SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する! 作:宇宙のモナカ
目の前の景色がビュンビュン切り替わっていき、やがて眩しい光が顔を照らす。
長いこといた気がするが、突入からするとそんなに時間は経っていなかっただろう。
私はアイアン・メイデンに抱えられ、ようやく暗い工場から脱出することができた。
背後で轟音とともに工場の残りの部分が崩れ落ちていく。
粉塵の向こうに、治安維持部隊の車列と、ずらりと並んだ隊員たちの姿が見えた。
皆、一様に目を丸くしてこちらを見上げている。
まあ、突入部隊にいなかったはずの私がボロボロになって出て来たのだから驚くのも無理ないだろう。
『早く担架を!』
アイアン・メイデンの外部スピーカーが周囲の空気を震わせた。
隊員たちがばたばたと動き出す。その人波をかき分けて見慣れた二つの影が走ってきた。
ネオンとルミナだ。
アイアン・メイデンが片膝をついて高さを合わせてくれたところで、私は力の入らない右手でなんとかピースサインを作ってみせる。
「敵の
そんな私の言葉に、ネオンは顔をくしゃくしゃにしてこちらを見下ろしてくる。
いつものクールビューティー然とした表情は崩れ、頬には幾筋も涙の跡が残り、息をするたびに肩が震えている。
美人は怒るのと迫力があるが、泣いている時も迫力があるんだなあとぼんやりした頭で考える。
なんだか見てはいけないものを見てしまった気分だ。
「ごめんなさい、私がビャッコに頼ったばかりに……」
言葉を詰まらせながらも謝ってくるネオン。
任せてしまった手前、責任を感じているようだが、今回ばかりは私の油断でこうなってしまったところもある。
敵パイロットが下りてきた時点で容赦なく腕だけでも切り落としていればこんなことにならなかったと思うと、反省することしきりだ。
(もっとも、容赦なくそんなことできるかは別として)
私は努めて明るく振る舞いつつ、ネオンの肩を叩く。
「いいっていいって。私が行かないとニコも死んじゃうところだったし」
「……ええ、そうね」
目元をぬぐうネオンを、しばらく眺め、少し落ち着いたところで私は周りを見回した。
「ところでニコは?」
「目つきの悪い第5小隊の人がバイクで白鷺博士のところへ連れて行ったみたいよ」
その言葉に私は頷きながら安堵の息を漏らす。
目つきの悪い第5小隊の人といえばアッシュ君のことだろうが、彼がそのまま運んでくれたのなら心配ないだろう。
私もこのまま搬送されるだろうし、ニコに会うのはまた後になるかな。
そう思いつつ、ベルトに差していたウリエル・コンダクターを抜き、そっと持ち上げた。
「これ、後でニコに返さなきゃな。お陰で敵も倒せたし、脱出もできたし」
「脱出も?」
「うん。瓦礫に足挟まれて身動きとれなかったんだけど、これで切らなかったら今頃潰れてるところだったよ」
その言葉を聞いて、ネオンは私の切断された足と武器を見比べながら、目頭を押さえる。
「……それは喜ぶべきか悲しむべきか微妙なところね」
「そう?」
その言葉に私はこてんと首を傾けた。
私はニコを助けて、ニコの武器は私を助けた。だからプラマイゼロで気にしないで、と伝えたかったんだけどな。
まあ、言い方は追々考えるとしよう。
さて、お次は先ほどから私の平たい胸に顔を埋めてひっく、ひっくとしゃくり上げているルミナの相手をしないといけないだろう。
私が優しく赤毛の頭を撫でると、ルミナがゆっくりとその顔を上げた。
案の定というか、大きな瞳からは大粒の涙をぽたぽたと流している。
普段から表情豊かな彼女なので、ネオンの泣き顔よりは違和感がないが、それでも同じくらい申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
なんか最近泣かせてばかりだなぁと思っていると、ルミナが瞳を潤ませながらも口を開いた。
「ビャッコちゃん、なんですぐそんな傷だらけになるのぉ~!」
それは、私も知りたい。
……なんて、口に出せる空気じゃないことくらいは分かる
「心配かけちゃってごめんね」
そう声をかけると、ルミナは少し落ち着いたように首を上下に動かすのだった。
さて、こんな状況で非常に心苦しくはあるのだが、ルミナには一つお願いしないといけないことがある。
見えている地雷に足を乗せるのは気が乗らないのだが、このまま病院直送される前に処理する必要があるだろう。
私は恐る恐る切りだすことにした。
「その、言いにくいんだけど。左足用の新しいサイバネ、作ってもらってもいい、かな?」
