SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する! 作:宇宙のモナカ
SFTS1025――ニコの生まれは、正常なものとは言えなかった。
いや、クローン人間であるヒューマロットであること自体が異常だ、という意味ではない。
その誕生の過程が、あまりにも複雑だったということだ。
まず、素体として培養中だったニコは、あえて体が完成する前に繰り上げで稼働することになった。
わざわざそんな真似をすることになったのは、輪をかけて複雑な出生を持つビャッコが原因と言っても過言ではない。
ビャッコは、戦闘用ヒューマロットの素体の中で、原因不明の成長不良により子供のままロールアウトすることになった個体だ。
本来であれば廃棄予定だったところ、開発主である白鷺博士の気まぐれで、5年ほど小間使いとして働いていた。
それが偶然、A.R.E.S.の高適合体と判明したことから、急遽、専用の教育用DBとガイド用AIを組み上げてぶち込んだことで、開発の最前線へと躍り出てしまう。
さらに、ビャッコについては、本来であればA.R.E.S.適合体としての起動実験と、環境適合テストができれば十分だったのだが、予想外の戦果を挙げ続けてしまったため、『成功例』として後継機を作ることになってしまったのだ。
こんなイレギュラーだらけの存在をまともに再現できるかというと、かなり怪しいことは白鷺博士でも予想していたことだ。
それでもなお、計画開始から1年未満でニコが生まれたことは天才の所業と言えるだろう。
そんな不安定な状態であることが前提の存在なのに、さらに事件が起きる。
それが、犯罪者集団による、起動直前の誘拐事件だ。
きっかけは些細なものだった。
サクラデバイスの下請け企業から、開発中の新型ヒューマロットに関する情報が、大陸系の犯罪組織へと横流しされたのだ。
「サクラデバイスは、量産可能な戦闘用ヒューマロットの実用化に成功しつつある」という一報は、他企業や独立傭兵団にとって、喉から手が出るほど欲しい情報だった。
生身の兵士を何人失っても代わりが利く、忠実で恐怖も感じない兵隊。
そんなものが手に入るなら、多少の危険は冒す価値がある。
そう判断した大陸系傭兵団は、A.R.E.S.の装着手術が完了し、あとは起動を待つばかりだったニコを警備の隙を付いて奪取することに成功した。
大方、戦闘用ヒューマロットを誘拐して自分のところで量産化しようという安易な考えだったのだろうが、誘拐した側にとっては不幸なことに、そう簡単な話ではなかった。
今となっては当事者が全滅したので知る由もないが、こんな会話があった。
「おい、どうだ。これで問題ないだろう」
そう言うのはハウル。
過去のビャッコとの戦いでは、その喉に装着された音響兵器で苦しめてきた歴戦の傭兵団団長だ。
ハウルに質問された男は、難しい顔でバイザーを被った頭をガシガシと掻いた。
男の名はテッキー。
傭兵団に所属する組織内一番の技術者であり、奪取したヒューマロットの管理を任されていた。
その目の前には、少女が浮かぶ培養ポッドと、そのポッドに接続された端末。
そこに流れる文字列はハウルには欠片も理解できない内容だったが、テッキーにとっては芳しいものではなかった。
「ボス、このままだと起動するか怪しいですぜ」
「なんだと? その場にあったデータは全部引っこ抜いてきたはずだぞ」
テッキーの言葉に苛ついたような声を上げるハウル。
いつその声がソニックブラスターの衝撃波に変わるのか、そんなことに怯えながらも、テッキーは画面を指さしながら答える。
「この教育用DBとかいうのを、投入する必要があるんですが、どこにどう手を入れたら俺らの駒に改造できるのやら……。しかも、個体ごとに調整も必要ですし、正直手に余りますって」
「てめえ、昔は企業のクローン部門にいただろうが」
しかし、テッキーは肩を小さくしながら首を振った。
「無茶言わんでください。
「今回の依頼は完成品を持ち帰ることだ。不備があっちゃあ報酬が下げられかねねぇ。いいからやれるとこまでやれ」
「うっす……」
人の話を聞かない上司に睨まれながらも、テッキーは最善を尽くした。
搔っ攫ってきたデータの中にあった開発メモとにらめっこしながら作業を進めることしばらく。
やっぱり難しいよなあ、とテッキ―が頭を悩ませているところで続報が飛び込んできた。
その知らせを持ってきたハウルの顔には凶悪そうな笑顔が浮かんでいる。
