SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する!   作:宇宙のモナカ

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第22話 継ぎ接ぎの城

第41管区・地下鉄遺構の調査任務が始まってから、一週間が経過しようとしていた。

俺たちの日常は、ある一つの「巨大な障害物」によって、奇妙な閉塞感に包まれていた。

 

「……ねえビャッコ。私、もう限界かもしれない」

 

夜も更けたブリーフィング前。 詰所の休憩スペースで、ネオンが死んだ魚のような目でコーヒーカップを握りしめていた。

彼女の目の下には、コンシーラーでも隠し切れない濃い隈ができている。

いつもは完璧にセットされている艶やかな黒髪も、今日は心なしかあちこち跳ねている気がする。

 

あれから事件が解決するまで俺たちは詰所に泊まり込みで勤務を続けていた。

日中の勤務もあるし、4人で交代で仮眠をとりながらの交代制勤務である。

俺としてはヒューマロット寮に帰ってもすることがあるわけでないし、詰所には簡易シャワーと自室よりも広い仮眠室まで完備しているので割と快適に過ごせているのだが、ネオンにはすこしきつかっただろうか。

俺としては宿直手当と深夜労働手当も出るので気分はホクホクなのだが、みんながみんなそうとは限らないだろう。

部下のメンタルケアも上司の仕事と、少し心配しながら尋ねる。

 

「どうしたの、ネオン。仮眠が足りない?」

「誰のせいで眠れないと思ってるのよ!」

 

ネオンがバン!とテーブルを叩く。

その衝撃でカップのコーヒーが少しこぼれたが、彼女は気にする様子もなく、整備ドックの方角を指さした。

 

「あの『引きこもり姫』のせいよ! さっきの仮眠時間中も、ドックの方から『ガシャン! ギギギ……』って地響きみたいな音が聞こえてきて、目が覚めちゃったのよ! 一体中で何やってんの!? 一人運動会!?」

 

(ああ、あれか)

 

俺は心の中でため息をついた。

ネオンの言う通り、詰所横のドックでは4mの巨人が今日も異様な存在感を放っており、気にしないようにと思っていても、たまに聞こえる駆動音や地響きが俺たちの意識をとらえて離さない。

 

「あー……まあ、ずっと同じ体勢じゃエコノミークラス症候群になるし、機体を動かしてストレッチでもしてるんじゃない?」

「機体でストレッチすんなって言ってんのよ! 振動がこっちまで響くの!」

 

俺はイライラしているネオンを必死になだめるしかない。

 

黒鉄アイリス。 彼女はあれから一歩も、愛機『アイアン・メイデン』から降りてきていない。

食事も睡眠も、すべてあの鋼鉄の「殻」の中で済ませているのだ。

俺が毎日差し入れている食事(サンドイッチや栄養ゼリー)は、翌朝には綺麗になくなっているから、生きていることだけは確かなのだが……。

トイレはどうしてるんだろう。

たまに機体がいないタイミングがあるので、外でしてきているのだろうか。

そこまで徹底して姿を見せないことになにか理由があるのか気になるところではあるが……。

 

「私はむしろ、中がどうなってるのか気になって夜も眠れないよぉ……」

 

そこへ、もっと重症な顔をしたルミナが、フラフラと現れた。

彼女の手には、整備用タブレットと工具箱が握りしめられているが、その視線は恋する乙女のように熱っぽく、かつ変態的にドックの扉を見つめている。

 

「ねえビャッコちゃん……。あの子、いつになったら整備させてくれるのかなぁ?」

「ルミナ、落ち着いて。無理に開けようとしちゃダメ」

「だって! あの機体、絶対におかしいんだもん!」

 

ルミナが身を乗り出して力説する。

 

