SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する! 作:宇宙のモナカ
ふっ、と。 世界を焼き尽くしていた轟音が、唐突に途切れた。
『あぁ、もう! これだから急ごしらえの設備は!』
スピーカーから、ベネディクトの苛立った声が響く。
炉心直結のプラズマ噴流は強力無比だが、それを放出する排熱ベント自体が熱に耐え切れなくなったのだ。
赤熱した砲口から黒煙が上がり、強制冷却のための白い蒸気が盛大に噴き出す。
「……あぁ、止まった……」
ハッチの上に立っていたビャッコが、安堵の息を漏らす。
その瞬間。
パキィッ……。
彼女の左腕で必死にプラズマを受け流していたシールドに、蜘蛛の巣のような亀裂が走った。
限界だった。
シールドの発生器がショートし、青白い光の障壁がガラス細工のように砕け散る。
「……ごめん。ここまで、か」
支えを失ったビャッコの体が、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
意識が途切れ、ハッチの傾斜に沿って地面へと滑り落ちていく。
「小隊長ッ!!」
アイリスは叫ぶと同時に、操縦桿を叩き込んだ。
『アイアン・メイデン』の巨大なマニピュレーターが、人間を掴むにはあまりにも無骨なその鋼鉄の指が、落下するビャッコを空中で優しくすくい上げる。
それは、奇跡のような繊細さだった。
卵一つ割らないような力加減で、アイリスはビャッコを包み込み、そのまま機体を旋回させた。
ズシン。
瓦礫の山の影。 敵の射線が通らず、熱源からも死角になる場所に、アイリスはビャッコをそっと横たえた。
モニターがズームアップする。 映し出されたビャッコの姿に、アイリスは息を飲んだ。
「……っ」
酷い状態だった。
白いジャケットはボロボロに炭化し、肌に張り付いている。
美しい銀髪はチリチリに焼け、露出した左半身は赤黒く焼け爛れていた。
それでも、その寝顔は穏やかだった。
まるで、大仕事を終えて満足した子供のように。
「……馬鹿。大馬鹿よ」
アイリスは涙をぬぐった。 もう、泣いている場合じゃない。
この人が命を削って作ってくれた「時間」を、無駄にするわけにはいかない。
カメラのモニターに慌てて駆け寄ってくるネオンとルミナの姿が映る。
「おやすみなさい、小隊長。……いい夢を」
小隊長のことは仲間に任せ、私は私にしかできないことをやる。
アイリスはマニピュレーターを戻し、ベネディクトがいる中枢制御室に体を向ける。
聞こえるのは、自分の荒い呼吸音と、機体の駆動音だけ。
「……
彼女の瞳から、怯えの色が消えた。
代わりに宿ったのは、氷のような静けさと、灼熱の怒り。
『冷却完了! さあ、第二ラウンドだ! 今度こそ消し炭にしてやるよ、愛しい娘!』
ベネディクトの狂気じみた声と共に、再び排熱ベントが赤く輝き始める。
周囲の防衛砲台も再起動し、無数の銃口がこちらを向く。
通常の機体状態なら、もう耐えられない。
装甲は溶解寸前、武装も熱で使い物にならない。 詰んでいる。
「……いいえ、まだ踊れるわ」
アイリスは震える指で、コンソールカバーを力任せに引き剥がした。
その下にある、赤い警告色が塗られたレバーとキーボード。
実装はしたものの使う必要のなかった、禁断の領域。
「システム・オーバーライド。
カタカタカタッ! 彼女の指がキーボードを叩く。
『警告。リミッター解除は機体の自壊を招きます。パイロットの生命保護を保証できません』
無機質な警告音。 アイリスは鼻で笑った。
「知ったことよ。……私が保証するわ」
彼女は最後に、エンターキーを拳で叩き込んだ。
「
ドクンッ!!
機体が脈打ったような音がした。 直後。
バシュゥゥゥゥッ!!!
『アイアン・メイデン』の全身から、爆発的な蒸気が噴き出した。
ボロボロに溶けかけていた外部装甲が、留め金を外されて一斉にパージされる。
ドレスのような外装が地面に落ち、土煙を上げる。
中から現れたのは、無骨なシルエットとは程遠い、細身で凶悪な内部フレームだった。
装甲を捨て、放熱フィンを全開にしたその姿。
隙間から漏れ出す余剰エネルギーは、冷却液と混ざり合い、深紅の霧となって機体を包み込む。
ボゥッ!!
