SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する! 作:宇宙のモナカ
慌ただしく始まった配置交換も、毎日をせっせとこなしていたらあっという間に、2週間近くが経とうとしていた。
もう間もなく第5詰所での配置テストも終わりを迎えるが、初日の銀行強盗以降は小さな事件ばかりで、私ことビャッコものんびりとした日常を送っていた。
よわよわな犯罪者を一方的にしばいて縛り上げるだけの穏やかな日々。
代り映えはしないが、若者の成長に目を細めながら過ごす平穏な日常と言えるだろう。
今日も今日とて定時後、一時間も経たないうちに報告書や逮捕した犯人の引継ぎが終わったので、日が沈む前には帰ることができた。
夜勤明けの朝日も好きだが、こうやって夕日に照らされながら帰るのもまた格別の味わいがある。
「あの建物の入り口につけてくれたら大丈夫だから」
「おう」
私の声に反応して、アッシュ君が乱暴にバイクを道の端に停める。
私は彼のバイクの後部座席からヒラリと飛び降りると、軽く伸びをした。
そして目の前には大きく広がるヒューマロット寮。
そう、わずか2週間の間であれだけツンツンしていたアッシュ君は私を家まで送ってくれるまでデレてくれたのです。
わーパチパチ。
断わっておくが、別に私の方から強要したという事実もない。
「おいビャッコ、お前歩きだろ。乗せてやろうか? 前俺のバイク乗ってみたいって言ってただろ」
「乗る乗るー」
という、ごく自然な流れで誘ってもらえるようになったのだ。
ここ2週間、手取り足取り業務について指導をしてきた成果だろうか。
若手と仲良くできておじさん嬉しいよ。
「ありがとう。わざわざ送ってもらって悪いね」
「いいよ別に。俺の下宿こっちの方だし」
そんな風にぶっきらぼうに言うが、彼の言葉には初日ほどの棘は感じない。
私はそんなささやかな変化に嬉しさを感じつつも、ついつい余計な一言をかけてしまう。
「気を付けて帰ってね。運転してるんだから途中で飲み屋に行っちゃだめだよ」
「わかったって。しつけーな。おふくろかよ」
「君の上司だよ」
私の言葉に舌打ちしながらも、アッシュ君はバイクを発進させて夕日の街に消えていった。
この調子なら最終日は打ち上げを企画してもいいかもなんてことを考えながら見送り、ヒューマロット寮の入り口に向けて
と、そこで玄関先の段差にちょこんと座り込む小さな影を見つけた。
「おかえりなさいませ、お姉さま」
そう言いながらこちらを見上げてくるのは、私の妹的存在のニコだった。
何をするわけでなく膝を抱え、コンパクトに収まっている姿に、私は首を傾げながらも声をかけることにする。
「ただいま……、こんなところで何しているの?」
「お姉さまを待っていたです」
そう言いながらニコは視線をこちらに向けると、「んしょ」っと言いながら立ち上がる。
「いつ帰るかわからないんだから、わざわざ待たなくてもいいのに」
「いえ、もうすぐ帰ってくることは分かっていたので」
「そうなの?」
「私は優秀なサイバー・トルーパーですから」
ニコはそう言って、薄い胸をえへんと張る。
サイバートルーパーって何だろうと思っていると、脳内でアレスが【電脳戦闘に長けた兵士を指す通称です】と簡潔に補足してくれた。
つまりはネオンみたいなハッカーということか。
「私の手にかかれば、ネオンさんがこっそり保有していた面白アプリだってちょちょいのちょいでコピーできるのです」
「面白アプリ?」
「申し訳ありませんが、利用規約によりお姉さまには詳細は教えられないです」
「なんじゃそりゃ」
そんな益体もない会話を交わしながら、私とニコは連れ立って寮の廊下を歩いていく。
そしてそのままの流れで夕食を一緒に取ることになった。
