SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する!   作:宇宙のモナカ

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第110話 命令よりも

時は反企業組織のアジト突入作戦の開始時に遡(さかのぼ)る。

 

『時計合わせ、イチサンゴーハチちょうど。正面配置に付きましたです』

「了解」

 

無線機からどこか背伸びを感じさせるような可愛らしいニコの声に対し、私ことビャッコも他の隊員たちに交じって、短く返答をした。

 

『武力を持って悪事を鏖殺(おうさつ)する』がスローガンの組織にはおよそ似つかわしくない、鈴を転がすような声。

だが、私の声だって大差ないらしいので、端から聞けば、おままごとが力を持つような空恐ろしさがあるんだろうな、と他人事のように思う。

 

「もうすぐ作戦開始ですね」

 

テオ君が眼鏡をくいっとしながらそう言った。

彼は真面目な表情で情報端末を覗きこみながら、せわしなく画面をスクロールさせている。

 

一見忙しそうに見えるが、今回の作戦は同時展開という都合から無線封鎖で進められており、端末に流れてくる数字で変化しているのは時計くらい。

これがネオンであれば、各種ネットワークに勝手に接続して情報を集めてくれるんだろうけど、当然ながら彼にそんなスキルはないので、命令書の文面や敵の予測数を見返しているだけだ。

 

そのことに文句を言うつもりはないけど、行動指針をくれるネオンって思った以上にありがたい存在だったなと思う。

何も知らされずに待ち続けるというのは、どうにも性に合わない。

 

(ニコ達大丈夫かなー……)

 

私は屈伸しながら、配置された暗渠の出入り口を眺める。

当然ながら、今のところそこから敵が出てくるどころか、物音ひとつ聞こえてこない。

 

「ビャッコって意外と落ち着きないよな。ヒューマロットなんて待機命令出たら微動だにせずに突っ立ってるイメージだったけど」

 

そんな呆れたように言ってくるのは、私の部下のアッシュ君。

暗渠(あんきょ)近くの道端で、ご自慢のフロートバイクをカチャカチャといじりながら三白眼気味の鋭い視線をよこしてくる。

 

「ヒューマロットのことをロボットか何かと勘違いしてない? それよりも、一応任務中なんだから集中してほしいんだけど」

「どうやったらこんな細い水路から武装集団が出てくるんだよ。どうせ待ちぼうけするくらいなら有意義に時間を使った方がいいだろ?」

「……もし敵が出てきたら、大事なバイクが蜂の巣だからね?」

 

私の言葉に、アッシュ君は舌を出しながら手をひらひらと振り、作業に戻っていく。

残念ながら私の話を聞く気はないようだ。

 

とはいえ、真面目に待機する気になれない気持ちも分かりはする。

 

作戦書の図面によれば、今回の敵のアジトは化学工場の跡地。

この化学工場の地下には廃液を流し込むパイプが大量に張り巡らされており、目の前の暗渠の出口はそのうちの一つに繋がっているそうな。

人間一人が通り抜けられるサイズではあるので、もしもの時の脱出ルートを抑えるためにもいる意味がないとは言わない。

 

だが、私の義眼の多機能アイで分析したところ、暗渠に取り付けられた鉄格子も堆積した泥も数年単位で触られた跡もなく、人が出入りしている様子はない。

ここにいるのも念のため以上の意味はないだろう。

 

これでモチベーションを高く保てと言うほど、私も鬼じゃない。

 

「作戦、どれくらいで終わるんでしょうね?」

 

そう言うテオ君もどこかのんびりした雰囲気を放っている。

出動する時はあんなに緊張していたのに、外周部配置となった途端これだ。

 

【緊張感を持たせたいのならば、突然CQCでも仕掛けてみればいかがでしょう】

 

そんな悪魔(アレス)の囁きが聞こえるが、部下に嫌われそうなので我慢する。

 

(とにかく、早く作戦が終了しますように)

