SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する! 作:宇宙のモナカ
『そこにいるんだろう? 大人しく出てきたら殺さないでいてやるよ!』
4メートルを超える巨人の外部スピーカーから粗野な男の声が響き渡る。
グレーの都市迷彩柄の装甲に、ずんぐりとした、人を模した2足歩行のシルエット。
室内では撃たないと思うが、肩にはミサイルランチャーまで装備されている。
そして、巨人の頭部に不気味にきらめくモノアイは、隠れている3人を探すように光の尾を引きながら左右に動く。
そんな鋼の怪物を横目に、ニコ達3人は、物陰から物陰へと移動しながら小声で意見を交わす。
「手足と頭部が違うメーカーなので特定しにくいですが、間違いなく
ニコが冷静な声でそう呟く。
産業用人型重機のパワーローダーに対し、戦闘用の人型重機は
その違いは様々な定義があるので一概には言えないのだが、目の前で動く巨体の重厚な装甲や滑らかな動きは、ただの作業用重機に銃をくくりつけただけの代物とは、明確に『格』が違っていた。
固い装甲に包まれたコクピットブロックは、並大抵の攻撃ではビクともしない堅牢性を誇る。
また、関節駆動部を包む複合装甲は大質量を感じさせない無駄のない運足であり、洗練された猛獣の狩りを思わせる。
表からは分からないが、制御用OSやセンサー類だって雲泥の差であろう。
敵を粉砕するためだけに作り上げられた人類の技術の結晶。
それが、
身近にアイアン・メイデンがいるので錯覚しがちだが、実際のところ
だが、厳然たる事実として、そこにいる。
ルミナが「むむむ」と唸る。
「メインフレームは『カブキヤクモインダストリー』製の《荒武者》シリーズ、05年後期式。フレーム材質は旧規格だから、今の奴に比べたら出力密度は低いけど、その分ジャイロの応答遅延がほとんどない。頑丈だし、ロバスト性の高い名機だよ。ただし、もう製造終了してるから手足は別のパーツを繋げてるんだろうね。関節の駆動音がフレームと微妙にズレてるし……『紅龍重工』の製品か、あるいはそのコピー品かな。
そこまで小声でまくしたてるルミナに、ニコは手で静止しながら一言。
「要するに、機甲兵の中では型落ちですが、生身にとっては脅威ということですね」
「……まあ、そうだね」
ニコの身もふたもない要約にルミナは肩を落として頷いた。
しかし、すぐに気を取り直すと、ネオンの方を振り返って。
「そうだ、前にパワーローダーと戦った時、ネオンちゃんがハッキングしたことあったよね? あれ、またできない?」
いつぞやの下層地区で反ヒューマロット団体と戦った時、最後に出てきたパワーローダーを止めたことを思い出しながら、希望を込めた声でそう尋ねるルミナ。
しかし、それを聞いたネオンは暗い表情を浮かべる。
「……難しいわね。軍用の
「遠隔じゃ無理ってこと?」
「そうね。仮に、接続できたところで電子防壁も強固だろうから、どれだけ時間がかかることやら……」
その言葉を引き継ぐようにニコが静かに頷く。
「私の《ウリエル・コンダクター》があれば電子防壁は突破可能かと」
「じゃあ?」
ルミナが希望を込めた目で見るが、ニコは首を振った。
「そのために接近する必要があるのには変わりありません。装甲も遮電仕様になっているので、隙間、できればコアブロックに直接突き立てる必要があります、です」
「そこまで近づければ苦労しないかー……」
ルミナが悲しそうな表情でそう締めくくるのだった。
はっきり言って戦況は絶望的だ。
先ほどの戦闘でいくらか敵兵を削ったが、まだ数も多く、しかも、機甲兵まで登場した。
対して、こちらは突入した治安維持部隊員のうち負傷者は撤退したので、味方はニコ達3人のみ。
幸い、遮蔽物が多い場内なので、時々、ニコが関係ない箇所のライトをつけたり、ベルトコンベアーを動かしてかく乱しており、少しは時間が稼げるだろう。
しかし、肝心の脱出ルートは機甲兵から隠れている間に塞がれてしまっている。
まさに袋のネズミとも言うべき状況。
3人はタンクの陰に体を滑り込ませて一息ついたが、ここだっていずれ見つかるはずだ。
「それで、どうする?」
ルミナが息を切らせながら言うと、ニコは少し考えて答える。
「……暗号回線を開いて本部に救助を要請しましょう」
「作戦中は無線封鎖って言われてたけど、いいよね?」
「私の責任で行います、です」
その言葉にルミナが頷くと、バックパックに装備していた通信端末を取り出す。
「位置がばれないように出力絞るから、手短にお願いね」
そう言って操作すると、やがてすぐに通信機は本部に繋がったのか、かすれた音声がマイクから漏れ出した。
『……誰だ。作戦遂行中は無線封鎖のはずだぞ』
不機嫌そうな男の声。
