SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する! 作:宇宙のモナカ
眠らない街も多少は勢いを落とす深夜帯。
芸能特別区の高級ホテル、最上階スイートルーム。
窓の外には、人工的な光の海が広がっている。
「…………」
ノアはベッドの上で膝を抱え、眠れぬ夜を過ごしていた。
部屋のドアには電子ロックがかけられ、外には屈強な社長の私兵と治安維持部隊から来た子たちが立っていることだろう。
ここは豪華な鳥籠だ。
そして、明後日のツアー最終日が終われば、自分はこの籠から出され、二度と戻れない場所――手術台へと運ばれるのだろう。
「……嫌だ……」
ノアは自分の腕を抱きしめた。
まだ温かい、柔らかい肌。
歌うたびに震える喉。
これら全てが、冷たい金属と人工筋肉に置き換えられる。
社長は「永遠の若さと美貌が手に入る」と言ったが、それはつまり「人間としての死」を意味していた。
「……誰か……」
助けを呼ぼうにも、助けてくれそうな人に心当たりはない。
一瞬、ドアの外に立っているであろう孤児院の同窓の顔が浮かぶが、慌ててその顔を打ち払う。
そんな甘いことを言える関係ではなかった。
自業自得とはいえ、自分の高すぎるプライドがこういう時は恨めしくなる。
コンコン。
その時、ベランダの窓ガラスが軽く叩かれた。
「――っ!?」
ノアは飛び上がった。ここは最上階だ。
ベランダに誰かがいるはずがない。
だが、カーテンの隙間から見えたのは、月明かりに照らされた銀色の影。
「お邪魔します」
窓の鍵が外から解除され(どうやったのかは見当もつかない)、音もなく侵入してきたのは、あの小柄な治安維持部隊小隊長――ビャッコだった。
「あ、あんた……どうやって……!?」
「隣の部屋のベランダから飛び移った。セキュリティセンサーはネオン――仲間が切ってある」
ビャッコは何でもないことのように言いながら、ノアの顔をじっと見つめる。
「……酷い顔色。眠れない?」
「……誰のせいだと……いえ、なんでもないわ」
ノアは強がろうとしたが、言葉が続かず、頭を振った。
「それで、一体何の用なの? あんたがむさ苦しい男だったら即座に警備員に突き出しているところだけど」
ビャッコはその言葉を聞いて妙に慌てた様子で手をバタバタさせたが、しばらくすると落ち着きを取り戻し、ごほんと咳ばらいをする。
「単刀直入に聞く。今回の事故、君への脅迫状……これらに心当たりはない?」
「……心当たり?」
「うん。事故現場を調べたけど、機材のボルトには工作の痕跡があった。つまり、誰かが意図的に君を狙ったということ」
ビャッコはノアの瞳を真っ直ぐに見据えた。
「だけど、解せないのは社長の態度。彼は君が傷ついたことを悲しむどころか、どこか『勝ち誇って』いた。まるで、君が生身であることの脆さを証明できて嬉しい、とでも言うように」
「…………っ」
ノアが息を飲む。
その反応を見て、ビャッコは確信した。
「事情があるなら教えて。私たちは君を助けたい」
「…………」
ノアは唇を噛み締め、目の前にいる少女の瞳をじっと見つめる。
左右で色が違うその神秘的な瞳の奥に、確かな「心配」の感情が見えた気がした。
それは、望んでいた助けの手。
それを認めると、ノアは震える声で答えた。
「……契約よ。あいつは、私を『商品』としか見ていない。今の生身の体じゃ満足できなくて、私を……全身義体化しようとしてるの」