そんな気持ちを抱えながら、私は暗渠の周りを動物園の熊のようにウロウロするのだった。

そんなこんなで作戦開始からしばらく経過したが、未だに作戦の進捗報告が来ない。

ちょっと長いなとは思ったけど、敵が分散していたり、トラップ解除に手間取っているとしたら許容範囲内。

そう自分に言い聞かせながらの待機だった。

そんな中、突如として腰に付けた通信端末からアラームが鳴り響く。

エルフ耳に優しくない音量に私はびくりと肩を震わせながらも、すぐに手に取って応答のボタンを押す。

「はい、こちらSFTS1005――」

『よかった、ビャッコ!』

こちらのセリフを途中で遮るのは、焦ったようなネオンの声だった。

無線封鎖中なのにどうしたのか、通信するにしても小隊長のニコの方じゃないのはなぜか。

そんな疑問はすぐに次の言葉で氷解する。

『敵が待ち構えてたの! 敵数は六十以上に機甲兵(カタクラフト)もいる! 今、撤退中なんだけど――!』

「なんでそんなことにっ!?」

思わずこちらも大きな声で返答してしまう。

 

敵戦力が倍以上に、想定していなかった機甲兵までいるとなると、予想が外れたなんてレベルではない。

「軽微な仕様変更です」って言われて、納品直前にシステム全部作り直しになるくらいの衝撃だ。

情報をくれた統合監査局が実は乗っ取られてましたと言われる方が、まだ納得できる。

だが、そんな考えを巡らせている余裕は、次の一言で吹き飛んだ。

『私たちを逃がすためにニコが一人で足止めしてるの! あの子は大丈夫って言ってたけど、どう考えても無茶よ! それなのに私じゃ役に立てないのよっ! そんなの――』

言葉が、途中で潰れる。

嗚咽を無理やり飲み込むような、押し殺した呼吸音だけが、しばらく無線越しに響いていた。

彼女だって敵に追い詰められて散々危険な目にあった直後だろうに、その声に滲んでいたのは、自分が助かったことへの安堵ではない。

置き去りにしてきたニコへの、噛み切れない罪悪感の方が、ずっと重く伝わってくる。

どうして、という疑問は収まらないが、すぐに私の覚悟は固まった。

「大丈夫。私もすぐ行くから」

『オペレーティングディレクターから聞いた話だと、十分後に再突入する計画らしいわ!』

「了解、その部隊にねじ込んでもらって少しでも早く先行するよ!」

会話の最中にアレスに試算してもらったが、ニコ一人が機甲兵と敵兵六十人相手に十分持たせるのは正直厳しい。

それは本人だってわかっていただろう。

私は無線を切ると、即座に光頭OD(オペレーティングディレクター)に連絡を入れた。

幸い、ワンコールで直ぐに繋がった。

『今度は誰だ』

「SFTS1005です。部隊再編について意見具申を――」

『どいつもこいつも無線封鎖中の意味を分かっているのか』

作戦開始時の嫌味な様子から打って変わって、苛ついた様子の声を上げる光頭OD。

『どいつもこいつも』とは、さっきニコからの連絡があったことを指しているのだろう。

予想外の敵の数に気が立っているのだろうが、今は遠慮している場合じゃない。

「十分後に再突入すると聞きました。私を再編成部隊に加えてください」

『どこでその話を聞いた』

「今しがた、ネオン隊員から直接」

私の言葉に対し、考えるようなわずかな沈黙が流れる。

そして、光頭ODの口から吐き出されたのは、耳を疑うような内容だった。

『……ふん。十分後の再突入だと? そんなことを言った覚えはないな』

その言葉に嫌な汗が流れるのを感じた。

「光頭ODが、そう指示したと聞きましたが」

『私は再編する(・・・・)とは言ったが、再突入するとは言ってない』

「じゃあ何のための再編なんですか!?」

『ふむ、検討中だな』

こちらの焦りを一切関知しないかのような冷たい言葉だった。

再突入が決まっていないなら、なぜニコには十分と告げたのか。

詭弁としか言いようのない口ぶりに、私のボルテージが上がっていくのを感じる。

「なら、私だけでも行かせてください!」

『駄目だ』

「なぜです! 私が行けば、ニコを助けられます!」

『……いいかね』

光頭の声からは、既に苛立ちすら消えていた。

まるで、物の分からない子供に順序を説いてやるかのような、気の抜けた声色だった。

『今回の作戦は、複数地点での同時進行だ。仮にこの一箇所が失敗したとしても、他の拠点で成果が上がれば、作戦全体としては成功なのだよ』

「それは……」

『そして、この地点の失敗は、統合監査局から上がってきた事前情報との齟齬が原因だ。つまり、情報部門の不備によるやむを得ない損耗として記録される』

私はその言葉に、息を呑んだ。

私は今後の行動の話をしていたはずなのに、なんでこいつは結果の話をしているんだ?

