SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する!   作:宇宙のモナカ

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第113話 トカゲの脱出

ピー、ピー、ピー、と、耳元(いや鼓膜の内側だろうか?)でやかましいビープ音が鳴り続けている。

 

(……うるさい)

 

目を開けると、視界の端で赤い警告表示が点滅していた。

天井が、やけに遠い。むき出しになった鉄骨の隙間から、外の光がうっすらと漏れている。

 

【やっと起きましたか。気分はどうですか?】

 

荒廃した光景にそぐわない冷静な声に、私はこれが現実だと気づき、電子執事(アレス)に今の状況を確認することにする。

 

「……おはよう、アレス。ここどこだっけ?」

【先ほどまで戦闘を行っていた、工場の作業ホールです。意識消失から、約2分が経過しています】

 

その言葉で、記憶が一気に繋がった。

機甲兵、崩れた床、男の笑み、そして閃光。

 

首を巡らせて、周囲を見る。

さっきまで配管とタンクが立ち並んでいたホールは見る影もなかった。

 

天井は半分ほど抜け落ち、折れた梁が斜めに垂れ下がっている。

壁は崩れ、潰れたタンクの隙間から白い蒸気が漏れ、あちこちで火花が散っていた。

床下の穴からパーツの断面を覗かせているのは、先ほどまで戦っていた機甲兵(カタフラクト)だろうか?

上半身が吹き飛んでいるせいで、すぐには分からない状態だった。

 

【最後に機甲兵のパイロットが胴体に巻いていた爆弾を起爆し、そのまま機甲兵の装備していたミサイルランチャーに誘爆していたようです。また、爆破の具合からして、工場内の基礎部分に爆弾をしかけていたものと推測されます】

「追い詰められたら自爆か。覚悟決まりすぎだろ、まったく」

 

私は舌打ちしながら、頭を振った。

 

反企業組織なんてピンキリだから、そのモチベーションは結構差があるのだが、今日捕まえようとしたパラノマニアとかいう組織は、気合の入っている方だったみたいだ。

戦う身としては勘弁してほしい。

 

それにしてもだ。待ち構えていた人数の差といい、機甲兵が配備されていたことといい、いざという時の自爆の準備まで整えていたことといい、用意周到すぎる。

情報が漏れていたのか、最初から間違っていたのか。

 

それを問い詰めるためにも生け捕りにしたかったのだが、こうなっては電脳の一欠片も残っていないだろう。

そこらへんに転がしていた歩兵も、この様子だと生き残ってないだろうなあ。

 

「とにかく脱出しないと」

 

体を起こそうとして、ようやく気づいた。

左足が、動かない。

嫌な予感がしつつ、視線を下げる。

 

「げ、やっぱりか」

 

私の視界に映るのは、左足の上に横たわる太い鉄骨。

膝から下が完全に下敷きになっており、気のせいかもしれないが、なんかおかしな方向に曲がっているような……。

 

幸か不幸か、不思議と痛みはなかった。

まだ先ほどまでの戦闘の興奮で感覚が鈍っているのかもしれない。

 

【崩落した梁が左足を直撃したようです】

「見れば分かるよ。動けそうにないし救助を待ったがいいかな?」

【先ほどから建物の崩落が進んでいますので、早めの脱出を推奨します】

「そう言われても、これどうしたらいいのさ」

 

試しに鉄骨を持ち上げようとしてみる。

サイバネアームの静音モーターが唸りを上げるほど力を込めてみるものの、びくともしない。

 

ならばと、幸運にも手元に残っていたウリエル・コンダクターに装着されたルクス・エッジの光刃を起動し、鉄骨に当てる。

 

「お、意外といけそうかな?」

 

ジジジ、と低い音を立てながら青白い刃が火花を散らして、鉄骨に数センチ食い込んだ。

だがその途端、頭上から細かい瓦礫がばらばらと降ってきて、天井全体が不吉に軋む。

 

【切断を中断してください。この梁に別の柱の荷重が掛かっているようです。このまま切断すると崩落が加速する恐れがあります】

「……みたいだね」

 

私はため息をついて刃をしまう。

あと残ってる手札と言えばフォボス・オーバードライブぐらいだが。

 

【あの熱量なら一瞬で鉄骨を焼き切れるかもしれませんが、負担が大きすぎます。この場から動けなければ結果的には生き埋めですね】

「ですよねー」

 

あれもダメこれもダメでいやになる。

納期も人手もなにもかもが足りないプロジェクトのような手詰まり感。

あの時は、身を切ってなんとか解決したが、今回ばかりは……。

 

(ん? 身を切る?)

