SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する! 作:宇宙のモナカ
「時計合わせ、イチサンゴーハチちょうど。正面配置に付きましたです」
ニコの声に合わせ、通信機から各小隊の応答がめいめいに返ってくる。
その返事には、他詰所の隊員たちの緊張した短い返答に交じり、アイリスやビャッコの声も含まれる。
工場の敷地を囲む鉄柵の陰で、ネオンは自分の端末を、ニコは空中ディスプレイを、それぞれ無言で叩いていた。
そんな2人に向けて、緊張した面持ちのルミナが声をかけた。
「監視カメラの対応は間に合いそう?」
「正面はすでに押さえてます。ループ映像を入れているので、突入まではバレずに行けます、です」
だが、ネオンの方は端末に視線を落としたまま、眉をひそめている。
「変ね」
「どうしたの、ネオンちゃん?」
「他のカメラがあれば内部を確認できると思ったんだけど……正面のカメラ以外はオフラインになっていて見えないのよ」
「相手も気を抜いてるんじゃない?」
「その割には施設自体のセキュリティは固いです」
ルミナの疑問に対し、ニコがディスプレイの解析結果を眺めながら答えた。
「私とネオンさんクラスじゃないと、遠隔解除は難しいレベルです」
3人が、無言で顔を見合わせる。
「どうする? ちょっと嫌な感じよ」
「……オペレーティング・ディレクターには報告しましたが、突入命令が来ました」
ネオンの提案に対し、ニコが淡々と告げた。
「複数アジトへの同時襲撃なので、私たちの勘だけで全体の作戦を止めるわけにはいかない、とのことです」
ネオンとルミナが、示し合わせたように小さくため息をついた。
理屈は分かる。分かるが、納得はできない。
そんな空気が、2人の間に流れていた。
だが、悲しきは宮仕えの下っ端。
組織という大きな波に抗えるわけでもなく、ニコたちは、味方の小隊を伴って正面入口へと近づくしかない。
時計が14時ちょうどを示した瞬間、入口の電子ロックは、ニコがサーベルのような電子戦装備、《ウリエル・コンダクター》の切っ先を叩きつけるように当てるだけで、あっさりと解除した。
軽い電子音とともに、重い鋼鉄の扉がわずかに軋みながら開く。
「行きます」
その声と共に、治安維持部隊員たちが静かに、そして流れるようになだれ込んでいった。
内部は、想像していたよりも遥かに入り組んでいた。
薄暗い通路が幾重にも枝分かれし、天井近くにはむき出しの配管が這っている。
所々に錆びついたパイプが漏水しているのか、床には黒っぽい水たまりが点々と広がっていた。
かつて何かを製造していたであろう工場の名残が、あちこちに朽ちたまま放置されている。
空気は湿っていて、埃と油の匂いが鼻の奥に絡みついた。
「クリア」「クリア」
アサルトライフルを構えた治安維持部隊員たちが、隣接するドアを次々と開けながら短く報告していく。
正面玄関に隣接する部屋を覗いた反応は、どこも同じだった。
誰もいない。
ネオンは銃口を下げると、怪訝な表情で小さくつぶやく。
「……奥にいるのかしら」
「わかりません。ですが、気づかれるまでは、静かに行くしかないです」
ニコの意見に、周りの隊員たちも頷いてそれに続いていく。
窓のない薄暗い通路に、非常灯の頼りない光が長い影を落としている。
足音を殺すたび、自分たちの呼吸音だけがやけに大きく聞こえた。
時々、トイレなどあるが、それ以外は見るべきものもない長い通路に、ルミナがアサルトライフルを構えたまま、いつもの元気さを抑えた小声で漏らす。
「こっちでいいの?」
「本部からの事前情報では、奥に生産ライン跡地があるようです。一番広いスペースなので、何かあるとしたらそこではないでしょうか」
ニコの声を最後に一団はまた無言で歩みを進めていく。
緊張したまま進む通路は永遠のように感じられたが、実際のところわずか数分のことだっただろう。
やがて、突き当りの扉を抜けたところで、急に空間が開けた。
巨大な貯蔵タンクと、長く伸びたベルトコンベアーが並ぶ広大な空間。
天井は高く、無数の照明が半分ほど故障して不規則に明滅している。
