SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する! 作:宇宙のモナカ
私とアッシュ君を乗せたフロートバイクは、荒れた路面を舐めるように駆け抜けていく。
配置されていた
それでも、顔に叩きつける風圧に耐えること数分。
行く手に灰色の巨大な建物が現れ、ぐんぐんとその輪郭を大きくしていった。
私は電脳にアクセスし、アレスに情報を映し出してもらう。
視界に重なるように投影されたのは、工場の構造図。
作戦書の図面にネオンから送られてきた情報が上書きされ、一番広いスペースにニコと敵主力の位置が書き込まれている。
大型の搬送路が集まる、工場の中央の製造ラインがあるホール。
そこが目指すべき場所だ。
「おい、どうする? 正面にバイク回せばいいか?」
エンジン音と風に負けないよう、アッシュ君が声を張り上げる。
「ニコが一人で戦い始めてから5分過ぎてる。正面から突入してる時間はないよ」
目的地は工場の中心部で、正面から入ると距離がある。
バイクで正面ゲートから屋内に乗り入れるわけにもいかないだろうし、たどり着くまでの時間が惜しい。
「じゃあ裏口でも探すか?」
「探してる暇はないし、最短距離で行きたいから
「は? 開けるって、どうやっ――」
アッシュ君の疑問を置き去りに、私は腰の後ろへ手を回した。
引き抜いたのは、ルミナ謹製の愛銃《セラフィム・サーペント》。
研ぎ澄まされた刃物のような銃身が、走行風の中でも鈍い光を返している。
右腕のフォボスに吸い付くように収まったグリップを握ると、側面のラインに赤い光が走り、私の鼓動に合わせて静かに明滅を始めた。
蛇の名を冠するだけあって、その銃口は、獲物を見定めて鎌首をもたげた姿そのままだ。
使うのは、こいつの最終モード。
本来は、
それを入口開けに使うなんて、少々もったいない気もする。
けど、ニコの命と天秤にかけるまでもなかった。
(アレス、『フォトン・パイルモード起動』)
【了解です、マスター】
ルミナから原理は一度聞いている。
光を極限まで収縮させて、結晶化させて――とか何とか言っていた気がするけど、正直、半分も理解できていない。
分かるのは、とんでもない威力のビームが出ること。
そして、一発撃てばセラフィムのエネルギーが空になる、一発きりの最終奥義だということくらいだ。
【フォトン・パイル、起動シークエンスを開始。光子圧縮層、展開します。ネオン隊員の情報から、ニコ隊員の位置を推定。着弾想定区画をホール端部の設備密集エリアに設定。誤射の危険は低いと判断します。収束率、臨界域へ上昇中。結晶化コア、安定を確認。……警告。搭乗姿勢が不安定です。反動演算に誤差が生じ、射線のずれは最大±4度と推定】
実弾を発射する訳じゃないので、威力の割には反動も少ない。
だが、走るバイクの上だと、さすがに姿勢が安定しないか。
私はシートの上で膝立ちになると、胸をアッシュ君の後頭部に押し付け、両腕で彼の頭を挟み込むようにして銃を構えた。
「ちょ、おまっ! 頭になんか当たってるって!」
「当ててるんだよっ! いいから動かないで!」
ああもう、もぞもぞされると狙いづらいし、くすぐったいわ!
