SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する! 作:宇宙のモナカ
「クソがっ! アジトや集めた武器が台無しだ!!」
「今ので何人やられたっ!!」
敵の怒号が工場内に響き渡る。
工場内に置かれたガスボンベや配管、そして一部の敵武装の爆弾などが一斉に起爆し、反企業組織「パラノマニア」の一団は混乱の極みにあった。
パラノマニアの歩兵も払下げ品で性能は一段落ちるとはいえ、強化アーマーを着込んでおり、ある程度の防御性能を持つ。
そのお陰で即死する数こそ少なかったが、立ち込める煙に巻かれながら血を流し呻く姿が各所で見られる光景は、戦場に生まれた地獄。
治安維持部隊の一団が乗り込んできてから散発的に起きていた爆発を、手榴弾かなにかだと思っていた者たちは、ここに来てようやく敵の能力を理解し始めていた。
「うちのサイバー・トルーパーはどうした!? 施設内の制御権が取られてるぞ!」
「さっきからやってるけど全然駄目!
「カタナシさん! どうしますか!?」
そんな悲鳴が上がる工場内で、唯一、
「――
カタナシは機内で低く呟くと、口の端を歪めた。
逃げの一手では、組織の士気が保たない。
だから一当てしてから退く算段だった。
治安維持部隊の戦力は把握していたし、対抗できるだけの陣容は整えたはずだった。
唯一の誤算は、あのヒューマロットだ。
存在は知っていた。だが、単騎でここまでやってのけるとは、正直読み違えた。
おかげで、虎の子の機甲兵まで引っ張り出す羽目になった。
視界に映る味方の反応は、大きく数を減らしている。
最初の配置通りだったらとっくの昔に全滅していただろう損害だ。
苛立たしげに舌打ちをすると、彼は無線越しに号令を飛ばす。
『聞け! 奴らは金と権力で、人間の尊厳すら製造ラインに乗せた! 血の通わぬ兵器を、まるで玩具のように量産する連中だ! 俺たちの仲間を、家族を、その企業がどれだけ踏み躙ってきたか、忘れちゃいねぇだろう! 今日、あの豚どもに、労働者の怒りってやつを叩き込んでやるぞ!』
大仰で
スピーカーからそう呼びかけた声に、工場内から呼応するような雄叫びが返ってきた。
士気旺盛な仲間たちの姿に、満足そうに頷くカタナシ。
だが、そのうちの一人が発した声が、血を吐き出しながらの「おげぇ」という呻きとも判別のつかないものだったことに、即座に気づく者はいなかった。
「血が通わないとは失敬です。無人兵器で済むなら、お母さまはここまで苦労していません」
そんな感情の乗らない涼しげな声と共に
ブォン、と空気を斬り裂く耳障りな音とともに、光の刃が一閃する。
首を失った敵兵が、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
その背後に、ぽつりと佇む小さな影がひとつ。
それは、死と硝煙に満ちた戦場に、あまりにも不釣り合いな、美しい少女だった。
流れるような銀色の髪が、工場内の明滅する非常灯を弾き、幻の光の粒のように揺れている。
だが、その清らかな銀色も、今この瞬間、目の前で消えつつある命が噴き上げる鮮血によって、刻一刻と紅に塗り替えられていく。
まるで純白の絹に、赤い染料を一滴ずつ落としていくように。
あどけない相貌に張り付いた表情は、喜びでも、憎悪でもない。ただ、『無』。
その手に握られた凶器さえなければ、彼女は絵画から抜け出した何かのように見えただろう。
死者を導く天使か、あるいは静かに刈り取る死神か。
それとも――甘い顔をして冥府に誘う、幼い悪魔か。
どれであっても、おかしくはなかった。
「ちょっとこの銃お借りしますね」
そう言いながら、敵中に出現した少女――ニコが、死体の握っていたアサルトライフルを拾い上げたところで、周囲の敵兵が弾かれたように動き出した。
「出たぞっ! 撃ち殺せ!」
飛び交う銃弾。
ニコはその大半を、身を翻してかわしながら、かわし切れなかった一発にだけ、ルクス・エッジの光刃をそっと重ねる。
チュン、と澄んだ音を立てて、弾丸が両断される。
「嘘だろ!? 銃弾を斬っただと!?」
敵の誰かが絶叫する。
だが、ニコにとってそれは驚くに値しない、ちょっとした手品のようなものだ。
視界には、A.R.E.S.が描き出す戦術ガイドが、無数の光の線として浮かび上がっている。
敵の視線、銃口の向き、引き金にかかる指の緊張具合。
そのすべてから逆算された弾道は、まるでゲームのグラフィックのように克明に表示されていた。