いつもどおりの清潔な食堂で私たちはそれぞれ好きなものを注文する。
私の手元置かれたのはワークサポートミールのダブルショコラ味と、湯気の立つお茶。
味は安っぽい駄菓子のようなチョコ風味とケミカル臭が混じるなんとも言えないものだが、甘いのに栄養価とカロリーコントロールが完璧なことから私のお気に入りの一品だ。
対して、ニコの前には、藻類とタンパク質培養パウダーが主成分の合成パスタが置かれる。
こちらも栄養価は高いが、灰色に緑の粒々が混じったあまり食欲をそそらない見た目。
そこに、ニコは手持ちのチューブからホイップクリームといちご味のソースを勢いよく注ぎ込み、見た目がよりカオスなことになった。
そういえば前世でも、名古屋の喫茶店でこれと似た、脳が混乱するパスタを食べたなあと懐かしい気持ちになる。
「ニコ、それおいしい?」
「甘くて栄養も豊富です。お姉さまも食べますか?」
「また今度ね」
そんな、他愛のない雑談を交わしながら食事が進んでいく。
おおよそ食べ終わったところで、ふと切り出した。
「ところでもうすぐ2週間経つけど、そっちの仕事の調子はどう?」
まるで共通の話題のない父と娘の会話のようだが、私たちの話すことは必然的に仕事の話ばかりになりがちだ。
まあ仕事はヒューマロットの存在理由なので、ニコも気にした様子もなく返事をする。
「ええ。皆様のおかげで初日以降は大きな損害もなくやってます」
初日にネオンが怪我したと聞いた時はびっくりしたものだが、2日後にはすぐ復帰できる程度で済んだそうだ。
それ以外は他愛もない雑談のチャットがネオン達から来ていたので、皆元気そうだとは思っていたが、ニコもこう言うなら概ね平和だったのだろう。
「それはよかった。始末書書くようなことにもなってない?」
「今のところC難度事件6件、D難度事件を14件発生しましたが、全て無事に解決しています」
その数字に、私の眉がぴくりと動く。
「……なんか事件多くない?」
銀行強盗、立てこもり事件、中規模ギャングの抗争、密輸品の押収。
そのあたりがC難度事件の目安だ。
第3詰所の管区内だと、週に2回起きれば結構多いイメージとなる。
そこでふと、ニコが第5詰所にいた1か月で12件の事件(あと始末書)を片付けたと言っていたことを思い出す。
それを聞いた時は、他の詰所ならそういうこともあるかと思っていたが、第3詰所でも同等のペースなのはどういうことだろうか。
そんな私の疑問にニコは事も無げに答えた。
「管区内での発生は2件でしたが、応援要請で近隣詰所に呼ばれるパターンが多かったのです」
「なるほど。私の方は呼ばれなかったんだけどね」
てっきり配置換えしたばかりだから配慮してもらえてるものだと思ってた。
しかし、そんなに事件が多いと疲れが溜まっているのではないだろうか。
「私は大丈夫ですが、ネオンさん達は連勤が続いているので、少々疲れ気味の様子です」
「JK達にも仕事お願いしたら? 同じ詰所なんだから調整できるでしょ?」
その言葉にニコはゆっくりと首を振った。
「いえ、第1小隊指名なので、私たちが行かないといけないのです」
「指名?」
特殊なスキルや実績に応じて、特定のチームを指名して応援要請がかかることはある。
過去にあったやつだと、アイリスの姉のノアの護衛任務や、生体パーツブローカーのヴァレリオの護衛任務などがそうだ。
だから指名任務があること自体はおかしいことはないのだが、こんな短期間に第1小隊だけ呼ばれることがある?
確かに第1小隊は強い方だろうけど、第2小隊のJK達だって十分強い。
なんなら私がいる第5詰所だってそんなに離れてる訳ではないから、呼ばれてもおかしくなかったのだが。
考えられる線としては――。
(もしかして私とJKが上層部にちょっぴり嫌われてる?)