 

その言葉で、頭に一個だけ方法が思いついた。

でも、正直、気が乗らない。というか嫌だ。

 

(昔、そんな手段で脱出するサスペンス映画見た時は、あれするくらいなら自分は死ぬなとか思ったもんだけどな)

 

そう考えてみるが、状況が変わることもなく。

一瞬、助けが来る方に賭けてみるかという考えが頭をよぎったが、先ほどからパラパラ落ちてくるコンクリート片を見ると、それが砂時計の砂のように見えてきて、あまり分(ぶ)がいいとも思えなかった。

 

「ああ嫌だ嫌だ。任務は達成したし、もう一回転生する方に賭けてみるのもありかも」

 

なんて呟いてみたり。

 

ネオン、ルミナ、アイリス、ニコ、JKや第2小隊の皆、白鷺博士にテオ君にアッシュ君、他にも出会った人たちの顔を順番に思い浮かべる。

自惚(うぬぼ)れかもしれないが、多分みんな少しは悲しむ気がする。

それにまだ話したいことや、やってみたいこともたくさんある。

 

あとは、まあ仕事だ。

私がいなくても回るだろうけど、死んだ人の引継ぎは面倒だろうし、なにより私自身、まだまだやりたいことも、やるべきこともある気がする

 

私がこの1年弱で払ってきたコストは、簡単に捨てるにはあまりにも惜しい。

これでも、今の人生をそれなり以上に気に入っているのだ。

 

ふぅとため息を一つつく。

 

「というわけで覚悟完了っと。アレス、左足の止血と鎮痛を全力でお願い」

【……結局こうなりますか。承知しました。血管収縮と鎮痛ホルモンの分泌を始めます】

 

数秒で、左足がじんと痺れ、感覚が遠のいていく。

長時間正座をして痺れる感覚が一瞬できたような不思議な感覚だった。

 

ルクス・エッジの光刃を起動させた。

幸い、これなら一瞬で終わる。

のこぎりやはさみなんかと比べると万倍ましだ。うん。

 

「よし、……せーのっ!」

 

私は挟まれている左(・)足(・)に(・)光(・)刃(・)を(・)一(・)気(・)に(・)押(・)し(・)込(・)ん(・)だ(・)。

 

「――ッ!!」

 

ジュ、という音が聞こえた。

 

痛いんだか熱いんだか、感覚が混線しててよく分からない。

だだ、刃の熱が肉の中を一直線に走り抜けていく感触だけがやけにはっきり分かった気がした。

光刃によって焼かれた足から、焼肉のようないい匂いがするのが気持ち悪い。

意識の端が白く霞みかける。

 

思えば、肉体が欠損するのは2回目の経験なのだが、残念ながら慣れるということはないようだった。

 

(だけど、あの時に比べれば全然ましだな)

 

以前、違法生体パーツ工場で右手を落とされた時は、あっという間のことだったなと思い出す。

今回は止血も鎮痛も事前に済んでいる。

少なくとも、覚悟する時間があった分だけ楽だ。

 

「――……ぷはぁっ!」

 

刃が通り抜けた瞬間、私は止めていた息を吐いた。

 

今まで散々、撃たれたり爆発で吹き飛ばされたりレーザーで炙られたりロボットに殴られたりしているのに何を今更と思われるかもしれないが、自分で自分を傷つけるというのは、やはり覚悟の種類が違う。

私個人的には切腹で死ぬとかはできる気がしない。

 