配管やキャットウォークが張り巡らされており、広いが決して動きやすいとはいえない状環境だ。
薄闇の中に、錆びついた機械の骨格が、幾何学的な影を床に落としていた。
だが。
「おい、ここにも誰もいないぞ」
同行していた別詰所の男性隊員が、あたりを見回しながら言った。
その言葉どおり、障害物が多いので見通しがいいとは言えないが、ざっと見渡した限り敵と思しき人影はない。
「ここまでいないってことは、統合監査室の調査ミスじゃないのか?」
「あるいは、もう脱出した後かもな」
そう言いながら、一緒に突入してきた隊員たちはわずかに警戒を緩め、銃口を下げて歩を進める。
そんな仲間に対し、ニコが硬い声で言った。
「皆さん、警戒を緩めないでください、です」
ニコは周りを油断なく視線を巡らせながら言葉を続けた。
「どこかに中央演算室があるはずです。そこまで行けば、私が状況を確認できますです」
「じゃあ早くしてくれ。まあこの分じゃ空振りだと思うが――」
そう軽くおどけるように言った別小隊の男の言葉は、最後まで発せられることはなかった。
ドンッ、という乾いた一発の銃声。
先ほどまで話していた隊員のパワーズ・フレームのヘルメットが、頭部ごと消し飛んだ。
そして、支えを失った体が、ぐらりと傾き、重い音を立てて、崩れ落ちる。
「へ?」
「は?」
ルミナとネオンが、揃って間の抜けた声を漏らす。
「お二人とも下がってください!」
ニコが振り向きざま、後ろにいたネオンとルミナへ体当たりをし、その体勢を崩した。
直後、破裂音と共に激しく地面へ突き刺さる音が響く。
その音を皮切りに突如として声が上がる。
「来たぞっ! 企業の犬どもをお出迎えだ!」
その怒号とともに、工場内部のあちこちから人影が姿を現す。
その人影はパワーズ・フレームに似た鎧を纏った、暴の気配を纏う者たち。
看板を掲げているわけではないが、その言動や装備から推察するに、反企業組織の実働部隊で間違いない。
そして、構えた重火器が一斉に火を噴いた。
「やべえっ! 囲まれてるぞ――ぐぁっ!!」
慌てて身を翻そうとした味方の隊員が悲鳴を上げて地に伏せる。
そんな彼に追いすがるようにいくつものライフル弾が突き刺さり、アーマーの防弾性能を易々と突き破って肉を食い散らかし、赤い血飛沫がポンプのように噴き出す。
鳴り響く銃声。
響き渡る怒号。
弾けるガラス、砕けるコンクリート。
先ほどまで静寂に支配されていた工場内部は、ものの数秒で完全な戦場と化した。
「工場内部施設の一部権限、掌握しました。ネオンさん、ルミナさん、そこの物陰へ」
ニコの指示に、2人が即座に反応する。
パワーズ・フレームを着込んだネオンが、ニコを小脇に抱えて指定された物陰へ滑り込んだ。
ニコが空中ディスプレイに指を走らせ、実行キーを叩く。
キャリキャリと擦れる音とともに、天井から鎖に繋がれた巨大な金属板が降りてきて、3人の目の前で臨時の遮蔽物になった。
直後、その板の向こう側に、無数の銃弾がぶつかる音が土砂降りの雨のように鳴り響く。
ネオンはニコを下しながら悲鳴に似た怒号を上げる。
「一体これはどういうことよ!」
「待ち伏せされていたようです」
「そんなの分かってるわよ!」
ネオンが壁の上端から顔を出した敵にライフル弾をばらまくと、相手は慌てて顔を引っ込めた。
それを憎々しげに睨みつけながら、続ける。
「どうして情報が洩れてるのかってことよ!」
「監視カメラハックしたのがバレたの!?」
「それにしても、手際が良すぎます」
ルミナの推測に対し、ニコが顎に手をやりながら、続けた。
「先ほど確認した敵数は60名以上。事前情報と大きく乖離しています、です」
「倍に増えてるじゃん! このままじゃまずいよっ!?」
ルミナが壁の隙間から発砲するが、倍以上の銃弾が返ってきて「ひゃっ!」と悲鳴を上げて涙目で引き下がった。
奇襲によるこちら有利のはずの戦況は完全にひっくり返っている。
普通であれば撤退を視野に入れるべき状況であるが、ニコはウリエル・コンダクターを構えながら、壁の向こうを見通すように呟いた。