それは作戦前にも聞いた光頭
「第3詰所第1小隊長のSFTS1025です。増援要請をお願いします、です」
『またヒューマロット風情が口答えか。お前は何様だ?』
横でネオンが歯ぎしりする音がギリッとはっきり聞こえた。
ルミナの表情もひきつったものになる。
だが、ニコは凪の表情で淡々と答える。
「事前情報と状況が異なります。敵戦力は60以上。機甲兵も確認、です」
『つまり、こちらのせいだと言ってるのか』
「違います。敵戦力に見合った増援を要請しているだけです」
しばらくの沈黙。
その後、『チッ』という舌打ちの音が無線の向こうから聞こえた。
『増援部隊は、他の2箇所のアジトに展開済みだ。同時多発作戦である以上、1箇所に戦力を集中させれば、他が手薄になる。全体の被害を最小化するのが私の職務だ』
「私の部隊のアイリス隊員や、お姉……SFTS1005が外周部に配置されているはずです。そちらを呼べば――」
『勝手に配置に口を出すな。そもそも最初にいけると言ったのは君だろう?』
「ですから、敵戦力が事前情報と違って――」
『作戦本部に責任転嫁か? それでも栄えある治安維持部隊の隊員かね? これだから量産品の人形は責任感がない』
あまりにも話にならない。
隅の方でネオンが青筋立てながら、ルミナの通信端末に自分の電脳ジャックを繋ごうと手を伸ばしてくる。
「(ネオンちゃん、何するの?)」
「(糞野郎の電脳に法律も真っ青の攻性ウイルス流し込むのよ。まさか治安維持部隊の秘匿回線で来るとは思わないから油断してるはず――)」
「(やめて! 何も解決しないから!)」
そんな横でわちゃわちゃしている間に、ニコは目を瞑って答える。
「……では一時撤退の許可を。負傷者は後送しましたので、残存兵力は私の小隊のみです」
『撤退してそこの敵戦力はどうする気だね? 持ち場を離れるなど責任問題だぞ』
珍しく眉にしわを作るニコは、数秒考えたのちに口を開く。
「5分は時間を稼ぎます。ですので、どうか――」
『10分だ。表に配置している戦力を再編するから10分は稼げ。それくらいやってもらわないとお前なんて存在する意味がない』
「……承知しました」
ブツっと無慈悲な音を立てて通信が切れる。
その途端、ネオンが底冷えするような声で呟いた。
「…………コロス」
先ほどまで青筋を立てていたが、もはやそれを通り越して、能面のような表情になるネオン。
そんな幼馴染の顔を見てルミナは「ひっ」と短い悲鳴を上げた。
子供の時の付き合いだが、ここまでリミット超えしたことなど数回しかないことだった。
こうなった彼女が何をするか想像するだけで恐ろしい。
しかし、それもここを乗り越えられればの話だが。
「先ほどの会話のとおり、10分ここで時間を稼ぎます」
再び無表情に戻ったニコの言葉に、ネオンとルミナは長いため息をつき、そして決意を秘めた表情で頷く。
「どんなクソな命令でも、敵前逃亡は最悪、名簿抹消……。やるしかないわね」
「今回はちょっときついけど、まあ、そのうち味方も来るだろうし、3人でがんばろっか!」
声に多少の震えはあるが、それでもなお気丈に振る舞うネオンとルミナ。
二人とも生身ながらこの1年でビャッコと共に数々の修羅場を潜り抜けた精鋭だ。
いざという時は命がけで戦う覚悟と強さを持ち合わせている。
だがしかし、ニコはそんな二人の言葉を即座に否定した。
「いえ、お二人は脱出してください、です。私が反対側で陽動をかけつつ、工場内の残りの爆発物を一斉に起爆させますので、その隙にどうぞ」
その言葉に二人は驚いたように声を上げた。
「なんでそうなるのよ!? 一人で戦う気!?」
「そうだよ、私たちだってまだ戦えるし!」
しかし、ニコはそんな二人の言葉に、いつもりより冷たい声で言い放つ。
「いえ、お二人がいると足手まといなのです。ルミナさんは戦場においては並の隊員。ネオンさんの銃の腕は言わずもがな。それに比べて私は最新型戦闘用ヒューマロット。考えるまでもないです」
「そんな言い方しなくたっていいじゃん! そりゃニコちゃんに比べたら弱いかもしれないけど、敵を引き付けることくらいはできるよ!」
珍しく怒ったようなルミナの言葉に、ニコはわざとらしくため息をつく。
「それでお二人が死んだら私の評定が下がります、です。庇う余裕もないので、いない方がよほど私の生存率が上がるのです」
表情に乏しいヒューマロットにしては珍しく、やれやれと言わんばかりの顔をするニコ。
それでもなお食い下がろうとするルミナだったが、その肩を引いてネオンが前に出る。
「……本当にあなた一人の方が生存率高いのよね?」
「さっきからそう言ってます、です。正直、敵が迫っているので早く理解してほしいのですが」
