SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する!   作:宇宙のモナカ

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第50話 終焉のシンフォニー

「――死に晒せェェッ!!」

 

ハウルの喉に埋め込まれた『ソニックブラスター』が、限界を超えたオーバーヒートで真っ赤に焼け焦げながら、再び咆哮した。

それは、もはや一点を狙うだけの攻撃ではない。

回避不可能な広範囲の衝撃波を放つ、禁忌の『広域破壊モード』。

空気が物理的な壁となってビャッコの全身を押し潰さんと襲い掛かる。

 

ドッゴオオオオオオオオオオオオオォォォォン!!

 

轟音と共に、廃倉庫のコンクリート床が、まるで大津波に襲われたように震える。

積み上げられた鉄のコンテナは、ビリビリと細かく振動し、その一部が崩れていった。

並の人間であれば、その衝撃波に晒されるだけで内臓が破裂するであろう圧倒的な暴力。

そのすべてが、姉妹を庇って飛び出したビャッコの小柄な体に集中した。

 

「……ッ、ぐ……」

 

ビャッコの白いタクティカル・ウェアが、風圧で激しくたなびき、ズタズタに裂けていく。

無表情な彼女の顔も、極度の負荷で皮膚がわずかに歪み、口元から血が滲み出た。

しかし、彼女の足は、その場から一歩も後ろへ下がらない。

 

【――マスター、姿勢制御機能、最大出力を開始します。反動による骨格破壊のリスク、50%を突破】

 

アレスの警告が、ビャッコの脳内に直接響く。

これまでの強制駆動は、あくまで回避のための『補助』だった。

だが、この広域破壊モードを正面から受け止めるには、A.R.E.S.の持つ姿勢制御機能を、本来の目的とは全く異なる形で使用する必要があった。

 

(……分かってる。それが、私が最初に指令した『全ベット』だ)

 

ビャッコがチャージを開始した瞬間、A.R.E.S.へ事前に入力されていた「緊急反動制御コード」が発動した。

本来、宙返りや空中での姿勢変更、または武器の反動を逃がすための補助機能である姿勢制御介入機能。

それをA.R.E.S.は、あえて「逆」に使用した。

 

全身の関節をガチガチに固定し、地面に杭を打つように自重を一点に集中させる。

まるで自身の肉体を、大地と一体化した「アンカー」に変えるかのように。

それはビャッコの命令を受けたアレスが、その圧倒的な演算能力で割り出した、唯一の「対抗策」だった。

 

ミシミシ、とビャッコの脚の骨が、圧力に耐えかねて嫌な音を立てる。

足元のコンクリート床は、彼女の体を押し込む衝撃波と、それを支え続ける脚の重圧によって放射状に深くひび割れていった。

痛覚は遮断されている。だが、肉体の損傷を訴えるアレスの警告が、ビャッコの意識を激しく揺さぶる。

 

それでもビャッコは、無表情のまま、血の滲んだ唇をわずかに動かした。

その声は、轟音の中でかろうじてハウルへと届く。

 

「……お前は、吠えすぎだ。静かにしろ、駄犬」

 

それは、ハウルの咆哮を真っ向から否定する、冷徹な宣告だった。

 

「この期に及んで……ハァッ! 強がりやがって、クソ犬がァッ!!」

 

ハウルは憎悪を剥き出しにして叫んだ。

口元から、ソニックブラスターの過負荷による煙が上がり、異常な熱気が周囲に立ち込める。

ビャッコは、ハウルがさらなる出力を上げようとしているのを感じ取った。

 

(……だが、それもここまでだ)

 

右手に構えた黒鉄の銃『セラフィム』が、青白いエネルギーラインを激しく明滅させ、鼓動を始める。

ハウルの広域破壊モードの衝撃波を正面から受け止め続けるには、もう限界が近かった。

この一撃で、すべてを終わらせる。

 

【警告:セラフィム最終モード、フォトン・パイル、チャージスタンバイ。この一撃をもってセラフィムのエネルギーを全て使い果たします。また、周囲の被害にご注意ください】

 

脳内に警告音が鳴り響く。

 

【――出力、規定値の400%を維持。撃てます。マスター】

 

アレスの無機質な声が、ビャッコの脳内に響いた。

それは、ビャッコがこの戦いに「全ベット」した、命のリソースのすべてを注ぎ込んだ、最終形態の準備完了の合図だった。

ビャッコの左目の義眼が、臨界点を超えた青い光を放ち、ハウルを真正面から捉えた。

 

「――失せろ」

 

ビャッコの指が、セラフィムのトリガーを絞り込む。

その瞬間、この廃倉庫から「音」が消失した。

 

爆発音ではない。空気が、光が、そして存在そのものが極限まで圧縮され、一箇所へと収束していく臨界の静寂。

セラフィムの銃身が、青白い光の粒子を撒き散らしながら、物理法則を無視した高熱を帯びて咆哮した。

 

【――最終武装、フォトンパイル・モード。全出力、開放】

 

放たれたのは、ただのエネルギー弾ではなかった。

それは質量を持った「光の杭」。

ハウルの放つ、空気を歪めるほどの音響障壁。それをフォトンパイルは、まるでお湯が氷を溶かすかのように、一切の抵抗を許さず真っ向から貫通した。

 

「なっ……が、ぁあああああッ!?」

 

ハウルの絶叫が、空間を裂いた。

光の杭が通過した刹那、ハウルの右肩から先が、そしてソニックブラスターの発生器の半分を巻き込んで、空間ごと「円状」に抉り取られた。

断面からは血が吹き出す暇さえない。フォトンパイルの通過した空間は、分子レベルで消滅していた。

 

光の奔流はそれだけに留まらない。

ハウルの背後、倉庫の壁を紙のように突き破り、岸壁に停泊していた巨大タンカーの分厚い船体へと直撃した。

 

ズガァァァァァン!!