私ごときの胸でこの反応じゃ、ルミナの胸部装甲に当たった日には死ぬぞ、君は。
【接触による姿勢補正を確認。射線誤差、0.3度まで低下しました。……非推奨ですが、有効です。チャージ完了。出力、規定値の400%で固定。この一射で、セラフィムのエネルギーは全損します。撃てます、マスター】
「アッシュ君! このまま撃つからバイクまっすぐ走ってね!」
「お、おう!」
私は息を吸い、引き金を絞った。
――世界から、音が消えた。
風を切る音も、エンジンの唸りも、ほんの一瞬、すべてが遠のく。
銃口の先に小さな白い点が生まれ、見る間に針のように細く、鋭く研ぎ澄まされていき――
次の瞬間、視界が白に塗り潰された。
撃ち出されたのは、もはや「ビーム」と呼べるものじゃなかった。
圧縮された光そのものが、杭の形をして一直線に突き刺さる。
右腕のフォボスが、反動を受け止めた。
工場の外壁は、砕けも、爆ぜもしなかった。
光に触れた部分から、まるで最初からそこに何もなかったかのように、ただ消えた。
遅れて、空気が悲鳴を上げる。
押しのけられた大気が衝撃波となって背後から叩きつけ、バイクが大きく揺れた。
光の杭が通り過ぎた後には、半径1メートルほどの円形の穴が、数十メートル奥まで一直線に貫いていた。
縁は、熔鉱炉から出したばかりのガラスのように赤熱し、滑らかに溶けた断面が橙色の残光を引いている。
外壁も、内壁も、その奥にあった設備も。そこにあった質量は、燃えて崩れたのではなく、蒸発していた。
【エネルギー残量、ゼロ。セラフィム、沈黙します】
銃身から赤いラインが消え、愛銃はただの金属の塊に戻る。
ルミナが言っていた通り、今回は銃身こそ無事そうだけど、エネルギー機構のオーバーホールは必要だろう。
ルミナには後でお願いしないとな。
ともあれ、通路はできた。
穴の広さは十分だし、障害物もきれいさっぱり消えたから、バイクで乗り込むのも問題ない。
「ここから一気に奥まで突っ切って!」
「おまっ、なんちゅうもん人の鼻先で撃つんだよ!」
「いいから早く!」
「ああくそ、わかったよ!」
アッシュ君がハンドルを捻り込む。
フロートバイクは、光の残滓が揺らめく穴の中へ、一直線に飛び込んでいった。
溶けた断面から放たれる熱気が頬を焼き、橙色の光が両脇を猛烈な勢いで流れ去る。
出口が、見る間に大きくなっていく。
「ニコ!!!」
穴の中から、私は声を張り上げた。
返事は聞こえない。ただ、光の輪の向こうの薄暗い空間が、ぐんぐんと広がってくる。
フロートバイクがひと際宙に跳ね上がりながら大穴の空いた壁を潜り抜けると、次の瞬間、視界が一気に開けた。
工場の大ホール。
高い天井から吊られたクレーン、床を走る搬送レール、今は空となったタンクが並ぶ巨大な空間で、非常灯の赤が不規則に明滅している。
その中で、アーマーを着込んだ殺意高めの連中が、揃ってこちらを見たまま固まっていた。
奥には、鈍く光る鉄の巨人。
機甲兵は頭部のカメラアイをちらつかせながら、足元を確かめるように後ずさっている。
あれ、こっちのこと見えてない?
【機甲兵、光学センサーに過負荷の痕跡を確認。先ほどの閃光で白飛びを起こした模様。復旧まで、推定20秒】
なるほど、さっきの光で目が眩んでいるらしい。
ついでに命中して吹っ飛んでくれればよかったのだが、ともあれ、今がチャンスという訳だ。
「助けに来たよ!」
私の声に反応して、全員が一斉に振り向いた。
その間にも、私は視線を走らせる。探していた姿は、すぐに見つかった。
ホールの中央。床に倒れた小さな体――ニコ。
その上に、男が一人、馬乗りになっていた。
手に握られたナイフの切っ先が、細い喉元にぴたりと押し当てられている。
(やばい、思ったよりも間一髪じゃん)
背筋が冷えるのを無理やり押さえ込み、私は叫んだ。
