SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する!   作:宇宙のモナカ

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第66話 白銀のアセンブル

「ピッ……ピッ……」

 

仮眠室に、規則的な電子音が静かに響き続けている。

消毒液と微かな血の匂いが漂う中、ベッドに横たわっていたビャッコが、ゆっくりと目を開けた。

 

「……っ」

 

覚醒したビャッコは、自分の右肩に走る鈍い痛みと、そこから先の『重さ』が完全に消失していることに気づく。

だが、彼女はパニックを起こすこともなく、ただ静かに、切り落とされた断面に埋め込まれたチタン製のマウントを見つめた。

 

「ビャッコ、ちゃん……っ」

 

ベッドの傍らには、目を真っ赤に腫らしたルミナが座り込んでいた。

ルミナはビャッコが目を覚ましたことに安堵しながらも、再び大粒の涙をボロボロとこぼし始める。

 

「ごめんなさい……ごめんなさいっ。私が、私が途中でデータを抜いたせいで……データが、足りなかったの。肝心なところが欠けてて……それに、ビャッコちゃんにこんな……っ」

 

嗚咽を漏らしながら、ルミナは必死に状況を説明した。

自分のワガママのせいで、ビャッコが右腕を失い、それでも持ち帰ったデータは不完全だったという絶望的な事実。

 

しかし、ビャッコの反応は、ルミナの予想とは全く異なるものだった。

 

「……そっか。でも、ルミナを守れてよかった」

 

ビャッコは極めて冷静に、そして淡々とそう口にした。

 

「それでデータが足りないなら、また潜入しないと」

「え……っ?」

 

あまりにも平然としたその言葉に、ルミナは絶句する。

右腕を失ったというのに、ビャッコの心は少しも折れていなかった。

 

「で、でも……っ! ビャッコちゃんの腕が……右腕が、ないんだよ!?」

「ルミナが用意してくれるんじゃないの?」

「……え?」

 

ビャッコは不思議そうに、こてんと首を傾げた。

 

「この前、言ってた」

 

その一言で、ルミナの脳裏にいつかの日常の風景がフラッシュバックする。

『もし万が一、ビャッコちゃんの腕が反動に耐えきれずにもげちゃったりしたらさ。その時はアタシが、排熱ギミック全開の超クールなサイバネアームを作ってあげるからねー!』と、笑って言った、ただの冗談。

 

(あんな冗談を……この子は、本気で……)

 

ビャッコは、ルミナのその言葉を「本当の約束」として信じ切っていたのだ。

自分に向けられた、一片の曇りもない絶対的な信頼。

それを受けた瞬間、ルミナの瞳から絶望の色がスッと消え去った。

 

「…………っ」

 

ルミナは乱暴に袖で涙と鼻水を拭い、ギュッと両頬を叩く。

再び顔を上げた時、泣き虫な少女の顔は消え、そこには誇り高きエンジニアの顔があった。

 

「……どんなのがいい? ビャッコちゃん」

「銃の反動を、完全に殺せる機能」

 

ビャッコは真剣な瞳でリクエストを口にする。

 

「それと、あわよくば……あのスクラッパーとかいう奴をぶち抜ける武器」

「……任せて」

 

ルミナは力強く頷いた。

 

「作る。絶対、作るよ……!」

 

ルミナは弾かれたように立ち上がると、仮眠室の入り口へ向かって走り出す。

実家の工房や、かつて出入りしていた開発部門のツテを全て使って、最高のパーツをかき集めてくるために。

 

部屋を飛び出すすれ違いざま、ルミナは傍観していた女医に向かって叫んだ。

 

「先生! ビャッコちゃんの腕の接合部を、『規格:XR-909・重装甲リンク』に調整しておいて! それが終わったら、あとは私が全部やるから!」

「……はっ。人使いの荒いお嬢ちゃんだね」

 

呆れたように肩をすくめる女医を尻目に、ルミナは振り返ることなく、弾丸のような勢いでガレージへと駆け出していった。

 

 

数時間後。

 

「――はい、注文通りマウントの規格調整は終わったよ。神経系のバイパスもXR-909用に書き換えておいた」

 

女医は血に染まった手袋をゴミ箱へ放り投げると、自分のバッグを肩に担ぎ直した。

 

「アタシの仕事はここまでだ。地上に長居する趣味はないんでね。お代はアイアン・メイデンにツケとくから、そのうちまた来な。……せいぜい、死なないこったね」

 

ヒールを鳴らし、女医はネオンたちに背を向ける。

嵐の前の静けさが漂う第3詰め所から、彼女は足早に姿を消した。

 

入れ替わるようにして、ガレージのシャッターがけたたましい音を立てて開く。

息を切らしたルミナが、大量のジャンクパーツや未発表の軍用規格品が山積みになった台車を押して飛び込んできた。

 

「ハァッ……ハァッ……! 最高のパーツ、かき集めてきた……!」

 

実家の工房の裏ルートや、かつて出入りしていた開発部門のネットワークをフル活用し、ルミナは文字通り「出し惜しみのない」ハードウェアを揃えていた。

そのままガレージの作業台にパーツをぶちまけると、ルミナはメインモニターに複雑な三次元のホログラム設計図を展開し、防護ゴーグルを下ろした。

 