前回の音響兵器の時に怒られたことはまだ記憶に新しい。
重度のメカフェチなのでサイバネ化はいつでもウェルカムだと思っていたが、そんなこともなかったようなので、彼女にも何か線引きはあるのだろう。
今回は自切したわけだけど、これに装着するのは、セーフか否か。
正直、斬ると決めた時、右腕みたいになんとかなるだろうという考えが頭をよぎらなかったというと嘘になる。
確信犯だろと言われると否定が難しい。
これで断られたら困るなと思いながら反応をうかがうと、ルミナは目をごしごしとこすりながら顔を上げた。
「もちろんだよう! ちゃんと強くてかっこよくて完璧な足作ってあげるから!」
その勢いに、私は思わず胸をなで下ろす。
これで私も引き続き治安維持部隊でお仕事を続けられそうだし何よりである。
そんな話をしているところで、担架がようやく到着し、私の体をゆっくりと乗せ換えてくれる。
敵も倒したし、アフターケアの手配も済んだし、これで後顧の憂いもなく病院送りになれる。
後はいつもどおり入院中に読む電子書籍の用意でもするかと思ったその時だった。
「なんだありゃ?」
徐々に近づいてくるエンジン音に私を運んでいた隊員が視線を向けると、そこには一台の装甲車が担架の行く手を塞ぐように滑り込んでくるではないか。
スモークガラスで中の様子はうかがえず、黒い車体は戦闘車両とは思えないほど、ワックスでピカピカに磨き上げられている。
周囲を気遣う様子もない荒っぽい運転に、進路上にいた隊員たちは慌てて飛びのく。
正直、治安維持部隊のエンブレムが付いていなければ、ヤクザの討ち入りかと思うところだ。
明らかな高級車然とした見た目に皆が身構えると、その扉が乱暴に開き、中から一人の男性が降りてきた。
「SFTS1005はここかぁっ!!」
そんな事を言いながら、痩せぎすの男が肩を精一杯いからせ、気炎を上げている。
あまり人の顔を覚えるタイプではないが、その荒涼とした頭皮に神経質そうな顔はさすがに忘れようがない。
つい先ほど無線機越しに口論になったオペレーティングディレクターの
そういえば、もう一つ地雷処理が残っていたのを思い出す。
一難去ってまた一難というやつか。
(多分、作戦もほぼ終わったから、気に入らない相手に直接怒鳴りこみに来たってところか。…………暇なのかな?)
そんなことをつらつら考えていると、銀縁フレームの奥で輝く鋭い視線と目が合ってしまう。
私のことをばっちり認識した光頭は鼻息荒くこちらへ歩み寄ってくる。
「貴様、あれだけ言ったのに勝手に出撃したようだな!」
唾がかからんばかりの距離感と剣幕に、私は思わず前世を思い出す。
あの頃は人を怒鳴ることが趣味みたいな上司がいたので、こんなの日常茶飯事だったなと懐かしい気持ちになる。
まあ、前にも言ったとおり、私の方が生物としてのスペックが圧倒的に高いので特に怖いと思うこともないのだが。
あの腕、アイリスやネオンよりも細いんじゃなかろうか。
意外とフィジカルエリートなうちの子らと比べるのも可哀そうな話かもしれんけど。
「敵は残らず殲滅しました。報告書と顛末書は後で提出します。勝手な真似をしてしまい、すみませんでした」
私は担架の上から、できるだけ穏やかに答えた。
通信機越しに話をした時はぶん殴ってやろうかくらいの気持ちだったものだが、今の私は凪の状態だ。
適度に暴れてガス抜きできたし、怒るほどの元気が残っていないのもある。
まあ、お前のミスを全部巻き取って解決したんだから感謝してほしいとは思っているけど。
とはいえ、命令を無視して出撃したのも事実だ。
結果を出したところで、手続きの上で悪いのは私の方で、ここは私が頭を下げておくのが筋なのだろう。
ミスをしたのは向こうなのに、こちらが折れないといけない。
この理不尽な構図も、前世で嫌というほど味わったものだ。
感情と理屈は切り離して行動しないといけないのが、社会人のツライところである。
だが、私のそんな内心を見透かしたわけでもないだろうが、私の精一杯の謝罪が気に食わなかったようで、光頭の鋭い目がキラリと光る。
「命令も聞けん、口の利き方も知らん。……ああ、そうか。そもそも壊れているのか」
光頭は、いいことを思いついたとばかりに薄く笑った。
「ヒューマロットは管理上、備品だ。動作不良を起こした備品は処分して構わんな」
そう言いながら、わざとらしくゆっくりと腰のホルスターから拳銃を抜き、銃口を担架に向けてくる。
私を撃つのがそんなに嬉しいのか、怒りと嗜虐が同居する嫌らしい表情を浮かべる光頭。