そっと体をよじると、わずかに血が飛んだ。

血管は絞られていて、切り口はルクス・エッジの熱で灼かれている。

出血は思ったよりずっと少なかった。

そして、先ほどまでの圧迫感がなくなるのを感じる。

 

「体は、動くな……」

 

ちゃんと体が前に進む。

トカゲの尻尾切りを自切(じせつ)というそうだが、私がやったのはまさにそれだ。

これで右足も挟まれてましたとかだったら絶望したかもしれないが、幸いにもうまくいったようである。

 

「んしょ、んしょ、んしょ」

 

ウリエル・コンダクターをベルトに差すと私は全身を使って少し前に進んでみる。

うん、これならいけそうだ。

 

視線を下に向けると、鉄骨の下に見慣れた靴を履いた左足が残されていた。

膝から先だけが、まるで他人のもののように静かに転がっている。

 

「……今までありがとね」

 

とかなんとか言ってはみたものの、今は感傷に浸る暇はない。

ここで止まっていたら頑張った甲斐がないとばかりに私は前に進んだ。

 

普段の訓練時ならゴキブリ並みのスピードで出来る匍匐前進も、今やカタツムリ程度の速度がせいぜい。

体の一部が喪失したばかりでバランスも悪いし、体力も尽きかけてるので仕方ないといえる。

 

それでもなんとか前に進めたのは、無駄に出力の高い右腕のフォボスのお陰だ。

指と肘のトルクが私の思考通りに動いてくれるので、ほぼ右手だけを使って体をずらしながら移動する。

 

苦労しながら進むこと数メートル。背後で空気が震えた。

 

ゴゴゴゴゴ、という地鳴りと、鉄骨が悲鳴を上げて折れる音。

さっきまで私が寝ていた場所に、天井の塊がまとめて落ちてきた。

 

轟音とともに、粉塵が舞い上がる。

振り向くと、残された私の足はもう見えなくなっていた。

さっきの天井から落ちてきた破片は冗談でもなんでもなく、タイムリミットを示していたらしい。

あとわずかでも悩んでいたら今頃――。

 

「あっぶな……。ギリギリセーフ」

 

冷や汗が背筋を流れる感覚に硬直していると、脳内に冷たい声が響いてきた。

 

【急いでください。まだ崩落は続きます】

「重傷人のご主人様に対してもう少し優しくしてくれない?」

 

私が危機一髪に震える暇もないのかと文句を言うと、それに対する相棒の返答はシンプルなものだった。

 

【優しくないのは私ではなく環境です。死人になって構わないのならごゆっくりどうぞ】

「私のAIが容赦ない……」

 

ブツブツ言いながらも反論の言葉も浮かばず、必死で体を動かし続けることにした。

 

 

私は精一杯頑張った。

しかし、爆風で吹き飛ばされた衝撃で痛む体は思うように動いてくれない。

 

「ふっ、ふっ、ふっ……」

 

私の吐息だけが虚ろな空間に響いているようだ。さっきまで走り回ってた空間が今は無限に感じる。

 

瓦礫を迂回し、隙間を潜り、また這い進む。

降ってくる破片が背中で跳ねて転がる。

右腕のモーター音だけが耳に響く。

出口の光が、まだひどく遠い。

指先に力が入らなくなる。

息が浅い。肘が滑る。

視界が暗くなる。

あと、少し。

前へ……

……

 

『小隊長!!』

 

聞き覚えのある声がホールに響き、暗闇に沈みかけた意識が急に戻った。

危ない、どうやら意識が落ちかけていたようだ。

 

幻聴が聞こえたのかと思いつつ、ノロノロと顔を上げる。

 

ドンッ!