「……状況は悪いですが、この施設を有効活用できれば、まだ手はあります」
「無茶よ! 退路を探しましょう!」
「逃げるにしても、負傷した味方を先に逃がさないとです」
ニコはそう言いながら、無表情のまま壁の隙間をじっと見つめる。
1秒。2秒。
「……演算完了。行きます」
そう呟くと、ニコは物陰から矢のような速度で飛び出していった。
「出て来たぞ!」
敵の一人が叫ぶ。
真正面で構えていた敵こそ銃弾を叩きこもうとしたが、一直線に突っ込んでくるという理外の動きをするニコに一瞬反応が遅れる。
そして、その一瞬で十分だった。
「ふっ」
極限まで身を屈めたニコは、ウリエル・コンダクターに装着された光刃《ルクス・エッジ》を起動させると、スライディングしながら敵の足を斬りつけつつ駆け抜けていった。
「足が、俺の足がぁぁぁ!!!」
「くそっ、ちょこまかしやがって……ぐぁっ!!」
時に敵の陰に。時には物陰に。
あるいは大胆に敵中を突破する。
視界には進むべき道筋が、ニコにも装着された脊椎戦闘適応モジュール《A.R.E.S.》によるガイドラインとして浮かび上がっていた。
だが、その道筋はあまりにも細く、わずかな変数で即座に変わる頼りないもの。
(お姉さまは、よくこんな確実性の低いガイドに迷いなく従えるものです。A.R.E.S.と自身のスペックを過信しすぎではないでしょうか)
現に、足が血だまりで滑りかけたところで、ガイド線にノイズが走る。
反応しきれなかった一瞬、敵の銃弾が肩をかすめた。
熱い。
痛みが遅れて追いついてくるより早く、A.R.E.S.が鎮静ホルモンを脳内へ放出する。
無理やり黙らされた痛覚の代わりに、自身の運動性低下を織り込んだガイド線が、ますますシビアなものへと変わっていく。
ニコはわずかに顔を顰めた。
だが、問題行動が多かろうと、戦闘用ヒューマロットの端くれ。
これしきのことで勤労意欲が衰えることはない。
「爆破、封鎖、分断、爆破、落下、爆――っと、味方ごと吹き飛ばしたらまずいんでした」
手をかざすたびに、工場内に置かれていたガスボンベが吹き飛び、ベルトコンベアーがランダムに障害物を運び、防火壁が降りてきて敵陣に混乱を巻き起こしていく。
ニコは物陰に隠れていた負傷した味方に向かって声をかけていく。
「早く撤退してください、です」
「すまねえ嬢ちゃん! 恩に着る!」
一緒に突入していた隊員が、仲間に肩を貸しながら通路を下がっていく。
撤退する味方から注意を逸らすようにニコが再び前に出ようとした、その時。
ドンッ、ドンッ
爆発音が響き、敵が慌てたように引き下がった。
「ニコ! こっちよっ!」
ネオンが物陰から飛び出してきて、ニコの手を引きながら遮蔽物の陰へと滑り込む。
「これで手榴弾ラスト!」
ルミナが手持ちのハンドグレネードを投げ込むと、ニコ達がいる物陰に同じく滑り込んできた。
そんな二人の様子に目をぱちくりとさせるニコ。
「お二人とも、まだいたのですか。もう撤退したかと思いましたです」
「あんたが残ってるのに逃げられるわけないでしょ!」
「多分、生きてる仲間はもう私たちだけかな」
3人は身を寄せ合いながら、油断なく周囲を見渡す。
残る敵は多いが、この混乱の中ならまだ勝ちの目があるか。
――そう思いながら踏み出そうとした足が、ぴたりと止まる。
工場の奥、崩れかけた壁の向こうから、何か巨大なものが地響きを立てて姿を現した。
全高、4メートルを超える強化外骨格。
無骨な脚部が瓦礫を踏み砕きながら、ゆっくりと前進してくる。
継ぎ接ぎだらけの不格好な見た目だが、強固な装甲に猛獣のような運動性を誇る巨人の姿。
「噓でしょ……」
ネオンが呻くような声を上げる。
その両腕に握られた銃から火を噴く音が、野獣の咆哮のように工場内に響き渡る。
巨体が構えているせいで小銃程度にしか見えないが、実寸で言えば全長1.5メートル近い代物だ。
歩兵が扱うなら三脚に据え付けて運用する機関銃と変わらない。生身の人間が抱えて撃てるような代物ではなかった。
そんな武器を軽々と扱う存在、それは。
「
ルミナの声が、乾いた空気に虚しく溶けていった。