「おい、喜べ。完成品の電脳データが手に入ったぞ」
「はぁ。完成品というと?」
あまりの悪人面に身構えながらの返事となったが、ハウルは気にした様子もなく大仰に手を振り回した。
「治安維持部隊の『白い死神』のデータだ!」
「ああ、前にボスがやられた――」
「ああんっ!?」
「――いえ、なんでもないっす」
ノイズ交じりの怒声に肩をすくめつつ、ビャッコの電脳データを受け取るテッキー。
端末にダウンロードしたデータを展開しながら、その複雑さにまた顔をしかめた。
しかし、また満足そうな様子に戻ったハウルはさも当然のように言い放つ。
「これですぐに起動できるだろう? 先方との合流ポイントまで一週間もないからな。早くしろよ」
「えっ、まじすか?」
「あン? 目の前に完成品があるんだから同じようにすりゃいいだけだろ」
「……………そっすね」
そりゃ完成品があれば参考にはなるが、どう考えても同じようにするだけでも難しいのだ。
しかし、武力と悪のカリスマ
技術者としてのプライドと好奇心もあった。
脳内マッピングの作業や、電脳の同期作業の準備、ビャッコの電脳データの精査など、できそうな部分からやりはした。
彼はそれなり以上には優秀だったので、もう少し時間があればうまくいったのかもしれない。
だが、見積り通りにうまくいかないのが人生というものだ。
次にハウルが来た時は、その表情にサディスティックな色が浮かんでおり、それを見たテッキーの脳内で警鐘が鳴り響く。
「おい。今すぐ起動しろ」
案の定の無茶ぶりにテッキーは悲鳴のような反論の声を上げた。
「はぁ!? なんでですか!? もうちょっと時間ありましたよね!?」
「白い死神ともう一人が逃げたと連絡があった。もうすぐこっちに来るはずだ。折角ならこっちのヒューマロットとぶつけてやろうじゃねぇか!」
テッキーが「無理です」と反論する前に、ハウルは身を翻して出て行ってしまった。
残されたテッキーの瞳に浮かぶのは『絶望』の二文字。
(とりあえず、マッピングと同期の準備は済んでるから、SFTS1025にSFTS1005の電脳データ入れたら動くよな? ええと、このよく出てくる『上司』という概念のところに、俺ら傭兵団の存在を置き換えれば言うこと聞くはず。あとは電撃チョーカーつけときゃ、いざという時もなんとかなるだろ。俺らの立場だと人命重視されても困るからそこは弱めて、仕事のためなら全てを投げうつ……、くそ、SFTS1005のデータは仕事の概念回りが複雑すぎる! 時間もないからもう全部ぶち込んじまえ!)
こうして突貫工事でどうにかこうにか
だがしかし。
「SF1025起動しました。私は治安維持――いえ、傭兵団の駒? 上司は傭兵団なのに、姉妹機であるSF1005とは敵対? 無茶な命令をする上司、ぱわはら――、うっ、頭が」
「あ、やべっ」
テッキーは慌ててニコの耳裏のポートに電脳用のコードを繋ぐと、再起動用の命令を流し込む。
気絶したニコを、床にそっと下ろした。
まだ幼い少女に服を着せながら、彼は自分が一体何をさせられているのだろうと、悲しい気持ちになるテッキ―。
起動には成功したし、言語機能と身体機能は適切に稼働している。だが、どう見ても情緒面が怪しい。
このまま迎撃に向かわせていいものか。
そんなことを考える間もなく、ハウルからの無線が響いた。
『おい、外周部の見張りから連絡が途絶えた。もうすぐ死神の奴がそっちに行くはずだから、ヒューマロットのガキは物陰で眠らせとけ。あとは俺がやる』
一方的に切れる通信。
悩む時間すら、もう残されていなかった。
「――まあ、再起動したらうまくいくかもしれないしいっか」
そう結論付けて、テッキーはニコを部屋の物陰にそっと寝かせて置いた。
そしてそのまま電脳データを持ち出すと、混乱に乗じてランドトレインへと逃げ込んだ。
彼がその後どうなったのかは、記録に残っていない。
杜撰な仕事だった。
だが、ニコにとってはそれが幸運だったとも言える。
ここで完璧な調整をされていたら、彼女は日陰の世界で一生を終える存在になっていたかもしれないのだから。
次に目を覚ましたニコが見たのは、薄暗い部屋で少女二人に対し撃ち殺せと命じる傭兵団の頭だった。
脳内からの指令ではこれを『上司』と認識した。
認識したのだが――。
(治安維持部隊労働規則第36条によると、時間外労働については事前に命令を必要とする。……命令確認できず。上司に提言を、……傭兵が上司? おかしいです。私の所属はどうなっているのでしょうか?)