大気が歪む。 機体の周囲の空気が、高熱で陽炎のように揺らめいた。
それはまるで、血で濡れた真紅のドレスを纏っているかのような、禍々しくも美しい姿。
コクピット内の温度計が、一気にレッドゾーンを振り切った。
サウナなんて生温い。ここは灼熱地獄だ。 汗が噴き出し、喉が張り付く。
「あぁ……熱い……」
アイリスはうっとりと呟いた。 意識が朦朧とする。 でも、不思議と苦しくはない。
「でも、もう怖くない」
彼女は操縦桿を握りしめた。 背中には、あの人がいる。
この熱さは、あの人が耐えてくれた熱さに比べれば、心地よい微熱みたいなものだ。
アイリスは操縦桿のトリガーを引いた。
左腕のガトリング砲と、背中のミサイルランチャー。
通常の彼女なら、これで敵陣をハチの巣にしているところだ。
しかし。
ガガガッ……!
鈍い金属音が響くだけで、弾丸は発射されない。
モニターに無慈悲なエラーメッセージが表示される。
『警告。砲身溶解。弾薬装填機構、熱変形により作動不能』
「……チッ」
やはり、さっきの熱波で武装は全滅か。
これでは、ただの
『あははは! どうしたんだい? おもちゃが壊れちゃったのかな? なら、パパが壊してあげるよ!』
ダダダダダダッ!!
敵の砲台が一斉に火を噴く。 さらに、中央の排熱ベントから、再びあの忌まわしいプラズマの光が凝縮され始めた。
詰んでいる。 誰もがそう思う状況。
だが、今のアイリスは違った。
「……動かない武器なんて」
彼女は操縦桿を強引にねじり、マニピュレーターを背中へと回した。
自身の背負っている、巨大なミサイルコンテナを掴む。
「ただの重りよッ!!」
ギギギギギッ!!!
金属が悲鳴を上げる。
アイリスは、数トンあるミサイルコンテナを、機体の怪力だけで強引に引きちぎった。
接続ボルトが弾け飛び、火花が散る。
「飛んでけぇぇぇぇッ!!」
ブンッ!!!
アイアン・メイデンの豪腕が唸りを上げる。
彼女は引きちぎったコンテナを、まるでボールのように敵の砲台群へ向かって全力投球した。
鉄塊が空気を切り裂き、放物線を描いて敵陣のど真ん中へ落下する。
ドォォォォォンッ!!!
着弾の衝撃に加え、コンテナ内部に残っていた弾頭が一斉に誘爆した。
凄まじい爆風と炎が巻き起こり、並んでいた砲台群を根こそぎ吹き飛ばす。
『な、なにィッ!?』
ベネディクトの悲鳴。 物理と爆発の暴力が、緻密な防衛ラインを粉砕したのだ。
「道は開けた……!」
アイリスはフットペダルを限界まで踏み込んだ。
装甲をパージし、重い武器も捨てた今の機体は、戦闘機もかくやという加速力を手に入れていた。
ドオォォォンッ!!
爆発的な加速。 残像が見えるほどの速度で、深紅の陽炎が戦場を疾走する。
『させるかぁッ!!』
ベネディクトが叫び、排熱ベントからプラズマの奔流が放たれる。
だが、遅い。 アイリスはジグザグにステップを踏み、光の帯を紙一重でかわしていく。
「見えてる……! 全部、止まって見えるわ!」
コクピット内の熱気で、意識はもうろうとしている。
視界の端が白く霞み、手足の感覚がない。
だが、不思議と恐怖はない。
(熱い。体が溶けそう。……でも、私の心臓は冷たいくらいに落ち着いている)
だって、私には一番近くに――背中の安全地帯に、最強の味方がいてくれるから。
あの人がくれた命。あの人が守ってくれた時間。 一秒たりとも無駄にはできない。
「そこぉッ!!」
アイリスは噴き出すプラズマの隙間を縫うように、一気に距離を詰めた。
敵の予測演算を遥かに超える機動力。
気が付けば、彼女はもう目の前――崩れ落ちた制御室の瓦礫の上、ベネディクトがしがみついている排熱ベントの目前にいた。
『ひっ……!?』
ベネディクトが息をのむ音が聞こえた。 目の前に立つのは、装甲を剥ぎ取り、骨組みだけになった血濡れの巨人。
その姿は、かつて彼が愛した「娘」ではなく、彼を断罪しに来た死神そのものだった。
「……チェックメイトよ、ベネディクト」
アイリスの声は、静かだった。 彼女は唯一残った右腕の武装――パイルバンカーを、無防備な排熱ベントへ突きつけた。
リミッター解除って男の子だよね
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