SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する!   作:宇宙のモナカ

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第69話 焼却のダウンタイム

抽出完了まで、あと9分。

退路を絶たれたメインサーバー室に、改修型スクラッパーの鼓膜を揺らすような駆動音が響き渡った。

 

「ビャッコちゃん、来るっ……!」

「ルミナはコンソールから離れないで」

 

コンソールにしがみつくルミナの前に立ち塞がり、ビャッコはセラフィムを構える。

ズンッ!と床を揺らし、全高3メートルの鋼鉄の巨体が猛然と突進してきた。両腕に装備された高周波ブレードが、青白い火花を散らしながらビャッコを両断せんと振り下ろされる。

 

「――遅い」

 

ビャッコは最小限の動きでブレードの軌道を躱すと、すれ違いざまにスクラッパーの横っ腹へセラフィムを突きつけた。

モードは『インパクト・カノン』。先ほどサイボーグ兵を消し飛ばした必殺の衝撃波を、至近距離から叩き込む。

 

ドォォォォンッ!!

 

空気を圧縮したような爆音が響く。

だが、次の瞬間、ビャッコは僅かに目を見開いた。

 

「チッ……!」

 

ビャッコが放った衝撃波はスクラッパーを僅かに下がらせることができたものの、それ以外は無傷。

センサーアイがビャッコの姿を捉えると、裏拳のように巨大な腕を薙ぎ払ってくる。

ビャッコは咄嗟に後方へ跳躍して距離を取った。

セラフィムの直撃を受けたはずのスクラッパーの胴体。

そこに追加装甲として打ち込まれていたリアクティブアーマーが、被弾と同時に外側へ向けて小規模な爆発を起こし、インパクト・カノンの衝撃波を見事に相殺していたのだ。

 

(オファニムを失ったことが悔やまれるな……)

 

そう思いながらビャッコは歯を食いしばった。

 

『おいおい、どうしたのよ? そのオモチャの銃じゃ傷一つつけられないみたいだぜ?』

 

上部のキャットウォークから、ヴァレリオの下劣な嘲笑が降ってくる。

 

『ほら、俺様が手を貸してやろうか?』

 

ポイッ、と。

ヴァレリオは今まで握っていた『ビャッコの生身の右腕』を、まるでゴミでも捨てるかのように、キャットウォークからサーバー室の床へと投げ落とした。

 

ベチャッ……。

 

嫌な水音を立てて、青白い切断面を晒した腕がビャッコの足元に転がる。

 

「ひっ……!」

 

あまりにも猟奇的で冒涜的な挑発に、ルミナが顔面を蒼白にして口元を押さえる。

しかし、ビャッコは足元に転がった自分の腕を一度だけ見下ろすと、全く感情の揺れない、氷のように冷たい声で吐き捨てた。

 

「……趣味が悪い。そんなもので動揺すると思ったか?」

 

ビャッコは一切心を乱すことなく、ルミナが作ってくれた『白銀の右腕』を顔の高さに構え、ゆっくりと拳を握り込んだ。

 

「私の右腕は、ここにある」

『……ッチ。はいはい、そうですか。 そりゃよかったな、知らんけど。すり潰せ、スクラッパー!』

 

自分の思い通りにならなかったのがそんなに腹が立ったのか、露骨に舌打ちをするヴァレリオ。

そんなヴァレリオの怒声と共に、スクラッパーが再び突進してくる。

今度は回避するスペースがない。ルミナを背後に庇っている以上、ビャッコは正面から受け止めるしかなかった。

 

「……っ!」

 

振り下ろされる必殺の高周波ブレードに対し、ビャッコはセラミックとチタンの複合装甲で覆われた『白銀の右腕』をクロスするように突き出して防御姿勢をとる。

 

ガガガガガガッ!!

 

激しい金属音と火花がサーバー室を照らす。

ギリギリのところで斜めに受け流したおかげもあるが、ルミナの設計した白銀の装甲は、スクラッパーの凶刃を完全に防ぎ切り、傷一つ負っていなかった。

右腕のショックアブソーバーも完璧に駆動している。

 

――だが。

 

「くっ……ぁ……!」

 

ビャッコの口から、苦痛の呻きが漏れた。

腕の装甲や反動吸収がどれだけ完璧でも、3メートルの巨体が振り下ろす衝撃を受け止めるには、ビャッコの『生身の足腰』が耐えきれなかったのだ。

その細い脚に痺れるような衝撃が走り、スクラッパーの刃と右手が接触する感触は容赦なくビャッコの神経を削っていくようだった。

 

(腕のスペックは上回ってる……でも、俺の体が、ついていかない……っ!)

