SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する!   作:宇宙のモナカ

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第45話 虚構のコンチェルト

海底トンネルの惨劇から数十分後。

ドームへと向かう予備の警護車両の車内は、死の静寂と、焼けつくような焦燥感に支配されていた。

 

「――っ、ううっ……」

 

ビャッコは後部座席で、痛覚遮断をしてなお身を焦がす疼痛に身を悶えていた。

ナノスキンアーマーが衝撃を拡散したとはいえ、ハウルの大型拳銃によるゼロ距離射撃は、彼女の骨格と内臓に深刻なダメージを刻みつけていた。

 

「ビャッコちゃん、動かないで! 今、固定するから!」

 

ルミナが震える手で、ビャッコのインナーを脱がせて真白い上半身を露出させると、厚さ1センチもない自動硬化ギプスをビャッコの胸部に装着する。

デバイスがビクンと作動し、強力な圧力で肋骨を締め付け、患部を強引に固定した。

ひびの入った骨がこれ以上損傷しないよう、外部から物理的に骨格を補強・固定する処置だ。

 

さらに、ルミナは別のデバイスを取り出し、ビャッコの脇腹に直接押し当てた。

 

「超音波凝固シーラー、起動。内出血を無理やり固めるよ……痛いけど我慢してね!」

 

ジジジ……という不気味な高周波音と共に、ビャッコの体内に熱が走る。

体外からは見えない内臓の破れを、超音波の振動熱で焼き固めて止血する強引な処置だ。

皮膚の下を直接焦がされるような熱さに、ビャッコは奥歯を鳴らして耐えた。

 

「バイタル安定した。今私にできることは全部したし、動けるようになったとは思うけど。……でも、これ以上の無理は本当に危ないからね?」

 

ルミナの悲痛な声が聞こえるが、ビャッコは朦朧とする意識の中で、車窓を流れる景色を睨みつけていた。

視界の端には、煌々と輝く湾岸ドームのネオンが映り込んでいる。

数万人の観客が「歌姫」の登場を待ちわびている場所。

そこは、今の彼女たちにとってこれ以上ないほど残酷な目的地だった。

 

車両がドーム地下のVIP専用搬入口に滑り込む。

ドアが開くと同時に、そこには怒気を含んだ脂汗を滴らせるゴルド社長が、複数の護衛を引き連れて待ち構えていた。

 

「無能どもが! この私が、どれだけの損失を被ると思っている!」

 

社長の怒声が地下駐車場に響き渡る。

彼は煤けたスーツを払うこともせず、車から降りようとするビャッコの胸ぐらを乱暴に掴み上げた。

 

「私の『商品』を奪われて、よくものうのうと帰ってこれたものだ!」

「ちょっと落ち着いてください!」

 

ネオンが間に割って入ろうとするが、社長はその手を振り払った。

 

「ええい、触るなこのゴミ屑どもが! 俺を誰だと思っている!」

 

その様子は、初日の無礼が後ろにくっつくかもしれないが慇懃であった彼の態度とは思えない変貌ぶりだった。

だが、その言葉は一面では正しい。

 

「私が企業の上層部に一言クレームを入れれば、貴様ら全員の市民IDを剥奪し、下層の廃棄区画へ放り込めるのだぞ! このゴミ屑どもめ!」

 

彼はクリアランス上位の『特権市民』だ。

治安維持部隊とはいえ、中位クラスの労働者に過ぎないビャッコたちにとって、彼の不興を買うことは社会的な死を意味していた。

 

社長の目は血走り、狂気的な焦燥に駆られていた。

彼が恐れているのはノアの身の安全ではない。

今夜のライブが中止になり、チケットの違約金とスポンサーへの賠償で自らの資産が霧散すること――ただそれだけだった。

 

「待ってください……治安維持部隊の応援、それに統合監査局への協力要請が先です」

 

ビャッコが掠れた声で告げるが、社長はそれを鼻で笑い飛ばした。

 

「バカか! 監査局を入れれば、即座にドームは封鎖、ライブは中止だ! そうなれば私の会社は終わりなんだよ!」

 

社長はうろうろと歩き回り、不意に、ビャッコの隣で震えているアイリスの姿に目を止めた。

その瞳が、獲物を値踏みするような冷酷な光を宿す。

 

「……そうだ。思い出したぞ」

 

社長はアイリスの顎を乱暴に掴み、強引に顔を上げさせた。

恐怖に震えるアイリスの顔を、穴が開くほど凝視する。

 

「お前、ノアと同じ孤児院にいた妹の方だろう。あの時は歌が上手い姉だけを引き取り、お前のような『出来損ない』は置いてきたが……ふん。これだけ顔が似ていれば、誤魔化しは利くか」

