SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する!   作:宇宙のモナカ

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第48話 対峙のアンサンブル

重油と潮の匂いが混ざり合う冷たい夜風が、広大なコンテナヤードを無遠慮に吹き抜けていく。

芸能特別区のまばゆいネオンや、熱狂的な歓声から完全に切り離された、湾岸エリアの最奥・第4コンテナ港。

月明かりすら届かないその薄暗い岸壁に、一隻の巨大なタンカーが音もなく接岸しようとしていた。

錆びついた黒い船体には、不気味な大陸系の文字が乱雑にペイントされており、それが正規の貿易ルートを行き来するような代物ではないことは一目でわかる。

法の網の目をすり抜ける、密輸船。あるいは、人身売買のための偽装タンカーだ。

 

「……っ、う……」

 

そのタンカーを窓の隙間から見下ろす廃倉庫の中。

太いワイヤーで鉄製の椅子に縛り付けられたノアは、寒さと恐怖で小刻みに震えていた。

煌びやかなステージ衣装は所々が破れ、コンクリートの床に引きずられたことで無惨に汚れている。肌には擦り傷ができ、手首にはワイヤーが食い込んで血が滲んでいた。

 

痛い。寒い。怖い。

 

これまで、どれほど過酷なスケジュールでも、どれほど喉が擦り切れそうになっても、彼女は「トップアイドル」としての光の中にいた。

だが、ここは違う。ここは正真正銘の裏社会だ。光など一切届かない、ゴミ捨て場のような場所。

 

(……私は、こんなところで終わる人間じゃない。私は、選ばれたんだから……!)

 

ノアは必死に自分に言い聞かせる。

孤児院というどん底から這い上がり、自分の実力と生身の体(ナチュラル)だけでトップに登り詰めた。そのプライドだけが、今にも折れそうな彼女の心を繋ぎ止めていた。

 

「……一体、どこで私を改造するつもりなの?」

 

ノアは乾いた唇を舐め、震える声を振り絞って目の前の男を睨みつけた。

 

「改造? ハッ、何を言ってるんだお姫様」

 

薄暗い倉庫の中、ドラム缶に腰掛けた大男――ハウルが、鋭い銀色の人工歯を見せて嘲笑った。

首に食い込むような特殊な喉頭マイクが、彼の異様さを際立たせている。

 

「社長の差し金なんでしょ!? 私を全身義体(サイボーグ)にして、永遠に歌い続ける人形にするって……あの悪魔みたいな契約を、力ずくで実行するつもりなんでしょ!」

「ああ、元々はそういう依頼だったさ。あのイカれた社長さんは、お前を最高級のサイボーグにして、脳幹にパペット・システムを埋め込むつもりだったらしいな。だが……」

 

ハウルは懐から葉巻を取り出し、チッと火をつける。

紫煙がノアの顔に吹きかけられ、彼女は顔を顰めて咳き込んだ。

 

「世の中には、全身無改造(ナチュラル)のトップアイドルに、あの社長が出した報酬の三倍の金額をポンと出してくれる、イカれた好事家(クライアント)がいてな。悪いが、そっちに鞍替えさせてもらうことになったのさ」

「……!? じゃあ、あんたは社長を裏切って……!」

「裏社会じゃよくあることだ。安心しろ、お姫様。お前のその綺麗な体を切り刻んだり、機械を埋め込んだりするような野暮な真似はしねぇよ」

 

ハウルの言葉に、ノアは一瞬だけ安堵しそうになった。

だが、続く言葉が彼女をさらなる絶望へと叩き落とす。

 

「お前は『ナチュラルのまま』、大陸の奥地で大事に大事に飼われるんだ。一生、二度と出られない鳥籠の中でな。最高のコレクションとして可愛がってもらいな」

 

ノアの顔から、すっと血の気が引いた。

ゴルド社長の支配からは逃れられたかもしれない。だが、もっと深く、得体の知れない闇へと売り飛ばされるのだ。

一生、歌うことも許されず、ただの生きた芸術品として幽閉される。

 

(でも……それでも……私のこの体には、それだけの価値があるってことだわ)

 

歪んだ思考回路が、ノアのプライドを保たせようと必死に稼働する。

彼女は「生身のアイドル・ノア」であるからこそ、多額の金が動くのだ。

自分は唯一無二の存在なのだと、それだけが彼女の縋るべきアイデンティティだった。

 

「お前の出るはずだったドームライブも当然中止だ。今頃、あの社長さんもドタキャンに慌てふためいて、頭を抱えてるかねぇ」

 