 

「ビャッコちゃん!!」

「大丈夫、ルミナ……抽出を、続けて……!」

 

ビャッコは歯を食いしばりながら、空いた左手でセラフィムをスクラッパーのセンサーカメラに向けてライトニングチェインを発射する。

しかし、素早く身をひるがえしたスクラッパーの動きには牽制程度の威力しか発揮しない。

センサー部に向けて至近距離から命中させれば、あるいは可能性があったのかもしれないが――、

 

カチッ……カチッ。

 

「……っ」

 

虚しい空撃ちの音が響く。

道中のサイボーグ兵たちを蹴散らすために酷使したセラフィムが、予備弾薬を持たないこの極限の状況下で、ついに完全に沈黙した。

頼みの綱だった銃を失い、ビャッコは圧倒的な絶望に押し潰されそうになりながら顔をゆがめる。

 

『データ抽出まで、残り3分』

 

メインコンソールから無機質なアナウンスが流れる。

あと3分。だが、今のビャッコにはその3分が永遠のように感じられた。

 

『お、弾切れか? じゃあそこの胸のでかいねーちゃんの方から先に解体するか? そうしたらそこのヒューマロットの嬢ちゃんのすました顔もゆがむのかね?』

 

そんな人を小馬鹿にしたようなヴァレリオの声に反応して、スクラッパーのカメラがルミナの方に向く。

 

「ひっ……!」

 

ルミナの口からくぐもった悲鳴が漏れる。

その脳裏に浮かぶのは、鮮血と共に宙を舞ったビャッコの右腕――。

 

「――させない」

 

絶望に染まりかけた空間に、凛としたビャッコの声がサーバー室に木霊した。

 

ビャッコは空になったセラフィムをホルスターに押し込むと、静かに息を吐いた。

そして、視界の隅で明滅している、ひとつの『警告表示』に意識を集中させる。

 

【SYSTEM WARNING:『PHOBOS(フォボス)・オーバードライブ』ロック解除】

【※警告。本機能は生体細胞の異常燃焼を伴います。起動しますか? YES/NO】

 

(……ごめん、ルミナ)

 

約束を破る罪悪感。

自分の命を物理的に燃やすという恐怖感。

逃げるという選択肢が頭をよぎる、が。

 

(……どうせ俺の命は企業の資産らしい。なら、一番いいところで()()させてもらうとするさ)

 

ビャッコの瞳に、覚悟の光が宿る。

脳内のインターフェースで、迷うことなく『YES』を選択した。

その瞬間、世界の色が反転した。

 

「――っ!!」

 

A.R.E.S.の痛覚カットを貫通して響く痛み。

白銀の右腕の装甲の隙間から、高圧の蒸気が爆発的に噴き出す。

PHOBOS(フォボス)がビャッコの中枢神経を強引にハックし、全身の細胞を「燃料」として異常燃焼させ始めたのだ。

 

視界が赤く明滅し、血管が焼き切れるような激痛が全身を走る。

だが、それと引き換えに、ビャッコの右拳にはこれまでの物理法則を無視した、眩いばかりの光が集束していった。

 

チリチリと空気が焦げる異臭。

その拳の周囲の空間が歪んだのかと錯覚するような空気の揺らめきを見せる。

 

白銀の指先から、掌から、手首から――。

それはまるで、命の輝きそのものを凝縮したような、直視できないほどに白く、美しく、そして禍々しい光華。

 

『チッ、なんだその光は……! 構わねえ、バラバラに解体しちまえ!!』

 

キャットウォークのヴァレリオが、恐怖を誤魔化すように焦燥混じりの命令を下す。

それに応じ、スクラッパーがトドメの垂直一閃を振り下ろした。

重力と遠心力を乗せた、回避不能の鋼鉄の断頭台。

 

しかし、ビャッコは逃げない。

融けかけた床を強く踏み締め、真っ直ぐに立ち上がると、眩い光を放つ右拳を天に向かって突き上げた。

 

ガギィィィィィィィンッ!!

 

爆音がサーバー室の空気を震わせた。

振り下ろされた高周波ブレードが、ビャッコの光る拳に触れた瞬間――激突の余波でブレードの刀身そのものが『爆発』するように粉々に弾け飛んだのだ。

散弾銃のように飛び散った数トンの鋼鉄の破片がサーバー室の壁を穿ち、ヴァレリオの頬を掠めて後方の闇へと消える。

 

「……なっ!?」

 

己の武器が素手で粉砕されたというバグめいた光景に、スクラッパーのAIが僅かにフリーズする。

だが防衛本能が上回り、即座にもう一本の腕を横なぎに振るった。

必殺の薙ぎ払い。だが、ビャッコは光り輝く右の手のひらを、スッとその軌道へ差し出した。

 

キィィィィィィィィン……!

 

耳を刺すような高周波音が鳴り響く。

横なぎの刃が光る掌に触れた瞬間、それは衝撃で弾かれるのではなく、まるで光の渦に飲み込まれるように、先端から「ほどけて」いった。鋼鉄の結合が分子レベルでバラバラに分解され、光る粒子となって霧散していく。

 

「……あ、ぁ……」

 

絶句するルミナの瞳に、赤黒い蒸気を纏いながら白銀に輝く、小さな背中が映る。

ビャッコは一歩、踏み出した。

 

ドンッ!と、床を踏み抜く音とともに、ビャッコの姿がブレるように消える。

地を這うような低姿勢で駆け出したビャッコの体は「光の矢」となってスクラッパーの懐へと潜り込んだ。

 

右腕の液体金属シリンダーが、限界を超えた圧力で悲鳴のような駆動音を上げる。

拳を深く、深く、限界まで引き絞る。

光はついに臨界点に達し、白銀の腕自体が自らの熱で黄金色に白熱し始めていた。

 

「――ぶっとべぇぇぇッ!!!」

 

ビャッコの魂を絞り出すような咆哮。

放たれた正拳が、スクラッパーの胴体に叩きつけられた。

 

ドォォォン……!

