SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する!   作:宇宙のモナカ

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第12話 嘆きのドール

スラムの洗礼を退けた俺たちは、さらに街の深部へと足を踏み入れた。

 

聞き込み、現場検証、随時更新されていく統合監査局のデータの確認。

それらをこなしていくうちに、徐々に俺たちの行くべきルートが絞られていく。

 

時折、端末に手を走らせるネオンとA.R.E.S.から提示される情報を統合すると、どういう理屈かわからないが、次の犯行予測地点が絞り込まれていったのだ。

 

「すごいね、お姉ちゃん」

「…………ゴホン。犯罪心理学のプロファイリング・データと照合すれば、一見無秩序な犯行にも必ず『法則性(バイアス)』が生じるものよ。完全なランダムなんてあり得ないわ」

 

目指すは、絞り込んだエリア――『第4廃棄化学工場跡地』だ。

 

だが、現場に到着した俺たちは、その光景に思わず足を止めた。

そこは、鉄とコンクリートの墓場だった。

崩れかけた壁、迷路のように入り組んだ配管、そして不法投棄された資材の山。

隠れようと思えば、軍隊一つ隠せるほどの複雑な構造が、視界の限り広がっている。

 

「……ここから探すの? 広すぎるでしょ」

 

ルミナが呆れたようにぼやく。

確かに、闇雲に歩き回れば日が暮れるどころか、夜が明けてしまう。

A.R.E.S.のセンサーも、スラム特有の違法電波やノイズに阻まれて、広域探査には向かない。

 

「手分けして探すのは危険ね。……なら、文明の利器を借りましょうか」

 

ネオンはそう言うと、懐から携帯端末を取り出し、何やら高速で入力を始めた。

 

「借りるって、何を?」

「空を見て」

 

ネオンが指さした先。

澱んだスラムの空を、いくつかの小さな光点がブンブンと羽音を立てて飛び回っている。

さっき屋台の店主が言っていた、『統合監査局の調査ドローン』だ。

 

「せっかくお偉い監査局様が捜査網を敷いてくれているんだもの。思う存分、手を貸してもらいましょう」

「えっ? ちょ、ネオンちゃん? 貸してもらうって、あのドローンは使わせてもらえないでしょ?」

「データの一部を参照する権限はあるんだもの。そこから辿れば本体の操作権限も奪えるわ」

「あれのセキュリティレベル、相当なものだよ? それに勝手にハッキングなんて……」

 

ルミナが慌てるが、ネオンは涼しい顔で端末を操作し続ける。

画面には、幾重にも重なるコードと、「ACCESS DENIED(アクセス拒否)」の文字が表示されているが、ネオンの指先が動くたびに、それが次々と緑色の「GRANTED(許可)」に変わっていく。

 

「いいのよ。畑違いの捜査を手伝えなんて言ってきたのは、向こうなんだから」

 

ネオンは不敵に笑うと、エンターキーを強く叩いた。

 

「――リソースの有効活用よ」

 

瞬間、ネオンの端末から浮かび上がった空中ディスプレイに、上空からの鮮明な映像がいくつも展開された。

サーモグラフィー、暗視モード、高解像度ズーム。

スラムの上空を飛ぶ十数機のドローンの視覚情報が、すべて彼女の手のひらに掌握されたのだ。

 

「すごい……全部乗っ取っちゃった」

「感心してる場合じゃないわよ。ルミナ、画像処理ソフトを回して。条件はフードを被ったヒューマロット、そして、その歩行パターンよ」

 

空中から写された映像にはいくつかの人影が浮かび上がる。

廃墟のように見える工場跡地だったが、不法滞在者の住処になっているのか、意外にも人影は多かった。

その一つ一つにチェックがかけられ、『NO MATCH(不一致)』の文字が浮かび、次の画面に切り替わる。

 

「あ、ネオンちゃん! これ!」

 

ルミナが指さしたウィンドウの一つに、赤い警告枠が表示された。

廃工場の奥、崩れた壁の陰を、ふらふらと覚束ない足取りで歩く影。

 

【WALKING PATTERN MATCH:98%】

 

「見つけた。座標、北側搬入口付近!」

「遠いわね……。急ぐわよ!」

 

ネオンの鋭い号令と共に、俺たちは走り出した。

俺は心の中でネオンの手際の良さを称賛しつつ、その背中を追った。

 