ハウルは愉快そうに笑いながら、手元の携帯端末を操作し、背後に置かれた大型モニターの電源を入れた。

ニュース番組がドームの混乱を映し出しているだろう。それを最高の酒の肴にするつもりだったのだ。

 

しかし。

『♪――Night and day! 永遠の歯車(ギア)が重なり合う!』

『『♪――オーロラの空に、新しい明日(インダストリア)を創ろう!!』』

 

倉庫内に響き渡ったのは、アナウンサーの緊迫した声でも、暴動を起こすファンの怒号でもなかった。

地鳴りのような大歓声と、完璧なハーモニー。

 

「……あん? なんだこりゃ」

 

ハウルが葉巻を咥えたまま、怪訝そうに眉をひそめた。

モニターに映し出されていたのは、光の海となったドームのステージ。

そして、そこでスポットライトを浴び、数万人の熱狂を支配しているのは――紛れもなく『ノア』の姿だった。

 

だが、違う。

ノアの隣には、パンキッシュなドレスを身に纏った銀髪の少女――ビャッコが立ち、あろうことか二人で完璧なデュエットを披露しているのだ。

一糸乱れぬダンス。会場を包み込む圧倒的な歌声。

その映像が、ニュースのハイライトとして繰り返し流されている様子だった。

 

「替え玉か? しかも、企業の犬コロまでステージに上がってやがる。意味がわからねぇが……」

 

ハウルは不機嫌そうに舌打ちをした。

 

「こんなにあっさり替え玉が用意されてちゃ、しかも客がそれに気づかず熱狂しちまってるようじゃ、『本物』の価値が下がっちまうだろうが」

 

ハウルのそのぼやきは、ノアにとって死刑宣告に等しかった。

 

(……嘘……)

 

ノアの瞳孔が限界まで開き、画面の中の『自分』に釘付けになる。

自分ではない誰かが、自分の服を着て、自分の歌を歌っている。

いや、よく見ればわかる。あの同じ顔をした、出来損ないのはずの『妹』が。

そして何より残酷だったのは、数万人のファンが、それが『偽物』であることに全く気づいていないことだ。

いや、それどころか、ビャッコという異分子が加わったことで、これまでのノアのソロライブ以上の異常な熱狂を生み出しているではないか。

 

(私の代わりなんて、いないって……私が一番だって……そうじゃなきゃ、私が生きてる意味なんて……!)

 

自分が血を吐くような思いで築き上げてきた『唯一無二』。

孤児院から抜け出すための、たった一つの蜘蛛の糸だった『生身である自分』の価値。

それは、いとも簡単に別の誰かに代替可能であり、世界は彼女がいなくても、完璧に、いやそれ以上に美しく回っている。

 

「私は……替えが利く存在、だったの……?」

 

ポツリとこぼれ落ちた言葉と共に、ノアの心の中で、何かが決定的に砕け散る音がした。

瞳から光が消え、ただの空虚なガラス玉のように濁っていく。

恐怖すらも忘れ、ただ虚無感だけがノアを支配した。

 

「チッ……まあいい。さっさとクライアントに連絡してズラかるぞ」

 

ハウルはノアの絶望など気にも留めず、誘拐の依頼主であるクライアントに連絡を取るため、インカムのスイッチを入れた。

 

「おい、アルファ班。クライアントの船が着く。見張りを交代して、こっちへ来い」

『…………』

「……おい? 聞いてんのか、アルファ班」

 

返事がない。

聞こえてくるのは、かすかな砂嵐の音だけだ。

 

「ブラボー班、応答しろ。……港湾ゲートの連中は?」

『…………』

 

一切の応答がない。十数人配置したはずの精鋭たちが、まるで最初から存在しなかったかのように沈黙している。

夜の海鳴りだけが、不気味に倉庫を包み込んでいた。

 

「……チッ!」

 

ハウルは即座に異常を察知し、ドラム缶から立ち上がった。

そして、虚ろな目をしているノアの襟首を乱暴に掴み寄せ、巨大な腕で抱え込むようにして、入り口へ向けて銃を構えたのだった。

 

静まり返った廃倉庫。

ハウルが虚ろな目をしたノアを盾にし、入り口の重厚な鉄扉へ向けて大型ハンドガンを構えた、その直後だった。

 

ドッガアアアアアァァァン!!