「……絶対、最高の腕にしてあげるからね」

 

そこからのルミナの集中力は、鬼気迫るものがあった。

 

バチバチッ!と青白い溶接の火花が散り、ガレージに焦げた金属とフラックスの匂いが充満する。

ルミナは極小のピンセットとレーザーハンダを駆使し、まずは義手のコアとなる駆動部を組み上げていく。

 

「人工筋肉のベースは、高密度カーボンナノチューブ繊維をマルチレイヤー・ウィーブで……。これなら、ビャッコちゃんの瞬発力にもちぎれずに追従できる」

 

カタカタとキーボードを叩き、オシロスコープの波形を睨みつける。

 

「A.R.E.S.の演算速度に遅れないように、神経伝達バイパスのレイテンシは0.001ミリ秒単位まで最適化……。接点には超伝導ゲルを使って、ノイズを完全にシャットアウトする!」

 

一切の妥協を許さない、ルミナの執念。

オファニムやセラフィムの暴力的な反動を殺すための機構には、特に心血が注がれた。

 

「関節部のショックアブソーバーには、非ニュートン流体と液体金属を配合したマイクロ・シリンダーを並列配置。これで、どんな反動も腕全体で相殺できる……!」

 

ここまでは前々から考えていた構想。順調に作業が進む。

だが、ルミナの手が、ピタリと止まった。

 

「残るは……『あいつの装甲をぶち抜く機能』……」

 

ルミナは震える手で、モニターの奥深くに封印していた未承認の設計図を呼び出した。

極限の装甲を穿つには、コンマ数秒での莫大な「超高密度エネルギーの瞬間圧縮バースト」が必要になる。

しかし、通常のジェネレーターや高出力バッテリーでは、その一瞬のバースト出力に耐えきれず、腕の中で大爆発を起こしてしまう。

 

規格外のエネルギーを制御し、一点に集中させる『触媒』として機能できるのは、生体AI「A.R.E.S.」と完全に同期した――ビャッコ自身の生きた中枢神経と細胞だけだった。

 

「……っ」

 

ルミナの手の中にある、鈍く光る生体変換コア。

これを組み込めば、ビャッコの体を「生体ブースター」として強制的に限界突破させることができる。

しかしその代償として、細胞分裂の限界を異常な速度で燃焼させ、撃つたびに不可逆的なダメージを負う。

ただのエネルギー消費ではない。文字通り、ビャッコの『命』を弾丸に変えて撃ち出す悪魔のシステムだ。

 

「こんなの組み込んだら……ビャッコちゃんが、死んじゃうかもしれない……っ」

 

コアを握りしめ、ルミナの目からポタポタと涙がこぼれ落ちた。

そんな兵器、絶対に作りたくない。失いたくない。

恐怖と葛藤に押し潰されそうになった時、ふと、機械油の匂いがルミナの脳裏にセピア色の記憶を呼び起こした。

 

――あたたかい、西日の差す小さな工房。

 

『学校を卒業したら、いつか、おじいちゃんにもっといいサイバネアーム、組んであげるんだ! 最新式の、すっごいやつ!』

 

無邪気に笑うルミナの頭を、祖父の大きく、無骨な金属の手が優しく撫でた。

 

『俺はこれで十分だよ。……でもな、ルミナ。お前がもっといいアームを組むんだったら、その時は』

 

祖父の言葉が、今のルミナの耳に、はっきりと蘇る。

 

『相手の覚悟をちゃんと受け止めて……魂こめて、つくってやんな』

 

――パチリ、と。

溶接の火花が弾ける音で、ルミナは現実へと引き戻された。

 

(相手の、覚悟……)

 

ルミナの脳裏に、右腕を失ってもなお「ルミナを守れてよかった」と淡々と告げたビャッコの顔が浮かぶ。

彼女は、自分が壊れることなんてこれっぽっちも恐れていない。

みんなを守るためなら、自分の命なんていつでも投げ出す覚悟ができているのだ。

その覚悟から目を背け、ただ「安全なだけの腕」を作ることこそが、ビャッコの魂に対する最大の裏切りなのではないか。

 

「……おじいちゃん。私、最低のエンジニアかもしれない」

 

ルミナは涙を乱暴に拭い去ると、生体変換コアを義手の中心軸へとカチリとはめ込んだ。

 

「ビャッコちゃんが、命を削ってでも私たちを守るっていうなら……」

 

ルミナはドライバーを握る手に、ぎゅっと力を込めた。

システムコードの名称に『フォボス・オーバードライブ』と打ち込み、エンターキーを強く叩きつける。

 

「――私も一緒に、地獄に行く覚悟するから」

 

もう、迷いはなかった。

これは、ただの機械じゃない。ただの兵器でもない。

ビャッコと一緒に運命を背負い、共に血を流すための――私の魂だ。

 

「装甲材は……チタン合金と軽量セラミックのコンポジット・アーマー。あいつの攻撃を弾き返す、最高の盾……!」

 

