SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する!   作:宇宙のモナカ

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第59話 追憶のハードウェア

青白いホログラムの光だけが、第3詰所の重苦しい沈黙を照らしていた。

ルミナが暴き出した『不正なDNAデータ』は、巨大企業サクラデバイスの暗部をはっきりと映し出している。

しかし、だからといって「よし、悪党を捕まえよう」と単純に動けるほど、この都市の構造は甘くない。

 

「……これ以上の詮索は無用よ。私たちの権限を完全に超えているわ」

 

腕を組んだネオンが、冷徹な声で結論を下した。

 

「相手は上位クリアランスを持つVIP。それに、システムの深層データを別人の『死刑囚』として書き換えている以上、サクラデバイスの中枢にかなりの権力を持った協力者がいるはずよ。ただの治安維持部隊が下手に嗅ぎ回れば、私たちごと『不慮の事故』で処理されて終わりね」

「事故、か……」

 

ビャッコは自嘲気味に呟き、手元の端末に視線を落とした。

 

前世は、しがない日本のサラリーマンだ。

正義感に駆られて会社の不正を内部告発した人間が、その後どうなるか。

その全部が全部うまくいくわけではないことは、ニュースやネットの噂で聞いたことがある。

左遷やクビならまだマシだ。

ましてやここは、人命すら『パーツ』として消費される狂ったディストピア都市。

文字通り、社会からも物理的にも消されるリスクの方が圧倒的に高い。

 

(俺たちは、正義のヒーローじゃない。ただの企業に雇われている身だ)

 

ビャッコは、自身の手をギュッと握りしめた。

今までだってこの社会の闇に踏み込んだことはあるが、それらはいずれも治安維持部隊の大義名分を掲げて行ったれっきとした任務だった。だが、今回は違う。

 

あのスラムの若者の、涙と泥にまみれた顔。指先に残る、生温かい血の感触。

胸の奥では義憤と吐き気が渦巻いているが、小隊長として、優秀な部下たちを無駄死にさせるわけにはいかない。

 

「……ネオンの言う通り。これ以上踏み込めば、私たちの首が飛ぶだけ」

 

ビャッコが苦渋の決断を口にすると、部屋の空気がさらに一段と重く沈んだ。

 

「私は、小隊長の判断に従います」

 

壁際で直立していたアイリスが、静かに、しかし刃物のように冷たい声で言った。

 

「ですが、あの男のやってることは好きじゃないです。もし小隊長が『やれ』と命じるのであれば、私はいつでもアイアン・メイデンで乗り込みますよ」

「……アイリスが危険な目に遭うだけだから、やめておいて」

 

ビャッコは小さくため息をつき、忌まわしい事実を映し出すモニターの電源を落とそうと手を伸ばした。

見なかったことにする。蓋をする。

それが、巨大なシステムに組み込まれた小さな歯車としての、最も『正しい』生存戦略なのだから。

 

「……待ってよ」

 

ビャッコの指がスイッチに触れる直前。

意外な声を上げたのは、ルミナだった。

ビャッコはその声を上げたルミナの方へと視線を向ける。

 

普段の底抜けに明るい彼女からは想像もつかない、ひどく沈んだ、悲痛な表情がそこにあった。

 

「私はこの件、危険だってわかってるけど、ちゃんと突き止めたい」

 

思い詰めたようなルミナの言葉に、ビャッコは思わず目を丸くする。

どんな命令でも「りょうかーい」と軽く返してきた彼女が、こんなに真剣な表情を見せるのは初めてだったからだ。

 

「ルミナ? どうして……」

「私のおじいちゃんね、下層の、すっごくボロい修理工場の親方だったの」

 

ビャッコの問いかけに、ルミナはぎゅっと拳を握りしめ、ぽつりぽつりと過去を紡ぎ出した。

 

「貧乏だったけど、機械を直す腕は確かでね。でも、私がサクラデバイスの技術学校に入るための学費……どうしても足りなくて。そしたらおじいちゃん、ある日突然、自分の右腕をドネーションして帰ってきたんだ」

 

ドネーション。それは、この都市で貧困層が合法的に金を稼ぐための、文字通りの『身売り』だ。

 

「……安い、冷たいサイバネの義手になってさ。油まみれのあの分厚い手がなくなっちゃったのが悲しくて……。そしたらおじいちゃん、その冷たい義手で私の頭を撫でて、笑って言ったの」

 

『可愛い孫のためだ。それに、この機械の腕、ちょっとかっこいいだろ?』

 

「……嬉しそうに、そう言って笑ってくれたの。自分の体の一部をなくしたのに、私のために……」

 

ルミナは両手でさらに強く拳を握りしめると、悲痛な叫びを上げるようにバンッ!とデスクを叩いた。

 

「ドネーションは……無理やりされるものじゃない。自分の身を削ってでも、大切なものを残すための……そういう、痛くて優しい覚悟なんだよ!」

 

その言葉には、ただの正義感を超えた、血を吐くような怒りが混じっていた。

 

「なのに、あいつは……! 人をモノみたいに攫って、命を切り刻んで、適当なデータを上書きするなんて……それを『在庫』だの『特注品』だのって笑ってた! おじいちゃんみたいな人たちの覚悟も、生きるための必死さも、全部泥で汚して、ただの金儲けの道具にしてる!」

 

ルミナは真っ直ぐにビャッコを見据えた。

その瞳には絶対に引かないという強い意志が宿っていた。

 