躱せるものは躱している。
だが、そのうちの一つにあえてルクス・エッジを重ねるように置くことで、銃弾を斬り飛ばしただけのこと。
野球のバッターがボールにバットの芯を合わせるような繊細さは、ここでは必要ない。
飛来するものに刃を置くだけでいい分、こちらの方がよほど楽だ。
それでもあえてそんなパフォーマンスをやってみせたのは、銃弾なんてその気になればいつでも防げるんだぞ、という牽制だった。
(A.R.E.S.の演算能力配分を変更します。弾道予測+ガイドライン100パーセントから、弾道予測+ガイドライン60パーセント、射撃補助20パーセント、電子戦20パーセントへ)
その瞬間、先ほどまで明確に見えていた弾道予測が、細かく揺らぎ始めた。
反応も、コンマ数秒遅れる頼りないものになる。
だが、攻撃にもリソースを割く以上、仕方のないことだった。
Adaptive Reflex & Endurance System、通称A.R.E.S.。
ニコとビャッコの脊椎に埋め込まれた、戦闘補助用のサイバネティクス。
電脳に直接接続され、内蔵された高度AIユニットによる戦闘支援と、生身の人間では到底実現できない無意識領域の身体操作を可能とする、2155年現在にあってなお、前代未聞の技術の結晶だ。
戦闘用ヒューマロットに求められるスペックの最優先事項が、このユニットへの適合率で占められると言っても過言ではない。
ビャッコとニコに搭載されたA.R.E.S.はフラッグシップモデルであり、ナノテク技術の粋を集めた小型チップを埋め込むことで、単独でスーパーコンピュータ級の処理能力をスタンドアロンで実現している。
そのおかげで、企業管理区域外や電子妨害下にあっても、十全な性能を発揮できる。
スタンドアロンである分、できる処理にも限界はあるのだが、ニコは計算資源を的確に配分しながら目まぐるしく変わる戦況に対応していた。
ダッダッダッダッ
拾ったアサルトライフルが火を噴き、近くにいた敵兵のアーマーの関節を砕く。
撃たれた兵士は悲鳴を上げながら崩れ落ちたが、即死はしていない様子。
だが、これは慈悲の結果ではない。
単に、防御の薄い箇所を的確に撃ち抜いただけのこと。
(右手関節部、異常負荷を検出。尺骨神経圧迫による感覚異常が進行……。慣れない武器は使うものじゃないですね)
遺伝子レベルで骨格や筋力が強化された戦闘用ヒューマロットとはいえ、アサルトライフルを片手で撃った反動は、十歳程度の体格と体重にとっては決して軽くはない。
A.R.E.S.への適合率を最優先した結果、こうした幼い素体が選ばれているわけだが、その代償として扱える武器の幅が狭いのは、現行の戦闘用ヒューマロットが抱える構造的な課題と言えるだろう。
だが、幸い、ニコには参考にできる動きがあった。
反動の厳しい武器を、あの人は誰よりも巧みに乗りこなしている。
(アイリスさんの動きをトレースすれば――)
アイアン・メイデンのガトリング砲を撃つ時の、踊るような挙動。
A.R.E.S.が学習データを自分用にアップデートし、ガイドラインとして視界に映し出す。
それを正確にトレースすることで、肉体的な負担を軽減しつつ射撃をすることができた。
しかし、当然ながら複雑な挙動は演算能力を食うし、正確にガイドラインに沿うのも簡単ではない。
目に見えて命中精度は落ちた。
(問題ありませんです。必要なのは、継戦能力の維持)
指をくいっと動かすと、ハッキング済みの工場内のライトが一斉に落ちる。
暗視用サイバネアイを備えた者や、標準装備で暗視モードに切り替えられる機甲兵にはさほど有効ではない。
だが、少なくとも一瞬の間は稼げるし、施設の制御権を握っていること自体が、敵のサイバー・トルーパーへの牽制になる。
ニコは弾倉が空になったアサルトライフルを投げ捨てると、ベルトに装着していた円筒状の物体からピンを引き抜き、機甲兵に向かって投げつけた。
直後、パンっという軽い音とともに、水色の粉塵が舞い上がる。
それは、先日のビル突入の際にも使った、電脳擲弾だ。
舞い上がる電子的中継点の粒子は、サイバー・トルーパーにとっての切り札。
直接的な破壊力はないが、ニコほどの腕があれば、爆弾に匹敵する武器になるはずだった。
射撃補助に回していたリソースを電子戦へ振り向け、即座に機甲兵への不可視の侵入を試みる。
しかし。
(できれば儲けものでしたが……。やはり臨戦態勢の機甲兵は、遮電装甲と機関部のシールドが厳重です。電脳擲弾の効果時間内ではこの防壁は破れそうにありませんね)
