SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する!   作:宇宙のモナカ

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第52話 ヒューマロットに花束を

『――続いてのニュースです。先日、誘拐未遂があった芸能特別区の事件について、治安維持局は正式に、大手芸能事務所社長であったゴルド容疑者を逮捕したと発表しました。これに伴い、同容疑者の特権階級である【クリアランス:ゴールド】の資格は即座に剥奪され……』

 

第3詰所の薄暗い整備ドックに、壁掛けモニターから無機質なニュースキャスターの声が響いている。

 

『また、本事件には非合法の傭兵組織『ブラックハウンド』が深く関与していたと見られ、治安維持部隊の突入により構成員の多くは逮捕されました。しかし、組織の首謀者である通称『ハウル』の行方はいまだ掴めておらず、局は引き続き警戒を強めています』

『……さらに、ゴルド容疑者の逮捕により、所属していたトップアイドル・ノアの事務所は事実上の倒産状態となりました。ノア本人は当面の間の休業を発表しており、街では「ノアちゃんの歌が聴けなくなるなんて……」「ずっと待ってるから!」と、悲しみに暮れるファンの声が絶えません――』

 

「はいはい、っと。世間は大騒ぎだねぇ」

 

ピッ、とリモコンでモニターの電源を消し、ルミナは大きく伸びをした。

整備台の上に鎮座しているのは、激戦の傷跡を深く刻んだ黒鉄の大型ハンドガン『セラフィム』だ。

銃身は限界を超えた熱で焼け焦げ、内部の精密なパーツもひどく歪んでしまっている。

 

「……はぁ、マジで見たかったなぁ。空間を円状に抉り取るとか、物理法則への反逆じゃん。現場、撮影しといてくれればよかったのに」

 

ルミナは独り言を漏らしながら、分解された『セラフィム』のパーツを愛おしそうにピンセットで弄んでいた。

その瞳は徹夜明けの充血も忘れて、キラキラと少年のように輝いている。

 

「企業の開発部から拝借してきた『超高密度位相転移回路』を組み込んだのは正解だったけど、まさかこの『第4世代型伝導フレーム』が悲鳴を上げるレベルの出力を叩き出すなんてねぇ。A.R.E.S.のバックアップがあったとはいえ、フォトン・パイルの熱量をこのサイズで収束させたのは、もはや芸術だよ」

 

ルミナはボロボロになった銃身を眺め、さすが私と自画自賛しつつ、もっともっと無茶なデータが取れたはずだとノリノリでオーバーホールを進めていく。

 

「次はフレームに『アダマンチウム合金』の積層コーティングを試すべきか……。あーあ、やっぱりアタシも現場で特等席から拝みたかったなー!」

 

工具を放り出し、ルミナはまだ見ぬ「理想の破壊」を夢想して、一人整備室で身悶えていた。

 

一方、そんなルミナの作業音だけが響く詰所の片隅。

 

戦闘用の機甲兵(カタフラクト)『アイアン・メイデン』――のコアブロックに短い手足が生えたダルマ型マシンの中で、アイリスは自分の世界に浸っていた。

 

彼女の目の前には、空中に投影されたホログラム・ディスプレイが青白く発光している。

映し出されているのは、数日前の深夜、ドームでノアがたった一人で歌い上げた、あの生歌ライブのアーカイブ映像だ。

 

傷だらけの体で息を乱しながらも、決して折れることなく真っ直ぐに歌い続ける姉の姿。

アイリスは瞬きすら惜しむように、その映像をもう何十回と繰り返し再生していた。

かつては見るたびに胸を締め付けていた強烈な劣等感は、今はもうない。

代わりにあるのは、自分を「妹」と呼んでくれた姉への、どこか心地よい熱と誇らしさだった。

 

ピピッ。

 

不意に、手元の端末が短い電子音を鳴らした。ディスプレイの隅に、新着メッセージの通知がポップアップする。

差出人の名前を見て、アイリスはわずかに肩を揺らした。

ノアからだ。

 

『しばらく休んだら、私はまた一から再出発するつもり。事務所も何もないけど、またトップ目指してがんばるから。……ビャッコにも、そう伝えておいて』

 

簡潔で、少しぶっきらぼうな文面。

画面の中の姉に、かつて自分を『偽物』と蔑むような棘はどこにもない。

そこには、すべてを失った泥濘の中から、再び這い上がろうとする『お姉ちゃん』の強い決意がはっきりと滲んでいた。

 

