでしょうか)
お姉さまはヒューマロットであり、企業の資産である。
自分と同じ規格、同じ用途で生産された個体だ。
損耗しても代替が可能であり、それが合理的な運用というものだ。
そのはずなのに。
(私は、それを望ましくないと判断している)
理由が分からない。
計算式のどこにも、その答えは出てこない。
「ニコ?」
「……いえ」
ニコは首を振った。
そして立ち上がると、いつもの調子で告げた。
「本部へ報告します。犯人グループ6名を制圧、人質4名を保護。人質は電脳オーバーフローによる一時的失神。また、こちらは隊員1名が負傷しました、です」
そこまで言葉を切ったところで、ニコはネオンに視線を向ける。
「ネオンさんとルミナさんは十分にやってくれました。責任は私にあります。申し訳ありませんでした、です」
「別にいいわ」
ネオンがルミナの肩を借りながら「よっと」と言いながら立ち上がる。
「被害者には悪いけど、失神程度なら上出来でしょ。私の方は……まあ、あなたが無事なら悪い気分じゃないわ」
「ですが――」
「そういう時は、『ありがとう』って言っておけばいいのよ」
ネオンがニコの頭を撫でながら言うと、ニコは首を傾げながらも小さな声で言った。
「……ありがとうございます、です」
「はい、どういたしまして」
「あはは、素直でよろしい」
ルミナが笑いながら、ネオンの肩を担ぎ直した。
「じゃ、帰ろっか。ネオンちゃんは病院直行ね」
「かすり傷だってば」
「医者が嫌なら私がサイバネ化してあげようか?」
「わかったわよもう!」
そんなやり取りを見ながらニコは先ほど口にした言葉を胸の中で反芻していた。
任務には関係ない感謝の言葉。
自分の存在意義を考えれば失敗と言ってもいい結果だったが。
(……記録しておきましょう)
ニコは頭の中に新しいログを一つ作り、その名前を「保留」と付けた。
いつか答えが出るのかもしれないし、出ないのかもしれない。
ただ、消してしまうには惜しい気がしたのだ。
窓の外では、いつの間にか日が傾き始めていた。
砕けたガラスの破片が、赤い西日を受けてきらきらと光っている。
こうして、第3詰所第1小隊の新体制における初任務は、幕を閉じたのだった。