そう結論づけると、機甲兵へのアクセスは早々に諦め、周囲にいた兵士たちへ手当たり次第に電脳ハックを仕掛けていく。
「前が見えなくなった! どうなってるんだ!」
「うわぁぁぁぁ! 俺の体の中から虫が這い出てくる!」
「猫猫猫猫猫猫、コノ世ハ全テ猫ノ意志デ動イテイル」
数人が突然、混乱したような声を上げながら暴れ出す。
『お前ら落ち着け! 電脳ハックされてるんだ! 一旦再起動しろ! 暴れてるやつがいたらぶん殴れ!』
機甲兵のスピーカーからカタナシの声が響く。
その声に反応するように即座に態勢を立て直していく様は、敵ながらよく訓練されているようだった。
ニコからすれば、ここにいる連中が全員治安維持部隊に入ってくれれば、どれだけ効率的に治安が改善されるだろうかと思うのだが。
(ともあれ、やはり機甲兵がこの一団のリーダーのようですし、ここを叩かないと埒が明きませんです)
アサルトライフルを拾ったところで機甲兵相手には有効打にならない。
狙うは、電子浸食装備《ウリエル・コンダクター》を突き立ててのハッキング。
自分の手持ちで、唯一有効になりうる手だった。
矢のような速さで駆け出し、機甲兵へ近づこうとするニコ。
だが、その動きにいち早く気づいたカタナシは、機甲兵の手に持っていたサブマシンガンをこちらへ向ける。
ルミナの解説が正しければ、対人・軽装甲車両用の《ハニカム7.62》とか言っていたものだ。
ダダダダダッ!
空を切り裂く音が響く。
その連射力を前に、ニコの弾道予測は目が痛くなるほどの赤いガイドラインで埋め尽くされる。
とっさに足を止め、身を翻すニコ。
(走っても遮蔽物まで間に合いません。であれば、また敵中に紛れれば――)
そう判断し、ニコは電脳ハックのせいで棒立ちになっている敵の一人を盾にするように隠れる。
これで攻撃の手が止んだ間に、次の行動を。
そう考えた瞬間だった。
『皆の献身を、俺は忘れないぞ!』
その言葉と共に、火線が容赦なく盾にした敵兵を巻き込むように降り注いだ。
「っ!?」
ニコは咄嗟に身を縮めてやり過ごそうとした。
実際、銃弾の大半はアーマーをまとった敵の体に阻まれ、致命傷は避けることができた。
だが、貫通した何発かが、ニコの体に命中する。
「あっ――、が――」
肩に、焼けるような熱さと痛みが走った。
(身体制御、痛覚信号の一部遮断と出血箇所の血管収縮を実行。継戦能力低下、弾道予測へのリソース配分を――)
そこまで考えたところで、今度はニコの腹部に鈍い衝撃が走り、思考が中断される。
その衝撃はニコの体を地面から引き剥がすようにして、乾いた地面の上をランブルウィードのように転がした。
かすれた視界に映るのは、蹴り抜いた姿勢のまま怒りの表情でこちらを見下ろす、敵兵の姿だった。
もはやニコに、即座に反撃する力は残っていなかった。
それでもなお追撃するように、腹へ容赦のない踏みつけが行われ、地面へと縫い付けられる。
ニコを踏みつけた男は油断なく、その銃口をニコに向けながら顔を上げた。
「カタナシさん、
『ああ……。ったく、一人相手にひどいざまだな』
機甲兵に乗ったカタナシは、ようやく肩の力を抜き、自分たちに襲いかかってきた猛獣の姿をはっきりと視界に収めた。
まだ幼い少女ながら、その耳は柳葉のように尖った異形の姿。
妖精のような容貌だが、その危険性は見たばかりだ。
ヒューマロット。
反企業組織である彼らにとってみれば、企業支配を支える唾棄すべき存在である。
「カタナシさん、こいつどうします? すぐに殺しときますか?」
『そうだな……』
仲間の問いかけに、カタナシは少し考える。
治安維持部隊は撃退したが、逃がした者もいる。
増援部隊が来るのも時間の問題だろう。
であれば、業腹だが、予定通り隠し通路からの撤退が上策だ。
折角確保した駒だが、使い捨てのヒューマロットが人質として有効に使えるかどうかは怪しい。
そう結論付けたところで、機甲兵のスピーカーから、くぐもった声が漏れた。
『殺せ。ただし、首の後ろについてるサイバネは重要そうだから回収しておけよ』
「了解です。外し方わかんないんで、首ごと引っこ抜いていいっすよね? 誰かナイフ持ってる人いる?」
その呼びかけに、周囲にいた兵の一人がナイフを片手に声を上げる。
「こっちあるけど、ちょっと待ってて。せっかくの大戦果だし、首落とすところ撮影しとこうよ。後でネットに流したら企業の奴らへのいい宣伝になるって」
「急げよ。時間ないんだからな」