アイリスは、ダルマの狭い空間の中で小さく息を吐き出すと、細い指を素早く動かして返信を打ち込んだ。

 

『わかった。頑張ってね、お姉ちゃん。あと、小隊長は私のだから手を出さないでね』

 

送信ボタンを押して数秒後。

すぐに返信の通知が鳴る。

 

『出さないわよ。本当に生意気になったわね』

 

呆れたような、けれどどこか優しく微笑んでいるようなノアの顔が浮かぶメッセージ。

その短い画面のやり取りを見つめながら、アイリスの口から自然と笑い声が漏れた。

 

「……ふふっ」

 

「偽物」としてしか生きられなかった少女は今、自分の意志で選んだ薄暗い鉄の箱の中で、誰に見せるわけでもない、心底幸せそうな「にへら」としただらしない笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

白い、あまりにも白すぎる天井。

そこは、第3詰所の薄暗い喧騒とは無縁の、静寂に支配された病室だった。

 

「……『りんご』」

 

ビャッコはベッドに横たわったまま、感情の読み取れない声でポツリと呟いた。

 

【了解しました。『ご』ですね。では――『極超音速飛翔体用高熱伝導率セラミック・マトリックス複合材料』】

 

「…………。次は『う』?」

【肯定します。次をどうぞ】

 

「……『うさぎ』」

【『ぎ』ですね。では――『擬似神経網構築用生体適合性導電性ポリマー・ナノチューブ』】

 

「…………。次は『ぶ』か」

【肯定します。次をどうぞ】

 

「……『ぶた』」

【『た』ですね。では――『多目的用途向け磁気閉じ込め方式反物質格納チャンバー』】

 

ビャッコは天井を見つめたまま、深く、深くため息をついた。

 

「……ねぇ、アレス。その言葉、本当にこの世界のどこかに実在するんだよね?」

【当然です。サクラデバイスコーポレーション標準学術用語集、および軍事用語辞典アーカイブより引用しています。判定を不服とする場合は、原典ログを網羅的に表示しますが、なにか?】

 

脳内から響き渡る、どこか不服そうにため息をつくAIの姿を幻視しながら、ビャッコはあきらめたように両手を挙げた。

 

「……いい。やめよう。AI相手にしりとりしても、むなしいだけだ」

【では、私の勝利ですね】

「はいはい。すごいすごい」

【なにか不服な点がありましたか、マスター?】

「……べっつにー」

 

ビャッコは天井を見つめたまま、投げやりに答えた。

 

深夜のドーム。ノアの震えるようなアカペラを舞台袖で最後まで見届け、アイリスを連れて会場を後にしようとした直後、ビャッコの意識はぷつりと途絶えた。

A.R.E.S.を活用した無理な駆動。神経系と筋繊維を限界まで絞り出し、姿勢制御をアンカー代わりに使ったツケは、戦いが終わった瞬間に容赦なく彼女の小柄な体を襲ったのだ。

 

気づいた時には、いつもの清潔で無機質な病室にいた。

そして、意識が戻るなり待っていたのは、いつもの「博士」による底冷えするような説教だった。

 

『君は私の意見を無視しないと気が済まないのか? もう少し賢いと思っていたのだがな』

『す、すみません。わざとじゃないんです』

『今回、サイバネへの換装が必要なかったのは単なる幸運だ。神経系はズタズタ、筋肉は焼き切れる寸前。次にこんな真似したら、君の人格が器に留まっていられる保証はないぞ』

『……はい』

 

ビャッコはベッドの上で小さくなりながら、黙ってその言葉を聞いていた。

ボディスーツの上に白衣を羽織った、30代ほどの美しい女性――ビャッコの主治医でもある博士の顔はひどく険しかった。

彼女の目元が赤く腫れあがっていたことはあえて指摘はしなかったが、ビャッコにはきちんとわかっている。

 

(……きっと、運ばれてきた自分の修復作業のために、一睡もせずに徹夜でモニターを睨み続けてくれたんだろうな)

 

その迫力と、微かに感じた罪悪感に押され、ビャッコはただコクコクと人形のように頷くことしかできなかった。

あまりの勢いに、気晴らしのための暇つぶし道具――本やゲーム端末――をねだるタイミングすら逃してしまい、結果として今、この高性能なAIとの虚無すぎるしりとりに至っているというわけだ。