ノアは堰を切ったように告白した。
「全身を機械に変えて、メンテナンスさえすれば永遠に稼働する人形に……。私は断り続けてきたけど、今回の事故で言われたわ。『生身は脆い。ファンを悲しませたくないなら手術を受けろ』って……」
「……そうだったんだ。どうりで」
ビャッコは納得したように頷き、ベッドの端に腰を下ろした。
その距離感は、警備員と対象者というより、悩める友人に寄り添うような近さだった。
ノアはそんなビャッコの姿をまじまじと見る。
「……あんたの首についてるやつ、
「うん。あと皮膚と左目もね」
「……そう。それは自分の意志で?」
「違う。けど、これがないと私は役に立てないから」
その言葉を聞いて、ノアは悲痛な表情でビャッコの横顔を見つめる。
そして、ポツリと言葉がこぼれる。
「あんたも道具なのね。――私と一緒で」
「それは違う」
ハッとノアが顔を上げた。
ビャッコはノアの眼を見て、ゆっくり首を振った。
「たしかに私は企業の資産。道具かもしれない。でも、ノアはナチュラル。企業の構成員ではあるけど、意思のある一人の存在。……じゃなきゃ、そんなに人気はでない」
違う?とその瞳はノアに語り掛ける。
それはある意味事実だった。
見た目だけなら完璧なヒューマロットや、身体能力を増幅させるサイバネが溢れるこの世界で、ノアが多くの人の支持を集めるのは、ナチュラルならではの弱さやハンデを抱えてもなお、力強く歌うその姿が人々の心を打つからだ。
それがこの数日、ノアを後ろで見続けたビャッコの所感だった。
その飾り気のない言葉はノアの凍り付いた心をゆっくりと溶かしていく。
そのことに気付いているのかどうか、ビャッコは問いかける。
「……それで、君はどうしたいの?」
その言葉を反芻して、考えて。
「……人間でいたい」
ノアははっきりと、自分の言葉で言った。
瞳から涙が溢れ出し、頬を伝う。
「歌うことは好きよ。でも……完璧なスピーカーになってまで歌いたくない。私は、私のこの喉で、震えるこの体で叫びたいの。老いて声が出なくなってもいい。皺だらけになって見向きもされなくなってもいい。私は人間として腐り落ちたい。……それが、私だから」
ノアは自分の胸を強く掴んだ。
「助けて……。私、まだ消えたくない……!」
それは、国民的アイドル「ノア」ではなく、ただの一人の少女としての悲痛な叫びだった。
ビャッコはその言葉を聞くと、力強く頷くと立ち上がった。
「了解。その依頼、引き受けた」
彼女は自分の胸を拳で軽く叩いた。
「私たちの今回の任務は君を守ること。その想いを守るのだって任務のうちだ」
「馬鹿じゃないの。私の義体化を防ぐのはあの社長に真っ向から反抗することになるわ」
「いいよ。照明の落下も多分、あの社長の差し金。君が反対し続ければきっとボロを出す」
ビャッコは再びベランダへと向かった。
「安心して。外の敵は私が排除する。君は明日のステージのことだけ考えていればいい」
そう言い残し、銀色の影は夜の闇へと消えていった。
「…………」
部屋に残されたノアは、涙を拭い、小さく笑った。
「……ふふ。変なヤツ」
その夜、彼女は久しぶりに深い眠りにつくことができたのだった。
◆
一方その頃。
ホテルの奥まったフロアにあるエグゼクティブラウンジは、貸し切りにされていた。
だが、そこに響き渡るのは優雅なBGMではなく、ヒステリックな怒号だった。
「――バカモノがッ!!」
パリンッ!
