SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する!   作:宇宙のモナカ

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第16話 たった一つの果たされた約束

重い瞼を持ち上げると、そこには見慣れた無機質な白い天井があった。

 

(どこかで見た天井だ……)

 

俺はぼんやりとした頭を抱えながら、「んんっ」と感覚を確かめるように体を伸ばす。

右手はどうやら固定されているようで動かないが、左手は目の前に動かすことができた。

 

細く、白い。

爪の先まで透き通るような、見慣れた小さな子供の手。

けれど、あの時と違うのは、無垢だったその肌に、激戦の証である擦り傷と、かさぶたが刻まれていることだ。

 

自然と手が胸元へと伸びる。

薄い手術着越しに触れたそこには、あの時と同じ控えめな、けれど確かな弾力が、トクリと鼓動を打っていた。

 

もはや驚きはない。

ただ、指先に伝わる吸い付くような柔らかな膨らみと、皮膚の下の熱っぽい温もりが、俺が生きていることを艶やかに教えてくれていた。

 

(幸い2回目の転生ではないみたいだな)

 

ツンとくる消毒液とオゾンの混じった無機質な匂いと、微かな駆動音。

そこは、ちょっぴり懐かしいヒューマロット管理施設の医務室だ。

この世界で最初に見た光景。

 

【メモリチェック……クリア。バイタル・スキャン……心拍、血圧、正常値へ移行中。痛覚遮断レベル……50%へ低下。――おはようございます、マスター。生存を確認しました】

(アレス、おはよう)

 

もう慣れた脳内に響くアレスの声を聴くと、ようやく戻ってきたって感じがする。

と、そんなところで、氷のように冷ややかな声が降ってきた。

 

「……気が付いたか、SFTS1005」

 

視線を横に向けると、白衣を纏った女性――この世界で最初に会った人物である博士が、腕を組んで俺を見下ろしていた。

前と同じく白衣の下にぴったりとしたボディスーツという謎の恰好。

相変わらず、銀縁の眼鏡を通したその表情には感情の色が見えない。

 

「えーっと……? おれ――じゃなくて、私、どのくらい……」

「丸二日だ。オーバーヒートによる脳内素子の焼き付き寸前。右腕の筋肉断裂に全身の神経系の損傷。よくもまあ、あんな無茶な使い方をしたものだ」

「……すみません」

「君の体には多くの企業資産が投資がなされている。自分ひとりのものと思わず、――少しは大事にするように」

 

博士は呆れたように溜息をつくと、手に持っていた端末に何かを入力した。

 

「全治一週間。培養ポッドであらかた回復したから、あとは自然治癒で治すしかないな。その間の業務は免除とする」

 

人権意識が薄いヒューマロットに病休があるとは思わなかった。

素直な驚きだ。

 

「えっ、免除ですか? でも、報告書とか……」

「全て却下だ。壊れかけの道具に用はない。……さっさと寝ていろ」

 

博士はそれだけ告げると、踵を返して部屋を出て行く。

その背中は相変わらず冷たく、厳格そのものだ。

 

ウィン

 

静かな音がして、スライドドアから博士がいなくなると、また部屋には静寂が戻ってきた。

 

「……でもまあ、治るみたいでよかったよかった」

 

お仕事頑張ったら労災も下りるだろうし、こうやってのんびり寝られるし、怪我はちゃんと治してもらえるし、お得ではないだろうかという思考が頭をよぎる。

右手に視線を送ると、腕のところに青白く発光する半透明のギプスのようなものが巻かれている。

後で知ったが、これは修復用のナノマシンで構成された修復用ゲルギプスというらしい。

指先から先は露出してひんやりとした空気を触っているが、ギプス部分はむず痒いような不思議な感覚だ。

しかし、ふと俺は自分の右手に違和感を覚えた。

感覚の戻り始めた指先に、奇妙な「温もり」が残っている気がしたのだ。

ギプスの中の生暖かさとは違う、柔らかくて、どこか安心するような熱。

 

(…………?)