その後のハウルとの問答。
そして、体罰としての電撃をくらったところで確信した。
(なるほど。これがブラック企業なのですね。しかし、私は企業資産たるヒューマロット。個体運用約款に逆らうことが、……おや、なぜか傭兵団の約款はないようですね。であるならば)
ニコはナチュラル用のチョーカーの電撃を無視しながら言い放つのだった。
「
◇
こうして、言うことを聞いたり聞かなかったり、自分のいいように解釈する戦闘用ヒューマロット、SFTS1025――ニコが爆誕した。
それからは公的記録にあるとおり、ニコは無事に治安維持部隊に入隊し、今日まで活動することができた。
だが、いつもニコは思う。
自分という存在の不確かさを。
自分の意識としては活動開始からわずか数か月しか経っていないが、その電脳には教育用DBによって形成された人格があり、言語を操り、人間として活動するにあたっての基本知識どころか、即座に戦闘に突入しても活躍できるだけの経験値を持つ。
だが、姉であるビャッコの電脳を参照した人格は、ほぼ素人が急ごしらえでやったものであり、ひどく歪なものであった。
だが、人格なんてものを客観的に図る指標がない以上、動き出したニコを止める者は誰もいない。(なお、一応知能テストはあったがそれはクリアしたし、細かい違和感は魔法の合言葉『お母さま』で全スルーされた)
(なんで私は働くのでしょうか)
まるで就活中か社会人一年目のような悩みだが、それは通常のヒューマロットでは持ちえない疑問。
働くこと自体に不満はない。
それはそういうものだと刷り込みレベルで染み付いている。
だが、その意味を知りたいと思った。
(私が人を守る意味はなんなのでしょう)
ヒューマロットの原則は企業利益の追求。
命の価値がいまいち実感できなかったニコは、企業スコアに基づく人命の軽重と救助の費用対効果を計算することでカバーしてきたつもりだ。
その割には皆怒るので、それだけじゃないということも最近は学習しつつある。
(私の生まれた意味はなんでしょう)
それに答える人がいれば口を揃えて言うだろう。
――必要だったから造った。
だが、それはニコの求める答えではない。
(私は、自分を納得させられる答えが欲しい)
そんな悩めるニコにとって、自分の生き方の指針になるのが先達であるビャッコだった。
自分の電脳の元であり、自分が生まれた原因であり、生まれてすぐにピンチだった自分を助けてくれた存在。
本人は気づいていないだろうが、ニコはいつだってその背中を見ながらここまで生きてきた。
迷わず、全力で駆け抜ける姿は、自分の思い描く理想の姿。
ヒューマロットは数あれど、自分が姉と呼ぶのはただ一人。
自分が敬愛するのはただ一人。
ビャッコなのだ。
◇
ニコの眼前に広がるのは、砕けた瓦礫と、まだ燻る煙。
そして、その向こうで銃口をこちらへ向ける、無数の敵の影だった。
視界の隅で、A.R.E.S.が算出した数字が明滅している。
生存確率、6パーセント。
数字自体は、先ほど演算した通りだ。
だが、その数字を見つめる自分の中に、初めて言葉にならないものが渦巻いているのを、ニコは自覚していた。
(これが――)
不安、なのだろうか。
それとも、恐怖なのだろうか。
自分にはまだ、その感情に正確な名前をつけることができない。
だが、一つだけ分かることがあった。
この6パーセントを、少しでも意味のあるものに変えられたなら。
この乗り越えられない壁を、それでも乗り越えられたなら。
(お姉さまに、少しは近づけるでしょうか)
答えは出ない。
出るはずもない。
それでも、ニコは前へと踏み出した。
煙の向こうへ。
銃口の並ぶ、その先へ。