その声を、ニコはぼんやりとした意識で聞いていた。
(やはり生存率6パーセントではこうなりますか)
驚くほどのことではない。
概ね予想通りだった。
(経過時間、6分少々。約束まであと4分弱ですが……敵が逃げる前に再突入は間に合うでしょうか)
頭に、光頭の顔が浮かぶ。
正直、不可解な命令や態度が多く、今回の任務を本気で解決する気があるのか怪しいとは思っていた。
一瞬、A.R.E.S.の演算能力を駆使して、就業規則や個体運用約款の穴を探して独断専行できないか考えたりもしたくらいだ。
(とはいえ、あれだけはっきりと命令されれば、逆らうという選択肢はありませんが)
だが、心配はいらないだろう。
ネオンとルミナは、無事に逃走できたはずだ。
そして控えるのは、一部隊が持つには過剰戦力であるアイアン・メイデンを駆るアイリスと――姉であるビャッコ。
(――機甲兵を倒しきれなかったのは残念ですが、ここまで削れれば後は問題ないでしょう)
視界の端に、両手にナイフとカメラを構えて興奮した様子で迫ってくる男の姿が映る。
(あとは、私の生体反応が途絶えたらA.R.E.S.が自壊するよう指令を送っておかないと。あるいは、ウイルスでも仕込んでおきますか。……どちらにしろ、お姉さまとお母さまにメッセージは残せそうにありませんね)
残された時間がわずかだというのに、ニコの思考は静かで、透き通っていた。
これが今の自分の精一杯。
やるべきことは、やったのだ。
任務失敗は悲しい。だが、構うことはない。
駒が壊れたら、責任を取るのは上の仕事――。
(ふむ。時々、労働に関する思考の端々に入り込んでくる、ヒューマロットの
そんな愚にもつかない思考を遮るように、髪の毛が乱暴に掴み上げられた。
引っ張られるまま、細い喉が冷えた空気に晒される。
視界の端で、刃が明滅する照明を鈍く弾いて光った。
(――ああ)
不思議と、恐怖はなかった。
これから起こることも、その先に何が待っているかも、確率という数字の中にとうに織り込み済みだ。
驚くようなことは、何一つ起きていない。
ただ、刃が近づくその一秒にも満たない間に、ニコの電脳の奥底で、何かが小さく軋んだ。
(お姉さまに――)
続く言葉が、形にならない。
伝えたいことがあったのか、聞きたいことがあったのか。
AIでは計算できない自分だけの思考。
その考えが結実できそうにないことだけが唯一の心残りだ。
これが、痛みというものなのだろうか。
撃たれた肩よりも、蹴り抜かれた腹よりも、ずっと深いところにある、名前のない痛み。
(皆様、先に逝かせていただきます――)
ニコが静かに目を閉じようとした、その時だった。
――キンッ。
甲高い音が、鼓膜ではなく、骨そのものを直接叩いたような気がした。
次の瞬間、空気が、空間が、概念そのものが軋む音を立てて、あらゆる音が世界から消え失せた。
光が、来る。
そう認識した時にはもう、瞬きよりも早く、薄暗い工場内部が白一色に塗りつぶされていた。
影という影が消え、輪郭という輪郭が溶ける。
網膜が焼き切れる寸前の白さの中で、反企業組織の誰一人として、指一本動かせなかった。
動いたところで、何の意味もない『現象』だった。
一瞬とも数秒ともつかない光の奔流。
それもやがて終わり、潮が引くように、少しずつ、世界の輪郭が戻ってくる。
その光の束が通り抜けた後は、壁も、床も、宙を舞っていたはずの塵さえも、跡形もなかった。
工場の壁面には、半径一メートルほどの円が、まるで最初からそこに穴が開いていたかのように、綺麗に刳り貫かれている。
熱は、伝わってこなかった。
それどころか、切断面には破片の一つも落ちていない。
融解した壁の断面だけが、まるで熔鉱炉で幾度も焼き直されたガラスのように、鈍く、なめらかに光っていた。
質量が、そこにあった物質が、燃えたのではなく、蒸発したのだ――と、誰かが後になって、震える声で語ることになる。
「……………は?」
誰かが、間の抜けた声を漏らした。
それくらいしか、できることがない。
理解しようとすること自体が、無意味に思えるほどの光景だった。
だが、静まり返った空間に、低いエンジン音が響く。
段々と近づいてくるそれは――。
「ニコ!!!」
まだ別れて一時間と経っていないのに、随分と懐かしく感じる声。
壁にできた大穴から、フロートバイクがフルスロットルで飛び込んでくる。
運転席には、三白眼気味の柄の悪い男。
そして、その後ろに捕まる、白銀の少女が一人。
「助けに来たよ!」
愛しの姉が、戦場に飛んできた。