 

夜の海鳴りをかき消すほどの爆発音が轟き、分厚い鉄扉が内側へ向かって派手に吹き飛んだ。

ひしゃげた何トンもの鉄板が火花を散らしてコンクリートの床を滑り、濛々たる粉塵と硝煙の匂いが、冷たい夜風と共に倉庫内へと一気に流れ込んでくる。

 

「何だッ!?」

 

ハウルが咆哮し、引き金を引こうとした。

だが、煙の中から現れたのは、重武装の突入部隊でも、装甲車でもなかった。

たった一つの、小柄なシルエットだ。

 

「――遅くなってごめん、ノア」

 

月明かりを背に受け、コツコツとコンバットブーツの足音を響かせて現れたのは、銀色の髪を揺らす少女。

数十分前まで、ドームのステージで数万人の熱狂を支配していた「偽物のアイドル」ではない。

ヒラヒラとしたドレスを脱ぎ捨て、一切の無駄を省いた白いタクティカル・ウェアに身を包んだ、治安維持部隊の小隊長――ビャッコだった。

 

「てめぇ……! どうやってここを……!」

 

ハウルが顔を歪める。

同時に、倉庫の暗がりやコンテナの陰に潜んでいた、ハウルの直属の部下数名が、一斉にアサルトライフルをビャッコへと向けた。

外の見張りを潰されたとはいえ、中にはまだこれだけの戦力が残っている。普通なら蜂の巣だ。

 

だが、ビャッコは立ち止まらない。

右手に握った無骨な黒鉄の銃『セラフィム』の銃口を、無造作に前方へ向けた。

 

「アレス、広域制圧弾、ライトニングチェイン」

【――既に演算は完了しています。トリガーをどうぞ、マスター】

 

ビャッコが引き金を引く。

放たれた一発の特殊弾頭が炸裂した。

 

閃光。

次の瞬間、何万ボルトという青白い電磁の鞭が、鉄のコンテナや濡れた床を伝って、潜んでいた部下たちへ次々と襲い掛かった。

 

「ぎゃああああっ!?」

「がっ、あ……ッ!」

 

人間を炭化させず、しかし神経を焼き切るよう調整された非致死性の雷撃。

悲鳴を上げる間もなく、屈強な傭兵たちが次々と白目を剥いて床に崩れ落ちていく。

たった一撃。それだけで、倉庫内の「雑魚」は完全に一掃された。

 

「……この前の借りはきっちり返す」

 

パチパチと放電の余韻が残る中、ビャッコはセラフィムを肩に担ぐように構え、見るものに威圧を与える無表情でそう言い放った。

そして、ノアを盾にするように抱え込んでいるハウルを真っ直ぐに見据える。

 

「降参しろ。……まさか、大事な『商品』を盾にするような、ダサい真似はしないよね?」

 

それはかつて、ビャッコ自身がハウルから突きつけられた言葉の意趣返しだった。

最高に皮肉めいた挑発に、ハウルのこめかみに青筋が浮かぶ。

 

「……チッ。舐めやがって、企業の犬コロが!」

 

ハウルは舌打ちをすると、盾にしていたノアをゴミのように床へ放りハウルが首を鳴らすと、彼の喉元に埋め込まれた特殊なサイバネティクス――ソニックブラスターの発生器が、キリキリと不気味な高周波の予備音を立て始めた。

空気が細かく振動し、肌が粟立つような圧迫感が倉庫を支配する。

前回、ビャッコを一方的に蹂躙した、不可視の音響兵器だ。

 

「悪いな。今は機嫌が悪いんだ。アンコールはご遠慮願うぜ」

 

ビャッコはセラフィムの銃身を下げ、重心を落とした。

前回とは違う。

彼女の瞳には、痛覚遮断による危うい熱と、A.R.E.S.の演算光が鋭く灯っている。

 

そして――ハウルの意識が完全に正面のビャッコへと向いているこの瞬間。

彼らは気づいていなかった。

倉庫の頭上、鉄骨が入り組むキャットウォークの影を、音もなく移動するもう一つの気配があることに。

 

(……いつでも行けます、小隊長)

 

アイリスが、暗闇の中で冷たく目を光らせていた。

彼女の視線は、倒れ込んでいるノアと、ハウルの死角を正確に捉えている。

 

「その澄ました顔……今度こそ、スイカみたいに破裂させてやるよッ!!」

 

ハウルが咆哮と共に、喉のデバイスを最大出力へと解放する。

空気を歪める必殺の衝撃波が放たれる瞬間、ビャッコもまた、コンクリートを砕くほどの踏み込みで前方へと飛んだ。

 

本物と偽物。人間とヒューマロット。

すべての因縁が交差する、最終決戦の幕が切って落とされた。

 

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