ルミナは最後の一手として、白く輝く流線型の装甲パネルを、組み上がった骨格へと丁寧に打ち込んでいく。

ガシャン、ガシャンと、命を吹き込むような重厚な金属音がガレージに響き続けた。

 

そして――。

換気扇が静かに回るガレージに、白々と夜明けの光が差し込み始めた頃。

 

「……できた」

 

顔をオイルと煤で真っ黒にしたルミナの目の前には、設計図を完璧に具現化した、美しくも禍々しい『白銀の右腕』が鎮座していた。

 

 

 

 

すっかり日が昇った頃。

仮眠室の空気は、張り詰めたような静寂に包まれていた。

ベッドに身を起こしたビャッコを、ソファからネオンとアイリスが息を呑んで見守っている。

 

そこへ、ゆっくりとドアが開いた。

徹夜の作業で顔にオイルと煤をべっとりとつけたルミナが、フラフラとした足取りで入ってくる。

その両腕には、分厚い耐熱布に包まれた「重たい何か」が大事そうに抱えられていた。

 

「ルミナ……」

 

ネオンが声をかけると、ルミナはコクリと頷き、ビャッコのベッドの脇に立った。

そして、緊張で微かに震える手で、覆っていた布をファサリと取り払う。

 

「……!」

 

アイリスが小さく感嘆の声を漏らした。

蛍光灯の白い光を反射して姿を現したのは、極めて美しく、そして禍々しいまでの機能美を放つ『白銀のサイバネティック・アーム』だった。

華奢なビャッコの体格に完璧に合わせた流線型のフォルムでありながら、チタン合金と軽量セラミックの複合装甲が放つ重厚な威圧感は、それがただの義手ではなく、間違いなく「兵器」であることを物語っていた。

 

「ビャッコちゃん」

 

ルミナは真剣な瞳で、まっすぐにビャッコを見つめた。

 

「神経を直接繋ぐから……少し、痛いよ」

「大丈夫」

 

ビャッコは一切の躊躇なく、短い言葉で応じた。

ルミナが慎重に、白銀の腕のジョイント部分を、ビャッコの右肩に埋め込まれたチタン製のマウントへと近づけていく。

 

ガァンッ!

 

重々しい金属のロック音が部屋に響き渡った。

プシュゥゥゥ……!と高圧の圧搾空気が抜け、義手側の無数の接続ピンが、マウントの奥にあるビャッコの中枢神経系へと容赦なく物理的に食い込む。

 

「――っ」

 

ビャッコの端正な顔が、一瞬だけ苦痛に歪んだ。

生身の神経と機械の回路が強制的に結合される、焼け焦げるような痛み。

しかしビャッコは決して声を上げず、ただじっとそれに耐え抜いた。

 

その直後、ビャッコの脳内に、無機質なシステムボイスが直接鳴り響いた。

 

【システム・A.R.E.S.:新規ハードウェアの接続を検知】

【生体神経ネットワークとの同期プロセスを開始……30%……70%……100%】

【最適化完了。XR-909・カスタムアーム【PHOBOS(フォボス)】、オンライン】

 

静かだった白銀の腕の隙間から、一瞬だけ脈打つような淡い光が漏れ、すぐに落ち着いた。

ビャッコはゆっくりと、新しくなった右腕を目の前の虚空へと持ち上げる。

 

ウィィィン……という、極めて微小で精密なマイクロ・モーターの駆動音が鳴る。

ビャッコは白銀の指を、親指から小指まで、一本ずつ確かめるように折り曲げた。

そして、手のひらを大きく開き、力強く握り込む。

 

ぐー、ぱー。ぐー、ぱー。

 

自分の意志と寸分の狂いもなく、0.001ミリ秒の遅延すらなく追従する圧倒的なレスポンス。

高威力の銃の反動を殺すためのショックアブソーバーの滑らかさ。

そしてその奥底に隠された、自分の命を代償にする『悪魔のシステム』の重たい熱量。

 

ビャッコは、ルミナが何を思い、どれほどの覚悟でこの腕を組み上げたのかを、言葉ではなく、神経を繋いだその『重さ』で完全に理解した。

 

ビャッコは白銀の拳を強く、強く握りしめる。

その瞳に、揺るぎない戦意が光った。

 

「これならいける。……ありがとう、ルミナ」

 

その言葉を聞いた瞬間。

張り詰めていたルミナの糸が、プツリと切れた。

 

「……っ、うぁぁぁぁんっ!」

 

ルミナは子供のように顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくりながら、オイルまみれになるのも構わず、ビャッコの胸に思い切り飛び込んだ。

ビャッコは少し驚いたように目を丸くした後、新しくなった白銀の右腕で、泣き叫ぶルミナの小さな背中を不器用に、けれど優しくポンポンと撫でた。

 

その光景を見つめるネオンとアイリスの目にも、光るものが浮かんでいた。

絶望のどん底から、彼女たちは再び立ち上がったのだ。

だが、理不尽な暴力が、すぐそこまで迫ってきていることなど、まだ誰も知る由もなかった。

 

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