「え……?」

 

アイリスの思考が凍りつく。社長は汚いものを見るような目で彼女を見下ろすと、ビャッコに向かって言い放った。

 

「この娘をステージに立たせる。メイクとウィッグで整えれば、観客にはバレん。歌は口パクで音声を流せばどうにでもなる。ノアとして、今夜のライブを完遂させるんだ。統合監査局への通報はその後でいい」

「ふざけるな……!」

 

ビャッコが歯を食いしばり、痛みを堪えて立ち上がる。

 

「アイリスを代役になんて……そんなこと、ノアが一番望まない!」

「望むかどうかなぞ関係ない! これはビジネスだ! お前たちに拒否権はない。今回の失態のツケを払わされたくないなら、さっさと準備しろ!」

 

社長の傲慢な言葉が地下駐車場に虚しく響く。

ビャッコは怒りに拳を震わせたが、その時、脳内にアレスの無機質な声が響いた。

 

【マスター、冷静になってください。社長の提案は、現状において最も合理的な選択肢です】

(……アレス、お前まで何を!)

 

脳内から響く音声に食って掛かりそうになったが、AIの下す判断はあくまで冷静だった。

 

【現在、ゴールドクリアランスを持つ社長が事件を否定している以上、監査局の捜査開始は大いに遅れることが予想されます。また、公的機関の介入はノアの生存確率を低下させます】

(……どうしてそうなる?)

【我々以外の治安維持部隊が動員された場合のプロトコルは『人質の安全』よりも『秩序の維持』を優先。強行突入を察知した敵が即座にノアを殺傷して逃走する可能性があります】

(……っ、じゃあどうしろって言うんだ!)

【社長の提案を利用してください。ライブを強行し、街全体の通信リソースがドームに独占される状況は、我々の演算能力を隠す最高の『ノイズ』となります。ドームのリソースを盗用すれば、ネオンと私であれば監査局には不可能な精度で敵の潜伏先を特定できます。……無能な公的機関の正義に、あの子の命を預けるつもりですか?】

 

アレスの言葉は、氷のように冷たく、そして正論だった。

ライブを「隠れ蓑」にする。それが、ボロボロになった自分たちがノアを取り戻すための、唯一の勝算だった。

 

「……わかった。アイリスを、準備させる」

「最初からそう言えばいいのだ。さっさと行け、このゴミ屑どもめ!」

 

社長の罵声を背中に浴びながら、ビャッコはアイリスを支え、逃げ込むように控え室へと向かった。

 

 

厳重に警備された、ノアの専用控え室。

豪華なシャンデリアの下、数時間前までノアがいたはずのその部屋には、今はビャッコとアイリスの二人だけが残されていた。

社長やスタッフたちは、ライブの開演を強行するための準備に走り回っている。

 

部屋の隅に置かれたトルソーには、今夜のメインステージでノアが纏うはずだったドレスが飾られている。眩いばかりの純白に、ナノマシンが組み込まれた光ファイバーが繊細な輝きを放つ「歌姫」の象徴。

 

アイリスは、そのドレスを汚いものでも見るかのように、震えながら見つめていた。

 

「小隊長……。私、やっぱり無理だよ……。あんなステージ、私なんかが立てるわけない……」

 

アイリスは膝を抱えて床に座り込み、消え入りそうな声で溢した。ビャッコは彼女の隣に腰を下ろした。自動硬化ギプスが軋む。

 

「……無理にとは言わない、アイリス。君を道具にする社長のやり方は、私も反吐が出る」

「…………」

「でも、ノアを救うためには、ライブを中止にするわけにはいかないんだ。……私に、あの子を助けるための時間をくれないか」

 

ビャッコがアイリスの冷たくなった手を握ると、アイリスはゆっくりと顔を上げた。その瞳からは、堰を切ったように涙が溢れ出した。

 

「……小隊長。私ね、ノアとは同じ日に孤児院に預けられたの」

 

唐突な告白だった。アイリスは遠い目をして、誰も知らない過去を語り始める。

 

「名前も誕生日もわからなくて、でも顔が似てるから、きっと姉妹なんだろうねって言われてた。……でも、ノアはそれを一度も認めようとはしなかったわ。いつも私を『あんた』って呼んで、突き放して……」

 

アイリスの脳裏に、灰色の孤児院の風景が広がる。

 

「ノアは昔から凄かった。歌もダンスも、一度見ただけで完璧にこなして……。それを偶然見かけたゴルド社長が、ノアだけを自分の事務所に引き取っていったの。私はただ、門の影で、車に乗っていくノアを見送るしかなかった」

 

アイリスの声が震える。

 