 

今度は気のせいではない、はっきりとした音だった。

唸るような駆動音と、何かが壁を叩く重い衝撃。一度、二度。

 

三度目で、壁が爆ぜた。

 

吹き込んだ外の光が、粉塵の幕を切り裂く。

その光の中を、巨大な影が突き抜けてきた。

 

スラスターの青い炎が床を舐め、鋼の脚が瓦礫を踏み砕いて着地する。

衝撃でホール全体が揺れ、天井から、ひときわ大きなコンクリートの塊が剥がれ落ちた。

 

真下にいるのは、私だ。

 

避ける力は、もう残っていなかった。

落ちてくる影を、ただ見上げることしかできない。

 

その影に向かって、漆黒の右腕が突き上げられた。

 

杭打ちの轟音。

パイルバンカー、串刺し公(ツェペシュ)の一撃が、塊の芯を正確に撃ち抜く。

私を押し潰すはずだったコンクリートは、頭上で粉々に砕け散り、きらきらと光る霧雨になって降り注いだ。

 

粉塵が、ゆっくりと晴れていく。

 

そこに立っていたのは、先ほど戦った無骨な機甲兵とはまるで違う、ドレスを纏ったような優雅なフォルムの巨人だった。

漆黒の装甲が、差し込む光を受けて鈍く輝いている。

 

第3小隊の最終兵器。アイアン・メイデン。

 

『あなたのアイリスが今、到着しましたわ!』

 

外部スピーカーから、場違いなほど高らかな声が響き渡った。

 

(……来てくれたんだ)

 

張り詰めていたものが、ふっと緩む。

私は瓦礫の上に頬をつけたまま、ようやく、長い息を吐いた。

 

アイアン・メイデンは私を見つけると、巨大な鋼の掌がゆっくりと私の体の下に差し込まれ、割れ物を扱うような繊細さで持ち上げる。

 

目線が高くなると同時に、外部スピーカーから、割れた音声が溢れた。

 

『あ、あ、あ、あぁぁぁ! 私がいながらこんなことになるなんて! すみません小隊長……』

 

私の足がないのに気づいたのだろう。拡声器越しの泣き声が、崩れかけたホールに反響する。

心配してくれるのは嬉しいが、声がでかすぎてちょっと耳が痛い。

私は少しでも安心させようと、上半身を起こしてアイリスに声をかけることにした。

 

「まだちゃんと意識もあるし、大丈夫だよ。でも、来てくれて助かった。正直もうだめかと思ったよ」

 

ロボットアニメの主人公のようなフォルムのアイアン・メイデンの顔に話しかけると、赤いカメラアイの向こうにあるアイリスと目が合った気がした。

そして、スピーカーの奥からは『っ、ふぅぅぅ~』と安堵とも緊張ともつかない吐息が漏れるのが聞こえてくる。

 

私は自分が乗せられた鋼の手のひらを気安く叩く。

 

「ところでアイリスはどうしてここに? ネオンからなんか聞いたの?」

『ええ。多分、小隊長に救援要請した後くらいに私にも連絡がありましたの』

 

なるほど、そこはネオンのことだから抜かりなかったらしい。

『ですが』とスピーカーから歯ぎしりするような音が響く。

 

『現場にいた他の部隊の人達から勝手に行くなと押し問答になりまして……』

 

アイリスは確か、裏口から続くルートの待ち伏せ部隊にいたか。

他にも配置されているメンバーもいたから、そちらさんと揉めていたのだろう。

 

『工場が爆発して現場が混乱した隙に来ましたけど。こんなことになるなら問答無用で蹴散らせばよかったですわ……』

「私が言うのもなんだけど、そんなことばかりしていると指名手配されるよ?」

 

ちょっと前に味方をボコボコにした経歴があるので、あんまり無茶しないでほしいところではある。

でも、こうやって来てくれたことだし、後でちゃんと労ってあげないと。

 

そんなことを考えていると、頭上の梁がまた大きく軋む音がした。

どうやらのんびりと話している場合じゃないようだ。

 

「とりあえず、話の続きは外でにしようか」

『お任せください!』

 

アイアン・メイデンが、私を抱えたまま、ぐるりと向きを変える。

その左腕のガトリング砲が、正面の壁に向けられた。

 

次の瞬間、耳をつんざくような連射音とともに、壁が見る間に削り取られていく。

コンクリートが粉になり、鉄筋が千切れ、巨大な穴が口を開けた。

 

工場の崩落は一際激しくなるが、スラスターを吹かしたアイアン・メイデンはそれを顧みることなく、一直線に駆け出していくのだった。

 

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