 

座標の地点に近づくにつれ、周囲の静寂が深まっていく。

ただ、風に揺れるトタン板の音だけがカタン、カタンと響いている。

その時だった。

 

「…………ウ、ゥゥ…………」

 

微かに、何かが漏れ聞こえてきた。 風の音ではない。

もっと有機的で、哀れな響き。嗚咽だ。

 

俺たちは顔を見合わせ、音のする方へ気配を殺して近づいた。

崩れかけたコンクリート壁の隙間から建物に侵入する。

ドローンが追跡したのはここまでだった。

 

薄暗い建物の中。

埃っぽい空気に交じって、濃い血の匂いが漂ってくる。

 

そして、そこに一体のヒューマロットがうずくまっていた。

 

「……ウゥ……イヤ……タスケ……テ……」

 

祈るような声の前には惨劇が広がっていた。

 

浮浪者と思しき被害者が横たわり、その腹部には刺し傷と血だまりができている。

その犯行を作ったであろうヒューマロットは傷口に指を突っ込むと、その深紅に染まった指を壁に這わせる。

 

『権 利 を』

 

「……!」

 

間違いない。犯行メッセージと同じ印刷されたような筆跡だ。

ネオンが息を呑みながらも、銃口を向ける。

 

「動くな! その場に伏せなさい!」

 

鋭い警告音。

その声に反応して、ヒューマロットがビクッと肩を震わせ、ゆっくりとこちらを振り向いた。 返り血に染まった顔。

外見は線の細い青年型だ。

その瞳からは、ボロボロと大粒の涙が溢れ出していた。

 

「……ウゥ……タスケ……テ……」

「え……?」

 

ネオンの指が引き金にかかったまま止まる。

想像していた凶悪犯ではない。

目の前にいるのは、自分のしたことに怯え、子供のように泣きじゃくる被害者の姿だった。

 

「ワタシ……ヤりタク……ナイ……!」

「待って、あなたは……」

 

ネオンが動揺し、わずかに銃口を下げた、その瞬間だった。

 

――ヒュン。

 

モーションゼロ。

泣き顔のまま、青年の身体が弾かれたように飛び出した。

右手には、被害者の血で濡れたサバイバルナイフが握られている。

 

「ネオン!」

 

俺が叫ぶより早く、ルミナがネオンの前に体を滑り込ませると左腕に装着したリングのボタンを押した。

ブゥンという低い音ともに出現したのは青白い光の障壁――簡易エネルギーシールドが展開される。

 

バチィンッ!!

 

金属とエネルギーが衝突する激しい火花。

ルミナの対応は完璧だった。だが、相手の力が異常すぎる。

シールドごとルミナの体が吹き飛ばされそうになる。

 

「くっ、重っ……!」

「ごめんっ! 油断した!」

 

俺は二人の間に割り込むと、青年のナイフを腕ごと強引に蹴り上げた。

 

「ガァァァッ!」

 

青年は獣のような咆哮を上げ、体勢を立て直すことなく再び突っ込んでくる。

その瞳孔は開ききり、涙を流しながらも殺意だけが暴走している。

 

(速い……! リミッターが外れてやがる!)

 

俺は迎撃の構えを取った。

相手は凶器を持った殺人鬼だ。ここで無力化するしかない。

A.R.E.S.の演算が最適解――「右腕の破壊および頸椎への致命的打撃」を弾き出す。

 

殺してしまうかもしれないという恐怖はA.R.E.S.が吸い取るが、じんわりとした『やだなぁ』という気持ちが湧き上がる。

だが、仲間が殺されかけたんだから、こっちだって容赦するわけにはいかないだろう。

 

「ここで終わらせる!」

 

俺が拳を握りしめ、踏み込もうとした瞬間、背後から悲鳴のような声が響いた。

 

「待ってビャッコ! 殺さないで」

「えっ!?」

 

ネオンの声だ。

 

「その人は操られているだけかもしれない! 確保して証言を聞き出さないと……真相が闇に葬られるわ!」

「…………っ!!」

 

俺は寸前で拳を止め、繰り出されたナイフを紙一重で回避した。

「壊さずに制圧する」。 口で言うのは簡単だが、リミッターの外れたヒューマロット相手にそれは、難易度が桁違いだ。

 

シュッ、シュッ、シュッ!