 

「……はぁ」

 

二度目のため息が漏れた時、病室の自動ドアが静かにスライドした。

 

「……ちょっと。心拍数が急に上がったみたいだけど、何かあった?」

 

ひょっこりと顔を出したのは、お見舞い用の果物味の栄養ゼリーのカゴを持ったネオンだった。

 

「ネオン……。大したことじゃないけど。なんで分かったの?」

 

不意を突かれたビャッコが問い返すと、ネオンは一瞬、ハッとしたように視線を泳がせ、慌てて自分の頬を指差した。

 

「か、顔を見ればわかるのよ」

「……そうなの?」

 

妙に慌てた様子で言い張るネオンに小首を傾げるビャッコ。

だが、ビャッコはそのうち、「さすが凄腕ハッカーだ」と妙に納得し、それ以上の追及はやめた。

ネオンは椅子に腰を下ろすと、ふと思い出したように足元に置いていた大きな段ボール箱をベッドの上に持ち上げた。

 

「そういえばこれ。詰所にビャッコ宛で届いてたわよ。検閲は通ってるから危険物は入っていないはずだけど」

「……私に?」

 

見覚えのない差出人に首をひねるビャッコに、ネオンが頷きながら補足する。

 

「ほら、ドームの楽屋にいた、あの時のメイクの女性よ」

「……っ」

 

箱を開けた瞬間、病室の消毒液の匂いを塗り替えるような、瑞々しくも高貴な香りが溢れ出した。

中には、鮮やかな青色に染められたバラの花束と、丁寧に畳まれた黒い衣装――あの日、ドームの騒乱の中でビャッコが身に纏った、あのアイドル衣装が収められていた。

 

ビャッコは、箱の隅に添えられていた一通のメッセージカードを手に取った。

そこには、殴り書きのような、けれど芯の通った達筆な文字が並んでいた。

 

『――あの夜の輝きは、誰に指図されたものでもない。永遠にあんただけのものだ。この衣装は持っていきな。……ヒューマロットに花束を。』

 

「…………」

 

カードを読み終えたビャッコは、呆然としながら衣装を箱に戻すと、しげしげと花束を眺めた。

 

「だから、あの人は一体なんだったんだよ……」

「ふふ、いいじゃない。後でアーカイブ見たけど素敵だったわよ?」

 

ネオンがからかうように笑い、それから少しだけ照れくさそうに、箱の中にある黒い衣装を指差した。

 

「……それ、いつか体が治ったら、また着て見せてよ。今度はもっと、明るいところでさ」

「……やだ」

 

ビャッコはぶっきらぼうに答えると、箱の中の青いバラを一本つまみ上げた。

青いバラ。

かつては「不可能」の代名詞とされ、今では「奇跡」という花言葉を与えられた、人工的な美しさを持つ花。

 

ビャッコはジト目でその花弁を見つめた。

あの夜のことを思い出すと顔から火が出そうになるほど恥ずかしさが込みあがってきて仕方なくなる。

ネオンがいなければ頭を掻きむしりながら悲鳴を上げたいところだ。

 

ビャッコはため息を吐くと、せっかくの綺麗な青いバラを、黒い衣装の入った段ボール箱の中へ『ポイッ』と無造作に放り投げた。

 

「あーあ、せっかくのお花が台無しじゃない」

 

そんな呆れた声を出すネオンを無視して、ビャッコはベッドの布団を頭からすっぽりと被り、会話を強制終了させる構えに入った。

 

「……アレス」

【はい、マスター】

「……『ばら』」

【『ら』ですね。では――『ランダム化アルゴリズムを用いた量子暗号通信ネットワーク』】

「…………」

 

布団の山が、呆れたように小さく上下に揺れた。

 

「……もう寝る」

【おやすみなさいませ、マスター。本日のしりとりは、私の完全勝利ということで記録しておきます】

「……うるさい。次起きたら初期化するぞ」

【それは推奨されません】

 

窓の外には、夜明け前の静かな街並みが広がっている。

布団の中で小さく丸まり、ポンコツな(と本人は思っている)AIとのおふざけに付き合いながら、ビャッコはどこか肩の力が抜けた心地よい疲労感に包まれて、深く、静かな眠りへと落ちていった。

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