SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する!   作:宇宙のモナカ

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第34話 鋼鉄の揺り籠、その温もり

退院した俺を待っていたのは、感動の再会でも、英雄としての称賛でもない。

デスクの上に積み上げられた、書類の山だった。

 

「おかえりなさい、ビャッコ。さあ、報告書作るわよ」

「う、うん」

 

暗い表情でそう言うネオンの圧に負けそうになりながら、俺は手渡された電子ペーパーを斜め読みする。

 

「えーと、『爆発により隔壁が崩落し、備品が損壊』……なにこれ?」

「隠蔽後の体裁で書かれた報告書よ。矛盾がないかちゃんと確認してね」

 

そう言われて博士の言葉を思い出す。

今回の地下プラントでの戦闘は、公式には『老朽化したガス配管の爆発事故』として処理されることになっていたのだった。

企業の不祥事は闇に葬られる。それがこの世界のルールだ。

それは百歩譲っていいとして。

 

「なんで私たちが上層部のための『隠蔽報告書』を作ってるの?」

「知らないわよ。前回の下層地区の時の報告書はビャッコいなかったけど、その時もこんなだったからね」

 

そういえば、あの時は後で渡された書類を俺は深く考えずに電子署名だけして返していたなと思いだした。

 

「今回はビャッコも報告書、書いてよね」

「……了解」

 

それから数時間。

第3詰所のオフィススペースにて、俺こと、ビャッコは死んだ魚のような目でホログラムキーボードを叩いていた。

 

(ねえ、アレス。報告書手伝って――)

【中身を確認せずに署名をしていたことへのペナルティです。少しは小隊長業務としてがんばってください】

(……うぅ)

 

そう言われるとぐぅの音も出ない。

 

「えーと、『爆発により隔壁が崩落し、私たちは退却』……と、よし」

 

 俺が報告書に入力すると、脳内で冷静なシステム音が響く。

 

【警告:そこの報告はネオン隊員との報告と矛盾します。総評:もっとがんばりましょう】

(うるさい、手伝わないなら黙ってて)

 

俺は脳内秘書の正論をシャットアウトし、溜め息をついた。

右肩と脇腹の傷は、最新のナノマシン治療のおかげですっかり塞がっているが、精神的な疲労は回復していないらしい。

社畜に安息はないのだ。

 

その時、トコトコと軽い足音が近づいてきた。

 

「……小隊長。お茶が入りました」

 

控えめな声と共に、湯気の立つマグカップがデスクに置かれる。

見上げれば、そこにはジャージを着た少女――アイリスが立っていた。

その小動物めいた表情はどこか緊張しているように見える。

 

「……熱いので、気をつけてください。フーフーしましょうか?」

「いや、大丈夫。ありがとう」

 

俺が礼を言うと、アイリスはパァッと花が咲いたように微笑んだ。

以前の気弱だったり怯えていたり泣いたりしていた表情とは大違いだ。

彼女は今、単独夜勤任務の配置を変更し、こうして俺たちと一緒に働いてくれている。

 

その様子を横目で見ていたネオンが、書類の山から顔を出した。

 

「あー、喉渇いた。……ついでに、私とルミナの分も欲しいんだけど」

 

ネオンが空のカップを振ってみせる。

しかし。

 

「…………」

 

アイリスはネオンを一瞥もしなかった。 完全に無視である。

彼女は無言のままくるりと背を向けると、スタスタと部屋の奥――整備ドックの方へと歩いていってしまった。

 

「ねえ、無視!? ちょっと、なにか言いなさいよ!」

 

ネオンの抗議も虚しく、アイリスはドックの定位置へと向かう。

そこには、奇妙な物体が鎮座していた。

かつての彼女の愛機『アイアン・メイデン』――の、無残な姿だ。

大破したため手足などのフレームは全て失われ、今は円柱に近い「コクピットブロック」だけが残っている。

修理予算の申請は博士にしておいたが、部品の調達に時間がかかるらしく、今はまだ簡素なコアだけを晒している。

ただ、それだけだと流石にあわれと思ったのか、ルミナがどこからかありあわせの手足のパーツを持ってきて装着していてくれた。

しかし、明らかにボディに対して小さいため、ダルマに手足が生えたような、どこか面白味のある姿となっている。

 