「昨日、隙間からこっそり排気ダクトの成分分析したんだけどね、冷却水の成分が3種類も混ざってるの! 純正のクーラント液に、工業用の廃油、それになんと食用油まで! 意味わかんないよ! それでなんでエンジン動いてるの!? エンジンがかわいそうだよぉ! 中を開けて洗浄してあげたいよぉ! ねえ、ちょっとだけ! ボルト一本外すだけでいいから!」

「やめなさい。機甲兵のボルト一本外して何になるのよ」

 

ネオンが呆れたようにため息をつく。

不眠症の副官と、整備狂いのメカニック。 そして、殻に閉じこもった問題児。

俺は中間管理職の悲哀を噛みしめつつ、「誰か俺のメンタルケアしてくれないかなぁ」と心の中で呟いた。

 

「とにかく、今日も地下調査。今日こそはもう少し奥まで進みたい」

「……あの子が弾切れを起こさなきゃね」

 

ネオンの皮肉は、悲しいかな的を射ていた。

 

 

地下30階層。 湿った空気と闇が支配するコンコースに、今日も爆音が響き渡る。

 

ズガガガガガガッ!!

 

『そこよ! ステップが遅くてよ!』

 

アイリスの『アイアン・メイデン』が、襲い掛かってきた警備ロボットの群れを蹂躙していく。

優雅で、圧倒的で、そして無駄が多い。

彼女は自分の火力に絶対の自信を持っているのか、とにかく「過剰」に攻撃を加える傾向があった。

 

「アイリス、弾を使いすぎ。まだ先は長いのに」

 

俺は通信機に向かって言うが、返ってくるのは冷ややかな声だけだ。

 

『あら、私のダンスにケチをつけるの? 雑魚相手に手を抜いて、万が一にもこのドレスに傷がついたらどう責任を取ってくれるのかしら?』

「だからって、オーバーキルにも程がある。もっとこっちを頼ってほしい。私たちだって援護できる」

『嫌よ』

 

即答だった。

彼女の機体は、俺たちから距離を取り、孤高の塔のように立ちはだかる。

 

『あなた達の貧弱な火力なんて当てにしてないわ。自分の身を守るだけで精一杯の庶民が、高貴な私を助ける? 笑わせないでちょうだい』

 

いつもの憎まれ口。 だが、俺はその言葉の端々に、微かな「焦り」のようなものを感じていた。

彼女は、俺たちが近づくことを極端に拒んでいる。

まるで、誰にも触れられたくない傷跡を隠すように。

 

その時だった。 崩れ落ちた瓦礫の陰から、新たな熱源反応が現れた。

 

『――ッ!?』

 

アイリスが反応するより早く、重装甲の作業用ドロイドが飛び出してきた。

旧式の採掘用モデルだが、分厚い岩盤を砕くための重機だ。

アイアン・メイデンのガトリング砲はリロード中で、パイルバンカーの間合いには一歩遠い。

 

「させない」

 

俺は前に出た。 腰のホルスターから、ずしりと重い冷たい鉄塊を引き抜く。

 

「対機甲兵用大口径リボルバー、SDC-R11『オファニム』」

 

今回は警備ロボットがたくさん出てくるため、基本的には対人用のセラフィムじゃ不向きだろうということで、ルミナが持たせてくれた武器だ。

それは、俺のような子供の手には余る代物だった。

S&W M29やコルト・パイソンといった、前世の映画で見たような大型リボルバーを、さらに一回りマッシブにしたような無骨なデザイン。

普通に撃てば、反動で俺の手首ごと肩が外れるだろう。

 

【警告。発射反動、許容値を超過。姿勢制御(ポスチャー・コントロール)介入】

 

脳内でアレスの冷静な声が響く。

視界に緑色のグリッドラインが走り、俺の筋肉に微弱な電流が流れる。

足の位置、腰のひねり、肘の角度。

全てが強制的に「最適解」へと補正される。

 

俺は両手でグリップを包み込むように握りしめ、狙いを定めた。

狙うのは装甲の隙間、メインカメラの奥にあるCPUコア。

 

「――貫け」

 

引き金を引く。

 

ダァァァン!!