 

一瞬遅れて、タンカーの重厚な金属が引き千切られる轟音が夜の海に響き渡る。

タンカーの右舷には、直径数メートルに及ぶ巨大な風穴が空けられ、海水が滝のように流れ込み始めた。

 

「ガ、アッ……あ、あぁ……ッ!!」

 

右腕を根元から失い、喉のデバイスを破壊されたハウルは、その衝撃の余波だけで後方へと吹き飛ばされた。

抉り取られた肩から鮮血を撒き散らしながら、彼は壊れた操り人形のように宙を舞い、そのまま暗く冷たい夜の海へと没した。

海面に上がった大きな水飛沫が、やがて波紋となって消えていく。

 

「…………」

 

ビャッコは、セラフィムを構えた姿勢のまま、動かなかった。

銃身からは、熱を逃がすための排熱が白い蒸気となって立ち上っている。

姿勢制御機能を無理やり固定していたA.R.E.S.のアンカーが解除されると、彼女の周囲を覆っていたひび割れたコンクリートが、崩れるようにさらに細かく砕け散った。

 

【――ミッション完了。マスター、バイタル確認。筋繊維の損傷レベル『重度』。即時の治療を推奨します】

 

「……後でいい」

 

ビャッコは無表情のまま、短く答えた。

彼女の頬には、衝撃波で切れた傷から細い血の筋が流れている。

痛覚遮断が効いているはずなのに、体の芯が、魂そのものが擦り切れるような感覚があった。

それでも彼女は、ゆっくりと背後を振り返る。

 

そこには、お互いの体温を確かめ合うように、強く抱き合ったままの二人の少女がいた。

 

「……終わったよ。ノア、アイリス」

 

ビャッコの冷徹な、しかしどこか安堵を含んだ声に、アイリスがゆっくりと顔を上げた。

アイリスは、自分の腕の中にいるノアの様子を伺うように、そっとその肩を揺らした。

 

「お姉ちゃん……小隊長がやってくれたよ。……もう、大丈夫」

 

アイリスの声に、ノアがようやく顔を上げた。

整えられたメイクは涙と汗で崩れ、煌びやかだったはずの肌は土埃で汚れている。

それでも、モニター越しに見ていた「完璧なアイドル」よりも、今の彼女はずっと生身の、美しい一人の人間に見えた。

 

「……信じられない」

 

ノアは掠れた声で呟いた。

震える手で、自分の手首を自由にしてくれたアイリスの細い手を見る。

自分を助けに来た「偽物」。自分からすべてを奪うと思っていた、憎むべき存在。

だが、そのアイリスの手もまた、ワイヤーを解く際にできた傷で血が滲み、泥にまみれていた。

 

「……あんた、本当に馬鹿ね。こんな、いつ死んでもおかしくない場所に、嫌いなはずの私を助けに来て」

 

ノアは不器用に、震える手を伸ばした。

そして、アイリスの頬についた泥を、親指でそっと拭う。

アイリスは驚いたように目を見開いたが、すぐにその瞳にじわりと温かい涙を浮かべた。

 

「……大嫌いですよ、自分勝手でわがままなお姉ちゃんなんて。でも、それ以上に私の憧れなんです。……憧れの人をこんな場所で死なせるなんて、絶対に嫌ですから」

「…………」

 

ノアは鼻をすすり、アイリスから視線を逸らすように顔を背けた。

しかし、その手はアイリスの肩を離さず、むしろ今度は自分から頼るように、アイリスの肩へ重みを預けた。

 

「……本当に生意気ね。……妹のくせに」

 

ぶっきらぼうな、吐き捨てるような言葉。

けれど、そこにはこれまでの刺すような毒は一切なかった。

「妹」と認める。その一言が、アイリスにとってどれほどの救いになるか。

アイリスは、こぼれ落ちる涙を拭おうともせず、嬉しそうに、そして少し誇らしげに微笑み返した。

 

二人の様子を黙って見守っていたビャッコが、ふぅ、と長く熱い吐息をついて空を見上げる。

倉庫の穴の開いた屋根からは、都会の喧騒を忘れさせるほどに澄んだ、深い紺色の夜空が見えた。

ドームがある芸能特別区の方角には、まだ祭りの名残のような微かな光が空を焦がしているが、この湾岸エリアを支配しているのは、冷たく静かな深夜の潮風だけだ。

 

長い、あまりにも長い夜の、ひとつの旋律が終わろうとしていた。

 

「……行こう。ドームはもう閉演してるだろうけど……ノア、あんたを待ってる連中がいる」

 

ビャッコの言葉に、ノアがアイリスの肩を借りたまま、力強く頷いた。

ボロボロのまま、けれど誰よりも気高く。

三人の少女は、静まり返った夜の闇を突き抜けるように、自分たちの居場所へと歩き出した。

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