 

目に見えない速さでナイフが振るわれる。

俺はそれを、首をひねり、半歩下がり、受け流して凌ぐ。

 

「ウゥ……コロ……シタク……ナイ……!」

 

青年は泣きながら、正確無比に俺の急所を狙ってくる。

その矛盾した行動が、俺の思考処理をじわじわと蝕んでいく。

 

(セラフィムを取り出す暇もない!)

 

服の下にセラフィムを隠しているとばれるかもと、ルミナのリュックに入れさせてもらっていたのが裏目に出た。

素手で取り押さえるにも、さっきのチンピラとは大違いの動きに手加減する余裕もない。

 

『警告:脳内神経伝達物質の過剰分泌。バイタル低下』

 

A.R.E.S.の無機質な警告音が脳内に響く。

長時間の戦闘モード、それも「手加減」という高度な並列処理。

生身の俺の脳みそが、悲鳴を上げ始めていた。

 

「ぐっ……」

 

ガスマスクの下、鼻からツーっと温かいものが流れ落ちる感触があった。

鼻血だ。 視界がわずかに明滅し、平衡感覚が揺らぐ。

 

(ヤバい、体が……!?)

 

「ウゥ……イヤァァァアアア!!」

 

一瞬の隙。 青年のナイフが、俺の眼球へと迫る。

 

「しまっ――」

 

避けられない。俺が腕一本くらいの犠牲を覚悟して体をひねった、その時だ。

 

――ダダダダダッ!!

 

乾いた銃声が連射され、廃ビルの中に轟いた。

マズルフラッシュが薄暗い空間を切り裂く。

 

「ギャッ!?」

 

目の前の青年の肩と太ももが弾け飛び、その身体が勢いを失って地面に転がった。

ナイフがカランと乾いた音を立てて落ちる。

 

「……え?」

 

俺は荒い息を吐きながら、銃声のした方へと視線を向けた。

硝煙の向こう、入り口を塞ぐようにして立っていたのは、武装した男たちだった。

 

「おっと、大丈夫だったかい? お嬢さんたち」

 

リーダーらしき男が、アサルトライフルを構えたまま、親しげな笑みを浮かべて近づいてくる。

腕には『自警団』と書かれた腕章。

 

「危ないところだったな。そのポンコツはもう手遅れだよ」

 

男はそう言うと、まだピクピクと痙攣し、うわ言のように助けを求めている青年の頭に、冷徹に銃口を向けた。

 

「待って! まだ息が――」

 

ネオンの制止も虚しく。

 

ズドン。

 

トドメの一撃が、青年の思考回路を永遠に沈黙させた。

涙に濡れた顔が砕け散り、ただの肉塊へと変わる。

それはあまりにもあっけない、そして慈悲のない「処理」だった。

 

「…………」

 

突然の出来事に、周囲が凍り付いたような静寂に包まれる。

廃墟には俺たちと、この男たちしかいない。

硝煙の臭いと、鉄臭い血の匂いだけが漂っている。

 

男は俺たちの横を通り過ぎると、動かなくなったヒューマロットの残骸を、爪先で無造作に蹴った。

まるで、道端のゴミか、壊れた家電製品を確認するかのような手つきだ。

 

「……なぜ撃ったの? 拘束すれば、まだ話を聞けたかもしれないのに」

 

ネオンの声が低い。

拳が白くなるほど強く握りしめられ、怒りを必死に押し殺しているのが分かる。

だが男は悪びれもせず、大げさに肩をすくめた。

 

「話? 無理無理。こいつは頭がおかしくなってた欠陥品だ。見つけ次第『処分』しねえと、俺たち人間が襲われる。……現に、あんたたちも危なかっただろ?」

 

男はニヤリと笑い、仲間たちに死体の処理を指示しながら言った。

 

「俺たちはここいらの巡回をしていた自警団だ。こういうのを処理するのも俺らの仕事なのさ」

 

その言葉にネオンは唇を噛みしめ、ふと俺の方を見た。

そして、ハッと息を呑んだ。

 

「ビャッコ、あなた……鼻血が」

 

その言葉に俺は悪いことが見つかった子供のように体をビクリと震わせる。

 

(やべ、こっそり鼻血を袖で拭ってるの見られちゃった)

 

ネオンが慌ててハンカチを取り出し、俺の口元に手を差し伸べる。

彼女の指先が、俺の冷たい汗と温かい血に触れた。

 