 

まさか、この冷徹な博士が、俺が目覚めるまで手を握ってバイタルをチェックしていた――なんてことがあるはずもない。

俺は首をかしげながら、その温もりが急速に冷めていくのを感じていくのだった。

 

 

博士が去った後の病室は、時間の流れが止まったように静かだった。

窓がないため、今が昼なのか夜なのかも判別がつかない。

 

「……暇だ」

 

俺は天井のシミを数えるのを諦めて、小さく呟いた。

前世であればスマホを取り出してSNSをチェックしたり、動画を見たりできたのだろうが、今の俺にはそんなガジェットはない。

A.R.E.S.に頼んでネットサーフィンでもしようかと思ったが、【療養中は外部ネットワークへの接続が制限されています。大人しく寝てなさい】と冷たく返されただけだった。

 

「とことん管理されてるなぁ……」

 

俺は動く左手で、サイドテーブルに置かれた水差しを取る。

コップに注がれた水面が、わずかに揺れている。

あの激戦が嘘のような静寂。

ガイルの叫び声も、パワーローダーの駆動音も、ここには届かない。

ただ、生きているという実感だけが、コップを持つ手の震えとして残っていた。

 

そんなこんなで療養すること数日。

 

ギプスもとれてあとちょっとで退院できるといったところでやっと他人の声を聞く機会が来た。

 

「ビャッコ!」

「ビャッコちゃん!」

 

そんな騒がしい声をあげて二人が飛び込んできた。

ネオンとルミナだ。二人とも俺と違って大きな怪我はないようで、俺はホッと胸を撫で下ろした。

 

「二人とも、久しぶり」

「よかった……! 面会謝絶が解除になったって聞いて、業務終了後にすぐに来たのよ」

「ごめんね……。私の作った武器の反動のせいで腕も痛めてたよね?」

 

二人がベッドの脇に駆け寄ってくる。

俺は全身のぎこちなさに顔をしかめつつ(A.R.E.S.のせいで無表情だろうが)体を起こした。

 

ふと、ネオンの顔を見ながら、彼女の泣き顔を思い出す。

普段の冷静な表情からは想像もつかない、悲しそうな顔と涙の温かさ。

 

「? どうしたの? 体が痛む?」

「……いや、なんでもない」

 

心配そうな表情を浮かべるネオンに俺は首を振った。

泣き顔は意識が朦朧とした俺の勘違いかもしれないし、わざわざ言うことも思いつかなかったからだ。それよりも聞くべきことがある。

 

「……ところで事件はどうなったの?」

 

そんな俺の疑問にネオンが表情を引き締め、懐から取り出した端末を俺に見せてくれた。

 

「ニュースを見て」

 

画面には、スラム街の様子を伝えるニュース映像が流れていた。

キャスターが淡々とした口調で原稿を読み上げている。

 

『――先日、第4区画のスラム街にて発生したヒューマロットによる連続殺人事件は、統合監査局のヒューマロット捜査員の迅速な対応により犯人逮捕となりました。原因は違法投棄された機体の整備不良によるものと見られ、潜伏していた工場跡地では大規模な調査が行われています……』

 

画面には、規制線の前で整列する統合監査局のヒューマロットたちが映し出されている。 俺たちの姿はでてこないし、ガイルの「ガ」の字も出てこない。

ましてや、「人間による違法改造と殺人教唆」なんて事実は、欠片も語られていなかった。

事実を知る俺は小首をかしげながら聞いた。

 

「……どういうこと?」

「隠蔽されたのよ。企業上層部によって」

 

ネオンの表情が悔しそうに歪む。

 

「ヒューマロットが改造されて人間を襲った、なんてスキャンダルは、企業にとって都合が悪いもの」

 

たかだか反ヒューマロット団体ごときがサクラデバイスコーポレーションの誇るヒューマロットのプロテクトを突破して、いつでも連続殺人鬼を作り出せるようになったということよりは、エラー品が1体出たという方がよっぽどマシだという判断なのだろう。

それに続くようにルミナがため息をつく。

 

「公式発表では『整備不良による事故』。それを『統合監査局のヒューマロット』が解決した、というシナリオだってさ。……名前はニュースに出てないけど、一応公式記録ではビャッコちゃんが統合監査局に兼務してた体で犯人逮捕したことになるみたいだよ」

「……そうなんだ」

「あとで注意があると思うけど、ビャッコちゃんも外で本当のこと話しちゃだめだよ。守秘義務違反は即、拘束刑だからね」

「わかった」

 

俺は頷きながら、ふぅとため息をつく。

未来になれば人間は少しは進歩するかと思ったけど、やっぱり大人の事情とかいった、世に陰謀の種は尽きない、ということなのだろう。

 