『だがな。ここで戦力の逐次投入を行い、それでもなお失敗した場合はどうなる? その判断を下した私の失点として残る。ここまで言えば分かるだろう?』

「――ですが、残された敵戦力はどうなりますか? このまま放置するつもりですか?」

できるだけ感情を抑えながら、ニコを助ける方に向くように提言を続けるが、それに返す言葉はあっさりとしたもの。

『敵も馬鹿じゃないんだ。こちらが待ち構えていると分かっている正面から出てきはしないだろう。逃げた奴は統合監査局に探させればいい。そうして準備をしっかり整えて、最終的に壊滅に追いやれればいいんだ』

「そんな――」

『それよりも、前にも言ったと思うがね。一小隊長如きがこちらの作戦内容に口を出すな。そんな簡単なことも覚えられないくらい、ヒューマロットの脳みそは機械と規則で一杯なのかね。ああ、回答はいい。頼むから少し黙っていてくれ。培養液臭い息が無線機越しでも漂ってきそうだ』

私は黙った。

反論の言葉が出てこなかったからではない。

手に持った無線機を思わず握りつぶさないようにするのに必死だったからだ。

この男は、最初から最後まで一度も、ニコの生死について語らなかった。

語られたのは、記録と、処理と、責任の所在だけだ。

事件は現場で起こっている。

前世で聞き覚えのある、有名な台詞が脳裏をよぎる。

現場と上層部の乖離を、これほど端的に言い表す言葉もないと思っていたが、まさか情報化の進んだ2155年の未来にまで、こんな言葉が通用する現実が残っているとは。

 

上には上の都合がある。

それは前世の中間管理職だった頃に経験したことだ。

上の立場しか持っていない情報があり、全体的な視点で見れば、部下にとって理不尽なことはある。

だが、都合と、保身は違う。

面子と上の顔色と社内政治にしか興味のない愚物が、どんな組織にも一定数いる。

それを、私は知っている。

こいつは、それだ。

俺(・)が一番嫌いな類の人間だ。

 

「ふぅ……」

 

大きく息を吐いて考えをまとめる。

上司への進言は、簡潔かつ要点を押さえること。

であるなら、言うべきことは一つ。

 

「お前の失点なんて知ったことか!」

 

我ながら、実に簡潔な要点だった。

『お前だと!? 誰に向かって口をきいている! 貴様は――』

「すみません!」

その言葉を遮るように、テオ君が話に割り込んできた。

完全に頭に血が上っていた私は、突然の出来事にあっさりと無線機を奪われてしまう。

呆気に取られる私を他所に、テオ君が話を続けた。

「SFTS1005にはきちんと命令系統を確認し、作戦書を読み込ませますので!」

『……なんだお前は』

「僕はSFTS1005の部下のテオです。後はお任せください! では!」

そう言い放つと、テオ君は一方的に通信を切ってしまった。

「なにするのさ!」

思わず声を上げる私に、テオ君は慌てたように両手を振った。

「すみません! でも、あのまま言い争った挙句に正式な待機命令でも出されたら、小隊長は身動きがとれなくなってしまいます!」

「それは……」

 

【テオ隊員の言い分はもっともです。理不尽であっても命令無視は明確な基準違反で、処分対象になります】

アレスの淡々とした声が、脳内で追い討ちをかけてくる。

分かっている。分かっているが。

「小隊長は、助けに行きたいんですよね?」

「うん。ニコを助けたい」

テオ君の問いに私は即答する。

困ったら助けると約束したんだ。

家族(ニコ)も守れなくて、なにが治安維持だ。

そんなことを考えていると、テオ君の眼鏡の奥で、澄んだ空色の瞳が光った。

そして、彼がおもむろに口を開く。

「わかりました。命令の方は僕がなんとかします」

「なんとかって?」

「なんとかはなんとかです。とにかく、小隊長が大暴れしても責任を問われないようにするのはこっちでしときますから、気にせず行ってきてください!」

 