その様子に、周囲の空気が凍りついた。
そんな渦中に置かれた私の心境はと言えばだ。
(拳銃ちっさ。私、ナノスキンアーマーあるから7.65ミリの拳銃弾くらいじゃビクともしないんだけど)
といったものだった。
多分、彼も備品一つ一つのスペックまで把握できていないんだろうが、これでは処分どころか破損も怪しい。
そう思うと、この状況はずいぶんと間抜けに見える。
(まあ上司に小突かれたと思って、痛そうなふりでもしたら満足してくれるかな)
だが、そんな呑気なことを考えているのは、どうやら私だけだったらしい。
誰もが嵐が通り過ぎるのを待つように固唾を飲んでいる。自分が巻き込まれるのだけはごめんだと。
ネオンとルミナでさえ、半歩踏み出した足を止め、どう動けば私を助けられるか必死に考えているようだった。
その沈黙を破ったのは、頭上で鳴った重い駆動音だった。
担架の上に、ふっと影が落ちる。
見上げると、アイアン・メイデンの巨体が、ゆっくりとこちらに身を乗り出していた。
『なにするんですか無礼者! 仲間を救出した小隊長を処分しようとするとは恥を知りなさい!』
外部スピーカー越しの怒声が、びりびりと空気を震わせた。
アイアン・メイデンから降りていたら、こうはいかなかったかもしれない。
だが、愛機に乗った時のアイリスは凶暴だ。
両腕の武器を向けない程度の理性は、かろうじて残っているらしい。
その代わり、鋼の巨体がずずいと前に出て、拳銃と担架の間に割り込んだ。
光頭の手の中の小さな拳銃では巨人に無力だと、さすがの光頭も理解したらしい。
「ぐっ……」
いくら権力があろうとも、分かりやすい暴力には弱いらしい。
光頭はぎくりと、ハンガーのようななで肩を震わせた。
見上げるほどの圧力を前に、銃口がじりじりと下がっていく。
やがて光頭は、それをごまかすように周囲の隊員たちの方を振り向き、精一杯の大声を張り上げた。
「おい、お前ら! こいつらを取り押さえろ!」
そんな命令に、周囲の隊員たちは顔を見合わせたまま動かない。
曲がりなりにも目の前にいるのは敵を倒して戻って来た仲間だ。
しかも、大怪我をして担架に乗せられた少女という、いかにも手を出しにくい形をしている。
光頭が勝手にやる分には黙っているが、自分でやるとなると話は別だ。
それに何よりも、その後ろに控える黒鉄の巨人は、手を出したらタダじゃおかないと剣呑な空気を放っている。
誰かが動けば一気に血みどろの現場になりかねない。
そんな嫌な沈黙が現場を支配した。
(これ、とりあえず5,6発私を撃って手打ちにしてください、という訳にはいかないよなぁ……)
私が空気を読んで黙ってどうしたもんかと思っていると、割と鋭敏な聴覚がパタパタという足音を捉えた。
徐々に近づいてくる足音の主は、のんきな声を伴って私たちの前に姿を現した。
「すいませーん、遅れました……って、これどういう状況ですか!?」
人垣をかき分けて来たのは、ずれ落ちそうな眼鏡を掛け直す第5小隊隊員のテオ君だった。
ここまで走って来たのか額に汗をにじませながら、身を縮こまらせつつ私たちの前に歩いてくる。
そんなおどおどした姿に目を付けた光頭が、振り上げた拳の下ろす先が見つかったとばかりに怒鳴り声を上げる。
「貴様はなんだ!?」
「あ、僕はビャッコ、――SFTS1005小隊長の部下のテオです。さっき無線機でお話した――」
「このガキに説明すると言ってた隊員か! 貴様もなにをしていた!?」
言いやすい相手には元気いっぱいな光頭。
その剣幕にたじろぎながらも、テオ君は携帯端末を操作しながらおずおずと前に出た。
「すいません。でも、ちゃんと小隊長に任務を説明しようとしたところ、このとおり現場に行かせる正式な命令書が出てきまして……」
テオ君が端末を叩くと、ホログラムの命令書が空中に浮かび上がった。
光頭の眼前に掲げられたそれには、簡潔な一文が記されていた。
『SFTS1005は統合監査局兼務職員の権限を以て、特定指定反企業組織パラノマニアの拠点調査を命ずる。 統合監査局特務監査室長』
そんな命令書には、ご丁寧にも偽造防止のための電子印章が押されているではないか。
光頭は慌てて自分の端末を取り出し、命令書のチェックをすると、それが間違いないことを確認したようで、呆然とした表情で呟く。
「こんな馬鹿な命令書が出るはずがない……」
「でも、ここにある訳ですし……」
私は、担架の上で首を傾げた。
当然だけど、あんな命令書は見たことも聞いたこともない。
(アレス、あれなに?)