「でも、ガイルは捕まったんでしょ?」

「ええ、監査局に引き渡したわ。あいつは予想通り反ヒューマロット団体のメンバーで間違いなかったみたい。企業にたてついた以上、一生檻から出てこられないでしょうね」

 

俺はその言葉に頷く。

事件が隠蔽されたからと言って真犯人まで野放しということはさすがにない様子にほっと一息ついた。

 

「それで、ガイルの背後にいた『スポンサー』についてなんだけど」

 

ネオンが声を潜める。

 

「統合監査局の徹底的な尋問が行われたみたいだけど、今のところ本人の証言や残された施設からは足取りは追えてないみたい」

「……ネオンちゃん、また統合監査局のデータベースに潜ってたの? あんまり危ないことしちゃだめだよ?」

 

呆れたようなルミナの声。

ネオンはあれからも独自に事件の調査をしていたらしい。

この子の天職は治安維持部隊ではなく、統合監査局ではないだろうかと、あの射撃シーンを思い浮かべながら考えた。

いや、なんかやらかして左遷されていたんだっけこの子。

 

「ガイルへの資金提供ルートを洗ってみたんだけど……途中でダミー会社を経由していて、完全に断ち切られていたわ。トカゲの尻尾切りってやつね」

「……用意周到」

「ええ。ガイルはただの末端。本命はもっと上……おそらく、このスラムを利用して何か『データ』を集めていた連中がいる」

 

ネオンの瞳が鋭く光る。

ただの暴走事故として処理された裏には、もっと巨大な闇が蠢いている。

俺たちが倒したのは、その巨大な怪物の足の小指にも満たない存在だったのかもしれない。

 

「ま、今はこれ以上考えても仕方ないけどね」

 

ネオンはパチンと手を叩くとすぐにいつもの調子に戻り、肩をすくめた。

深追いは危険だ。

特に、今の俺たちのような立場では。

 

ネオンが今度は明るい表情で言った。

 

「あの施設の話だけど、あそこにいた浮浪者たちは散り散りになったけど、被害者のヒューマロットたちは企業が回収して情報収集がてら再生治療を受けられるそうよ。それだけが救いね」

 

その言葉に俺は、心の中で笑顔を浮かべる。

あの涙を流していた彼らが、もう二度と無理やり戦わせられることがないなら、俺がぶっ倒れるまで働いた意味もあったというものだ。

胸の奥がじんわりとした充足感で満たされていくようだった。

 

「納得いかないなぁ……」

 

そんな俺の満足げな気持ちとはよそに、ルミナが頬を膨らませて不満を漏らす。

 

「あんだけ頑張ったのに、結果は逮捕1名という扱いなんだもん。本当だったら局長賞と金一封くらいもらってもおかしくないくらいの功績だったはずなのにさ」

「ふふ、そうね」

 

ネオンが優しく微笑み、俺を見た。

 

「でも、そうね。折角がんばったのだもの。ビャッコが退院したら、行きましょう。美味しいものでも食べに」

 

俺はこの任務が始まる前にルミナが「とっとと終わらせて、美味しいものでも食べよっか」と言っていたことを思い出す。

 

(部下から食事に誘われるなんて、初めての経験だな)

 

やっぱり全力で頑張るというのはいいことだ。

こうやって楽しいことだってあるんだから。

 

「こうやって大怪我してまでビャッコは頑張ったのだもの。……私が奢るわ」

「やった! じゃあ私何食べようかな~!」

「ルミナは自腹でしょ」

「えー!? 私も頑張ったのに!」

「それを言うなら私も頑張ったわ」

 

二人のやり取りを見て、俺は思わず吹き出しそうになった。

残念ながらその笑顔は無粋なA.R.E.S.によってガードされてしまったが、心の中ではとても穏やかな気持ちでいられている。

外の天気すらわからない病室だったが、俺には今、ここが一番明るい場所のように思えた。

 

「……了解。楽しみにしてる」

 

俺は枕に頭を沈め、深く息を吐いた。

長い事件が終わった。

体はボロボロで、闇に葬られるような戦いだったけれど、この疲れ心地は悪くない。

 

次に目が覚めたら、何を頼もうか。 そんな平和な悩みを抱きながら、俺は再び泥のような眠りへと落ちていった。

 




最近、誤字報告の機能に気づいて一気に修正しました。
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