私の方は数々の独断専行で言わずもがなだし、JK達も優秀だが我が強いので扱いにくいという噂を聞いたことがあるので、その可能性は十分にある。
それなら、まあいいんだけど――。
「それってどこからの要請?」
「全て本部の光頭オペレーティング・ディレクターからです」
「光頭……」
聞き覚えはあるけど、詳しく思い出せない。
どうせ出世できる身分じゃないし、現場でのびのび仕事しているから、上の人の名前を気にしてない弊害が出てるな。
だが、そんな私の弱点をカバーするためにも私には心強い味方がいる。
ヘイ、アレス、聞き覚えある?
【光頭
アレスの言葉に、ぼんやりと記憶がよみがえってくる。
まともな指示も出されないまま裏口で待機させられて、気づいたら作戦が終わった肩透かしな事件だったか。
たしか光頭ODからは、任務終了後に何か褒められたような気もするけど……。
【「開発部ご自慢の戦闘用ヒューマロットも、立ち番くらいはできるようだな。命令を聞くぐらいの知能があるみたいで結構」と発言がありました】
(あれ? そんな内容だったっけ?)
【はい。ちなみに、一般的な解釈では、あれは皮肉に該当します】
(面と向かって罵倒されたり殴られたりしたわけじゃないから、あんまり気にしてなかったな)
【……マスターのメンタルが安定していることは結構ですが、コミュニケーション能力については不安が残ります】
こんなんいちいち反応していたら身が持たないからね。
それはまあいいとして。
作戦本部が配備の差配をするから、そこから要請があるのは変じゃないんだけど、同じ人からばかり要請が来るのはなんか理由があるんだろうか。
私がそんなことを考えていると、ニコは口元を丁寧に拭いながら、真面目な顔で答えた。
「新しい装備を手に入れたら使いたくなるのが人の性だと伺っています。私という最新型ヒューマロットを使ってみたいのでは?」
「そんなおもちゃを手にした子供じゃあるまいし」
「おや、私ばかり構っていただいて、寂しい思いをさせてしまったでしょうか」
「いや、別におじさんに構ってもらっても嬉しくないんだからね?」
ツンデレみたいなこと言っちゃったけど、まごうことなき事実だ。
中身がおじさんだからといって、おじさんが好きとは限らないんだ。
同じおじさん同士優しくはするけどさ。
「でもニコはそれでいいの? ホワイト職場を目指したいとか言ってなかったっけ?」
なんせ最初の寝起きで味方のはずの傭兵集団に反逆をかましていたくらいだ。
そんなに振り回されてたら、いつか治安維持部隊上層部にヒューマロットの軍団引き連れて喧嘩売るんじゃないかと心配になる。
しかし、意外にもニコは冷静な顔で首を横に振った。
「別に就業規則に適合し、合理性があるのなら私は構いません。私が嫌なのは非効率的なことです。無意味に私たちの運用効率を下げる労働環境は修正すべきですが、必要な任務であればやぶさかではないです」
なるほど。
私のデータ吸い上げたせいでニコはちょっとバグってるかと思ったけど、ヒューマロットらしい労働観は持っているようだ。
タイパとコスパと企業コスト優先するせいで問題を起こしがちではあるのだが。
(そもそも、ヒューマロットにとって、ワークとライフはほぼイコールだから、ワークライフバランスもなにもないんだけどね。まあ私は仕事好きだからいいけど)
そんなことを考えていると、ニコの方から「ところで」と話題が返ってきた。
「お姉さまの方は、順調でしょうか?」
「私? 楽しくやっているよ。アッシュ君もテオ君も、ちゃんと仕事してくれてるし」
「……あのお二人がですか?」
ニコが目をぱちくりさせて首を傾げた。
「アッシュさんは反抗的で命令無視多数、テオさんは戦闘に消極的でした。あのお二人をどうやって仕事させているのですか?」