 

爆発音というよりは、大気を引き裂くような轟音が響いた。

マズルから噴き出す衝撃波が、俺の髪を激しくなびかせる。

銃身から放たれたのは、タングステン芯を内蔵した11mm高速徹甲弾。

音速の2倍で撃ち出されたその弾丸は、アイアンメイデンような派手な爆発も、炎も生まない。

 

ただ、冷徹な物理法則として、標的を貫くだけだ。

 

キィィンッ!

 

乾いた金属音が響いた瞬間、迫りくるドロイドの頭部に風穴が開いた。

巨体が慣性で数メートル滑り、アイリスの目の前でズザザザ……と停止する。

センサーの光が消え、ただの鉄屑へと変わるまで、一瞬の出来事だった。

 

『…………』

 

アイアン・メイデンが、呆気に取られたように動きを止めている。

俺は痺れる手首をさすりながら、排莢レバーを操作した。

チリン、チリン……と、熱を持った薬莢が地面に落ちて澄んだ音を立てる。

 

『……信じられない』

 

アイリスの、掠れたような呟きが聞こえた。

 

『あんな……ちっぽけな武器一つで。生身の体で、鉄の塊に向かっていくなんて……正気の沙汰じゃないわ』

 

彼女のセンサーカメラが、俺と、俺の手にある『オファニム』を凝視している。

 

『恐怖はないの? 装甲もなしで……どうしてそこまで出来るの?』

 

俺はシリンダーに新たな弾丸を込めながら、彼女の方を向いた。

 

「これが私の役目」

 

俺は汗をぬぐいながら、端的に回答をした。

仕事だから。 単純だが、それが一番しっくりくる理由だった。

だが、その言葉を聞いたアイリスの反応は、予想外のものだった。

 

『……そんな役目、高貴な私には耐えられないわ』

 

それはいつもの傲慢な嫌味にも聞こえた。

しかし、通信越しに聞こえたその声は、どこか震えているように思えた。

「高貴な私」という言葉が、自分自身を守るための脆い鎧のように響く。

彼女は、生身で戦うことの「痛み」や「恐怖」を、誰よりも深く知っているのではないか。 装甲(カラ)に閉じこもらなければ立っていられないほどの何かを、抱えているのではないか。

そんなことをふと考えてしまった。

 

『……弾が切れたわ。帰るわよ』

 

唐突に、彼女は背を向けた。

 

「まだ予定の半分も進んでない」

『私の計算ではゼロよ。これ以上進むのは、ただの無駄足だわ』

 

問答無用で、アイアン・メイデンは出口の方へと歩き出す。

その背中は、やはり頑なに閉じられていたが、さっきまでよりも少しだけ小さく見えた気がした。

 

「はぁ……またこれよ」

 

ネオンががっくりと肩を落とす。

 

「いい加減にしてほしいわね。進んでは戻っての繰り返しじゃ、いつまでたっても調査が終わらないわよ」

「まあまあ、今日はビャッコちゃんのオファニムの実戦データも取れたし、良しとしようよ!」

 

ルミナが努めて明るく言うが、空気は重い。 俺は遠ざかっていく黒い機体を見つめながら、溜息をついた。

 

「継ぎ接ぎだらけの城、か……」

 

ルミナが言っていた言葉を思い出す。

彼女の機体も、そしておそらく彼女自身の心も、あちこちガタが来ているのを無理やり繋ぎ止めているのかもしれない。

その重たい鉄の扉を開ける鍵がどこにあるのか、今の俺にはまだ見当もつかなかった。

 

「……帰ろうか」

 

俺たちは再び、成果のないまま地上へのエレベーターへと足を向けた。

地下の闇には、まだ解き明かされない謎と、アイリスの抱える孤独の匂いが残されていた。

 

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