アイリスは慣れた手つきでハッチを開け、そのダルマの中に乗り込む。

プシュン、と気密ロックが掛かる音がして――。

 

『嫌よ』

 

直後。

機体の外部スピーカーから、ノイズ交じりの、しかしやけに高圧的な声が響いた。

 

『私は小隊長のお手伝いしかしないわ。自分の分くらい、自分で淹れたらどう? この凡骨が』

「ちょっ……!?」

 

ネオンがこめかみに青筋を浮かべて立ち上がる。

 

「あんたねぇ! 直接顔を見て言いなさいよ! なんでわざわざ乗り込んでから言うのよ!?」

『ふん。生身で会話するなんて、お断りよ。……それに、この(なか)にいないと、調子が出ないの』

 

ダルマのような機体が、ウィィン……と短い手で「しっしっ」と追い払う動作をする。  どうやら彼女、機体という「殻」に包まれていないと強気に出られない、筋金入りの「殻弁慶」らしい。

 

「あはは、アイリスちゃん面白いねー! そのボディ、気に入ってくれた?」

 

整備デスクの方から、ルミナが呑気な声を上げる。

 

『……気に入るわけないでしょ。でもまあ、動けるようにしてくれたことだけは感謝してあげるわ』

「どういたしましてー。新しいパーツが来たら私にも手伝わせてよね!」

『…………考慮しておくわ』

 

静かだった詰所が、一気ににぎやかになった気がする。

アイリスの社会復帰にはまだ時間がかかりそうだが、こうして少しずつ歩み寄りを見せてくれているのは、悪くない傾向だろう。

俺はアイリスが淹れてくれたお茶を一口すする。

 

「さて、と」

 

ネオンが伸びをしながら、積み上がった書類の山を指先で弾く。

 

「ちゃっちゃと片付けて、パーッと打ち上げ行くわよ! ……で、当然あんたも来るんでしょ? 新入り」

 

ネオンが顎でダルマ機体をしゃくる。 だが、機体からの返答は冷ややかだった。

 

『誰が貴女となんて、食事をしなきゃいけないの? お断りよ。私はここで小隊長の警護任務を――』

「えっ? アイリス、来ないの?」

 

俺はカップを置いて、残念そうに呟いてみせた。

 

「……第3詰所の全員で乾杯できるのを楽しみにしてたんだけど」

『行きます』

 

食い気味だった。 0.1秒前までの拒絶が嘘のような即答。

ダルマ機体が、ウィィン!とものすごい勢いで俺の方を向く。

 

『お供させていただきます、小隊長! まさか貴女たち、私を置いていく気じゃないでしょうね!?』

「あんたが断ったんでしょうが!」

 

ネオンのツッコミが響き渡る。

どうやら、この引っ込み思案な部下のコントロールは、思ったより簡単かもしれない。

 

俺は残りの書類を片付けるべく、再びキーボードに向き直った。

 

 

数時間後。

ようやく書類の山を崩し終えた俺たちは、詰所を出て、グルメストリートの方へと繰り出した。

 

「お疲れ様でしたー!」

「くぅ~、終わった終わった! これで晴れて自由の身よ!」

 

先頭を歩くルミナとネオンが、開放感に浸って伸びをする。

俺の後ろには、今日も今日とて、よれたジャージを着たアイリスが、ぴたりと影のように張り付いていた。

その手は、俺のジャケットの裾をギュッと握っている。

 

「……アイリス、そんなに警戒しなくてもいい」

「うぅ。あの子を着ないと不安です……。でも、私が病み上がりの小隊長を守らないと……。でも怖いです……」

 

流石にダルマスーツでご飯を食べに行くわけにもいかないので生身で来させたが、さっきの強気はどこへやらといった様子だ。

俺たちが向かったのは、以前、俺とルミナ、ネオンの3人で来たことのある、路地裏の赤提灯だった。

 

「イラッシャイマセ。何名サマデスカ?」

「今日は4人よ」

「確認シマシタ。将軍サマ4名ゴ来店デース」

 

ロボットのお出迎えで俺たちは前回と同じ席へ通される。

 