「私、あいつだけは……あいつのやってることだけは、絶対に許せない。企業がどうとか、権力がどうとか関係ない。あんな奴に、人間のパーツを語る資格なんてない……ッ!」

 

ルミナの痛切な言葉が、冷え切っていた第3詰所の空気を震わせた。

その瞳に見据えられたビャッコは、少しだけ目を伏せた。

 

(……眩しいな)

 

胸の奥が、ちくりと痛んだ。

前世で酸いも甘いも噛み分け、組織の理不尽に削られ続けてきた自分は、いつの間にか「賢くやり過ごすこと」ばかりを覚えてしまっていたようだ。

理不尽な現実に怒ることを諦め、見ないふりをして蓋をする。

それが大人になることだと、すれっからしの自己弁護を重ねていたのだ。

だからこそ、ルミナのその若く、純粋で、泥臭い正義感がひどく羨ましかった。

そして同時に、最初から諦めて保身に走ろうとしていた自分が、たまらなく情けなく、恥ずかしく思えた。

 

前世のしがないサラリーマンだった自分なら、ここで俯いて、後で酒でも飲んで誤魔化すことしかできなかっただろう。

でも、今の自分は違う。

企業の理不尽を物理的にぶっ飛ばせるだけの最強の「ガワ」があり、背中を任せられる頼もしい仲間がいるのだ。

 

(『大人になったこと』をできない理由にしちゃだめだよな)

 

ビャッコはふっと息を吐き出すと、モニターの電源を落とそうとしていた手を引っ込め、ルミナに向かってゆっくりと頷く。

 

「……わかった。この件、私たちで片付けよう」

「小隊長……」

「その代わり、残業代は出ないけど覚悟してよ」

 

弾かれたように顔を上げたルミナに淡々と告げてから、ビャッコは呆れたようにため息をつくネオンへと視線を向けた。

 

「ネオン。後で上に文句言われないような、いい方法を用意してほしい」

「……ハァ。本当に、うちの小隊長は馬鹿なんだから」

 

ネオンは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえたが、その口元には微かな笑みが浮かんでいた。

 

「統合監査局のハイエナどもに匿名でデータを送りつけるルートは、私が構築しておくわ。でも、やるからには中途半端は許さない。言い逃れのできない、完璧な『オフラインの生データ』を引っこ抜いてこないと」

「了解。アイリス、無理にとは言わないけどどうする?」

「私の気持ちは既に決まってます。小隊長の決断に、どこまでも付き従う覚悟です」

 

アイリスが静かに深く頷き、ビャッコにその視線を向けた。

ビャッコは頼もしさに満足げに頷き、再びコンソールに向かうルミナの背中を見た。

 

「さて。その目標の非合法工場なんだけど……今の時点じゃ、どこにあるかわからないんだよね? どうやって探す?」

「もし非合法な工場があるとしたら、やっぱり下層地区でしょうね」

 

ビャッコの問いに、ネオンが眉を寄せてホログラムを操作した。

 

「監視カメラやセンサーが密集している地上で、スラムの住民を何人も搬送するのはリスクが大きすぎるわ。ゴミや闇の物資に紛れ込ませて処理するなら、管理の行き届かない下層の闇に隠すのが一番効率的よ」

「現地か。ということは、前みたいにまた変装して聞き込みする?」

 

スラムの住人にとって、治安維持部隊は協力者ではなく、避けるべき「外敵」でしかない。

となればいつぞやの殺人事件の時のように地道な捜査になる。

ただし、今回は統合監査局のバックアップがないので、時間がかかることになるか。

そうビャッコが思っていると、黙り込んでいたアイリスが、静かに一歩前へ出た。

 

「……小隊長。もしよろしければ、私に伝手(つて)があります」

「アイリス? 伝手って?」

「はい。以前、こちらでお世話になる前に、私は下層のブラックマーケットで用心棒や、地下闘技場の興行に携わっておりました。その時の伝手を使えば、表のネットワークには流れない『生臭い噂』を拾えるはずです」

 

アイリスの言葉に、ビャッコはふと思い出した。

アイリスは廃熱プラントから逃げ出した後、治安維持部隊に入るまでの期間を下層地区でアイアン・メイデンに乗って生き抜いてきたのだ。

それは、ビャッコの知らない彼女の孤独な戦いの記憶。

 

「……わかった。アイリスのルートを使わせてもらうよ」

 

ビャッコはそう答えると、手元の端末を机に置いた。

 

「ネオン、私たちは非公式に動く。今回はバックアップをお願いできる?」

「……ハァ。心配だからついていきたいところだけど、今回は仕方ないでしょうね」

 

ネオンは呆れたように肩をすくめたが、その手はすでにキーボードの上で素早く動いていた。

 

「通信は暗号化されたクローズドチャンネルに切り替えるわ。万が一、上の監査に引っかかりそうになったら、私が全力でログを偽造してあげる。……だから、無茶はしても、無謀な真似だけはしないで。いいわね?」

「了解。助かるよ、ネオン」

 

ビャッコは頼もしいオペレーターに短く応えると、ルミナとアイリスに向き直った。

 

「よし、行こう。まずは目立たない格好に着替えて、アイリスの伝手のところへ潜り込むぞ」

 

三人は詰所の裏口から、夜の帳へと滑り出した。

 

向かうは、光の届かない下層の深淵。

冷たい鉄の匂いと、腐った野心が渦巻くブラックマーケット。

自分たちが暴き出した『不正なトレーサビリティ』の向こう側にある、悍ましい真実の喉元を掴むために。

 

ビャッコ達による、非公式潜入作戦が今、静かに幕を開けた。

 

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