「え? 普通にお願いしたり褒めたりお手本見せたりしながらだけど」
「意外です。二人とも、とてもこの業務に適性があるとは思えなかったのですが……」
ニコの言葉に苦笑する。
確かにネオンやルミナのような突出した技能や、アイリスみたいな圧倒的な戦闘力はないし、仕事に前向きとは言えないかもしれない。
でも、組織が大きくなればそういった『普通の』人間は必ずいるものだ。
それにあの二人に関していえば、だ。
「若いんだから、いくらでも変わっていけるよ。それを教えるのが私たちの役目でしょ?」
私がそう答えると、ニコは静かに目を細めた。
「お姉さま……」
「なに?」
「お姉さまは稼働から6年、私に至っては1年も経っていません、です。若いのは私たちの方では?」
そういえばそうだった。
少なくとも、なんちゃってロリの私と違って、ニコはまごうことなき若手だ。
「……ヒューマロットジョークだよ」
「なるほど。これが場を和らげるジョークなのですね。勉強になります」
真面目な表情で頷くニコに私は曖昧な表情で「まあ、ね」と返しておいた。
「とにかく、ニコも小隊長なんだから、効率や上の命令ばかりじゃなくて、部下のことも見てあげないと駄目だよ?」
「見ていますが」
「分析や評価だけじゃなくて、その内面とか伸び代も見てあげてってこと。部下を守るのも上司の役目だよ」
「部下を守る、ですか……」
ニコは、その単語を反芻するように呟いた。
「私にできるでしょうか?」
「これから覚えていけばいいよ。だって、人生始まったばかりだしね」
「……そうですね」
「それに困った時は私がいつでも助けてあげるから」
その言葉にニコは無表情ながらも少し困ったような雰囲気を醸し出すではないか。
(もしかして私から助けられるの恥ずかしいのかな? そりゃあニコの方が頭脳は優秀かもしれないけどさ)
そんな妹の早めの反抗期の気配にしょんぼりしていると、ニコが首を振りながら言った。
「いえ、ここ2週間お姉さまの行動ログやネオンさん達の話を聞いたので、少々不安に……」
「そんなに頼りない? 頑張ってるつもりなんだけど……」
「いえ、文字通り身を削って助けてくるので、助けられる側からは胸が痛いと評判です」
「身を削ってって」
私は自分のサイバネ化した右手を眺める。
ふむ。
「うまいことを言うね」
そんな私の言葉にニコはため息を一つ。
「とにかく、お姉さまはもう少しご自愛ください、です」
「はいはい。でも、本当に困ったら言うんだよ。じゃなきゃ勝手に飛んでくるからね」
「どのみち助けるんですね」
そりゃそうさ。
若い子が困ってたら助けたくなるのはおじさんの本能だし、街やみんなを守るのは私のお仕事だしね。
ニコは曖昧に頷きながらも、トレイを持って立ち上がった。
私もそれに続くように返却口へトレイを運びながら、窓の外へ視線を向けた。
すっかり陽が落ちて、企業のホログラム広告がビル群を彩り始めている。
この配置交換も気づけば明日で終了だ。
今の状況ならニコの評価も悪くなさそうだし、また元の第5詰所に戻ったりするのだろうか。
それも明日まで無事に終わればの話であるが。
(光頭OD、か)
食堂を出ながら、ふと、先ほどの名前を思い返す。
ニコに任務が集中しすぎている気がするが、これがニコの言う「新装備を試したくなる性格」によるものなのか判別がつかない。
上層部がそんな個人的な感覚で仕事を割り振るとも思えないのだが、その根拠を調べる手段も今の私にはない。
別の部隊にいるのにネオンに頼むのも気が引けるし。
(まあ、考えすぎかもしれないし)
そう自分に言い聞かせて、私はその胸のざわつきを、ひとまず心の奥にしまい込む。
明日もまた、同じような一日が来るのだと、なんの疑いもなく思っていた。
――それが、とんでもない勘違いだったと知るのは、もう間もなくのことであった。