「……あ」

 

アイリスが、小さく声を上げた。

店員が持ってきたおしぼりと箸が、4つ並べられたのを見て。

 

「……私にも、ちゃんと席があるんですね」

「当たり前でしょ。あんたもウチのメンバーなんだから」

 

ネオンが呆れたように言いながら、メニューを開く。

アイリスは、自分の前にあるおしぼりを、まるで宝物のように見つめていた。

 

「とりあえず、飲み物頼もうか」

 

俺は端末を操作して注文を入れる。

数分後、テーブルには色とりどりのジョッキが並んだ。

 

ネオンとルミナは、キラキラと輝くアルコールが。

俺の前には、鮮やかな青色が層を成す『お子様用・発光コーラ』。

そしてアイリスの前には、『お子様用・発光メロンソーダ』。

 

「……小隊長、これ、飲んで平気ですか? 色が……警報色です」

「大丈夫だよ」

「じゃあ、いくわよー! 今回の作戦成功と、ビャッコの快気祝い、そして……」

 

 ネオンがチラリとアイリスを見る。

 

「……新人の歓迎会に! 乾杯!」

「かんぱーい!」

 

4つのグラスがぶつかる音。カチン、と心地よい音が店内に響く。  俺はソーダを喉に流し込んだ。

炭酸の刺激と、ほのかな甘みが疲れた体に染み渡る。

 

「……ぷはっ! 生き返る!」

「……んぐっ、んぐっ……けほっ!?」

 

隣でアイリスがむせながら、目を白黒させていた。

 

「すっごい甘いです……。歯が溶けそうです……」

「慣れたら美味しいよ」

 

俺は苦笑しながら、大皿で運ばれてきた焼き鳥(のような合成肉)を彼女の皿に取り分けた。

アイリスはおずおずとそれを口に運び、咀嚼し――そして、パァッと表情を輝かせた。

 

「……美味しい」

「よかった」

「はい……。あったかいです」

 

 彼女は、タレで汚れた口元を拭おうともせず、幸せそうに頬張る。

 

「……私、ずっとひとりで食べてたから。こうやって誰かとご飯食べるの久しぶりです」

「……そっか。いっぱい食べてね」

「はいっ!」

 

その笑顔は、かつては地下で涙を流していた頃を払しょくしたような、年相応の少女のものだった。

俺は甘ったるいコーラを揺らしながら、ふと思う。

前世は孤独だった。今世も「捨て駒」のクローンだ。

けれど、隣には部下がいて、帰る場所がある。

……悪くないな。

俺は心の中で、誰にともなく感謝した。

 

 

宴が終わり、店を出たのは深夜だった。

夜に流れる湿った風が、火照った頬に心地よい。

頭上には、ビルの隙間から、わずかに欠けた月が見えている。

 

「あー、食べた食べた! 美味しかったねー!」

「ちょっとルミナ、飲みすぎよ。足元ふらついてるじゃない」

 

先を歩く二人を見送りながら、俺も歩き出そうとした時だった。

 

「…………」

 

アイリスだけが、店の前で足を止め、夜空を見上げていた。

その瞳に映っているのは、月か、それとも――。

 

(……パパ)

 

彼女の脳裏に、かつての記憶がよぎる。

狂気に染まる前の、優しかったベネディクトの笑顔。

 

『アイリス。今日もお疲れ様。がんばったね』

 

狂う前は、確かに愛してくれていた。その記憶だけは、嘘じゃなかった。

 

アイリスは、月に向かって、小さく唇を動かした。

 

(……さようなら、パパ。……私、もう大丈夫だよ)

 

それは、過去の呪縛からの、本当の意味での決別だった。

彼女はもう、「鋼鉄の揺り籠」の中の赤ん坊ではない。

 

「……アイリス? どうしたの?」

 

俺が声を掛けると、彼女はハッとして振り返った。

そして、涙を拭うように一度だけ瞬きをしてから、満面の笑みで駆け出した。

 

「はいっ! 今行きます、小隊長!」

 

月明かりの下、4つの影が並んで歩いていく。

明日もまた、このブラック企業で、命がけの「社畜生活」が待っている。

それでも、今日はいい夜だった。

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