【……あの短時間で発行されたとは思えません。ですが、電子署名、書式、タイムスタンプ、署名鍵の有効性、いずれの検証を通してもエラー検出なし。……どのように用意したのでしょう】
珍しい。アレスが、本気で困惑している。
こんな声は、なかなか聞けるものじゃない。
私はテオ君を見た。
彼は、一瞬だけこちらにウインクをして、すぐに光頭へ向き直る。
「命令書が出ている以上、従うのが規則ですから。僕はただのヒラ隊員ですし、こういう時は書類が全てです」
腰は低いが、その言葉は堂々としたものだった。
光頭の顔が赤を通り越してどす黒く染まり、口がぱくぱくと開いたり閉じたりを繰り返している。
どうやればこの場で自分の面子を保てるのか考えているのかもしれない。
だが、なかなか言葉が出てこないのを見かねたのか、周囲を囲んでいた隊員の一人がおずおずと手を挙げた。
「あの、俺らもう下がってもいいすか……?」
光頭は親の仇でも見るような目でその隊員をにらみつけると、
「言わんでもわかるだろっ! 少しは考えろっ!」
と怒鳴りながら、すねを蹴り上げた。
だが、相手はパワードアーマーを着ているので、効いている様子もない。
それがさらに気に障ったようだが、もうできることもないのか、光頭はくるりと背を向け、ずかずかと装甲車へ戻っていった。
乱暴に扉を閉め、来た時と同じように傍若無人に走り去っていく。
まさしく、災害のようなムーブだった。
「なんだったんだ、あれ……」
誰かが小さく呟くが、それに答えられる者はこの場にはいない。
やがて、金縛りが解けたように現場の隊員たちはそれぞれ後片付けや撤収準備を始めていく。
ちらほらと「お疲れ様」とか「災難だったな」と同情的な声をかけられるが、やがてそれもなくなったところで、私は担架の上からテオ君に声をかけることにした。
「ありがとう、テオ君。助かったよ」
「いえ、それほどでも、……って足無くなってるじゃないですか!? 早く病院行ってください!」
そういえば、私は重傷だったね。
私を担架で運ぼうとしている隊員が「まだ行かないのかよ」と困ったような表情をしているのに気づき、私は頭を下げつつテオ君たちに手を振ることにした。
「色々聞きたいこととかあるけど、詳しくはまた今度でいいかな?」
「はい、……次に会う時はもう部下じゃなくなってるでしょうけど」
そう言って、彼は少しだけ寂しそうに笑った。
そうだ。小隊長としての臨時勤務は、今日で終わりなんだった。
最後の最後で大変な目に遭ったが、ともあれ、彼の上司である日もこれで終わりというわけだ。
(とはいえ、もう会えない訳でもないし。怪我が治ったら慰労会でもしよう)
そんなことを考えながら、私は輸送車に運び込まれた。
後部ドアが閉まると、外の喧騒が嘘のように遠ざかる。
サイレンの音と、規則正しいエンジンの振動。小さな窓の向こうを、中層の街並みがゆっくりと流れていく。
気が抜けたところで左足の痛みを感じて、これが幻肢痛ってやつなのかと不思議な気持ちになる。
今日一日でずいぶんいろんなことがあった。
朝、第5詰所に出勤した時には、こんな結末になるなんて思ってもみなかった。
ニコを助けて、機甲兵と戦って、足を一本置いてきて。
それでも、ちゃんと帰ってこられた。
まぶたが重い。
エンジンの振動が、ゆりかごのように体を揺らす。
こうして、長かった第5詰所小隊長の最終日が終わったのだった。