 

接触した瞬間、空気が圧縮され、周囲の音が完全に消え失せる。

スクラッパーの誇る分厚いリアクティブアーマーが、爆発して衝撃を逃がす暇すら与えられず、水面のように「波打って」陥没した。

光る拳はそのまま、分厚い複合装甲を熱したバターのようにドロドロに融かしながら、鋼鉄の芯へと深々と突き刺さっていく。

 

一瞬の、静寂。

 

ビャッコの拳からスクラッパーの内部へと、行き場を失った莫大なエネルギーが一気に流れ込む。

 

――ドォォォォォォォォォォォォンッ!!

 

内部から引き裂かれるような大爆発。

三メートルを超える鋼鉄の怪物は、内側から膨れ上がる光に耐えきれず、装甲のパーツを四方八方に撒き散らしながら、粉々に粉砕された。

 

降り注ぐ火花と青白いオイルの雨。

その熱風が吹き荒れる中心で、ビャッコは右腕を突き出した姿勢のまま、肩で激しく荒い息をついていた。

 

粉々に砕け散ったスクラッパーの残骸が、ボタボタと黒いオイルを垂らしながらサーバー室の床に散乱している。

絶対の死を体現していたはずの鋼鉄の巨魔は、わずか数十秒の間に、見る影もないただの鉄屑へと変わり果てていた。

 

「く、くそ、役立たずがっ……!」

 

キャットウォークからその光景を見下ろしていたヴァレリオは、顔面を土気色に染め、ガチガチと歯の根を鳴らした。

絶対の自信を持っていた改修型スクラッパーが、たった一撃で、しかも『素手』で粉砕されたのだ。もはや彼に打つ手は残されていない。

ヴァレリオは恐怖に顔を引きつらせると、踵を返し、無様な足取りで通路の奥へと逃げ去っていった。

 

その背中を追う余力は、今のビャッコにはなかった。

 

【システム強制停止します。起動時間23秒40】

 

視界の隅で、A.R.E.S.の無機質な赤いアナウンスが点滅する。

それと同時に、白銀の右腕から放たれていた眩い光が、ふっと嘘のようにかき消えた。

 

「……っ、が……はっ」

 

光が消えた瞬間。

全身の細胞を強制燃焼させた恐るべき『代償』が、ビャッコの肉体を容赦なく襲った。

肺からせり上がってくる熱い鉄の味。

ビャッコは堪えきれず、口から大量の鮮血を吐き出し、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。

 

「ビャッコちゃん!!」

 

悲鳴のような声を上げ、コンソールからルミナが駆け寄ってくる。

彼女は床に倒れ伏す寸前だったビャッコの体を必死に抱き留め、自分の膝の上へと抱き起こした。

 

「しっかりして、ビャッコちゃん! 息をして……お願い、死なないで……っ!」

「……ゲホッ……泣かないでよ、ルミナ」

 

ボロボロになった身体で、それでもビャッコはルミナの腕の中で確かに返事をした。

そして、震える左手を顔に持っていき、血にまみれた自分の口元を乱暴に拭い去る。

 

「ルミナ、勝ったよ。私たちの勝利だ」

 

その声はひどく掠れていて、今にも消え入りそうだったが、そこには確かな誇りと、仲間への絶対の信頼が込められていた。

ルミナはポロポロと大粒の涙をこぼしながら、ビャッコの体をきつく抱きしめ返す。

 

『ピピッ――抽出完了。マスターデータのダウンロードに成功しました』

 

静寂を取り戻したサーバー室に、メインコンソールの電子音が響き渡る。

モニターには【DATA EXTRACTING... 100%】の緑色の文字が輝き、コンソールから小さなデータドライブがカチャリと吐き出された。

 

非合法な生体パーツの調達販売事業、不正な資金洗浄、そして企業上層部とヴァレリオの癒着を示す、完全な証拠。

ルミナは涙を拭い、そのデータドライブをしっかりと握りしめた。

 

「うん……私たちの勝ちだよ。絶対に、あいつらを許さない」

 

ルミナの瞳には、もう怯えはなかった。

あるのは、傷ついた仲間を連れて必ず生きて帰るという、治安維持部隊員としての強い覚悟だけだ。

 

ルミナはビャッコの左腕を自分の肩に回し、ゆっくりと立ち上がる。

 

「帰ろう、ビャッコちゃん。これで私たちの無実が証明できる」

 

地獄のような地下深く。

白銀の右腕をぶら下げた満身創痍の少女と、彼女を支えるエンジニアの少女は、決着の証を胸に抱き、歩き出したのだった。

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