「ごめんなさい……私が無茶を言ったばっかりに。こんな……」

 

彼女の声が震えている。

自分の命令のせいで俺に負担をかけ、その結果、犯人も救えず殺されてしまった。

その責任を感じているのだろう。

 

俺はネオンの手の上から、自分の手を重ねて首を振った。

 

「いいよ。……ネオンの判断は間違ってなかった」

「え?」

「生かして捕獲する。それが唯一、真相を知るチャンスだった。……残念ながら、対象は死んでしまったけど」

 

俺は悔しさを噛み殺して、ヒューマロットの死体の方を睨んだ。

その時、ネオンの瞳が鋭く細められた。

彼女の視線が、リーダーと思しき男の胸元にあるペンダント――手と丸い耳を組み合わせたような意匠――に釘付けになっている。

 

「……あのマーク」

 

ネオンが俺だけに聞こえる微かな声で呟く。

 

「『人類純化連盟』……。反ヒューマロット団体の過激派のものよ。どうしてこんなところに……」

「そうなの? よく分かるね」

 

その俺の言葉に、ネオンはハッとしたような顔を一瞬したが、すぐに真剣な表情に戻っていった。

 

「治安維持部隊のデータベースに載っているのを見たことがあるの」

「そうなんだ」

 

さすがネオン。勉強熱心だ。

今回の知識面ではすっかり、ネオンに頼りきりになっている気がする。

 

すると、今度は携帯シールドをしまいながらルミナが俺たちのそばに駆け寄ってきて小声でいう。

 

「ねえ、ビャッコちゃん。あいつらの方から変な電波出てるのを私の探知機がキャッチしてるよ」

「……どういうこと?」

「詳細はわからないけど、出ている電波はゴーストジャック系だから電脳に干渉するものだね」

 

その言葉に、俺の中で黒い確信が生まれた。

 

(……そういうことか)

 

ここまで怪しさ満点ならアレスなしの俺でも気づく。

組織的な背景があり、ヒューマロット排斥の正当性を主張している。

 

ネオンの手が、俺の肩をギュッと掴む。 彼女も気づいたようだ。

だが、ここで銃を抜くのは得策じゃない。

まだ証拠が足りない。

 

男たちのリーダーが、死体の処理を終えてこちらに向き直った。

その目は、俺たちを値踏みするように細められている。

 

「しかし、どうしてお嬢さんたちはこんなところにいるんだ? 観光って場所じゃねえぞ」

 

俺が身構えた瞬間、ネオンはすっと表情を崩した。

先ほどまでの冷徹な気配が嘘のように消え、困り果てたような弱々しい笑みが浮かぶ。

 

「……実は、被害者の親族からの依頼で犯人を捜していたんです」

「親族?」

「はい、実は被害者の一人の家族が上層階の住民で、私たち何でも屋に犯人の手がかりを追ってほしいと依頼があって。でも、まさかこんなところで遭遇することになるなんて……」

 

ネオンは声を震わせ、俺を抱き寄せて「怖かったわね」と演技をした。

俺もとっさにそれに合わせるようにしてコクリと頷いた。

 

リーダーの男は、しばらくネオンの顔をじろじろと見ていたが、やがて獲物を見つけた肉食獣のような笑みを浮かべた。

 

「なるほど、探偵ごっこか。……まぁいい。ここじゃなんだ、俺たちのアジトに来るといい」

 

男が手招きをする。

 

「そこなら安全だ。温かいスープと、安全な寝床を提供してやるよ。……俺たちはヒューマロットに職を奪われた可哀想な連中の保護もしてるんだ」

 

「……ありがとうございます。助かります」

 

ネオンが深く頭を下げる。

ルミナも怯えたフリをして俺の後ろに隠れたが、その目は油断なく男たちの装備を観察していた。

 

――そうして俺たちは、英雄気取りの悪党たちに導かれ、自らの足で虎の穴へと踏み込むことになった。

 

(……覚えとけよ、三文芝居の役者ども)

 

俺はガスマスクの下で止まらない鼻血をペロリと舐めると、破壊された青年の残骸に心の中で詫びた。

 

(そこがお前らの、悪事の終着点だ)

 

俺たちは警戒を解いたフリをして、男たちの背中について歩き出した。

スラムの闇の奥にある、彼らのアジトへと向かって。

 

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