ネオンは数秒、ニコを睨んだが、やがてふぅと息をつくと、踵を返して言った。
「行くよ、ルミナ」
「ネオンちゃん!?」
「この子がそう言うならそうなんでしょ。言い争ってる時間はないわ」
「ご理解いただけて助かりますです」
そう言いながらニコがペコリと頭を下げる。
「物陰に隠れつつ、向こうのポイントまで行ってください。その後、起爆してから私は敵前に現れるので、タイミングを見て脱出してください、です」
「了解。…………死ぬんじゃないわよ?」
ネオンの言葉に少し驚いたように目を瞬かせるニコ。
そしてゆっくりと口を開いて言った。
「これくらい本気出せば余裕です。私は経験豊富な大人のレディーなので」
「製造年数1年未満でなにが大人のレディーよ」
「ヒューマロットジョークです。なごみましたか?」
小首を傾げてそういうニコの顔をネオンは複雑そうな表情で見ていたが、やがて「行くわよ」と言って、心配そうなルミナを引き連れて駆け出していくのだった。
その姿を見送ったニコは、工場内の爆発物に手早くアクセスしながら、わずかに残された時間で思索に耽る。
(演算の結果、3人で戦闘した場合の全体生存率14%)
それが、ニコに搭載された戦闘補助モジュールA.R.E.S.がはじき出した結果だ。
ネオンとルミナの二人がこの戦闘においてあまり役に立たないというのは事実だ。
敵の歩兵を引き付けてくれればニコとしては助かるが、その場合、二人は当然ながら危険に晒される。
それを助けられるほどには、ニコは強くない。
(私一人で戦った場合、ネオンさんルミナさんの生存確率95%)
敵の追撃が不確定要素となるが、この部屋に来るまでに敵影はなかったので、おそらく二人は無事に逃げられるだろう。
そして、足手まといのいなくなったニコは10分間伸び伸びと敵をかき回し、その結果――。
(私の生存確率6%)
それが実際の数字だった。
二人を逃がすために、攻撃手段である工場内の爆発物を全て消費して、なおかつ一人で全ての敵を引き付けるのだ。
足手まといがいなかったとしても、自分の生存率が上がる訳でない。
(不思議です。どうして私は嘘をついてまで二人を逃がしたのでしょう)
作業の手を止めることなく、そう独り言ちるニコ。
確かに、ヒューマロットはナチュラルの業務を代替すべく生み出された存在であるが、そうは言ってもニコは実験段階の試作品であり、そのコストも莫大だ。
現時点では自身の命を投げうってまでナチュラルの命を守るような
(私一人だけが生き残るなら手段はある)
演算結果はシンプルだ。
ルミナとネオンを爆発物の近くに配置し、敵を引き付けさせてから、まとめて爆殺する。
機甲兵は厄介だが、歩兵が消えて、爆発の混乱を付けばまだやりようがある。
そうすれば、時間を稼ぎながら自分が生き残る可能性は高い。
光頭ODも、このプランの詳細までは知らないだろう。
それでも、自分が示した帰還不能点である5分を超えて、10分を提示してきたのだ。
それくらいの損害は計算しているはずだ。
その場合、部下を死なせた自分には、何らかの処分が下されるだろう。
だが、身分は開発部預かりだ。
よくて研究所に戻され、白鷺博士の庇護の下、ヒューマロット開発の素体として有効に使われるだけの話。
任務を果たせない
ネオンもルミナも、優秀ではある。
だが、もとは下層地区出身の、左遷者だ。
企業スコアで比べれば、天秤にすら乗らない。
だとすれば――今までと同じように、部下は使えるだけ使い、駄目なら切り捨てる。
それが、最も妥当な判断のはずだった。
――「そんなの理屈じゃないでしょ」
不意に、脳裏でその声がリフレインする。
ニコを庇ったネオンが、あの時そう言った。
血を流しながらも、ニコが無事だったことに、どこか安堵したような顔をして。
――「部下を守るのも上司の役目だよ」
敬愛する姉、ビャッコの言葉を思い出す。
そして、その言葉を違えたことがないことは、データを受け継いだ自分が一番わかっている。
撃たれ、切られ、燃やされても、最後まで約束を果たしていた。
それを考えると、二人を逃がさずにはいられなかった。
そして、これから自分が部下二人を助けるために命がけで戦うのだ。
そこまで考えたニコは、A.R.E.S.で制御された感情が大きく振れるのを感じるのだった。
(この気持ちは、そう――)
言葉になりかけたその答えは、ネオンたちが所定のポイントに到着した通知によって、思考の表面へ浮かび上がる前に押し流された。
準備していた工場内の爆発物を、ニコは一度に起爆する。
ドン、という腹から響く爆音。
少し遅れて、立っていられないほどの振動が体を揺らした。
舞い上がる煙と、飛び交う金属やコンクリートの破片。
その混乱を物陰でやり過ごしながら、ニコは静かに呟く。
「行きます、です――」