ゴルド社長が投げつけたクリスタルグラスが壁に当たり、粉々に砕け散った。
目の前には、青ざめた顔で直立不動する部下の姿があった。
「誰があんなに近くでライトを落とせと言った! あと少しずれていたら、商品がスクラップになるところだったぞ! 大怪我をさせたら元も子もないだろうが!」
「も、申し訳ありません! 恐怖を煽るためにギリギリを狙えと……!」
「言い訳をするな! それに、あの脅迫状だ!」
社長は机をバンと叩いた。
「『リベリオン』だと? 反企業組織の名前を騙ればリアリティが出ると思ったか? そのせいで、よりによって治安維持部隊まで呼び寄せてしまったじゃないか! あいつらは鼻が利くんだ。私の計画を嗅ぎ回られると厄介なんだよ!」
「は、はい……申し訳ありません……」
「ええい、もういい! 下がれ! これ以上のミスは許さんぞ!」
部下が逃げるように部屋を出て行くと、社長はソファにドカッと腰を下ろし、乱暴にネクタイを緩めた。
「……ったく。どいつもこいつも使えない連中ばかりだ」
「随分とご立腹だなぁ、
闇の中から、低い嘲笑が響いた。
社長が顔を上げると、ラウンジの奥にあるバーカウンターに大男が座っていた。
高級な仕立ての黒いスーツとコートを着こなし、一見すると企業の重役のようにも見える細身の男。
だが、その首には
整った顔立ちだが、笑うと口が耳元まで裂けるように開き、その奥には鋭利な銀色の人工歯が並んでいるのが見える。
彼は常に優雅に振る舞うが、その瞳孔は獲物を探す獣のように収縮を繰り返し、決して笑っていない。
その男の名は人呼んでハウル。
裏社会で悪名高い傭兵団『ブラック・ハウンド』のリーダーだ。
「盗み聞きとは趣味が悪いな、ハウル」
「聞こえちまっただけさ。で? 俺たちの役目はあの歌姫様の誘拐と聞いたが」
「……フン。そういうことだ。素直に頷けばいいものを。正規の手続きだの、人道だのと五月蝿い。私の『最終計画』には邪魔なんだよ」
社長は新しいグラスにブランデーを注ぎながら、忌々しげに言った。
「ドームツアー最終日の夜だ。ライブが終わった直後、ノアを裏口から連れ出し、用意した車に乗せろ。行き先は第9地区にある闇病院だ」
「闇病院? まさか、ただの整形手術じゃないだろうな?」
「……彼女には、最高級の
社長は歪んだ笑みを浮かべた。
「これさえあれば、彼女がどんなに嫌がろうと、スイッチ一つで最高の笑顔を作らせ、完璧な歌を歌わせることができる。疲労も、老いも、そして『自我』さえも邪魔にならない。まさに究極のアイドルが完成するんだよ!」
「……へえ。人形を本物の操り人形にするってわけか。あんた、いい趣味してるぜ」
ハウルは呆れたように肩をすくめたが、その目は笑っていなかった。
「とにかく、お前たちの仕事は『輸送』だ。あの治安維持部隊どもが引き上げた隙を狙え。脅迫状の予告はツアーライブ最終日となっているからな。万一、他に邪魔が入るようなら……まあ、多少手荒な真似をしても構わんよ」
「ああ。……ところで」
リーダーはグラスの中の氷をカランと鳴らし、舌なめずりをした。
「治安維持部隊にいた銀髪のヒューマロット。……『ビャッコ』とか言ったか。白い死神という異名を聞いていたが、まさかあんなに可愛らしいお嬢さんとは知らなかった」
「……あ? あのガキか?」
「ああ。可憐で、生意気で、それでいて最高に美味そうな獲物だ。……あんな上玉を壊して遊べるなら、報酬を負けてやってもいいくらいだぜ」
その言葉には、隠しきれないサディスティックな欲望が滲んでいた。
「わざわざいらんことをするな。ノアの確保が最優先だ」
「……へいへい、分かったよ。クライアントの言うことは聞くさ」
ハウルは両手を挙げてそう言うと、ソファから立ち上がり、足音もなくラウンジを出て行った。
廊下に出た瞬間、彼の表情から薄ら笑いが消え、獲物を狙う獣のそれに変わった。
「……ツアー終了まで待つ? 馬鹿な野郎だ」
彼はインカムのスイッチを入れ、部下たちに通信を送った。
『――野郎ども、計画変更だ。クライアントは慎重派だが、俺は待ちきれねぇ。明後日の移動中、あの治安維持部隊の白い死神ごとまとめて頂く』
『へっ、了解ですボス。あのお嬢ちゃん、随分と気に入ったようで』
『ああ。徹底的に甚振って、あの澄ました顔を恐怖で歪ませてやる。……楽しみだなぁ。猟犬が悲鳴を上げて命乞いする声を聞くのが』
リーダーは歪んだ笑みを浮かべ、腰のホルスターを愛おしげに撫でた。
「悪いな、社長さん。スケジュールは俺たちが決めさせてもらうよ」
夜の静寂の中、悪意と欲望が交錯する。
一方は支配のために。もう一方は殺戮と快楽のために。
そしてその中心にいる歌姫を守るため、嵐が巻き起こるのは、もう間もなくだった。