彼が治安維持部隊の荒事に向かないのは、この2週間教え込んだところで大きく変わることはなかった。

だが、戦う力と、机上で立ち回る力はまるで別物だ。

少なくとも書類仕事にかけては、この2週間で見てきた誰よりも頼りになる男だった。

そんな彼が任せろと言ってくれている。

 

「いいの?」

「いやあ……よくはないですけど、まあ、無茶ぶりは慣れてますので」

そう言いながら、困ったようにへらりと笑うテオ君。

頼りない、なんて言ったら失礼だ。むしろ今は、彼がいてくれて心底助かった。

 

安堵と同時に、私は現在地からの距離を頭の中で計算し始める。

 

「ここから多少距離はあるけど、全力で走れば間に合うかな」

そう思って駆け出そうとしたところで、「おい」とドスの効いた声を投げかけられる。

声の主はもう一人の部下、アッシュ君。

一刻を争う事態ではあるが、私の我儘(わがまま)に巻き込まれている部下を無視する訳にもいかないので視線を向けると、思いのほか真面目な表情でこちらを見ていた。

「お前、本気で行く気かよ。機甲兵とタイマン張ることになるし、助けも来ないかもなんだろ?」

「敵が強いのも、独りで戦うのも、私が行かない理由にならないよ」

 

私の言葉に、アッシュ君は頭をガシガシと搔きながら、決まり悪そうに続けた。

「俺ら治安維持部隊の給料なんて元々安いのに、半分は意味不明な税金で持っていかれるんだ。小隊長様の給料がもうちょいマシだったとしても、命を投げだす額じゃねえだろ? しかも、これからやる特攻(ぶっこみ)は仕事ですらないと来た。無理して行く必要ないだろ」

 

乱暴な口調だが、その鋭い瞳の奥に、こちらの身を案ずるような色を見て取って、私は一瞬言葉に詰まる。

だが、迷いはなかった。

私ははっきりと答える。

「私は行きたいから行く。理由なんてそれで十分だよ」

「はぁ……?」

呆れたような声を出すアッシュ君。

彼を納得させられそうなそれらしい理由は色々あるけど、この単純な衝動以上にはっきりしたものは、私の中にない。

 

私は目の前にある事を全て全力でやりきると決めてこの世界を生きてきた。

何となく生きて、何となく死んだ後悔を、二度と繰り返さないために。

それが命令でも、命令への反抗でも――関係ない。

目の前に助けたい人がいるなら、全力で応える。

ただ、それだけだ。

 

そんな私の返事に、アッシュ君は大きくため息をついて、バイクのエンジンをかけた。

「おいビャッコ。バイクの後ろ乗れ。少しでも早く行きたいんだろ?」

「いいの? 正式な命令じゃないし、危ないよ?」

「お前がどんなにチンチクリンでも、女を一人で行かせるほど薄情じゃねえんだよ」

プイっとそっぽを向きながら、バイクに跨(またが)るアッシュ君。

本当は中身おじさんだから、薄情とは思わなくていいんだけどね。

とはいえ、せっかくの厚意を無下にする理由もない。

ありがたく、後ろに乗せてもらうことにしよう。

 

「二人とも気を付けてね!」

「お前こそ命令の方をなんとかしとけよ!」

テオ君との軽口混じりのやり取りを最後に交わすと、アッシュ君は前に向き直り、エンジンを吹かした。

「飛ばすぞ! 舌嚙むなよ!」

「了解!」

黒光りするフロートバイクは、ハンドルを捻ると同時に唸るような駆動音を上げ、周囲の空気を巻き上げながら宙に浮いた。

浮遊特有の、地に足がつかない頼りない感覚。

その直後に襲ってきた容赦のない急加速に、振り落とされそうになる体を、私は座席にしがみついて堪えた。

自分の足で走るより断然早いし、体力も温存できるので、乗せてもらって助かったなと思う。

そういえばと、先ほどの会話をふと思い出す。

「アッシュ君、さっきの話の中で一個だけ補足があるんだけど」

「あんだよ?」

風圧に押されながら私は大きな声で伝える。

「私(ヒューマロット)の給料は君の額面の90%OFFだ。君の方がお賃金高いよ」

「ひっでぇなあオイ!」

そんな絶叫を響かせながら、バイクは大地を駆けるのだった。

 

 

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