「アッシュ君、
「うぉぉぉぉ!!!」
アッシュ君が吠えて、ハンドルを捻り込む。
フロートバイクは、車体の前後に独立した浮上ユニットを持っている。
地面に空気を叩きつけて浮く仕組みで、前後の出力差をつければ、車体の姿勢そのものが変わる仕組みだ。
ちなみに、着地と制動のために、小さな接地ホイールも付いている。
その前側の出力が、一気に跳ね上げられた。
黒い車体の前半分が持ち上がり、ウイリーの姿勢でホールの床を滑るように突っ込んでいく。
持ち上がった前輪が、ナイフの男の顔面を、下からすくい上げるように捉えた。
「ごぺっ!!」
鈍い、嫌な音がした。
男の体はナイフごと宙を舞い、数メートル先の床に叩きつけられる。
バイクの重量と速度が乗った一撃だ。
顎が砕けていてもおかしくない。
だが、アッシュ君はそこで止まらなかった。
今度は前輪に急ブレーキをかけ、同時に後ろの出力を叩き上げる。
前輪が床を噛み、今度は車体の後ろ半分が浮き上がる。
ジャックナイフのように尻を跳ね上げた姿勢のまま、止まった前輪を軸に、バイクがぐるんと回った。
振り回された鉄の塊が、ニコの周囲に群がっていた敵兵を、まとめて薙ぎ払う。
遠心力に持っていかれそうになりながら、私は必死にアッシュ君の腰にしがみついた。
悲鳴と、アーマーの砕ける音が重なる。
一周して止まった時、ニコの周りに立っている敵は、もういなかった。
「アッシュ君ナイス! 続けて牽制よろしく!」
「人遣い荒い上司だぜ!」
文句を言いながらも、アッシュ君は即座にバイクから飛び降りた。
主を失った車体が、ごろりと横倒しになる。
彼は荷台のベルトを引きちぎるように括りつけられていた機関銃を外すと、乱入に驚いて固まっている敵兵たちに向けて、弾をばら撒き始めた。
周囲はよく見えているようで、狙うのは武器を構えた奴や重武装の奴の順番。
無駄弾も少ない。
教育の成果が出ているようで何よりだ。
私は倒れているニコに駆け寄り、抱き起こした。
軽い体が、腕の中でぐったりと沈む。
制服は裂け、肩は血で濡れている。
首筋には、薄く赤い線が走っていた。
刃がもう少しだけ深ければ――という考えを、私は頭から追い出す。
【バイタルを確認。肩部に銃創、貫通はなく、弾丸は肩甲骨付近で停止。腹部に強い打撲、内臓損傷の疑いあり。顔に擦過傷と打撲。首筋の裂傷は表層のみ。出血は多いですが、致命部位への損傷はありません。A.R.E.S.ユニットも無傷です。――重傷ですが、命に別状はありません】
アレスの簡易診断を聞き終えて、ようやく自分が息を止めていたことに気づいた。
長く息を吐き出してから、私は呼びかける。
「大丈夫!?」
ニコの瞼が、ゆっくりと持ち上がった。
どこか焦点の合っていない視線だったが、受け答えはできているようだ。
「……お姉さま、どうしてここに? もう、再突入部隊が来たのですか?」
「再突入作戦がなさそうだから勝手に助けに来たんだよ」
「そんな……なんで私のために」
そう言いながら驚いたように目を瞬かせるニコ。
「言ったでしょ」
私はあんまり使っていない表情筋を総動員して、笑顔に見えるように意識しながら言った。
「助けを呼ばなかったら、飛んでくるってさ」
文字通り飛び込むことになるとは思わなかったけどね。
私は横倒しになったアッシュ君のバイクを起こした。
バイクは多少傷ついたけど、ニコを乗せて逃げることは可能だろう。
だが、あの機甲兵が目を覚ませば、背を向けて逃げる人間を放っておくはずがない。
答えは、ここに来る前から決まっていた。
ちらりと機甲兵の方へ視線を投げた私を、ニコは見逃さなかった。
震える手が地面に転がっていた武器を拾い上げる。
ウリエル・コンダクター。
以前、ニコが博士からプレゼントされた武器だ。
「……残るおつもり、なのですね」
「ニコ……」