「私は引っ込み思案で、歌も下手で、何にもできなかった。だから……私は選ばれなかった。ずっと、ノアの代わりになりたかった。もし私もノアみたいに上手く歌えたら、置いていかれなくて済んだのかなって……。でも、こんな形で、偽物としてステージに立つなんて……皮肉だよね」

 

自嘲気味に笑うアイリスの肩を、ビャッコは強く抱き寄せた。

 

「君は、誰の代わりでもない。……私にとっては、不器用で、でも誰よりも真っ直ぐな、私の大事な部下だ」

「小隊長……」

「アイリス。君がステージを守ってくれるなら、私は命に代えても彼女を取り戻す。……だから、信じさせて」

 

ビャッコの強い眼差しに、アイリスは一瞬息を呑んだ。そして、零れ落ちそうな涙を乱暴に拭うと、決然とした表情で立ち上がった。

 

「……わかった。私、やります。ノアのためじゃない、小隊長のために……『ノア』になります」

 

その時、控え室のドアが開き、ネオンとルミナが一人の女性を連れて入ってきた。

無彩色のスーツを着こなし、大きなメイクボックスを抱えたそのボブカットの妙齢の女性は、感情を一切見せない無機質な瞳を大きなサングラスで隠していた。

 

「社長から斡旋されたメイクアップ・アーティストよ。この業界の『裏』に精通していて、口の堅さは保証されているそうよ」

 

ネオンが低く告げる。

女性はアイリスを一瞥すると、挨拶もなしに作業を始めた。

 

「……始めるわよ。骨格の微かな差異はシャドウと光ファイバーの反射で埋めるわ。ウィッグは特注のナノシルク製。質感はノア氏本人と同一のもの」

 

必要なことだけを必要なだけ言い、無駄のない動きで作業を進めていく。

プロの技術は、残酷なまでに完璧だった。

ネオンとルミナが周囲を警戒する中、アイリスの顔立ちが塗り替えられていく。

ノア独特の顔立ち、眼差し、そしてカリスマ性。それらが筆一本でアイリスの肌に刻み込まれていく。

 

「……よし、仕上げよ。衣装を着て」

 

メイクの女性に促され、アイリスはトルソーに飾られていた純白のドレスに袖を通した。

本来、ノアに合わせて仕立てられたその衣装は、ノアより幾分小柄なアイリスが着ると肩が落ち、裾が床に余るほどぶかぶかだった。

鏡に映る自分は、まるで大人の服を借りた子供のようで、アイリスの心に「やっぱり無理だ」という予感が過る。

 

しかし、メイクの女性は落ち着いた手つきでアイリスの胸元、ちょうどデバイスが埋め込まれた装飾を指差した。

 

「そこを三回、タップして」

 

アイリスは震える指先で、その冷たい装飾を三度、リズミカルに叩いた。

 

――キィィィィ、という微かな駆動音。

次の瞬間、ドレスの繊維に組み込まれたナノマシンが一斉に起動した。

ぶかぶかだった布地が波打つように収束し、アイリスの身体のラインに合わせて吸い付くように再構築されていく。

 

余っていた肩のラインが持ち上がり、ウエストが締まり、裾の長さがミリ単位で調整される。

アイリスの細い肢体に、完璧に「ノアのシルエット」が再現されていく。その締め付けは、まるで「お前はもうアイリスではない」と告げる拘束具のようでもあった。

 

「……これなら、バレない」

 

ルミナが息を呑む。

鏡の前に立たされたアイリスは、もうアイリスではなかった。

誰もが羨み、熱狂する、完全無欠の歌姫『ノア』が、虚構の光を纏って鏡の中からこちらを見つめていた。

 

ドーム全体を揺らすような地鳴りのような歓声が、控え室の重いドアを抜けて聞こえてくる。

開演を告げるベルが鳴り響いた。

 

「準備はいい?」

 

ネオンの問いに、アイリスは一度だけ深く、深く頷いた。

 

「いってらっしゃい、アイリス。……いや、ノア」

 

ビャッコの言葉に、アイリスは振り返らなかった。

彼女は「歌姫」としての足取りで、光の溢れるステージへと続く階段を一歩ずつ登っていく。

 

一方、その背中を見届けたビャッコは、即座に振り返って言った。

 

「ルミナ、ネオン。……私はアイリスのサポートに回る。アレスの演算リソースをそっちの端末に同期させる。ライブのリソースを盗用して、敵の尻尾を掴んでほしい」

「りょーかい! ビャッコちゃん、通信は繋ぎっぱなしにしておくね!」

「任せて。……ライブの間くらい、少し休んでるのよ」

 

二人はそれぞれの持ち場へと散っていった。

そして、虚構の幕が、今、切って落とされた。

 

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