「お姉さま、これを。機甲兵相手なら、コアブロックに突き立てれば焼き切れるはずです」
「うん、任せといて」
差し出された武器を受け取る。
私はウリエルコンダクターを腰に差し、ニコの体をそっとバイクに乗せた。
彼女の唇が、何かを言いかけて、また閉じる。
その視線は、私から離れようとしなかった。
横目で、機甲兵のカメラアイを確認する。
ちらついていた光が、少しずつ、安定を取り戻しつつあった。
【機甲兵、センサー復旧まで、残り約5秒】
「アッシュ君! ニコは乗せたから逃げて!」
「おう、ってお前は乗らねえのかよ!」
撃ち続けていた機関銃を抱えたまま、アッシュ君が目を剥く。
「私は
「はぁ!? お前が残ったらここまで来た意味ないだろ!?」
「私は強いから大丈夫だって! ほら、行った行った! 上司命令だよ!」
問答している時間はない。
私はアッシュ君の手から機関銃をひったくると、ホールに向けて適当に弾をばら撒きながら、彼をバイクの方へ追い立てた。
その瞬間、アッシュ君の三白眼がさらに鋭く細められる。
何か言いたげに口を開いたが、それを飲み込むように舌打ちすると、短く言い放った。
「くそっ、お前には言いたいことがあるんだから絶対戻って来いよ!」
それだけ言って、アッシュ君はニコを乗せたバイクのエンジンを吹かした。
言いたいことね。
……やだなあ、また怒られるのかな。
毎回、博士の説教だけじゃなくて、ネオン達からも怒られるのに、ここにアッシュ君も追加されるわけか。
私、一応上司なのに、なんで頑張れば頑張るほど怒られるのかね。
まあ、「帰ったら告白するんだ」なんて死亡フラグの定番に比べれば、お説教の方がまだましかな。
甘んじて受け入れることにしよう。
【機甲兵、センサー復旧。――照準、来ます】
アレスの声と同時に、ホールの奥で、鉄の巨人のカメラアイが赤く灯った。
ぎしり、と首が動く。
向けられた先は、私ではなかった。
走り出したフロートバイクの背中。
機甲兵の手の中では小銃ほどにしか見えない銃が、ゆっくりと持ち上がる。
実寸は人間の背丈に迫る、対人・軽装甲車両用の重機関銃だ。
射線上には、まだ立ち上がれない味方の兵が何人も転がっている。
だが、鉄の巨人は、そんなことを一切気にしなかった。
「やらせないよ!」
私は機関銃を構え、引き金を引いた。
狙うのは胴体じゃない。頭部のカメラアイだ。
人間用の機関銃の弾なんて、機甲兵の装甲には豆鉄砲もいいところ。
けど、目の前で火花を散らされて、平気でいられるパイロットはいない。
装甲の上で、小さな火花が弾けた。
機甲兵の腕が、ほんのわずかにぶれる。
次の瞬間、轟音とともに、鉄の雨が吐き出された。
弾丸はコンクリートの床や壁を抉り、金属製のタンクに当たって火花を散らした。
だが、バイクには当たらない。
着弾の列は、逃げていくフロートバイクの尻をかすめて壁を穿ち、黒い車体は、光の残る穴の中へと飛び込んでいった。
その瞬間、ニコの口から「お姉さま――」という言葉が聞こえた気がした。
けれど、銃声に紛れて、よく聞こえなかった。
穴の奥へ、小さくなっていくエンジン音。
私はそれを見送って小さく息を吐く。
とりあえず、第一目標クリアだ。
あとは残った
私は、改めて機甲兵を見上げる。
すると、外部スピーカーから、くぐもった声が響いた。
『くそ、やっと1匹潰したと思ったら、また次のが湧いてきやがった。だから、企業のヒューマロットは嫌いなんだ』
むう、人をゴキブリみたいに言いやがって。
自分で言うのもなんだが、美少女が次々やってくるんだから感謝しろってんだ。
そう思いつつも、私は声だけでも愛想よく返した。
「まあまあ、そう言わないで付き合ってよ」
言いながら、早くも弾切れになった機関銃を放り投げる。
「
返事の代わりに、周囲の敵が、揃って銃口を私に向けたのだった。